ブナの中庭で

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遊泉寺銅山跡公園に行ってみませんか

2009年05月25日 | いろいろ
小松市遊泉寺町の奥にはかつて遊泉寺銅山があり、大変栄えていました。

「遊泉寺銅山の歴史」(広報こまつ、2009年2月号より)



銅山跡にある記念碑と由来を刻んだ石碑。


 竹内明太郎の銅像。

かつて6000人もの人で賑わい、小松駅からトロッコ電車が通じていました。公衆浴場に遊郭まであったとは、今の静かな森からは想像ができません。


現在は「遊泉寺銅山跡記念公園」として整備されています。
公園入口の案内地図。


ではこの案内板の周辺に駐車して(林道の路肩に)、歩いて回りましょう。
1周1.5km、ゆっくり歩いて1時間です。


遊歩道のところどころで銅山の遺構が見学できます。




遊歩道の最高地点からは小松市街地も見ることができました。


ササユリ、いい香りだな~


かつて賑わった銅山を想像しながらゆっくり歩く森の道は、とても良かったですよ。
ぜひお出かけくださいね。

参考資料 広報こまつ2009年2月号のページ
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2 コメント

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遊泉寺のはげやま (Nekton)
2009-05-26 00:01:36
よく覚えていないのですが、タイトルに書いた遊泉寺のはげやま(市内から人の目のように見えた山)に小学校の時に遠足にいっていませんでしたか。
遊泉寺の電車が小松駅の裏に有った頃だと思いますが、だんだん忘れてきました。
赤瀬の谷とか、オパールが取れたような昔の記憶がよみがえってきました。
山の思い出といえば、私の先祖が、丸山の出身なので、大日川流域の花立という山奥の親戚宅に小学校の時によく行っていました。今は、耕作小屋があるだけの場所です。
あのころは、オニヤンマが普通に飛んでいるところでしたが今はどうなったのでしょうか。
今は、海洋土木を職業としていますが、山奥がルーツのNektonでした。
小松むかしばなし (Repu)
2009-05-26 05:32:58
Nektonさん、こんにちは。
遊泉寺は私達が子どもの頃、確かにはげ山でした。銅の精錬のため木が枯れたのでしょう。同じく尾小屋鉱山の周辺もはげ山でした。(今は森が復活してます)
遊泉寺行きの電車(汽車?)は現在のJR小松駅の横にあって、「新小松駅」でした。尾小屋行きの汽車もあって、小松駅周辺は結構な賑わいでしたね。
しかし2本とも昭和40~50年代に廃線となってしまいました。尾小屋行き(ポッポ汽車と呼ばれてましたが)の車両は、尾小屋鉱山資料館に保存されて、ときどき運転されてますよ。西俣へキャンプに行ったときは、この汽車にのって行きましたが覚えてる?
丸山出身とは、また大変な山奥ですね。出作り小屋もあるのかな‥‥。イワナ釣の天国のようです。

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