マンデーの日記

Whatever Will Be, Will Be.

カンボジア旅行記③

2014-01-28 | 旅行


旅行最終日、最後の観光地は東南アジア最大の湖トンレサップ湖クルーズです。
たくさんの魚が住む湖からの恩恵を受け、100万人以上が住んでいるそうでベトナムからの難民が多く学校に通うのはほとんどベトナム人なのだそうです。
実はカンボジアでは裕福な人達なのだそうだ。
その中の一つお土産品店に上陸しました。
タライに乗った子供や親子が近づいてきて1ドルをねだります。
多分貧しいからねだるのではなく、くれるから近づいてくるのでしょう。
あげなかったら、親子連れが恐い顔をして離れて行きました。
お土産品店ではヴィトンやグッチのカバンが置いてある。
勿論偽物で私が見ても見分けがつくのだからどういうものかは分かるだろうが、その割に高いから驚く。


ガイドブックにも載っているお土産品店のアンコールクッキーのお店は日本人がオーナーのお店です。
「カンボジア人の手によるカンボジアの素材を使った本物のカンボジア土産を作ろう」オーナーのマダムサチコさんのこの想いからアンコールクッキーは生まれました。
カンボジア産カシューナッツを贅沢なほどたっぷり使ったアンコールクッキーは日本人の口にあいますし、アンコールワットの形が良いです。

カンボジアの70%は密林でした。
現在はその50%はなくなっています。


ガイドさんはカンボジアには法律がないと言います。無いに等しいと言う事でしょう。

アンコールワットは大きく綺麗で素晴らしい遺跡でしたが、99年間ベトナムに売られていてこのさき90年間はベトナムのものなのだそうで観光の収入は勿論ベトナムのものです。

シュムリアップ空港も個人のものでカンボジアの物ではないそうで私利私欲の為にお偉いさん達が売ってしまったと言います。

今回のガイドさんからは自分の国を少しでも良くしたいと言う思いが強く伝わってきました。
カンボジアと言う国はすごい所でした。
カンボジアはこの先どういう方向に進むんでしょうか!?
民主化が進み豊かになって欲しいです。

まず政治が変わらなくっちゃ…。

カンボジア旅行記②

2014-01-25 | 旅行
カンボジアには1080の遺跡があります。

観光初日、写真を取って1週間の期限付きパスを40ドルで買う(ツァー代金に入っている)
遺跡に入る時はこれを係員に見せるのだが、帽子、サングラスにマスクをしていてもOK。

ジブリアニメ“ラピタ”のモデルになったベイメリアはホテルから約80キロ・1時間半の距離にあります。

アンコールワット・アンオールトムのモデルになった遺跡と言われています。
残念ながら“ラピタ”を見ていないのでどこがその場所なのか見当もつかない。
石の転がり具合がざっくりして良いな~。

正直、アンコールワット以外、遺跡の見過ぎでどこが何処だか分からなくなってしまいました。
夕日を見に行ったプレループ遺跡
密林の中から見つかった遺跡は砂やガジュマルの木の根によって破損が激しくあと数年で崩れてしまう遺跡が何か所もあると言う。

遺跡の回りには物売りがいっぱいいてかなりしつこい。
カンボジア人は無料で遺跡に入れるのだが子供が多い。
その顔は目がぱっちりしていて顔立ちの可愛い子が多いのに驚く。
気になって元締めとかいるのかガイドさんに聞いて見ると、自分たちの為に売っているとの事。少しほっとした。
東洋人を見て大体、日本人か韓国人か中国人かを見分け巧みに言葉を使い分け近づいてくる。
この時、日本人をターゲットにする事が多いそう。

一人の女の子が近づいて来た。
『社長さん』が最後に「お嬢さん」とまで言われたのでは買わずにいかずマグネットを1ドルで買ったら「がんばってね」と励まされた。この子相当頭の良い子だな~と実感する。
カメラを向けるとポーズを取ってくれた。

