日本史大戦略 Side-B 附 東国を歩く会 ~関東・東北の古代・中世史探訪~

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【横網町公園】両国にて関東大震災と東京大空襲の悲惨さを改めて思い知らされました【復興記念館】

2016-11-11 17:22:01 | 歴史探訪
 以前からお伝えしていた通り、一昨日の水曜日は、近畿日本ツーリスト川越営業所にて川越の戦国時代についてしゃべりました。

 前回は古代で今回は戦国時代なんですが、いただいたお題が「社寺」だったので、前回は古代の神社をからめて話し、今回は戦国時代と寺院をからめて話しました。



 参加してくださった皆さん、どうもありがとうございました!

 これで川越については今年の歴史講座は終了です。

 川越へは何度も行っていますが、平日だろうが休日だろうが、いつ行ってもとても活気がありますね。

 八王子もこれくらい活気を取り戻してくれたらなあと思います。

 さてもう一つ。

 本日は、クラブツーリズム主催の「葛飾北斎ツアー at 両国」のガイドをしました。

 11月22日に墨田区の両国駅近くに「すみだ北斎美術館」がオープンするのですが、今回のツアーは両国の町歩きをしたあとに、プレオープンをしている美術館を見学するというコンテンツです。

 今日は26名の方々をご案内しました。

 当然ながら自分がガイドをしているため写真を撮ってそれをルポルタージュにすることはできませんね。

 従いまして、唯一撮ったのはお昼にご馳走していただいたちゃんこ鍋だけです。



 今日は寒かったので温かい鍋がことのほか美味でしたよ!

 実はガイドを依頼されたのが急だったことと、私は近世の江戸周辺に関しては他の時代ほどは詳しくないので、6日に下見に行って土地勘を掴み、そのとき集めてきた資料を昨日の夜と今日の朝読み込んでガイドに臨みました。

 というわけで、今日は本番の内容ではなく、下見の時の様子を単に写真を羅列してお茶を濁そうかなと思います。

※          ※          ※


 前回の記事のとおり、開始時刻は遅めとなり、14時過ぎに両国駅を出発したのですが、まずはお腹が空いていますのでサンドウィッチをどこかで食べたいです。

 ていうか、「サンドウィッチばかりじゃん」というご指摘を受けそうですが、美味しいんだからいいじゃないですか!

 両国には毎年のように訪れている江戸東京博物館があり、確かあの無駄に広い入口広場にベンチがあったような気がしたので行ってみると、思った通り座る場所がありました。



 ようやく兵糧タイムだ・・・



 途中買ってきたコーヒーを飲みながら探題謹製のサンドウィッチをいただき、元気が戻ったところでいよいよ下見の開始です。



 最初に訪れたのは公園です。



 両国は相撲の町なので、何の疑いもなく「よこづな」公園だと思いましたが、よくよく目を凝らしてみると「よこあみ」公園でした!

 こういう期待の裏切られ方っていいですね。









 立派な建物が建ってる。



 どうやら関東大震災で亡くなった方々鎮魂する慰霊堂のようです。

 おや、何ですと?



 ホントだ!



 探題はスカイツリーより東京タワーの方が萌えるといいます。

 で、この慰霊堂の詳細は?



 こちらには花壇があります。



 この花壇も意味があるんですね。



 単なる花壇ではなく、これは「東京空襲犠牲者を追悼し平和を祈念する碑」という祈念碑であり、中央の扉を開けて中に入ると、第二次世界大戦の東京空襲で亡くなった方々の名簿である「東京空襲犠牲者名簿」が納められているということです。

 おや、こちらの「復興記念館」とは何でしょう?





 どうやら資料館のようですね。

 資料館や博物館が大好きな私としては入らずに通り過ぎることなどはできません。

 しかも、入館料が無料ですよ!

 外に無造作に置いてあるものはオブジェなんかではなく、関東大震災の猛火によって燃えたものです。



 では、復興記念館に入りましょう!

 中は思いのほか充実した展示になっています。

 まずは関東大震災の写真展示。



 図版を見てデータから関東大震災を読み解くこともできます。



 関東大震災というと、東京の下町での被害がとくに甚大だったことから、「東京に起きた地震」というイメージがありましたが、神奈川県や房総半島の方が揺れが大きかったんですね。

 焼けた遺物もたくさん展示してあります。



 この建物が建つ横網町公園は、日本陸軍の被服廠の跡地で、関東大震災が発生すると近辺の市民、約4万人が家財道具とともに逃れてきました。

 そうしたところ、当日は運悪く台風の影響で風速17mの風が吹くほど風が強かったこともあり、燃えやすい家具類に引火した火は風にあおられ、火炎の竜巻のような状態となって馬をも飛ばしてしまうほどでした。

 結果、逃れてきた市民の9割が焼死してしまったのです。

 私は毎年行っている両国にこのような場所があることを知りませんでした。

 さて、関東大震災のあとは復興が始まります。

 復旧ではなく、復興です。

 そのため新たな街づくりのアイデアがいろいろと出されて、今であればCGでそれを表現すると思いますが、当時は模型を作って近い将来の東京を計画しました。



 島津製作所ですね。



 このフォント好き!



 多分、こういったジオラマが好きな人は多いんじゃないでしょうか。







 こういった未来の東京をイメージしたジオラマがわんさか展示してありますよ。

 そして当時の震災の被害を描いた油絵もたくさん展示してあり、この「上野公園から見たる灰燼の帝都」には声が出ません。



 他にも、当時はまだ摂政だった昭和天皇が被災地を見舞っている様子の画など、かなり見ごたえがあります。

 以上紹介した以外にも、東京大空襲に関する展示もあり、先日「東国を歩く会」で東大和にあるF6F戦闘機の12.7㎜機銃の掃射によってハチの巣になった変電所建物を見たこともあって、少しずつ戦争遺跡が気になっていたため、このような施設に巡り合えてよかったです。

 このような施設はもっと世の中の人たちに知ってもらって足を運んで欲しいなあと思います。

 ※本日のクラツーのツアーでは時間の都合上立ち寄りませんでしたが、施設のことは猛プッシュしておきました。

 外に出ると、銀杏はようやく色づき始めています。



 おっとっと、今日はスタートが遅かったこともありますが、図らずも見ごたえのある施設に巡り合ってしまいだいぶ時間を使ってしまいました。

 まだ当日案内する予定の北斎スポットは一つも見てませんよ!

 急ぎましょう。

 ⇒この続きはこちらです!
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