社会「歴史の授業に使えるネタ」パート12
2010年07月24日
カテゴリー: 授業に役立つネタ(国・算・社・理)
戦争中、子ども達が協力したドングリ集め
1941年ごろ、全国森林組合連合会の呼びかけで、小学校の子どもたちにどんぐりを集めるようによびかけたビラがくばられました。それには「小国民諸君、どんぐりを拾ってください」と書かれていました。「山や野にころがっているどんぐりも兵隊さんの弾丸と同様に大切なものです。弾丸を拾うつもりで一つでも多く拾ってください」と書かれたビラにはどんぐりをどのように利用するかもかかれていました。それには『どんぐりから、タンニンがとれ、それが兵器や馬具などに使われている革をなめすのに使われる』『どんぐりからとれたアルコールで、ガソリンの代わりになったり、薬品になったり、お国のために一生懸命働いている人のお酒にもなる』『家畜のえさになる』といったことが書かれていました。この呼びかけをもとに、子どもたちはどんぐりを集め、全国では2万3000俵近いどんぐりが集められたとのことです。
平和の礎(いしじ)の戦没者名簿
沖縄本島の南端にある平和祈念公園の中に、沖縄戦で亡くなった人の全氏名、出身地が刻まれている「平和の礎」があります。県別に氏名が整理されていますが、その数およそ23万人。沖縄島民はもちろん、日本軍、アメリカ軍で亡くなった人の名前もすべて刻まれているのです。
この写真と一部の名簿をもとに、第二次大戦で日本で唯一地上戦となった沖縄戦について授業で考えてみるのもいいでしょう。あまりにも日本軍の人数に対して沖縄の人の死者が多い理由や、敵国の戦死者の名前を刻んだ理由なども考えてみるといいと思います。
東京オリンピックの聖火最終ランナーの秘密
1964年10月10日、前日までの雨もあがり晴天の中、東京オリンピックの開会式が国立競技場で始まりました。聖火ランナーが入場してきます。そして、最後の聖火ランナー坂井義則さんが聖火台に火をともしました。
さて、この最終ランナーの坂井さん。一体誰なんでしょう?
子どもたちにいろいろ自由に想像させます。あらかた予想が出たところで、第一のヒント「坂井さんは、このとき、19歳でした」といいます。逆算すると誕生日は1945年です。カンのいい子は終戦の年に生まれたんだ、と気づきます。ここでも予想を出させ、第二ヒントへ。「坂井さんの出身は広島県です。」と伝えます。『1945年と広島』のヒントで原爆がきっとでてくるでしょう。そうです。第三のヒントは「坂井さんは1945年8月6日生まれ!」なのです。坂井さんは、あの広島に原爆が落とされた日に広島で生まれて生き残った人だったのです。それも、かなりのスポーツマンで、陸上のオリンピック選手まであと一歩の実力の持ち主だったそうです。
サザエさんちのくらしと戦後の日本
サザエさんの連載が新聞で始まったのが、1946年。今でもテレビ放送では毎週やっている長寿番組ですが、磯野家の家電製品や家具の移り変わりが戦後の日本の発展ぶりを物語っていて、そこから歴史の授業のネタを拾っていくこともできるかもしれません。(もちろん原作の漫画についてです。今は作者の長谷川町子さんも亡くなってしまっていますが、テレビはずっと続いていますので。)
1946年→サザエさん、ふかし芋を食べながら漫画初登場。
1947年→この頃、ワカメちゃんが七輪をうちわであおぐ姿や共同井戸を使いたらいと洗濯板で洗濯するシーンが登場。
1954年→サザエさん、近所で電気洗濯機とたらい・洗濯板の販売合戦を見る。(このころ、電気冷蔵庫、洗濯機、テレビがでそろい三種の神器がブームに)
1955年→近所の主婦たちがミキサー、電気冷蔵庫、トースターを買った話に、サザエさん口をあんぐり
1956年→トースターを買い、近所の主婦にも勧める。
1960年→電気釜を買う。
1961年→テレビは入り、カツオ寝転んで見る。オーブン付きガスレンジで料理。台所にも電気冷蔵庫(1ドア)登場。
1962年→電気掃除機を買う。
1963年→電気洗濯機(ローラー式絞り器付き)を使う。
1964年→磯野一家。初めてインスタントラーメンを食べる。
1966年→サザエさん。「電化のおかげでひまだわ〜」とパートに。
1969年→ちゃぶ台がダイニングテーブルに。
1970年→2ドア、冷凍冷蔵庫を買う。
1972年→おふろがタイル張りに。
