日本史大戦略 Side-B 附 東国を歩く会 ~関東・東北の古代・中世史探訪~

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昼休みは有効に使おう!【大丸の城山公園・昭島市役所・まつり塚】

2017-01-25 13:03:13 | 歴史探訪
 仕事の昼休み(MAX1時間)を使ってコツコツと歴史めぐりをしていると、少しずつでも知識が身に付きますし、東国を歩く会やクラツーで皆さんをご案内するときに役に立つことがあります。

 先日の20日の午前は、稲城市のお客さんのところへ行ったので、お昼は城山公園の前のエフマでご飯をさっさと済ませ、城山公園を探訪してみました。

 今日は昼休みの1時間を使ってその日のレポートをアップしようと思います。

*          *          *


 城山公園遠景。



 少し古ぼけた案内図がありますね。



 案内図の中にはどこにも歴史関係の記述はありませんが、ひとまず登ってみましょう。



 お、何か現代風の櫓のようなものが見えてきましたね。



 これはあきらかに戦国期のものには見えません。



 この櫓は「ファインタワー」というそうで、完全なる鏡面仕上げの説明板にスペックが記載されています。



 でも残念ながら登ることはできません。

 ファインタワーの麓からの眺望。



 この公園は普通の山ですね。



 尾根はウネウネと続いているようです。



 遺構はあるはずもないと思いますが、少し散策してみましょう。



 斜面を見下ろすと、人工的な平場があったり、竪堀のように見えるものもあったりしますが、これは城マニア独特の城が好きになるとなんでも遺構に見えるという症状を発症しているからに他なりません。



 今日は朝から時折雪が舞う感じで、気温もかなり低めなのです。

 鼻水を垂らしながら公園内を歩いていると、かろうじて犬の散歩をしている人とすれ違いました。



 まあ、何もなくて当たり前ですね。



 これは何でしょうか?



 製作した方には申し訳ありませんが、もはや何か分からなくなっています。

 入口の階段まで戻ってきました。



 まあ、なんとなく気が済んだので良しとしましょう。

 ちなみに最初に「城山公園」と紹介しましたが、この辺りには中世の大丸(おおまる)城がありました。

 現在は完全に破壊されて跡形もないのですが、多摩丘陵にはこのように破壊された城が沢山あったはずです。

 おそらくその多くは、多摩ニュータウンなどの建設によって人知れず破壊されていったのだと思います。

 ただ今でも多摩丘陵には高幡城、百草城、平山城などの中世城郭が残っており、私たちの東国を歩く会でもすでに歩いた城がありますし、今年歩こうと思っている城があります。

 興味がある方はこのブログで告知した時にどうぞ参加表明をくださいね。

 では、午後の現場へ向かいます。

 ※大丸城の説明板は別の場所にあるようなので今度見てきます

 追記:2月16日に写真撮ってきました!



*          *          *


 午後の現場は福生市ですが、新奥多摩街道を福生方面へ向けて走らせていると、ふいに昭島市役所に寄りたくなりました。

 というのも、歴史に対する私の興味はもはや人類以外にも向いてしまって、昨年からは人類が日本列島に住み着く前に住民だった古代のゾウとかクジラとかそういった生物にまで関心が行ってしまっているのです。

 昨年、八王子の近畿日本ツーリストで八王子の歴史について、原始時代から近世初頭まで3回にわたって「通史」という形で話したのですが、その中の第1回目で、「八王子は昔海だったか?」という話をして、そのときの調査段階でゾウさんやクジラさんに興味がわいてしまいました。

 その時、昭島市役所のロビーには「アキシマクジラ」の化石が展示してあると話したのですが、正直話しますと、自身の目で確かめないまま話してしまったのです。

 なのでずっとそれが気がかりで、今日は急にそれを思い出して行ってみようと思ったわけです。

 はい、到着!



 中に入ってロビーを見渡すと、一角に何やらそれ風な展示コーナーがありました。

 総合受付のお姉さんに写真を撮影して良いか尋ねると、来庁している方が写らなければOKということです。

 さーて、アキシマクジラは見れるかなあ?



 満面の笑みを浮かべてショーケースに汗ばんだ額をくっつけ中を見ます。

 すると・・・



 えーーっ!!

 今は群馬県の方に行ってて展示していないんですね・・・

 昨年、私は講座で嘘を話してしまいました。

 皆さん、本当にゴメンナサイ!

 さて、気を取り直して展示を見てみることにします。



 あ、でもアケボノゾウの足の化石があって、これはこれで嬉しいじゃない。



 クジラさんには会えませんでしたが、ゾウさんに会えて留飲を下げました。



 「発掘調査報告書発売中!」みたいなことが書いてあるのですが、どこで買えるか書いていません。

 この辺がお役所らしいですね。

 さきほどの受付のお姉さんに尋ねると、2階の社会福祉課で売っているそうです。

 一筆、展示のところにそう書いておけばいいのにね。

 どこに売っているか尋ねることができない内気な少年に対するフォローは考慮されていないようです。

 2階にダッシュし、350円で『アケボノゾウ足跡化石の発掘調査報告書』を購入。



 これがなかなか良い内容ですよ。

 巻頭はカラーで多くのページが割かれているし、アキシマクジラについての記述もあります。

 なので、ゾウさんやクジラさんに興味がある方にはぜひお薦めします!

 しかし、それにしても「多摩川足跡化石調査団」気になる・・・

 おっと、現場へ急ごう。

*          *          *


 今日も一日のお仕事が終了。

 帰宅しようと思いますが、お昼に上述の調査報告書を買ったため、財布の中にバス代を払うほどのお金が残っていません。

 SUICAも残額僅少で支払えません。

 なので駅まで歩きまーす。

 まあ、25分くらいなので大したことないです。

 あ、でも仕事で疲れているときは25分歩くのは大変ですよ。

 江戸期の甲州街道から稲城へ向かう稲城道を歩き、豊田駅まで向かっていると、「まつり塚」という塚の説明板が立っていたことを思い出しました。



 今この看板の向こうは富士電機の敷地内なので確かめられず、外からのぞいても良く分かりません。



 ここの交差点、左へ行くと豊田駅ですが、右へ行くと(直進すると)平山橋を越えて、現在の川崎街道へ出ます。



 まつり塚についての情報は上の説明板以外分からないです。

 この近所には「泉塚」という交差点があるので、それも以前から気になっているのですが、まだ真相は不明です。

 ちなみに、民俗学者の柳田國男は、一時期「十三塚」にハマって、しょっちゅう「十三塚、十三塚」と言っていたため、考古学者たちから「十三塚男」と呼ばれていたそうですが、柳田の気持ちは私も良く分かります。

 塚って本当に魅力的ですよね!

 3世紀から7世紀の高塚古墳はその最たるもので、それ以前の墳丘墓や方形周溝墓もいいし、今の私は江戸期の一里塚にも異様に興奮します。

 一里塚は江戸期に造られ始めたと一般的には思われているようですが、どうやらそれ以前の戦国期に各地の大名によって同じようなものが作られていたのではないかと、私は睨んでいます。

 それと、私の興味はまだそれほどでもないですが、江戸期の富士塚は結構マニアが多いですね。

 お財布の中は相変わらず寂しいけど、歴史と触れ合うことによって脳内と心の中はこうやって日々満たされ続けています。
ジャンル:
文化
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