ちぎれ雲

熊野取材中民俗写真家/田舎医者 栂嶺レイのフォトエッセイや医療への思いなど

署名運動が逆効果になる時

2011-05-13 | 医療

 いいかげん署名運動はやめませんか?と思う時が時々あります。
 辞めようとしている医者を引き止めようとする時、なぜか必ず湧き起こる署名運動。
 やっている方は「なぜいけないの?」と思うのでしょうが、やられた方は「そんなに皆が思ってくれているのね(うるうる)」となるどころか、絶望したり激怒して辞意を新たにしてしまう。

 すでに昔から他の方が使っている例えなのですが、良い例えだと思うのでここにも書かせていただくと、
「少子化で社会が大変な今、『子供を産んでください』という署名の束をもらったら、あなたは子供を産みますか?」というのがあります。
 どさっと署名の束が来るけれど、つまり、大勢の人たちからのプレッシャーが届けられるけれど、それで誰かが援助してくれるわけでも、子育てを手伝ってくれるわけでも、金銭的に保護されるわけでもありません。「皆が困ってるんだから、あなたが子供を産んで私たちを助けてよ、でも私たちは署名にサインするだけよ」なのです。そこのお姉さん「わかったわ、お腹を痛めてもう一人産むわ」ってなりますか? お兄さん、「よしわかった、少ない稼ぎでも今以上に働いてもう一人育てるぜ」ってなるでしょうか?
 どっちかと言うと、「ただでさえ生活苦しいのに、勝手なことを言うなバカヤロー」ってなりません??

 同じことが、医者個人を引き止めようとする署名運動で起こっています。もう限界、これ以上一人では医療できないと悲鳴を上げて、「ここで倒れてしまったら、ますます患者に迷惑をかけるだけだ、責任があるからよけいに今の状態は続けられない」と辞めようとしている医師に対して、署名をする方はただサインを書くだけ、「辞めないで」の(一見心のこもった)お願いは「悲鳴なんてあげないでもっと働いてよ」と言ってるのと等しいのです。それでも善意で「そこまで言うならもう少し頑張ってみよう」という医者もいるようですが、結局燃え尽きて辞めてしまったのしか私は聞いたことがありません。そもそも、本来の問題は棚上げしたまま、ただ署名で医者を引き止めただけなので、署名自体は問題解決にはならないのです。
 そして、医者が辞意を翻さなければ、「俺たちに死ねっていうのか!」と追い打ちが。

 あなたが子供を産まなければ、「子供がいないと社会は終わるんだ、俺たちに死ねっていうのか!」と罵声がとんでくる・・・という所を想像してみて下さいよ。(怖)

 でも、署名の束を「これだけの人が困っているんです、少子化対策を最優先で具体的に立てて下さい」と市町村や政府に持っていくのはアリだと思うんです。
 同様に、署名の束を「これだけの人が医師を必要としているんです、何とか医者を派遣して下さい」と、医師をたくさん抱えている大きな病院に持っていくのもアリだと思うんです。

 つまり、署名というのは公に民意を伝えるために使うものであって、個人に犠牲を強いるために使ってはいけないのだ。

 誰かの犠牲による解決を望んでいる限り、ものごとは絶対に解決しないのだ。
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大自然を管理するということ

2011-05-10 | 知床
(すみません、しばらく来れない間にコメントいただきました。これからお返事書きます)


 知床五湖の遊歩道が一人5000円を出してガイド付きでないと「入場」できなくなったという、知床の新ルールのニュースを聞いて、私個人としては、つまらない世の中になったもんだなあ、というのが正直な感想です。何をつまらないと思うかというのは、昔こんなことがあったからです。

