Tonton's Miscellany

基本的に日記です。仕事のこと、家族のこと、本やニュースの感想など、ごちゃごちゃつづります。

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体脂肪率「3%」って?

2009年02月26日 | 【雑言】
最近、近所に新しい公営体育館ができた。
トレーニングジムがあってマシンがいっぱい置いてあるので、試しに行ってみました。

自慢じゃないけど、こういうマシンを見るのも触るのも初めてで、乗馬タイプのマシンだけは電器屋さんに並んでいるのをお試ししたことはあったけど。

何をどの程度やったらいいかも分からないんで、「何かアドバイスとかいただけるんですか?」と聞いたら、インボディ測定をして、それに合わせてコンピュータがお勧めメニューを出してくれるそうな。面白そうだからやってみようかと。

で、結果。

体脂肪率「3%」

そんな。死んじゃうよ。

というか、どう見ても、私が体脂肪3%のわけないってことは分かる…はず。
いくら初対面だからと言って、インストラクターも分かったはず…なんだけど。

でももらった時は、嬉しかったわけじゃなくて、狼狽えてしまって、気の弱い私はその点を問いただすこともできずにそのまま。しかもそこに載ってた「お勧めメニュー」に素直に従い、何やら筋肉系のエクササイズと、エアロバイクに乗って帰ってきた。

ダンナに鼻で笑われたことは言うまでもない。

次に行ったらもう一度測り直してもらわなくちゃ…。
うー、数値を見るのか怖い。
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今年もサンタは来た

2008年12月26日 | 【子どもと育つ】
24日のクリスマス・イブは娘の企画による「クリスマス・パーティ」をやった。
数日前から、何やらゴソゴソ準備していたが、今年はかなり凝った内容。

「これから、だい2かい、クリスマスパーティをはじめます」

…第2回?? そっか、去年が彼女の企画第1回ね。

「さいしょに、歌を歌います」

学校で習っている「冬のうた」と「赤鼻のトナカイ」を家族で歌う。

「では、これから、みんなでちらし寿司を食べましょう」

最近毎年作っているツリー型のちらし寿司が、娘のお気に入り。
ちなみに、今年は仕事があったので手抜き。
・ツリー型ちらし寿司
・マカロニサラダ
・「Freshness Burger」のチキンパック ←グリルチキンで結構お勧め
・沼袋某店のチョコレートケーキ ←地元で評判の店だけど、イマイチ。

「ごちそうさまでした。では、となりのへやにいきましょう」

その後はアトラクション。
・クイズ大会(やたら問題が多い)
・じゃんけんで負けた人が、決められたポーズをする(負けっ放し)
・プレゼント交換(娘が用意した2つのプレゼントを、私と夫で回す)

うーん、なかなか骨のある内容だったような。
来年は、誰か呼んで来ようかしらん。

サンタさんもしっかり見てくれていることでしょう。

齢8歳の娘は、幸いにもまだサンタの存在を信じている。
いや、もしかしたら、サンタの存在を信じていてほしいという父母の願いをくんで、信じているように振る舞っている?…そこまでの演技力はないだろうから、安心して信じている、ということかもしれない。そのうちに「信じておいてやるか」と、こちらを出し抜くようになるに違いない。

今年のプレゼントはキック・スクーター。
当初一輪車をご所望だったが、危ないので「サンタさんには持ってこないように連絡しておくから」と言っておいた。そうしたら、某所に設置されたクリスマスツリーに「パパとママがダメと言っても、いちりんしゃが来ますように」と書いた短冊を下げていた。そんなサンタさんは居ません。

例年通り、サンタさんには紅茶とケーキを用意する。娘には「夜中に起きて、サンタさんと鉢合わせしちゃうと、プレゼントがもらえなくなるから、見にきちゃダメだよ」と言い渡す。嘘も方便??

朝。
パパサンタがケーキを一口ほおばる。そしてツリーの下にプレゼント。

いつもより早く、そーっと起きてきた娘。小さい声で

「…きてる?

まだカワイイもんだ。

「見てごらん」と言うと、ダダダッとツリーのところに駆けていって

「あーっ

この一連の行動は、2歳のときとまったく変化なし。

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今年も終わりに近づいて

2008年12月25日 | 【雑言】
気づいたら、テンプレートがずっと赤とんぼのままで。季節はいつの間にか秋から冬になっていた。

父の四十九日が無事済んで生活はすっかり日常。いや、葬儀の翌日から早速日常に戻っているのは、他家の人間になった以上、当然のことだろう。

気づかない肉体的・精神的ダメージはそれなりにあるようで、仕事以外のことについての気力がなかなか戻ってこない。

先週末は、夫が連休を取って大掃除に励んだ。この家も5年目。あちこちに汚れが溜まってきた。さすがに今年は五徳を買い換える決心がついた。

そろそろ私の勉強部屋を娘に明け渡さねばならない。だけどせっかく集めた資料を処分する気にはなれないので、当面の間、本棚は使わせてもらおう。年明けからはあれらの資料のデジタル化に着手したいと思っている。

娘のピアノが進んできて、ようやくむかし集めた楽譜が役に立ちそうだ。実家に行って押し入れをひっくり返して探し出そう。

この3か月は久しぶりにテレビドラマにはまった。『風のガーデン』『流星の絆』『ブラッディ・マンデイ』の3つ。どれも面白かった。緒方拳はすごい役者だ。

とりとめもない記憶が、とどまることなく消えていく。日常があまりに軽い。5年日誌を買って、来年から手で書くことにした。
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人工呼吸器、そして。

2008年10月14日 | 【雑言】
父を母のもとに無事送り出した。
私たちには、骨壺からあふれるほどのお骨を残して。
今頃は、久々の母の手料理を囲んで、土産話に花が咲いていることだろう。

