日本史大戦略 Side-B 附 東国を歩く会 ~関東・東北の古代・中世史探訪~

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【宗像古代史探訪その7】安倍宗任の墓および織幡宮【奥州から遠く離れた地での対面】

2017-09-19 12:51:37 | 歴史探訪
 先週の土曜日は、毎月1回西新宿のクラブツーリズム本社でやっている東北の歴史講座を開催しました。



 今回も19名様というたくさんの方々のご参加、どうもありがとうございました!

 今回は、アテルイと坂上田村麻呂との戦いなど、三十八年戦争について主に話しました。

 次回は10月14日(土)で、大化の改新から奈良時代初め(7世紀後半から8世紀前半)の東北地方について中央と絡めながらお話ししますので、興味のある方はぜひいらしてくださいね。

 ⇒詳しくはこちらまで!

 講座が終わった後は、妻と西新宿にある「鷹丸」に行き、私は刺身定食を食べました。

 これで1000円ちょっと!



 驚愕の内容です。

 素晴らしすぎて、次回クラツーに行った時もここに寄ってしまうかもしれません。

 そして帰宅後は、ジジを義父母に初対面させるために古河へ出張りました。

 古河でも美味しい夕飯をいただきましたよ。

 ここの中華屋さんはどれも美味しいのですが、今回は念願の酢豚が食べられ幸せでした。



 肉もさることながら、餡をからめた玉ねぎがとても良い味わいでした。

 妻の実家に戻って飲み直した後、そのまま止宿し、翌朝は超久しぶりに9時間も寝て9時20分に起床。

 夏場は4時間半の睡眠で大丈夫だったのですが、涼しくなってきてからはそれがきつくなって、最近は睡眠不足気味だったのが少し解消できました。

 義父お手製のお昼ご飯を頂いた後は、自宅に戻って妻とDVD鑑賞です。

 妻がセレクトしたかぐや姫の物語。



 そして、私がセレクトしたブレードランナー。



 ブレードランナーは中学生の時に初めて見てとても印象に残った映画で、30年ぶりに見ましたが、ヴァンゲリスの音楽とともにやはり素晴らしい映画ですね。

 そして昨日の月曜日もお休みだったので、引き続き自宅でまったりしました。



 昼飯の生姜焼きはショウガが良く効いていて素晴らしい味付けでしたよ。



 ジジは妻の実家に行っても我が家にいても、いたってマイペースです。



 昨日も伸びていました。



 こんな感じで久しぶりに妻とゆっくりと休日を過ごすことができて楽しかったです。

 というわけで、イントロが長くなりましたが、本日は宗像探訪の続きをお伝えします。

*     *     *


 沖津宮の遙拝所からは残念ながら沖ノ島を望見することはできませんでした。

 しかしこればっかりは仕方がないですね。

 帰りのフェリーの時間を多少に気にしつつ、波止場へ戻ることにします。

 でもひとまずジュースが飲みたい。

 遙拝所の近くには一機だけ自販機があるので、そこでジュースを買い、飲みながら波止場を目指します。



 峠の頂上あたりには多分水関係の施設でしょうか。



 しかしこのアート作品に注目する人はどれだけいるでしょうか。



 さて、実は大島に来るにあたって、宗像大社関連のスポット以外にもぜひとも探訪してみたい場所があるのです。

 それは安倍宗任のお墓です。

 テクテクと歩いていると、右手の住居が立ち並ぶ裏の崖の上から誰かに見られたような感じがしました。

 ん?と思い見上げると・・・



 おや、あれは安倍宗任の宝篋印塔じゃないか?



 やっぱりそうだ!

 住宅地の間から崖の上に登る道を見つけ登っていくとお寺があります。



 曹洞宗の安昌院です。



 事前に知っていた情報では、宗任の墓は安昌院の墓地にあるということでした。

 おー、宗任さまー、こちらにおいででしたかー!