******

 もう10年以上も前のことですが、大雪高原に9月に出かけたことがありました。沼をめぐる山道は真っ赤なナナカマドが沼面に映える紅葉の名所で、この時期大勢の人が押し掛ける有名スポットでしたが、同時にヒグマが活動するテリトリーでもありました。とりあえず人出がものすごいので、人が引くのを待って、午後に高原温泉に行ってみると、登山道への「入場」はもう終了したというのです。ゲートがあって、母体はどこかわかりませんが、管理している団体がいるのです。その頃はゲートに到着するまでゲートがあるなんて情報もありませんでした。(今はもう少しシステム立っていて、ヒグマについてのレクチャーもあるようですが。)
 仕方なく次の週にもう一回大雪高原へ何時間も運転して出直すと、やっぱりゲートは閉まっていて、「ざーんねんでした」と、ちょっとイヤな言い方をされました。13時ちょうどです。天気は快晴。登山客が渋滞しているわけでもありません。イヤミな言い方にカチンと来たのもあるのですが、一番近い沼を往復するだけなら1時間の歩行行程を13時に閉めてもう絶対「入場」不可(それも誰が何の権限で??)というのが納得できず、押し問答になりました。

「ヒグマは午後15時から活動する」
(15時からっすか!?(驚))

「だから15時までに戻って来れないと困る」
(いや、だから2時間もかかりませんてば。せめて一番近い沼を見たいだけです。)

(なんかヘンだよ、ヒグマ時計持ってないよ)

(じゃあ30分歩いた所で引き返してきますから。)
「それもダメ。それにあんたその格好ね」

 そう言って、管理人(?)は私をじろじろ見ました。よく見ると、いわゆるカラフルなザックに上下ゴアテックスにスパッツを履いて、登山靴をガツガツ言わせて、誰もかしこも同じような帽子をかぶって、ストックをついた、登山入門雑誌から飛び出してきたような中高年ばかりが下山してきます。私はべつに上下ゴアテックスなんて着ていないし(雨具はバッグの中)、帽子もかぶってないし(山岳部時代から帽子は嫌いで被ったことなんてないよ)、履き慣れたスニーカーにカメラバッグ姿です。今まであちこち山をやって、重いカメラも抱えて歩き回る中で、試行錯誤しながら必要最小限に装備を削って、自分が一番歩きやすく、かつ危険のないように至った、歩き慣れた格好でした。
 が、それは、山の装備を何にも知らないで軽装備をしているフトドキモノと、見分けがついてもらえないのでした。
 つまり、登山入門雑誌から飛び出してきたようなフルのゴテゴテの格好 - - - そのまま7日間の山岳縦走ができてしまいそうな - - - をしない限り、山を甘く見た初心者の軽装備と、山行を重ねて試行錯誤の上自分に合ったように削った軽装備は見分けられないのだ。私自身は「ここは縦走するようなフル装備で歩くような所かい!?」と思っているけれど、管理人(?)からは「山のことなんか何にも知らないパーなカメラマン」にしか見えていないのです。

 トムラウシ山で大量遭難があって有名になりましたが、私がトムラウシ山に登っていた頃は、2泊3日の縦走コースを、スニーカーに軽装備で走るように駆け抜け、日帰りで下山してくるというやり方をしていた人たちもいたのです。ただそれは、普段から厳しいトレーニングを重ね、天気図も自分で毎日読み(山をやる人は自分で天気図をつけるし、自分で天気図から天気予報をするものです)、コースもエスケープルート(何か起こった時にすぐに下山できるルート複数)も調べ上げた上で、この日この気候この体調ならゴー!という時に、実行するものです。
 が、そういうベテランの人たちの格好も、他の人が見たら、山を舐めたパーな人たちにしか見えないでしょう。

 結局のところ、大雪高原沼も、本当に山を知らないで軽装備で入って、ケガをしたり、ヒグマと遭遇して問題を起したりする人が後を絶たないのでしょう。たとえ私が1時間で歩ける範囲でも、実際に3時間くらいかけないと下山してこれない登山客の人々もいるのだと思います。そうすると、危険や問題を回避するためには、とにかく全部「排除」するしかない。スタンダード(と思われているもの)からちょっと外れるものはことごとく制限し、「入場」時間を決めてゲートを閉めるしかないのです。

