いいかげん署名運動はやめませんか?と思う時が時々あります。
辞めようとしている医者を引き止めようとする時、なぜか必ず湧き起こる署名運動。
やっている方は「なぜいけないの?」と思うのでしょうが、やられた方は「そんなに皆が思ってくれているのね(うるうる)」となるどころか、絶望したり激怒して辞意を新たにしてしまう。
すでに昔から他の方が使っている例えなのですが、良い例えだと思うのでここにも書かせていただくと、
「少子化で社会が大変な今、『子供を産んでください』という署名の束をもらったら、あなたは子供を産みますか?」というのがあります。
どさっと署名の束が来るけれど、つまり、大勢の人たちからのプレッシャーが届けられるけれど、それで誰かが援助してくれるわけでも、子育てを手伝ってくれるわけでも、金銭的に保護されるわけでもありません。「皆が困ってるんだから、あなたが子供を産んで私たちを助けてよ、でも私たちは署名にサインするだけよ」なのです。そこのお姉さん「わかったわ、お腹を痛めてもう一人産むわ」ってなりますか? お兄さん、「よしわかった、少ない稼ぎでも今以上に働いてもう一人育てるぜ」ってなるでしょうか?
どっちかと言うと、「ただでさえ生活苦しいのに、勝手なことを言うなバカヤロー」ってなりません??
同じことが、医者個人を引き止めようとする署名運動で起こっています。もう限界、これ以上一人では医療できないと悲鳴を上げて、「ここで倒れてしまったら、ますます患者に迷惑をかけるだけだ、責任があるからよけいに今の状態は続けられない」と辞めようとしている医師に対して、署名をする方はただサインを書くだけ、「辞めないで」の(一見心のこもった)お願いは「悲鳴なんてあげないでもっと働いてよ」と言ってるのと等しいのです。それでも善意で「そこまで言うならもう少し頑張ってみよう」という医者もいるようですが、結局燃え尽きて辞めてしまったのしか私は聞いたことがありません。そもそも、本来の問題は棚上げしたまま、ただ署名で医者を引き止めただけなので、署名自体は問題解決にはならないのです。
そして、医者が辞意を翻さなければ、「俺たちに死ねっていうのか!」と追い打ちが。
あなたが子供を産まなければ、「子供がいないと社会は終わるんだ、俺たちに死ねっていうのか!」と罵声がとんでくる・・・という所を想像してみて下さいよ。(怖)
でも、署名の束を「これだけの人が困っているんです、少子化対策を最優先で具体的に立てて下さい」と市町村や政府に持っていくのはアリだと思うんです。
同様に、署名の束を「これだけの人が医師を必要としているんです、何とか医者を派遣して下さい」と、医師をたくさん抱えている大きな病院に持っていくのもアリだと思うんです。
つまり、署名というのは公に民意を伝えるために使うものであって、個人に犠牲を強いるために使ってはいけないのだ。
誰かの犠牲による解決を望んでいる限り、ものごとは絶対に解決しないのだ。
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