ちぎれ雲

熊野取材中民俗写真家/田舎医者 栂嶺レイのフォトエッセイや医療への思いなど

自分の死を遠くにおくなかれ

2011-04-20 | 心理

 まだ解剖学教室にいた頃、お葬式やお通夜の場に行って、ご遺体をお預かりしてくるのが仕事でした。そのご遺体の服を脱がせ、化学薬品で防腐処置を施すのも仕事でした。私が尊敬している技官さんは、もう何十年もその仕事に携わっている老齢の方で、その手際には何一つ無駄がなく、ほとんど額から光を発するようにご遺体を見るまなざしは、「この人に看取られて死にたい」と思わせるほどのものだったのをよく覚えています。教室にはご遺体が何十体も並んでいました。そこで1年間にわたり人体について教えるのも仕事でした。周囲にはいくつもの標本(実際の人体の一部です)が並んでいて、それはただ眺めるものではなく、その一つ一つが何を示すための標本なのか、どこを見なければならないか、この標本がどういう経緯で(故人のいきさつで)ここに並ぶことになったのか、この標本があくまで人の意志の結果であること、等を、学生さんたちにこと細かに解説し、理解させるのも仕事でした。学生さんたちの実習が終われば、ご遺族と一緒に火葬場に行って、骨を拾うのも仕事でした。
 現在は、生きている患者さんたちを治すのが仕事ですが、臨終を迎えるために入院される方もたくさんいます。そういう方々を看取り、ご家族に死を受け入れてもらい、一緒に葬儀屋さんを見送るのも仕事です。
 救急車で搬入されてくる方が生きているとは限りません。そういう方について、警察の人と一緒に検死するのも仕事です。

 ご遺体というと、多くの人は視覚的なイメージを想像するでしょうが、医療関係者は死んだ人の匂いもわかります。沖縄や八重山で洞窟などに入ると、洞窟に満ちた人骨の匂いにむっとむせて大変なことがあります。トルコのカッパドキアに旅行に行った時も、向こうの人というのは、聖堂の壁や床下に直接遺体を埋葬するんですね、たくさんの観光客がごった返す洞窟教会で、私とダンナの二人だけは遺体の匂いにくらくらして、早々に出て来たことがあります。埋葬されていた部分は掘って空になってるんですが、たぶんまだ他にも埋まってるんだろうなと。
 もちろん感触も知っている。人間の形をしたものでないのも、たくさん知っている。
 だから食事の時に遺体の話なんかされたら、私は味がしなくなって飲み込めなくなります。現実の遺体を知っている人間は、興味本位に話をしたりしません。興味を持つ以前に、現実の方が上回っていますから、もうたくさんなのです。

 こう書いているだけで、猟奇的な興味で読む人もいるでしょう。

 だから、どんなに真摯に「死」と向き合う理由でインターネット上に遺体の写真や映像が出回ったとしても、そこには必ず興味本意で、それが「生きていた人」であることも考えずに群がる人が現れるのは必至で、それも、現実の「死」を知らないからこそ興味津々で群がる人々であって、私はそこに嫌悪を感じるのです。映像を見ていたら、たまたま遺体を見てしまった、キャー、というのは良いのです(それは逆に、良い経験をしたかもしれません) が、わざわざ遺体の写真や映像を探して徘徊する人々に嫌悪を禁じ得ません。そして、「他人」の「死」のみをわざわざ取り上げて、それで現実を知ったような気になっている人々にも嫌悪です。

 本当は、「死」というのはその人本人に一番近いところにあって、近いというか、その人自身がすでに内在しているもの、一つのコインの表(生)と裏(死)のようなもの、その人が日刻々と(死に)向かっているもので、その心臓(もしくは脳)が止まるだけで即、死、なのに(とても身近でとても簡単なことなのに)、自分自身の死をまったく思い描けず、自分の死を遠い所に置いて、実感できないからと他人の死を求める、そういう、自分の死についてまったくわかっていない人々に、私は嫌悪を感じているのかもしれません。

ジャンル:
災害
キーワード
カッパドキア 医療関係者
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