 私はそこは「山」ではなく、「山というテーマパーク」なのだと思うようにしました。
 管理されて、ゲートがあって、入場時間のある遊園地のようなテーマパーク。
 管理されてるから、何か事故が起こった時には、入場者の責任ではなくて、管理者の責任になる所。
 山を知らない初心者が入ってしまっても、レンジャーや管理人が常に見回っていて、何が起こっても助けてくれる場所です。

 でもそれは、私には何の魅力もありませんでした。
 山に入るということは、自分で責任を持つということです。自分で責任を持って山の中を歩く、責任を持って山を知る、注意深く観察する、自分自身をも注意深く把握する。それが大自然との対話にもなるのです。
 だから、それを放棄して誰かに管理してもらう場所は、遊園地と一緒で自分がお客さんになってしまうのです。「大自然」がアトラクションや見せ物になってしまう。
 自然を守るため、かつ自然から人間を守るため、そうは言っても、それは私にとっては、本来の自然とのやりとりから遠く離れた、もはや違う場所なのでした。
 私は結局大雪高原沼には行きませんでした。今後ももう行くことはないだろうと思います。

******

 そんなわけで、知床のニュースを見るにつけ、大雪高原沼のことを思い出すのです。
 それで、つまらない世の中になったなあと思うのです。

 実際にはヒグマを見るなりソーセージを投げるようなぶっ飛びものの観光客までいるので、五湖の遊歩道を管理するのは仕方のないことなのだと思います。
 遊歩道に「入場」する前に全員が必ずヒグマについてのレクチャーを受けなければならいというのも、大変重要なことで、知床自然センターの皆さんがよく考えてすごく頑張っているなあと思います。
 私自身も、五湖の遊歩道だけが問題なのではなく、普通の車道であっても、ヒグマを見つけるなりタクシーを下りちゃう(のみならず、写メしながら寄ってっちゃう)人とか見るにつけ、これ管理しないと絶対マズイわ、普通の車道でも命がけだわ、とか思いますもん。
 その一方で、自分自身で知識を身につけ、周囲に細心の注意を払い、自己管理をしっかりやっている大自然を愛する人は、ますます知床に近寄りにくくなるなあと思うのでした。

 まあ、どれほどトレーニングしようと、細心の注意を払おうと、ヒグマのプロになろうと、それでも事故は起こるんで、大きなことは言えないんですけどね。


**(補足)**

 補足なんですけど、当時大雪高原で私がなんだかヘンだと思ったもう一つは、押し問答した相手が「そんなに登山道に入りたいんなら、隣の(高原沼じゃない方の)登山道(ゲートはない)を登って山の上に行ってくればいいじゃないか。そのかわり何があっても知らないよ」と捨て台詞のようなことを言うのです。山の上は大雪山系の標高のある稜線上ですから、私的には沼の遊歩道よりもっと山として危険だと思うんですが。結局私はちゃっちゃと隣の普通の登山道を登って、稜線を歩いて、ちゃっちゃと15時には下山してきました。管理されている所と、されていない所。なんだか腑に落ちないなあと思ったことを覚えています。
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しだれ桜の里を発見

2011-04-24 | 熊野

 和歌山県、奈良県、三重県にまたがる山中で、昭和30年代以前の、まだ車道ができる前の、人が自分の足で歩き回っていた頃の道を調べていると、古い集落はぎょっとするような高い峰の上に開けていたりします。
 奈良県十津川村の県道735号沿いも、車でただ通っているだけだと、所々にしか家がなくて寂しい、山ばかりが迫る谷深い道です。でも、集落は実はたくさんあるのですね。県道から一々細い車道に入り、ひえーと思うような高度を登っていくと、家々がある所に辿り着くのです。普通に皆さんが暮らしている所から見下ろすと、それまで通ってきた県道は、はるか眼下の崖の下に・・・。

