日本史大戦略 Side-B 附 東国を歩く会 ~関東・東北の古代・中世史探訪~

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【下総古代史探訪 その5】そっかー、小学6年生のときに来た古墳群はここだったのかー!【旧学習院初等科正堂】

2017-05-05 18:35:20 | 歴史探訪
 先日、自分はいつから古墳に興味を持ったのかなあと考えて、それを思い出して記事しました。

 ⇒こちらです

 意識的に目的を持って古墳めぐりを始めたのは2009年なのでまだ8年くらいしか古墳探訪はやっていないのですが、子供のころに古墳へ行ったことがあることを覚えています。

 小学校6年生の時の担任だった木村先生は歴史が大好きで、私たち生徒によく歴史の話し(雑談)をしてくれました。

 6年生から日本史の授業が始まりますが、教科書的な話しから雑談に逸れて行って、結局ずっと授業とは関係ない話しをしてしまうこともあったのです。

 私的にはそれがとても楽しく、そのお陰で歴史が好きになったようなものなので、木村先生にはとても感謝しています。

 その6年生の時に学年でバスに乗ってどこかの古墳群に遠足に行ったことがありました。

 ただ、当時のことを思い出そうにも、いったい自分はどこへ行ったのかまったく思い出せなかったのです。

 私が通っていた小学校は千葉県松戸市にあり、遠足は千葉県内だったことは確かです。

 さて、今回祖母の墓参りの帰途に千葉県内の古墳を見ようと思ってWebで調べていたところ、この機会に龍角寺古墳群にある岩屋古墳をどうしても見たいと思いました。

 そのため、房総のむらのWebサイトを見たのですが、その中に見覚えのある建物が写っていたのです。

 洋風な古い建物で、私たち生徒は確かその前で記念写真を撮りました。

 101号墳を見たあと、風土記の丘資料館へ向かって歩いていると、前方に30年以上前に見た建物が現れました。



 そうそう、確かこれです。



 やっぱり、6年生の時の遠足はここだったんですね。

 今日は来園者が多く、この建物の前も駐車場になっているようで、どんどん車が入ってきて埋まっていきます。



 これは重要文化財に指定されている「旧学習院初等科正堂」という建物でした。



 しかしそれにしても、説明が簡素過ぎますね。

 隣で見ていた女性が「え、学習院ってここにあったの?」と言っていましたが、移築したとは書いてあっても元々どこに建っていたのかとか、もう少し詳しく書いて欲しいですね。

 ※帰宅後Wikipediaを読んでみました。それによると、明治32年に東京市四谷区尾張町(現在の新宿区)に建てられたあと昭和和12年に遠山村に移築され、遠山尋常高等小学校の講堂として、戦後は遠山中学校として使われ、昭和48年に6月2日に国の重要文化財に指定され、昭和50年に現在地へ移築されたとのことです。

 まるで館跡のように土塁があります。



 順番的には看板が最後になりました。



 いやー、それにしても長年の謎が解けて良かったです。

 ある意味、龍角寺古墳群が私の古墳めぐりのルーツとも言えるんですね。

 では次こそ、風土記の丘資料館へ行きますよ。

 ⇒このつづきはこちらです
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