日本史大戦略 Side-B 附 東国を歩く会 ~関東・東北の古代・中世史探訪~

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【奈良県古代史探訪】纏向の大王に会いに来ちゃったの【奈良は意外と近いよ!】

2016-10-15 20:01:10 | 八王子・東京・西関東の歴史
 今日はかねてよりお伝えしていた通り、雷電號を駆って纏向(まきむく)の大王(おおきみ)に会いに来ました。

 そして今は宴の最中です。



 こんな雰囲気のお宿ですよ。



 ちなみに本日は政所別当である私だけのソロプレイで、高井戸探題は今この時間、洋上で独自の政務をこなしています。

 ・・・と、今日もまったく意味不明な出だしだと思いますが、わかりやすい表現をしますと、

 奈良に歴史巡りに来ちゃいました!

 ということです。

 でも今日はとりあえず、携帯電話で撮ったショボい写真を羅列して簡易的なレポートをお送りしたいと思います。

 あ、でも前回このブログを更新してから少し時間が経っていますので、その間のトピックも紹介しますね。

 10月8日(土)は、『新八王子市史 通史編 中世』の執筆に参加しておられます、加藤哲先生の講演を聴きに行きました。

 確か定員は230名だったと思いますが、それ以上に集まってしまったため、会場に入れない人はロビーかどこかでモニターで聴講するというとんでもなく大好評な講義になりました。

 そして、12日(水)は、私の講義で、近畿日本ツーリスト川越営業所にて川越の古代史について喋りました。



 加藤先生の二百数十名に対し、私の講座に来ていただけたのは3名です!

 でもですね。

 加藤先生と違ってどこの誰かもわからない怪しい人物に2000円もの受講料を支払って、大事な時間を割いてくれた方が3名もいたんですよ。

 これは奇跡に近いと思っています。

 ですので、来ていただけた3名の方々にはとても感謝しております。

 次回、11月9日(水)には第2回目として今度は中世を話しますので興味のある方はぜひいらしてください!

 そしてその講義の2日前(時系列がグチャグチャ!)には、講義で使うパワーポイントの写真撮影および足りない部分の調査のために雷電號を駆って川越に出張りました。

 今回の歴史調査には初めて高井戸探題も同陣してくれ、かつ探題は非常にアシスタントとして有能ですのでとても助かりましたよ。

 しかも昼食(ちゅうじき)用の兵糧まで用意していただき・・・



 かつ、探題に帰着した後は夕飯まで振る舞われて・・・



 政所別当の胃袋は完全に探題に掴まれた状態であります。

 はい、こんな話はここまでで、今日は朝5時半に幕府を出て、大和国までやって参りました。

 出発早々、雷電號のカーナビが作動せず慌てたんですが、SDカードが外れていたのでそれを差し込んだところ解決しました。

 そんなわけで、途中、

 ・厚木
 ・清水
 ・岡崎
 ・伊賀

 などで休憩をとりつつ奈良県に入って、普通の道路に出てきたと思ったらそこは天理教の支配地域で、あまりにも天理教の施設が立派なのでとても驚きました。

 宗教法人もここまで成功すれば完全な勝ち組だなあ、なんて感心しつつも、奈良県はまったく土地勘がないのでヘブンでこれを買っちゃいました。



 そして、最初に訪れたのは、「唐古・鍵考古学ミュージアム」です。



 施設に入ると、受付の方が展示ガイドの方を呼んでくださったのですが、その方が親切に詳しく話してくださったので、とても楽しく、かつ有意義な時間を過ごすことができました。

 詳細はまた後日記しますが、関東人の私からしたら弥生時代の遺物がこれだけ豊富に展示してあるのはとても興味深く、かつある種のカルチャーショックでもありました。

 そんなに広い展示室ではありませんが、中身はとても濃いので「唐古・鍵考古学ミュージアム」はお勧めします!


 ⇒「唐古・鍵考古学ミュージアム」の詳しいルポルタージュを日本史大戦略にアップしました!


 続いて、「桜井市埋蔵文化財センター」に行ったんですが、道すがら見た大神神社の鳥居のでかさと言ったらもう!





 桜井市埋蔵文化財センターの目玉展示はやはり、纏向遺跡ですね。

 私は今日、纏向の大王に会いに来たわけなのでとても楽しかったです。

 こちらも絶対お勧めですよ!

 そしてこの時点でもう16時に近かったのですが、日暮れまでに古墳を見ようと思い、まずは卑弥呼の墓とも噂される箸墓(はしはか)古墳に来ました。

 墳丘長280mは普通にでかい!

 

 前方後円墳の最初期のものですよ。


 ⇒「箸墓古墳」の詳しいルポルタージュを日本史大戦略にアップしました!


 つづいて、研究者によっては「古墳」とせずに、古墳の前段階の「墳丘墓」に分類する、纏向石塚古墳に行こうと思ったら、なぜか勝山古墳に来てしまいました。



 墳丘長115mで、武蔵国であればこの大きさでも最大級です。

 箸墓古墳よりも古いんですよ。


 ⇒「勝山古墳」の詳しいルポルタージュを日本史大戦略にアップしました!


 勝山古墳の近くには矢塚古墳があり、それをチョロッと見て、少し向こうに見える東田大塚古墳を遠望した後は、石塚古墳を見ました。



 墳丘長は94mで、やけに墳丘が低いと思ったら大戦中に高射砲陣地として削平されてしまったそうです。

 そして最後に夕暮れの大神神社を訪れて、お土産用に奈良の地酒を買って宿に入ったのが18時ちょっと前という展開でした。

 この辺りは車を走らせていると古墳がやたらにあるので、古墳マニアの私にとっては溜まりませんね。

 これは後宮に側室が2000人いて選り取り見取りの状態よりもはるかに嬉しいです。

 もう、奈良は病みつきになりそうですよ!

 6時間で来れるんなら近いもんですね。

 今日はもう少し宴をやった後、風呂に入って早く寝て、明日は午後の早い時間まで探訪の続きをしてから幕府に帰還しようと思っています。

 あー、めっちゃ楽しい!

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2 コメント

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Unknown (とらねこ)
2016-10-15 20:20:06
なるほど・・・車での移動ということで良い足を手に入れたということで何よりですね、行動範囲も広がり今後の歴史探訪の大きな助っ人という感じです。それにしても生き生きとした姿が思い浮かびます。素晴らしい。
車は便利 (稲用)
2016-10-17 01:27:54
とらねこさん、こんばんは。
帰りは渋滞にハマって、8時間かけて帰ってきました。
でも、車が非常に良く走るため、奈良くらいだったらそれほど大変な感じはしませんよ。
車の良いところと公共交通機関の良いところを組み合わせると、今までよりもっと充実した歴史調べができますね。

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