『 HARD & LOOSE 』 れいめい塾 津市久居

塾頭の『れいめい塾発 25時』
三重県津市久居にある学習塾『れいめい塾』の塾頭のブログです。

はあ・・・無力やわ

2010年02月28日 23時45分25秒 | 高校受験
橋本ドクター、呉から俺のブログにお出まし、またぞろお仕事していただいたようで・・・。
俺のブログのてっぺん、さらに重くなっとる。
それにも増して驚かされたこと・・・自分のブログに2月は持ち出し30万円て書いとる。
電話では「2月はヒマですから、塾のHPをちょこちょこ変えてますよ」なんぞと言ってたけど、まさか自分のブログネタにするとは思わんかった。
いやあ、開業して2年目、見事な見得を切ってるやん。

それもあって、俺もまたカミングアウトってか。
小5から面倒を見ていた男の子が辞めた。
公立入試10日前のこの段階でだ。
ここ最近、他の塾から密航者多数。
内申のことを生徒に説明しない塾を断罪してたバチかな。
逆に密航されたのか。
あるいは志望が久居高ゆえにこれで良しとなったのか。
どちらにしても辛いこっちゃ。

今までの生徒のなか、もっとも個人的に話をした生徒だった。
何がしかのプレスをかけると塾に来なくなった。
例えば英単語のプリント・・・これを10枚覚えなくっちゃイベントは中止や!
そんなウチ独特のノリには迎合しない。
姿を消すことに自己主張を垣間見た。
しかし、そんな状況に追い詰めないと重すぎる腰が上がらない。
腰さえ上げれば津東を狙えるだけの実力はあった。
できれば大学には行きたい・・・男の子はそう言った。
できれば津東に行きたい・・・昔は男の子、そうも言っていた。
いい時代はあった。
中2の2学期、一次関数の応用・・・平均点が下がる範囲だ。
ここでいい点を取ったらカッコええで! 俺は何度もその男の子にハッパをかけた。
そして取った92点、玄太の背中につけ、健には競り勝った。
でかした! 滅多に褒めない俺がこの時ばかりは褒めた。
そして楽しみにしていた2学期の通知表・・・こりゃ1学期の3から4、もしかしたら5・・・俺は目論んでいた。
・・・評価は2だった。
理由を聞くと夏休みの宿題の提出が遅れたとのこと。
あそこがポイントだった気がする。
勉強に対する姿勢が一歩引いた気がする。
あれ以降、できれば津東に行きたいとのコメント・・・消えた。
それに代わって、できれば久居高校に行きたい・・・そう変わった。
中3になっても志望は棒でくくったかのように久居高校。
そしてその男の子、10日後には久居高校に臨む。
久居高校倍率、1.01倍・・・。

英単語でのプレスが原因と思われる2週間の出奔は中3の初夏のことだった。
あれから半年、短い冬が終わったこの時期、離脱者1名。
それでも俺にできたことはなかったのか・・・自問自答しながら、唇を噛み締める俺がいる。
明日は二日酔いやろね。


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なお、深夜の日本史ネタでのアップ、期待しないでください。

筋金入りの軟弱さ・・・そう、30年前に人から揶揄された俺だが・・・進歩ねえよな。
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絶対に出題されない日本史の授業・抜粋

2010年02月28日 19時45分47秒 | 講義録・インタビュー
和司ちゃん(8期生・三重銀行)の授業が終わった。
受講者は高2の亜里と藍子、高1のあい、そして俺・・・途中まで甚ちゃん。
やっぱり新妻のことが気にかかったのか、授業途中で帰途についた。
その顛末を奥さんにすると、厳かにのたまう。
「女性ってね、風邪をひいてるときに亭主が遊びに行った? え、髪を切りに行った・・・一週間伸ばせばすむことでしょ。え、一人で寂しがってる塾頭を慰めに行った・・・寂しいんだったら家に帰ればいい、家にはかわいい奥さんがいるんだから。亭主のそんな行動はね、女性という生き物はしっかりと記憶に残しておくのよ。そして、またひつと、またひとつと積み上げていって、あるところまで来ると、ええ、臨界点ね、ある日、ほんのちょっとのこと、些細なことでも過去の履歴がフラッシュバックするの・・・そして爆発するのよ」
拝聴の体で聞いている俺。
・・・ということで、甚ちゃん、俺たち男はまだまだ女性という本質を充分に、いや全くといって理解できていないようだ。
健闘を祈る。
俺も頑張る。


