響 歌

心に響いた歌・詩などを挙げ、それに手繰りよせられた思い出などを綴っています。09年より自作の紹介を中心に・・・。

特集「テロ等準備罪」を詠む(短歌現代8月号)

2017-07-16 00:06:19 | Weblog
特集「テロ等準備罪」を詠む(短歌現代2017年8月号)に寄稿したら、
七首詠「のほほんの」という題で掲載してくださった。

**********


短歌は、政治的な目的のために詠むものではない、
そのようなものは歌ではない、
もっと昇華しなければ芸術とはいえない、
とにかく社会詠はやめなさい。

などなど、


いろいろな助言をいただいた。
よかれと思ってくださったアドバイスである。
ありがたいと思っている。


けれども、詠みたいことを詠めないならば
短歌を続ける意味は、もう見いだせない。


詠みたかった。
たくさんのひとの目に触れるところで詠みたかった。
これは、詠まなければいけないことだと思った。


わたしのために、
言葉を話せぬ娘のために、
その先に続く未来があるなら、
その未来のために。
(おおげさかな・・・)


長くてもあと30年もすれば、私も鬼籍に入るだろう。
歌人としては、名を覚えているひともいないだろう。
けれども、
詠み人知らずの歌として、
これらが、わずかに、どこかに、残っていたなら、


「下手な歌だねえ。でも、ちょっと気になるねえ」
と、誰かの心にひっかかるような
そういうものになったなら、
自分の命の意味が、少しは増すような気がする。


自分のためだけではなく
自分以外の
誰かのためにも
生きることができたような気がする。


そう思いながら、
詠んだ。

読みかえしてみると、
うーん。まだまだ、まだまだ、
とよくないところが見えてきて
推敲したくはなったけど、、、、


あと1冊歌集を出す機会があれば、そのときに、推敲しよう。
そのときがくると信じて、
そのときまで、詠み続けよう。




*********


どんなお金持ちでも
どんな権力者でも
人はみな、等しく齢をとる。
そして、必ず、鬼籍に入る。

だから、自分のためだけにやってきたことは、
自分が消えたときに、すべて消えてしまう。

けれども、自分以外のためにやった何かは、
自分が居なくなったあとも、
自分以外の誰かを介して
繋がれて、繋がれて、
残っていくような気がする。


でも、これも自己満足か。
<自己満足でもいいではないか・・・>





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