 でもこれ、昔の・・本来の街道が、山の上を通っていたからなんですね。昔は、峰から峰を結んで、人々はもっと高度の高い場所を行き来していたわけです。家々も田んぼもちゃんと、メインルートを囲んであるのです。わざわざ崖の下に、それも日当りの悪い、大水の度に地形の変わるような不安定な場所に、下りてこなくてもいいのです。

 だけど高度経済成長期に、車が通る道は、沢に沿ってくねくねとつくられました。山の上を越えていくような道路はつくれなかったからです。
 車道の方が、集落から離れたはるか崖下に遠ざかっていったのですね。

 その結果、現在の私たちが車から見ると、ぎゃー、と思うような高度に家々が・・・(@@;
 「なんでまたあんな所に家をつくったんだろう」とか、「十津川村はとんでもない所に人が住んでいる」とか言われてしまう所以ですね。
 本当は、もともとは、とんでもない所じゃなくて、メインルート沿いだったんですけどね。

 さてそんな、十津川村の県道735号の枝道を1つ1つ入って、集落を確かめながら遡上していると、谷の対岸にある集落に上がってびっくり仰天しました。くねくねした山道がぱっと開けた瞬間、集落の中をつっきる道が、桜、桜、桜だったからです。それも見事なしだれ桜!
 そこに住んでいる個人の方が植えたものだと一目でわかります。そして、集落の他の家も一緒になって桜を大切にしようとしている意思が見えます。他の家々の敷地にも、若いしだれ桜が、新しく植えられているからです。

 ここは市原という集落。

 興味のある方はぜひ地図を開いてみてほしいのですが、市原は、(熊野古道小辺路で有名になった)果無山脈への街道の登り口の一つにあたります。大正時代までは、上湯川上流の集落の人々は果無山脈を越えて、熊野萩へ(現在の「道の駅奥熊野古道ほんぐう」のある辺り。昔から熊野川の川運の要所でした)買い物(!)に来ていたのです。1泊2日で行き来したそうです。(ここでもやっぱり、川沿いにくねくね遠回りするのではなく、峰の上をまっすぐ目的地に向かって越えていきますね)


もう満開の頃は過ぎていましたが、それでもしだれ桜の見事さは変わりません


 北海道に戻ってから調べると、十津川村では有名なしだれ桜の名所だそうですね。七郎さんという方が植えていらっしゃるそうです。過去の人が作った名所ではなく、現在の人が今も手をかけ作り続けている現在進行形の名所、いかがでしょうか。


 ↑Google Earthをチェックしたら、グーグルアースでも市原は桜が満開!
 周囲山しかない中に、それも県道(上の方にある沢沿い)からちょっと離れて、ポツンと市原の集落がある様子が見てとれると思います。

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日本人はどうしたらもっと日本を好きになってくれるだろうか

2011-04-21 | 雑記

 最近ちょっと、相撲のニュース、管首相のニュースなどを見ていて心配になることがあります。
 どちらも、どうしようもないのはわかっている。でも、ただただ叩いて、引きずり下ろして、それでいいんだろうかと感じるのです。

 相撲は、日本の誇りのスポーツでした。私は大鵬の時代のことなんかを度々取材するので、当時の相撲人気、というか、それがどれほど日本の人々に勇気と活力と、決して裕福でない毎日の中にどれほどの楽しみと希望をもたらしてくれたか、その頃を知らない私にもありありとわかるように聞かされます。相撲は武士道も含んでいて、日本の精神を表すものでもありました。幕末に鎖国を破って外国人たちが入ってきた時、幕府が真っ先に披露したのが相撲でした。それが、外国人に最もアピールできる(と当時の日本人たちが考えた)日本の強さと精神の象徴だったからです。それが今や、日本の精神どころか、地べたを這うような失態に陥っていることはよくわかります。現況では厳しく問いつめ、叱咤することしかできないのかもしれません。しかし、もう相撲はやめてしまえ、国技にもしなくてよい、組織は解体せよ、という意見を聞いていると、日本人が今まで築き上げてきた象徴というのか、日本人があれほど大好きで誇りに思ってきたものを、日本人が叩き潰して消してしまっていいのだろうか、という気持ちにかられるのです。自分たちが大好きだったものを、自分たちの手で潰してしまう。潰して無くしてしまった後には、何も残らないのです。