 海のない奥州の内陸部で生まれ育ったのに戒名は「安昌院殿海音高潮大居士」です。

 こちらに移ってきてからはすっかり「海の男」になったのでしょうね。

 美しい戒名です。

 墓域の後ろには五輪塔が並んでいますが由来は分かりません。





 石をよく見てみますが、摩耗してますね。



 この高さからだと水面はちょっと見づらいですが、宗任はいつもこんな感じで海の方向を見てるんですね。



 安倍氏は上の説明板に書かれている通り、11世紀半ばに滅亡した奥州奥六郡(岩手県南部)の豪族です。

 前九年合戦(1052~63)で源氏に敗れ、兄の貞任は処刑され、宗任は最初伊予に流され、ついで筑紫に流されました。

 宗任は故郷の岩手県とはまったく気候も風土も違うここ福岡県で天寿を全うしたようですが、どのような後半生だったのでしょう。

 私は宗任や安倍一族を含め、東北の歴史をずーっと追いかけてきたのですが、図らずもクラツーにお仕事をいただいたことにより、宗任に対面することができました。

 対面。

 生きていようが死んでいようが構いません。

 私は宗任に会うことができて、クラツーにはとても感謝です。

 なお、宗任の血筋は中世武士の松浦党に連なっているといわれ、今の総理大臣も子孫と称していますね。

 さて、フェリーは16時半出航の予定ですが、宗任のそばをなかなか離れることができず、もう間に合いそうもありません。

 名残惜しさを残しつつ、宗任の墓所を出ます。

 坂の上から湊を望むと、ちょうどフェリーが出航していくところでした。

 しょうがない、次の船まで時間をつぶそう。

 ところで、今日は昼飯らしい昼飯を食べていません。

 とりあえず携行した菓子パンは食べましたが、お腹がペコペコです。

 湊では漁師料理の店を一件見つけましたが、お金を節約したい。

 そう思って歩いていると、何やら移動販売の店がありますよ。



 漁師サンドというらしいです。

 タルタルソースとサルサソースがありますが、サルサソースの方を一ついただきましょう!



 おー、美味そうだ。

 400円です。

 波止場の売店で缶ビールを購入。



 漁師サンド、美味い!

 東京ではまず食べられない味です。

 フェリーはまだまだ来ないので、どこかで仕事ができないか探すと、波止場の建物の2階の展望デッキが空いていました。

 よし、ここをお借りしよう。



 海を見ながら心地よい風に吹かれ、暑くもなく寒くもなく、久しぶりにリラックスできます。



 この時間は最高に贅沢ですぞ。

 さて、時間だ。

 フェリーに乗って帰るかな。









 神湊が近づいてきました。



 もうだいぶ陽が傾いていますが、織幡宮に間に合うでしょう。

 せっかく来ているのだから時間は最大限に有効活用ですね。

 安全運転で織幡宮に到着しました。



 おや、猫ちん!







 残念、逃げられちゃいました。

 というか、猫ちんを追っかけている時間はないよ!











 石段を登り拝殿の前に来ました。





 本殿。



 境内神社。



 時刻も時刻なので、参拝者は私のほかに誰もいません。



 隣には、恵比須神社があります。



 後ろの山が神体山に見えますね。



 海のサンセットを撮るぜ!







 お、バス停だ!



 これは期待できる、と思い見てみると。



 やったー、地獄表だ。

 さて、これで今日の予定はすべて消化しました。

 博多のホテルへ戻りましょう。

 それにしてもお腹が空いた・・・

 今日はホテルで朝ご飯をたくさん食べたのでまだ良かったですが、菓子パン2個とさきほどの漁師バーガーしか食べていないので、燃費の悪い私はそろそろ動けなくなりそうです。

 博多へ戻るにはしばらく下道を走るので、何でもいいから食べ物屋さんが見つかれば寄ろうと思います。

 ところが、東京と違ってなかなか食べ物屋さんが現れない。

 お、ラーメン屋発見!



 博多なのに味噌ラーメンか。

 でも車がいっぱい止まっているから多分美味しいお店でしょう。

 味噌以外にもありますが、ここはやはり一番の売りであろう辛味噌ラーメンを食べてみます。



 おー、彩りがいいねえ。

 ・・・美味い。

 味噌ラーメンは太麺が多いですが、これは豚骨ラーメンと同様な細麺です。

 でも硬めに茹でてあってシコシコで美味しい。

 スープは熊本産の赤味噌を使っているそうで甘めで美味い。

 車の運転があるのでビールは飲めませんが、とても満足です。

 そしてホテルに戻って大浴場の温泉に速攻入り、これを飲んで今日の締めくくりとします。



 いやー、今日も充実した一日だった・・・

 明日も楽しみだ。
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7 コメント

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いやあ、全て興味深々です。 (りひと)
2017-09-19 17:13:04
かぐや姫とブレードランナー、古河、講座タイトル、定食の写真。かぶりついちゃいますね。頭の中がどんどん活性化しましたよ。

で本題の方でも五輪塔ではないんですね。
個人的に五輪塔が好きなんですよ、なので後ろの物の方が気になりますね。景色もいいところですね。

あと宿禰さんは苦手なので行けないかなあと思ったんですけど恵比寿神社の後ろの山とのあの写真には超惹かれますね。行きたいです。

織幡社場所調べてみますね。あの山はどういう立地なのか?気になりますね。ちょうど八幡のお祭り等も終わったタイミングなので幡とはどういう意味なのか?掘ってみたいですね。

1つ1つの言葉や写真や多分人にはどうでもいい事が頭の中でかき混ぜられている感じです。

夜夢でもみたい気分です。メッセージに感じます。ありがとうございます。お腹空いてきちゃいましたよ。7179
不気味な宿禰 (稲用)
2017-09-21 22:48:21
武内宿禰って不気味な存在ですよね。いったい何年生きているのか、とか。
実在かどうかは別として古代史のキーを握っている人物かもしれません。
織幡神社は一瞬の探訪でしたが、雰囲気の良い神社だったので今度はゆっくり探訪したいと思っています。
牧大明神とは? (りひと)
2017-09-23 10:02:08
やっと地図みましたよ。宗像は苦手なので場所もちゃんと分かっていませんでしたね。先入観でアレルギーじゃないのかも?です。

