日本史大戦略 Side-B 附 東国を歩く会 ~関東・東北の古代・中世史探訪~

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【関戸城】多摩市関戸【霞ノ関南木戸柵跡】

2017-02-23 21:46:35 | 歴史探訪
 少し前のことになりますが、昨年の秋にお掃除の見積りで多摩市関戸のお客さんのお宅へお伺いし、そこからお店に帰る途中、とても見晴らしの良いところを通過したので写真を撮りたくなってチラッと一瞬見えた神社の道路傍に車を止めました。



 何の神社かな?

 説明板がありますね。



 なるほど金比羅宮ですね。

 しかも鎌倉時代末期の新田義貞の鎌倉攻めで義貞と北条泰家が戦った際に築砦された場所と伝わっているんですね。



 では先ほどの見晴らしの良かった場所へ行ってみます。

 おや?何か標柱が建ってますよ。



 おおーーっ、関戸城!



 ここに関戸城があったのか・・・





 残念ながら説明板の文字はかなり読みづらくなっています。



 関戸城の存在はもちろん以前から知ってはいましたが、遺構は何もないはずなので今まで探訪をしませんでした。

 ところが今日は偶然にも関戸城に来てしまったわけです。

 やっぱり「好きだ好きだ」と思っているとこうやって引き寄せられるんですね。

 ※あとで宮田太郎先生から聞いたところでは上の説明板の文章は宮田先生の作成とのことです。

 やや移動するとなかなかの眺望の場所がありました。



 いやー、ここは本当に見晴らしが良い場所ですね。

*          *          *


 ということで偶然関戸城の標柱を見つけてしまったわけですが、つい先日、たまたま午前の現場と午後の現場の移動ルート上に鎌倉時代の関所跡があったのでチョロッと寄ってみました。

 何しろ「関戸」という地名がそのものズバリ、「関」の「戸」ですからね。

 何もないほうがおかしいです。

 目指すは熊野神社。

 よし、車止めれた。



 おっ!柱列と説明板がありますぞ!









 なるほど、ここは「霞ノ関南木戸柵跡」という名称の東京都指定史跡なんですね。

 立派な石柱も建っています。



 石仏もありますね。







 拝殿へ向かいます。





 本殿は覆われていますね。



 境内神社。



 この熊野神社自体の由緒は境内に説明板がないため分かりませんねー。

 ※『東京都神社名鑑』によれば、延徳元年(1489)に紀州の熊野三山を勧請したと伝わっているそうです。



 境内からの眺め。





 神社の前の道路は往時の鎌倉街道ですよ。

 府中方面を見ます。



 この先の関戸の渡しを渡れば国府はすぐそこですね。

 反対側の鎌倉方面を見ます。



 今はこの「旧鎌倉街道」に並行して多摩ニュータウン通りが走っているので、普通はそっちを使うでしょうね。

 実は私もこちらの旧鎌倉街道は今まで走ったことがありませんでした。

*          *          *


 そういえば、3月12日(日)の「歩く日」ではこの辺も歩く予定ですよ。

 参加される方は楽しみにしていてくださいね。
 
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