 情けない日本の首相についても同じです。日本人が、曲がりなりにも自分たちで選んだ政党です。それを、まあ、期待と相当違ったとはいえ、もう辞めてしまえ別の奴にしろと引きずりおろしてしまうのも、いいのだろうかと思うのです。ええと、情けない首相個人をターゲットにするのはいいんですけど、それを曲がりなりにも選んだという自分たちの気持ちまでを、自分たちが否定してしまっていいんだろうかという心配なのです。そこには、単純に相手を攻撃するというだけでなく、自分たち自身を否定するということも含んでいるのです。否定して、自分自身を否定して、後には何も残らないです。では次は誰を首相にすればいいかという希望もない。たぶん次に誰が首相になっても、また引きずり下ろしたくなるでしょう。

 私はあちこち点々としているのですが、以前いたある市町村では、行政が道路をつくらなければ文句が出、道路を作れば作ったで文句が出、市町村の各設備も不満があるので利用せず、近所の店は駄目だからよその市町村へ買い物に行き、飲食店も駄目だからよその市町村へ外食しに、と流れていきました。その市町村の設備やお店や飲食店がよくないとは、私には全然思えませんでしたので、逆に、よその人々が憧れる土地でしたので、どうしてそんなに誰も協力せず、文句を噴出させて叩いてばかりなのだろうといつも思っていました。最後に、ここの人達は自分たちの街をあまり好きじゃないんだ、と思いました。せっかくの自分たちの市町村を、自慢に、誇りに思えないでいるように見えました。
 好きでないもののことは応援する気にもならないでしょうし、好きでないものに対して協力したり、大事にして育てていこうなんていう気にもならないでしょう。自分たちが地域を好きで自慢したくならなければ、地域を守ることも、発展させることもできないのです。同様に、自分を好きにならなければ、頑張ろうという気持ちも湧いてこないと思うのです。
 それで、その市町村を離れるまで、どうしたらみんながその街のことを好きになれるのか、ずっと考えていました。攻撃したり叩き潰したりしなくてはならないこと、ではなく、こんなに良い所があったんだという再発見や、ここが好きだったんだという再認識を、どうしたら、どこから、引き出せるのか。どうしたらみんなが街を自慢に、誇りに思えるのか。そして、どうしたらそれを子供たちに伝えて、子供たちがその市町村を大好きになってくれるのか。

 おんなじことを、日本についても時々考えます。

 日本人が大好きだった相撲を叩きのめして、相撲を大嫌いになってしまっていいんだろうか。
 日本人の好きなものを、一つ、一つ、消してしまっていいんだろうか。
 大好きなものがなくなってしまったら、日本には何が残っているんだろうか。

 日本人が民主主義で、曲がりなりにも自分たちで選んだ政党やそこから出て来た首相を、自分たちで否定してしまっていいんだろうか。
 日本のトップにあたる人を、日本人が自ら叩きのめしているような状態は、これでいいんだろうか。

 どうしたら、もっと好きになれるだろうか、もっと応援できるようになるだろうか。どうしたら、そこにあるものを否定して「無」にしてしまうのではなく、改善してより大きな「有」にできるだろうか。どうしたら「ここまでやった」「これができた」部分に目を向けることができるだろう。どうしたら、「こうすれば良くなる」「こうすれば改善できる」という意見を出せるだろうか。

 それにしても、相撲も首相も内容がどうしようもなく情けなさすぎて、良い案がまったく出てこないところが、また悩みの種なんですが。




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 ところで、津波の映像に関する記事ですが、意図しなかったとは言え、キーワードをばらまくような真似をして、来た人に怒っていても仕様がないので、そもそものキーワードのターゲットになるURLを載せた記事は消しました。いまだ、そのキーワードで探し求めて来られる方の数がものすごいので。
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自分の死を遠くにおくなかれ