で沖ノ島ってどこか探していたら地島と勝島と大島と。で大島には安倍さんのお墓でしたね。で大
の神も探してるんですけど大島と付くとかぶり付きます。で一番最初にきになったのが地島で牧大明神って地図上で。マキって気になる一族なんですよね。鎌倉南朝あたりでは相当全国にネットワーク持っていたはずの一族もいるんでは。で各地の牧も気になってまして。あと熊本地震の頃は巻狩の地にいましたね。クセがある一族だけどそこを掘らないと騙されそうで。

もう1つ勝島ですが、勝もかなり気になってます。すぐり部や勝の由来の神社等、品川ではわざわざ勝のつく島歩きました。島なのに海抜が高いんですよ、東京の平野部よりも意外でした。勝がつくといい一族で強いけど荒いんじゃなく信念あるようなイメージでみている字です。でこの島に牧神社の表示ありです。どんな神なのか?掘ってみますね。大島も勝も牧も男性的で宗像のイメージとは違いますね、そこも気になりましたよ。いいきかっけになりそうです。

で宿禰さん、相当DNAの違う一族をまとめて系統化してしまってますし大事な人のカモフラージュに使われているようにも思います。天武とも似てますね。明らかに血筋の息子じゃないとか養子もおそらく含めているはずです。ただこれ、現世には大問題なのですよね。仕事や素質や相性に影響を伴いかねないんです。なので関わる人が自力で解明して過去の大事な知識を今にいかして欲しいです。生きるのが楽に出来るように、悩まなくて済むようにですね。

あと安倍氏も同じよう疑問が大阪に行ってさらに強くなってます。五輪塔なら相性いいんですけどね。戦わずして知恵と信用でうまくまとめる外交官の資質は今にも繋がっているはずだと。現世でもうまく先祖が導いて欲しいです。

沖ノ島はなんせ長い間、いろんな国からの物が発見されているくらいですからきっと色んな民族をまとめる事が出来た神がいたはず。自分民族以外は排除するとか自分たちの民族を苦しませるような事は逆の流れを作る可能性ありますね。
物の豊かさは自分たちで執着して集めたんではなく、相手から信頼と愛情で集まったはずです。

そういう場所が今にもある事で、人間もそういう風にできていたなら今後もそうならないかと思いますね。色々な考えが集まってこそいい手段は考えられる。偏ったら終わりですね。
宿禰さんは、組織によっては地雷を踏む自殺行為でもありますけどそこには忖度はいらない事実を相性として理解して頂けたらありがたいです。
そこは看板になってしまって人間の欲で利用されている方々は理解してくれるはずだと思います。

将門もその一人でしょうね。怨念も手当たり次第ではないはず。で一番は土地には過去があることでそこをいじるには何かすべき事がありその知識は開発関係の方は良く知っていたはず最近はどうも継承できているか?得意な会社もありそうですね。将門どうこうでもないんじゃないかと。

なので宿禰さんがいても行きたいですね。地形やその場所の用途が大事そうですので。
凄く気になる地形で良く良く探さないと見えない神社ですね。ご紹介ありがとうございました。
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今ふと気付いたんですけど、安倍宗任さんって宗任と書くんですね。ムナカタにも似てますね。で調べると清原氏の娘の血があるならばなかなかいい方のように思います。あの地に関わっても大丈夫なはずです。その前はどうなのか?
ちょっと思いましたね。1824
なるほど (稲用)
2017-09-27 21:10:07
なるほど、地島と勝島の神様までは考えてみませんでした。男性的という指摘も面白いです。りひとさんの書き込みは、私にとってはとても示唆に富み、それをヒントに考えが拡がり楽しいですよ。

宗任の「任」は安倍氏の通字となっており、安倍氏の出自は未だ不明です。清原氏も同じく出自不明です。両方とも中央の出自と考えることもできますが、地元の豪族の可能性もあります。
追記 (稲用)
2017-09-27 23:02:08
思い出しました。宗像大社からそれほど離れていない宮地嶽神社の祭神は、勝村大神と勝頼大神で、これも勝(すぐり)じゃないでしょうか。あ、そういえば、村主と書いて「すぐり」と読む苗字がありますね。
そう五輪塔が気になって。 (りひと)
2017-10-01 18:00:09
面白い島もう1つ別件で見つけてしまいましたよ。記事の主に確認してます。そのあと改めて。

今日たまたま通った所で富賀岡八幡宮のお祭りなのか?気になった神社がありますが、トミガオカって富岡八幡の元じゃないかってすぐおもいだしたんですよね。賀は後から入れたようなんですけど賀は安曇探しで全国探している字でもあります。深川なんですど、名前を一字減らすっていうカモフラージュも結構気になってきております。

ひとまずそこまで、またその件で伺いますね。
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Unknown (稲用)
2017-10-06 12:40:53
富岡八幡は先日行ってきましたが、「賀」が付く神社もあるんですね。「賀」と安曇の関係、気になります。

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