お父さん、ようやくお母さんに逢えたね。



一時帰宅の翌日の12日、父は1日中目を開けていた。
その夜中に心停止と呼吸停止で、蘇生と挿管。

既に挿管を苦しいと感じることもないそうで、眠る薬は使わなかった。
前日までの24時間フルマラソン状態の荒い呼吸と打ってかわって、機械の助けを借りた呼吸はものすごく静かだった。最初のうちこそ自発呼吸とぶつかることがあったが、だんだんそれもなくなって、規則的な機械の音だけになっていった。

父は、それまでの疲れを癒すかのように、ゆっくりと静かに眠っていた。

14日の未明には、血圧が測れなくなった。脈も弱くなってきていて、看護師さんからは「会わせたい人がいれば今のうちに…」と伝えられた。もう一昨日の一時帰宅で、みんなで楽しく過ごしました…本当に間に合ってよかったです。

一夜明けた14日の朝一番、締め切りの仕事を仕上げに一旦家に戻る。娘を学校に送り出し、即座に仕事にかかり、とにかく終了。10時を待って担当者に連絡して完成前に取りあえず暫定納品をさせていただく。

泊まり支度をして再び昼頃病院へ。途中で病院に詰めている従姉妹から「容態悪化、ちょっと急いで」と電話。南無三!と思って病院に着いたら心拍数が乱高下しているところだった。既に血中酸素量は測定不能。血圧も50以下になっている。

小一時間で心拍は再び落ち着く。

その後姉が一旦家に戻る。6時すぎに戻る予定。
従姉妹と2人でベッド脇で見守る。

4時ごろ、脈が50近くまで落ちて、そこでしばらく安定。思えば、この時点で姉を呼び出しておくべきだったか。既に痰引きを苦しむ様子もない。

5時ごろ、今日当直だという看護師さんがやってきて
「一時帰宅できたのが、本当に私も嬉しかったです」と言われる。
間一髪で間に合ってよかった。

伯母2人が病院へ向かっているとの知らせが届く。
「みんなが来るから、がんばってね」と呼びかける。

5時50分。にわかに脈が乱れて30台が出現。モニターが赤く光る。
ちょっと待って、もうすぐお姉ちゃんが来る。

モニターを見に来た医師が
「もう脈が弱くなっています。側に居てあげてください」

せめて姉が来るまでと必死に呼びかけるが、脈の乱れは収まらない。
気づくと医師や看護師もベッドサイドに控えている。
ああ、もう間に合わない。
ほどなくモニターが「0」を示し、「ピー」という平坦な音が響く。

午後6時00分、死亡確認。


こんなピッタリの時間なんて、母とのデートの約束だったのだろう。律儀で真面目な父は遅刻なんてするわけない。

10分ほどで姉が到着。いつも待ち合わせには遅れる人だ。
一度、父、姉と待ち合わせをしたとき、毎回毎回待たされるのに嫌気が差して、父に当たってしまったことがあったっけ。お父さんが悪いわけじゃないのに。

父の寝顔は、温泉にでも入っているかのように安らかですっきりとしている。もうすっかり疲れも癒されて、元気に飛んでいったのかもしれない。とても悲しいはずなんだけれども、幸せそうな顔を見ると「お母さんに会えてよかったね」という思いが沸いてきた。


母の死から間もなく、既に決まっていた結婚のための式場を、父と一緒に見に行った。帰路、浜松町の駅で、私は今の夫との打ち合わせがあるからと別れた。いつものコートに身を包んだ父の後ろ姿が、心なしか小さかったのを覚えている。

娘が生まれ、父と母とDNAをこの世に遺せたことに安堵した。
子孫を残した後の人生は「おまけ」だと聞いたことがある。
確かに、娘を生んだ後の私の人生は、娘を育てるためだけにあるようなものだ。
父母の生きた証を残し、それを引き継ぐ。命をつないでいく。それが生き物としての「ヒト」の本来の姿なのだろう。





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楽しい思い出になったのだろうか

2008年10月12日 | 【雑言】
ほんの1時間半の一時帰宅。

父からの反応はあまりなかったけれども、少しは楽しい思い出になったのかな。

午前中に実家に行って、娘と2人で待機する。13時前に、父の姉一家が来る。
13時すぎ「今出発しました」とのメール。いよいよだ。

13時30分ちょっと前に、介護タクシーで到着した。
看護師さんがきちんと洋服を着せてくれていた。
ストレッチャーごと家の中に入れて、ベッドに移す。

酸素ボンベ3本。これが今の父の命をつないでいる。
「メモリが5になったら呼んでください」と、介護タクシーの担当者が家の外で待機していてくれる。

BGMに父の好きだったベートーヴェンの交響曲をかけ、みんなでワイワイガヤガヤと、うるさいくらいの、いつもの我が一族の風景。

伯母が持ってきたケーキに、8本のろうそくを飾り、遅ればせながらの80+α歳の
誕生日祝い。本人は食べられないけどね。

家にいたときにお世話になっていたヘルパーさんや、理学療法士の方が入れ替わり立ち替わり会いにきてくださる。これらの人々の言葉は、きちんと聞こえていたと思う。

娘が、初めて生のヴァイオリンを聞かせた。発表会も全然来られなかったけど、ようやく聞かせることができた。

15時前、痰がからんできたのか少々呼吸が不規則になってくる。そろそろ限界。いつまでもこんな時間が続いてほしいけれども、病院に帰らなくては。


後から車で病院に着くと、父は再び病院服に着替えさせられて、モニターと点滴が付いて、口には吸入の管を入れられていた。

本人が一番残念なんだろうな。


楽しい思い出になってくれたのだろうか。

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