日本史大戦略 Side-B 附 東国を歩く会 ~関東・東北の古代・中世史探訪~

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【杉山峠】上杉謙信も武田信玄も通った峠道なので私たちも通ってみた【御殿峠】

2017-04-23 17:55:47 | 歴史探訪
 昨日(4月22日)はクラブツーリズム主催の「さかのぼって学ぼう 東北の古代史・中世史 第4回」ということで、「建武の新政と奥州小幕府」という講座を喋ってきました。



 ※案内板の「親政」は「新政」の間違いですが、もしかしたら私がクラツーに渡した内容に誤字があったかも知れず、そうだったらスミマセン・・・

 11名様のご参加、ありがとうございました!



 思い入れの深い南北朝時代なので、1時間半でどうやってまとめようか苦しみましたが、逆に珍しく時間が5分余ってしまいました。

 理解しづらい南北朝時代の話でしたが、アンケートを見させていただいた感じでは概ねご満足いただけたようで嬉しかったです。

 また、「回を重ねるにつれて面白くなってくる」というご意見をいただくこともでき、「それなら次回はもっと面白くするぞ!」と気合を入れ直しました。

 次回は5月13日(土)に鎌倉時代の奥羽について話しますよ!

 ⇒詳細およびお申し込みはこちらから!

 講座が終わった後はクラツーの担当者の方々と打ち合わせをして、私が案内する北九州を一泊二日でめぐる邪馬台国関連ツアーも催行決定ということで、一時は邪馬台国の研究に没頭したこともありますので、これもまた今からとても楽しみです。

 そして、最近あまり妻とゆっくり過ごす時間がなかったため、夜は吉祥寺で一緒にご飯を食べました。













 はい、これで今日の講座でいただいたギャラは全部なくなりました!

 宵越しの銭は持たねえ!

 と、下総出身のおっさんがカッコつけても仕方がありませんが、基本的に人間は食べるために働いていますので、これでいいのです。

 それに、たまには妻に美味しいものを食べさせてあげたいですからね。

 さて、そんなわけで、一夜あけて本日は、八王子市内在住の歴史仲間と比較的近場の歴史歩きをしてきました。

 八王子市は北・西・南の三方を山に囲まれた盆地のような地形なのですが、南側の低い丘陵には、町田市との境に杉山峠(御殿峠)と七国峠という二つの峠があり、両方とも古代からの交通路だったようです。

 私は八王子市民となって15年くらいなりますが、地図を見るたびにずーっとそれらの峠が気になっており、車で近くを通ることは何度かあったものの、なかなか歩いて行く機会に恵まれませんでした。

 ところが、今回嬉しいことに「一緒に歩きませんか?」とお誘いがあったので、本日私は案内をしていただきながら念願の「峠めぐり」をすることができたのです。

 それでは、そのときの模様を簡単にご報告します。


*     *     *


 横浜線の八王子みなみ野駅に9時に集合。

 天気は快晴、風もほとんどなく、歩くには最高のコンディションですね。

 駅を出発し、東側の片倉高校の方向へ歩き、右手の山に登って尾根歩きの開始です。

 道路を挟んで反対側の山には城郭遺構が出ているようですが私はまだ確認していません。



 今日は極力、古道を歩きたいと思います。

 歩いてすぐにチューリップ畑が!



 尾根伝いに南の方角へ歩いていくと、進行方向右側、つまり西側の眺望が開けました。

 富士急行のバスが沢山止まっていて、富士急の社有地になっていますね。



 やがて、片側1車線の道に出たので横断し、そのまま直進します。

 兵衛2丁目ですね。





 おや、これは何でしょう?



 「都立多摩丘陵自然公園」と書かれていますが、周りは全然公園っぽくないですね。

 でも、昔はプールなどがあって大勢の人が来たそうですよ。

 なお、この道は江戸時代から戦後に東京環状ができるまでの幹線道路です。

 さて今日は、中田正光先生の描いた杉山峠の縄張図を持ってきていますので、まずは杉山峠の城郭遺構を調べてみたいと思います。

 向かって左手の崖の上に戦国時代の道があるのですが、ここからは登れません。

 なので、日本閣の駐車場から行ってみましょう。

 どうみても結婚式場に行く人とは思えないコスチュームの私たちですが、厚かましく駐車場へ進入。

 なんか、一里塚のようなものがありますが、何でしょうかねえ?



 ご存じの方がいましたら教えてください!

 お、山への入口だ。



 縄張図と照らし合わせると、この先に堀底の道があるはず。

 ・・・おーーっ!

 あったー。



 うわー、すごい、堀底道だ。

 さっそく堀底へ降ります。



 堀底を歩くのって楽しいな。

 縄張図によると、この先は右に折れて、そこで崖となって終わっています。

 うん、その通りだ。



 堀の左手は土塁状になっており、その先端には見張り台のような平場があるようなので行ってみます。



 なるほど、今はだいぶ破壊されていますが、ここが先端部分ですね。

 この部分から眼下の街道を監視することができたわけです。



 もう一度堀底へ。



 いやー、いいなあ、こういう道は。

 ちなみに、永禄4年(1561)には上杉謙信が、永禄12年(1569)には武田信玄が川越方面から南下してきてこの道を通って小田原へ向かったはずですよ!

 次に西側の斜面を見てみます。

 竪土塁のようなものがありますね。



 3段ほどになっており、不思議な遺構です。

 ついで、中田先生の図だと南側に平場があり、その平場の西側には虎口のようなものが書かれています。

 ところが、現在は藪の中ではっきり分かりません。

戦国の城は民衆の危機を救った―関東王国の平和を求めた八王子城主北条氏照
中田 正光
滝山城跡群自然と歴史を守る会


 ↑杉山峠の縄張図はこの本を参照しました。また、八王子市内の城跡について網羅的に記述してありますので興味のある方はぜひお読みください。

 杉山峠は御殿峠とも言われ、国道16号線の御殿峠はたまに車で通ります。

 でもその西側の尾根上にある、現在私たちが立っている中世の杉山峠には、既述したように今までずっと来てみたかったのにもかかわらず中々その機会に恵まれず、今日、ようやく来ることができたのです。

 念願が叶った形です。

 中田先生がここの縄張図を描いたのは2008年のようで比較的最近ですが、今度お会いした時には現状を報告しようかなと思います。

 ⇒このつづきはこちら

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