「日本史を学んでいておかしいと思うことってない? ただ、機械的に覚えるんじゃなくて、あれ変だなって・・・。例えば、古事記の編纂は712年、それに遅れること8年、720年には日本書紀が編纂されている。これって変、なんで大事業ともいえる編纂事業がたった8年でまた新しいものをつくる必要がある? 律令もそう・・・大宝律令が701年に完成、これは中学生レベルだけど、718年に養老律令がつくられている。これまた大事業、それがたった17年で新しいものに変わっている。その変更たるや、日本書紀も養老律令も微々たるもの・・・変でしょ? 新たにつくる必要がない。でね、日本書紀も養老律令も当時の権力者、藤原不比等の主導で行われている。このことから、不比等が自分の権勢を誇るためにやったんじゃないか・・・そんな推理が出てくる。そう考えると、日本書紀を著した舎人親王は皇族、天武天皇の子どもだけど長屋王なんかと違って、藤原不比等とかなり近い位置にいる。もしかしたら、舎人親王が不比等に都合がいいように改竄を加えたのかもしれない。つまり歴史は権力者によって捏造される恐れがある・・・」
(第一回『絶対に試験に出題されない日本史講義』より)

こんな感じで授業は進む。
そして、中大兄皇子主導で行われた663年の白村江の戦いについて。
なぜ、あんな無謀な戦いを中大兄皇子は試みたのか?
この謎に迫るヒントは以下。

①物部氏と蘇我氏による崇仏論争が行われた。
②蘇我蝦夷と入鹿が大化の改新で殺された。
③大化の改新後に中大兄皇子ではなく、孝徳天皇が即位し都を難波宮という防御しにくい場所に都を移したが、数年で中大兄皇子主導で飛鳥に都を戻した。

これら①から③の知識は高校生なら日本史基礎知識だ。
これらのヒントを駆使して、考えてください。
「なぜ中大兄皇子は亡国の危機をも省みず。唐と新羅の連合軍を相手に無謀な戦いを仕掛けようとしたのか」

和司ちゃんの謎解きは深夜にアップさせます。


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次回の『絶対に出題されない日本史の授業』は3月28日の日曜、午前10時からです。

和司ちゃんを家の近くまで送った。
「奥さんを連れてこりゃいいのに、俺の奥さんといっしょにメシでも食おうや」
「・・・彼女の頭の中には、塾とか予備校とかいうと河合塾とか代ゼミを思い浮かべるようで、れいめい塾を説明しようとしても僕にはなかなかうまく説明できないんです。まあ、なんとか説明できたなら連れて行きますよ」

クリックのほう、上から下までよろしくお願いします。
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甚ちゃん急襲、和司ちゃん初陣

2010年02月28日 14時52分25秒 | 塾の風景
昨夜午後11時過ぎに塾の電話が鳴る・・・甚ちゃんからだ。
「今からそっちに行くつもりですけど、先生あと1時間半後起きてますか」
「・・・起きてるに決まってるやん」
真悠(高田Ⅱ類1年)の化学の授業を終えたれい(18期生・三重大学教育学部)、ベースキャンプだった真ん中の部屋を片付けにきた竜太(18期生・浪人)とで話をしながら甚ちゃんを待っている。

午前0時半、甚ちゃん登場。
俺のブログの底を流れている地下水脈を、甚ちゃんは尾鷲からじっと眺めていたはず。
俺が語る今年の総括をあと時は頷きながら、またある時は首をふりながら聞いている。
俺の話を補強なり訂正修正するのは竜太とれい。
今年の大学受験の全貌が浮かび上がる。


いつしか俺はベッドに沈み、甚ちゃんは真ん中の部屋で寝たようだ。
午前8時からマッツンとこに予約を入れている。
アキラの往復400kmはともかく、甚ちゃんもまた髪を切りに尾鷲からやって来る。
それでも新婚、「奥さんはええんかいな」と俺。
「ちょっと調子が悪くって寝てます」
「ええんかいな」
「熱も下がったようなので、ちょっと行ってくるわって出てきたんですよ。でも、さっき電話しましたよ・・・昼までには帰るって」
時刻は午前10時前、和司(8期生・三重銀行)が姿を見せる。
「絶対に試験で出題されない日本史の授業」の主役登場。
生徒は亜里(津高2年)・藍子(松阪高校2年)とあい(津高1年)の3人、それと俺。
高校生の部屋で第一回目の授業が始まる。
おいおいおい・・・甚ちゃんもおるやん!


