日本史大戦略 Side-B 附 東国を歩く会 ~関東・東北の古代・中世史探訪~

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【肥前国府跡】筑紫の国&火の国歴史探訪その1【生まれて初めて一人で・・・】

2017-06-20 12:55:45 | 歴史探訪
 以前から何度かお伝えしている通り、クラブツーリズムでは、7月8日(土)と9日(日)の一泊二日で、福岡・佐賀の「邪馬台国ツアー」を催行し、そのガイドで私も筑紫の国と火の国へ行ってきます。

 こちらの左側のツアーです。



 ※嬉しいことに右側のツアーは24名様満席御礼となりました。

 「あれ、邪馬台国って奈良で決定じゃないの?」と思われた方もおられるかもしれませんが、まだ決定していません。

 纏向遺跡を見ると、可能性はかなり高そうだと正直思いますが、私は未来永劫、決定的な証拠は出ないのではないかと思っています。

 理数系の方は正解は一つであって、その正解を導き出さないと気持ちが悪いかもしれませんが、歴史というのは正解がない学問だと思っており、正解は歴史を楽しむ皆さんの心の中にそれぞれあって、他人の考えに難癖をつけずに、皆さんが歴史のロマンを楽しめばいいのではないかと思っているのです。

 というわけで、北九州説を考える楽しい素材が見つかればいいなあと思い、先日の土曜日(6月17日)の5時20分に自宅を出発し、一路筑紫の国へ向かったわけですが、今日はその時の様子をご報告します。

*     *     *


 私が住んでいる多摩地域からも奈良時代は防人(さきもり)が太宰府まで行ったわけですが、私は馬は持っていなくても飛行機を利用することができます。

 と言いつつも、実は私は一人だけで飛行機に乗るのは今日が初めてなのです。

 しかも、44年間の人生を振り返ると、飛行機に乗ったこと自体数えるほどしかなく、海外にも行ったことがありません。

 しかしそれでも、ボーイング777-200がすでに一昔前の飛行機になってしまったことは分かります。

 前回飛行機に乗ったのは、2009年に母と妹と一緒に母の故郷の宮崎県に行った時です。

 その時の記憶があるので、多分乗り方は分かると思いますが、何が起きるか分からないので、念のために早めに家を出ました。

 電車を乗り継いで国内線第1ターミナルに付いたのは7時半。



 クラツーからいただいたバーコードの印刷されている紙を使って搭乗手続きをして、荷物を預けに行こうと思います。

 でも、預けてしまったら向こうに付いた時にそれを引き取る時間がかかってしまい、今日は1分でも無駄にしたくないので、荷物は機内に持ち込むことにします(係りの人に聞いたら大きさ的に大丈夫だということです)。

 つづいて、所持品チェックを潜り抜け、搭乗前に腹ごしらえをしたいと思います。

 チョイスしたのはこれ。





 飛行機を眺めながら朝飯を済ませ、いよいよ搭乗です。

 なんて、大げさに書いているなあと思われると思いますが、滅多に飛行機に乗らない人はかなりなビッグニュースなんですよ。

 今日搭乗するのはこの飛行機ですね。



 すでに一世代前の飛行機になってしまった感のあるボーイング777-200に運ばれ、10時20分には福岡空港に到着してしまいました。



 今日は下見に使える時間は7時間ほどしかありませんが、できる限りベストを尽くして歴史めぐりをしますよ。

 福岡空港のすぐそばでレンタカーを借ります。



 車種はトヨタのヴィッツです。

 ヴィッツを操縦するのは今日で2度目ですが、小さくて操縦しやすい車ですね。

 まず初めに向かったのは肥前国府跡です。

 おっと、いきなり今度のツアーに含まれていないスポットですよ!