(樋口恵子、ゆのまえ知子さん製作の「サザエさん年表」より)
1941年ごろ、全国森林組合連合会の呼びかけで、小学校の子どもたちにどんぐりを集めるようによびかけたビラがくばられました。それには「小国民諸君、どんぐりを拾ってください」と書かれていました。「山や野にころがっているどんぐりも兵隊さんの弾丸と同様に大切なものです。弾丸を拾うつもりで一つでも多く拾ってください」と書かれたビラにはどんぐりをどのように利用するかもかかれていました。それには『どんぐりから、タンニンがとれ、それが兵器や馬具などに使われている革をなめすのに使われる』『どんぐりからとれたアルコールで、ガソリンの代わりになったり、薬品になったり、お国のために一生懸命働いている人のお酒にもなる』『家畜のえさになる』といったことが書かれていました。この呼びかけをもとに、子どもたちはどんぐりを集め、全国では2万3000俵近いどんぐりが集められたとのことです。
平和の礎(いしじ)の戦没者名簿
沖縄本島の南端にある平和祈念公園の中に、沖縄戦で亡くなった人の全氏名、出身地が刻まれている「平和の礎」があります。県別に氏名が整理されていますが、その数およそ23万人。沖縄島民はもちろん、日本軍、アメリカ軍で亡くなった人の名前もすべて刻まれているのです。
この写真と一部の名簿をもとに、第二次大戦で日本で唯一地上戦となった沖縄戦について授業で考えてみるのもいいでしょう。あまりにも日本軍の人数に対して沖縄の人の死者が多い理由や、敵国の戦死者の名前を刻んだ理由なども考えてみるといいと思います。
東京オリンピックの聖火最終ランナーの秘密
1964年10月10日、前日までの雨もあがり晴天の中、東京オリンピックの開会式が国立競技場で始まりました。聖火ランナーが入場してきます。そして、最後の聖火ランナー坂井義則さんが聖火台に火をともしました。
さて、この最終ランナーの坂井さん。一体誰なんでしょう?
子どもたちにいろいろ自由に想像させます。あらかた予想が出たところで、第一のヒント「坂井さんは、このとき、19歳でした」といいます。逆算すると誕生日は1945年です。カンのいい子は終戦の年に生まれたんだ、と気づきます。ここでも予想を出させ、第二ヒントへ。「坂井さんの出身は広島県です。」と伝えます。『1945年と広島』のヒントで原爆がきっとでてくるでしょう。そうです。第三のヒントは「坂井さんは1945年8月6日生まれ!」なのです。坂井さんは、あの広島に原爆が落とされた日に広島で生まれて生き残った人だったのです。それも、かなりのスポーツマンで、陸上のオリンピック選手まであと一歩の実力の持ち主だったそうです。
サザエさんちのくらしと戦後の日本
サザエさんの連載が新聞で始まったのが、1946年。今でもテレビ放送では毎週やっている長寿番組ですが、磯野家の家電製品や家具の移り変わりが戦後の日本の発展ぶりを物語っていて、そこから歴史の授業のネタを拾っていくこともできるかもしれません。(もちろん原作の漫画についてです。今は作者の長谷川町子さんも亡くなってしまっていますが、テレビはずっと続いていますので。)
1946年→サザエさん、ふかし芋を食べながら漫画初登場。
1947年→この頃、ワカメちゃんが七輪をうちわであおぐ姿や共同井戸を使いたらいと洗濯板で洗濯するシーンが登場。
1954年→サザエさん、近所で電気洗濯機とたらい・洗濯板の販売合戦を見る。(このころ、電気冷蔵庫、洗濯機、テレビがでそろい三種の神器がブームに)
1955年→近所の主婦たちがミキサー、電気冷蔵庫、トースターを買った話に、サザエさん口をあんぐり
1956年→トースターを買い、近所の主婦にも勧める。
1960年→電気釜を買う。
1961年→テレビは入り、カツオ寝転んで見る。オーブン付きガスレンジで料理。台所にも電気冷蔵庫(1ドア)登場。
1962年→電気掃除機を買う。
1963年→電気洗濯機(ローラー式絞り器付き)を使う。
1964年→磯野一家。初めてインスタントラーメンを食べる。
1966年→サザエさん。「電化のおかげでひまだわ〜」とパートに。
1969年→ちゃぶ台がダイニングテーブルに。
1970年→2ドア、冷凍冷蔵庫を買う。
1972年→おふろがタイル張りに。
(樋口恵子、ゆのまえ知子さん製作の「サザエさん年表」より)