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新高1春休みの授業

2010年02月27日 20時41分01秒 | 大学受験
和司ちゃん(8期生・三重銀行)から電話。
「先生、明日の日本史の授業、予定通りでいいんですか」
「はいはいはい、そのつもりでっせ」
和司ちゃんは大阪大学卒だ、だから大阪弁がいい。
「いやあ、もし塾に行って誰もいなかったら寂しいし」
「ハハハ、そんな冗談言えるようになりはって、成長しはって」
「じゃあ午前10時からということで」

授業のお知らせ。
明日の日曜日午前10時から「絶対に入試で出題されない日本史」の授業が始まります。
希望者はどうぞ。


今日のお父さんの襲来で、春休みの授業予定を聞かれた。
困った・・・何も考えていなかった。
内容は例年通りだ・・・数学ⅠAの俯瞰図。
数学ⅠAのほとんど(平面幾何と確率は除く)全部を教えて、これから学ぶ高校数学を俯瞰する内容。
で、苦し紛れに言っちゃった。
「3月20日から月末まで毎日、高校数学を1日8時間ていど」
さらに、「入試終了後の15日~17日の3日間で高校英文法の概要」

・・・ということで、新高1の3月予定が決まりました。
3月15日~18日 「高校英文法の俯瞰図」
3月20日~31日 「高校数学ⅠAの俯瞰図」


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今年の春こそ、奥さんと二人で遠出をしたかったが・・・こりゃ、来年やねえ。
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同業他社を悪く言いたくないけれど

2010年02月27日 19時27分07秒 | 高校受験
和ませてもらった午前から一転、午後は生臭い内申ネタに終始する。
奇妙なことに2件。
それもお父さん主導である。
1件は息子さんを伴って塾に来られた。
内申が低いので俺のブログを読んでの松阪勝負。
ハナッから第三次合格を想定してのもの。
そしてもう一件には電話で応対する。
やはり内申・・・内申が不安なので津にするか津西にするかで悩んでいる最中。

ともに現在塾に通ってみえるとか。
これが不思議なのだ。
なぜ、塾は内申の実情を語らないのか。
頑張れば受かりますよ・・・じゃあ、どう頑張ればいい? どんな風に頑張ればいい?
今の時期に「頑張れば受かりますよ」・・・それは第一次合格か? それとも第三次合格なのか?
この違いをきちんと生徒に説明してから、その生徒が第一次合格で受かるのか、第三次合格で受かるのかを明示する。
しかる後に「頑張って***点くらい取れれば受かりますよ」と言えばいいのだ。
なんで、そんな簡単なことができないのだろう。
ウチみたいな吹けば飛ぶよな塾でさえも、一人一人の生徒に第一次合格を狙うか、第三次合格を狙うかは説明する。
まあ、ほとんどは第一合格。
第三次合格では2年前の良幸(津西2年)。
内申が33のためにハナッから第三次合格狙い。
目標点も220点に設定して、ハッパのかけっぱなしだ。
当日は214点だったが、なんとか合格させてもらった。
しかし、第三次合格にはかなりの実力がいる。
やはり順当になら第一次合格を狙うべき。
つまりは中学進学時から内申の重要性を繰り返し説明する義務が生じる。
どこに? 塾に・・・。
だって、合格させてナンボ、それでお金を貰ってるんやから。

「内申は津高ではあんまり関係ないですね。当日の試験さえ取れれば受かります」
10年以上も前の古風な進路指導・・・オールド・ファッション・ラヴ・ソング。
しかし、こんな指導をしている塾が今もあるなら、それは化石だ。
現在の合格決定の仕組みが分からない、あるいは知らないのなら、教育委員会に行って正直に「教えてください」って頼みなさい。
だったら優しく教えてくれるから。
普段から生徒に言ってるでしょ?「分からないことをそのままにしておく子は伸びないよ」って・・・。

「旧群の進学校は内申はさておき、勝負の鍵を握るのは当日の点数です」
この類の話、昔から連綿と都市伝説のように存在する。
いいかげんにしてほしい。
勝負の鍵を握るのは内申。
内申がないと土俵のうえにも上がれない。
某進学高の教頭と酒を飲んだとき、当日試験の点数勝負の話をすると、あやうく酒を噴出しそうなり叫んだ、「嘘やろ! 保護者ならともかく、塾がそれを知らんかったらアカンやろ!」
その嘘が依然としてまかり通っているのが塾業界なのだ。


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塾までやって来たお父さん、高校入試終了後にウチの塾に密航することを確約いただいた。
感謝する、と同時に恐縮する。
だいたいやね、橋本ドクターが「あと一人!」なんて書いて急かすは、赤文字で「座る席がありません」と煽るは・・・
ハイハイハイ・・・どうせ俺の美意識なんぞ、合格決定の仕組みを知らない恐竜の化石と同様ね、ハイハイハイ

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1992.10.27ケーキ投げ大会!

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