 今度のツアーには吉野ケ里遺跡が含まれているのですが、地図を見ると高速道路で佐賀ICまで行ってしまえば、ICのすぐそばの肥前国府跡を見てから吉野ケ里遺跡に行っても大したロスにはなりません。

 今後の新たなコース造成のためにも、この際見れるものは見てこようと思っており、クラツーの担当者からも許可をいただいています。

 ICを降りるとすぐに「肥前国庁」という交差点に出ました。



 ここを右折するとそこが肥前国府跡です。

 駐車場に車を停めようとしたら、線も引かれていない無秩序な駐車場!

 どこに停めていいんだろう?

 とりあえず適当に隅の方に停めました。



 では国府跡の中でも政庁があった国庁跡を見てみましょう。

 はい、説明板!









 お、Webで見た復元南門が見えますよ。



 おや、瓦の色がカラフルですね。



 私は役所の跡でも社寺でも門がとくに好きなのです。



 門マニア。



 中に入ります。



 各建物の礎石がきれいに揃っていますね。



 きれいに揃っている場合は、大概の場合レプリカだと思いますよ。



 時計回りにぐるっと一周。



 つづいて肥前国庁跡資料館へ行きます。



 普段、急ぎでないときはこういった施設ではかなり時間を使う方だと思いますが、今日はあまり時間がないので、長居はしないつもりです。

 しかしそうはいっても、どうしても係りの方と話しがしたくなるんですよね。

 気になった点を質問をしてみます。

 まず、瓦の色がカラフルな件ですが、当時の窯は登り窯で性能も良くないため、窯の中の温度が位置によってバラツキが生じ、そのため出来上がりの瓦の色も様々になったそうです。

 今見れるものとしては、奈良の元興寺の瓦がそうです。



 ※資料館の中の展示コーナーは写真撮影NGですが、許可をいただきました。

 そのため、奈良時代の瓦はさっき見たカラフルな感じだったと思った方がよいそうです。

 これは私も知らなかった・・・

 こういうのを「目から鱗」って言うのでしょうね。

 つづいて、綺麗に揃っている礎石ですが、やはりほとんどがレプリカだそうです。

 中には本物も少数混ざっているそうですが、資料館の表に一つだけ本物が移設されているそうです。

 これですね。



 どこの古代遺跡の復元でもそうですが、礎石が真新しいように見えたり、妙に揃いがいいと思った場合は、さきほども言った通りひとまずレプリカかどうか疑った方がいいですね。

 そしてもう一つ、とても面白かったのは、こちらの久池井六本杉(くちいろっぽんすぎ)遺跡です。



 久池井六本杉遺跡は、肥前国府がここにできる前の国府だそうです。

 何が面白いのかというと、その遺跡からは礎石が一つも見つかっておらず、柱穴が規則正しく検出されていることです。

 礎石がなく柱穴ということが何を表しているか分かりますか?

 そうですね、礎石がなければ屋根に瓦を葺くことはできないのです。

 瓦はとても重量があるので、瓦葺きの建物を作りたければ、柱の下には頑丈な礎石で支えないとならないのです。

 そうしないと、瓦の重量で柱が設計値以上に地中に埋まってしまい、建物が倒壊してしまう可能性があるのです。

 そのようなわけで、最初の官衙はこのジオラマのような感じだったそうです。



 ちょっと寂しいですね。

 もちろん、建物の周りには何かしら仕切りがあったはずですが、現状の発掘成果で分かっているのみの復元であることをご了承ください。

 私は「郡衙跡じゃないですか?」と聴いたのですが、国府跡に間違いないそうです。

 係りの方が親切に解説してくださったお陰で、楽しい時間を過ごすことができました。

 さて、そんなわけで最初から時間を多く使ってしまいましたよ。

 まずいまずい。

 時刻はもうお昼ですが、どこかのお店に寄ってお昼ご飯をゆっくり食べている時間はもったいないので、急いで次へ向かいます。

 せっかくの「初佐賀県」なのに私はまったく味気ない人間ですね。

 ⇒このつづきはこちらです
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