福島と沖縄の周辺、メタリアスミイカ、マルケス

2012-01-17 12:30:52 | 日記
 確定申告のための伝票入力のめどがついたので、久しぶりに東京湾に行ってきた。八景の三喜丸から、スミイカ。気の良い船長があれこれ教えてくれるし、激コミという船でもないので、のんびり釣ることができた。釣り座はなんとかいい場所をと思ったけど、間に合わず胴の間で残念だったけど、あたりは13回あり、かけたのは9はいで、もうちょいかなと言う感じだった。前回が10月で20メートルくらいの浅場だったから、しゃくりが弱いのが抜けず(PEが1号でブチ切れが怖くて)、逃げられたという感じもする。 あと1、2回スミイカにいけるかどうか。

 メタリアスミイカは以前使っていたスクイッドスミイカ(シマノ)より軽く、テンヤ釣りでなんと道糸の変化であたりが分かるという優れものだった。が、この道糸の変化をまつという釣り方だと、しゃくり間隔がばらばら、かつ遠くなってしまうので、途中から修正したけど、間に合わずという感じ。


 沖縄の基地問題で、沖縄の痛みを日本全体で分かち合うみたいな言説があったけど、いまいちピンとこなくて、それで今度沖縄に行ってみようと思っているのだが、沖縄の基地が、地政学的にあの場所にないと困るという視点はあるとしても、もし、沖縄以外のどこかということになったら、そのどこかの住民はどうするか。

 福島のことも同じだと思える。日本全体で分かち合うといっても、福島産の農産物(安全でないなら、食べる必要はない)やがれき等の受け入れを拒むのは、うんうん、絆、がんばれ、日本、福島応援とかいっても、全く意味のない、子供の言葉で大人の言葉ではない。

 通常人の感覚として、いやだな、不安だな、怖いなと思いつつ、口に出しつつ、でも、文字通り、日本全体で福島の痛みを背負う=事実行為を日常のなかで受け入れていく。同時代に生きている者として、なんか、宗教的な背負いと思っている。

 新しい仕事の準備のかたわら、ガルシアマルケスの小説を読む。読むのがつらい小説もあって、自分が小説とか読めない頭になったのかと思ったけど、マルケスとか、普通に読めるので、単に合わないということでいいのだと思う。 あと、クルーグマンもね。
ジャンル:
事件
キーワード
スクイッド
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