2011-04-20 | 心理

 まだ解剖学教室にいた頃、お葬式やお通夜の場に行って、ご遺体をお預かりしてくるのが仕事でした。そのご遺体の服を脱がせ、化学薬品で防腐処置を施すのも仕事でした。私が尊敬している技官さんは、もう何十年もその仕事に携わっている老齢の方で、その手際には何一つ無駄がなく、ほとんど額から光を発するようにご遺体を見るまなざしは、「この人に看取られて死にたい」と思わせるほどのものだったのをよく覚えています。教室にはご遺体が何十体も並んでいました。そこで1年間にわたり人体について教えるのも仕事でした。周囲にはいくつもの標本(実際の人体の一部です)が並んでいて、それはただ眺めるものではなく、その一つ一つが何を示すための標本なのか、どこを見なければならないか、この標本がどういう経緯で(故人のいきさつで)ここに並ぶことになったのか、この標本があくまで人の意志の結果であること、等を、学生さんたちにこと細かに解説し、理解させるのも仕事でした。学生さんたちの実習が終われば、ご遺族と一緒に火葬場に行って、骨を拾うのも仕事でした。
 現在は、生きている患者さんたちを治すのが仕事ですが、臨終を迎えるために入院される方もたくさんいます。そういう方々を看取り、ご家族に死を受け入れてもらい、一緒に葬儀屋さんを見送るのも仕事です。
 救急車で搬入されてくる方が生きているとは限りません。そういう方について、警察の人と一緒に検死するのも仕事です。

 ご遺体というと、多くの人は視覚的なイメージを想像するでしょうが、医療関係者は死んだ人の匂いもわかります。沖縄や八重山で洞窟などに入ると、洞窟に満ちた人骨の匂いにむっとむせて大変なことがあります。トルコのカッパドキアに旅行に行った時も、向こうの人というのは、聖堂の壁や床下に直接遺体を埋葬するんですね、たくさんの観光客がごった返す洞窟教会で、私とダンナの二人だけは遺体の匂いにくらくらして、早々に出て来たことがあります。埋葬されていた部分は掘って空になってるんですが、たぶんまだ他にも埋まってるんだろうなと。
 もちろん感触も知っている。人間の形をしたものでないのも、たくさん知っている。
 だから食事の時に遺体の話なんかされたら、私は味がしなくなって飲み込めなくなります。現実の遺体を知っている人間は、興味本位に話をしたりしません。興味を持つ以前に、現実の方が上回っていますから、もうたくさんなのです。

 こう書いているだけで、猟奇的な興味で読む人もいるでしょう。

 だから、どんなに真摯に「死」と向き合う理由でインターネット上に遺体の写真や映像が出回ったとしても、そこには必ず興味本意で、それが「生きていた人」であることも考えずに群がる人が現れるのは必至で、それも、現実の「死」を知らないからこそ興味津々で群がる人々であって、私はそこに嫌悪を感じるのです。映像を見ていたら、たまたま遺体を見てしまった、キャー、というのは良いのです(それは逆に、良い経験をしたかもしれません) が、わざわざ遺体の写真や映像を探して徘徊する人々に嫌悪を禁じ得ません。そして、「他人」の「死」のみをわざわざ取り上げて、それで現実を知ったような気になっている人々にも嫌悪です。

 本当は、「死」というのはその人本人に一番近いところにあって、近いというか、その人自身がすでに内在しているもの、一つのコインの表(生)と裏(死)のようなもの、その人が日刻々と(死に)向かっているもので、その心臓(もしくは脳)が止まるだけで即、死、なのに(とても身近でとても簡単なことなのに)、自分自身の死をまったく思い描けず、自分の死を遠い所に置いて、実感できないからと他人の死を求める、そういう、自分の死についてまったくわかっていない人々に、私は嫌悪を感じているのかもしれません。

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