アンコールトムは850年前の都でワットの約4倍の広さがありアンコール王朝の終わりに築かれました。
密林の中にあった遺跡の回りは数年前まで地雷が埋められており、コブラも生息していると言う。
ブラックジョークが得意のガイドさんの話なのでどこまで本当かは分からないが「この辺にコブラはいるの?」と聞くと『いますよ、呼んで来ましょうか?』とこんな調子。

ベイメリアの帰り道、民家に立ち寄る。

ガイドさんは慣れた調子で民家を案内するのだが、日本人はココナッツとヤシを反対に理解しているのだそうだ。最初がココナッツで次がヤシ。
毎日食べたベトナムのフォーの様な物でなかなか美味しい。


魚のマッサージ。
初めに私が足を入れる。くすぐったくて大笑い。2人目3人目4人目と足を入れた途端に大笑い。道行く欧米人や韓国人が私達を見てこれまた大笑い。
カメラを向け写真を取って行く人も…。おかしかった~




カンボジア旅行記①

2014-01-22 | 旅行
《プレループ遺跡から夕日鑑賞》

仙台7時41分発の新幹線で東京駅へ
成田エクスプレスにて成田空港へ
ソウルインチョンで乗り換えシェムリアップ空港へ

時差は2時間。
添乗員はいないので現地までは自力で行きました。
寒い東北から暑い東南アジアへ初日は移動で終わりました。
カンボジアは今が乾季でベストシーズンです。
今回の旅行も一度も雨に会わず、心配していた暑さも湿度もなく過ごし易かった。

9~15世紀にかけてメコン川流域に壮大な文明を築いたクメール人達は宗教的、文化的な世界をアンコール遺跡に結集させました。
ヒンドゥー教と仏教の神仏への信仰が調和しながら人々の暮らしが築いていきました。

現地ガイドさんは33歳。
私の長女の1歳下ですが、自分の考えをしっかり持っているベテランのガイドさん。
ベテランゆえに観光スポットを良く熟知していらっしゃる。
2年間で日本語をマスターし17歳からガイドの仕事を始めました。
遺跡の説明は勿論、政治、庶民の生活、今のカンボジアを熱く語っていました。
彼らは日本人ガイドながらビザが取れない為、日本に行った事はないそうです。


カンボジアには遺跡は1080あります。
地雷は15年前までは1500万個ありました。
今はまだ500万個あるそうです。
ポルポトが倒れてからは20年間内戦が続きました。
彼が生まれてから総理大臣も大臣も全然変わっていない。
汚職と賄賂の国で、公務員の給料は8000円、暮らしていけないのだそうです。
遺跡でバッジを売る警察官を沢山見ました。

空港までのバスの中の最後のあいさつで、「遺跡、政治、カンボジアについて、ブラックジョークもたくさん話しました。嫌だと思った人もおられたでしょう。日本のガイドブックには、虫除けのスプレーの持参、生の野菜や果物はお腹を壊しますので控えた方が良いでしょうと書かれていますがそれらは15年前の話です。今のカンボジアを知って欲しい」と話されました。
私は最後のガイドさんのこの話がとても印象に残りました。
確かに、虫はいましたが一度も刺されていませんし、どこに行ってもお腹を壊す私が今回下痢もせず帰ってこれたのは驚きました。

我が家で新年会

2014-01-05 | 日記

4日、我が家で兄弟会を兼ねた新年会を開いた。
兄家族、妹家族と娘家族の予定でしたが、妹が急遽、松飾を下ろしてお通夜にでなければならなくなり妹家族は欠席。

料理は牡蠣や雲丹、海老、蟹、タコ、ホヤ、アワビ等とセリ鍋ハモ寿司…。
この日の為に貯めておいた海の幸を並べました。
これで冷凍庫もすっきり。

料理に手が込んでいない分、正月用の中々手に入らないお酒が並びました。
のん兵衛の夫と兄でほぼ2升を空け、その後阿呆どもは9時半夜の街へと繰り出して言った。

疲れました…。