『 HARD & LOOSE 』 れいめい塾 津市久居

塾頭の『れいめい塾発 25時』
三重県津市久居にある学習塾『れいめい塾』の塾頭のブログです。

10月31日

2007年10月31日 14時29分27秒 | Weblog

「風呂は?」「着替えは?」という奥さんのジャブをさりげなくかわして津東の説明会へ。
なんと受付の女子職員、「先生、お久しぶりです」
驚愕!清原やん。
「今日の出席者の名簿に先生の名前があったので楽しみにしてたんですよ」
「いやあ、驚いた。俺、歳食ったやろ」と苦しいコメント。
「私もですよ」と笑顔がまぶしい。

前期選抜の合格者は48名。
その全てが国公立大学進学クラス、今年からできたSクラスに編入される。
試験教科は数学と英語の2教科、それに集団面接が加わる。
今日の説明会の雰囲気ではこの集団面接を重視しそうだ。
自分が4年制大学に進学する意思を明確に説明できるのか?
さらにその向こう、自分の将来像を克明に描けているのか?
出席された塾の先生も言われたが、津東の前期選抜は三重県下で最も加熱するはず。
ウチの塾からは梨紗が受ける。
津東へ進学する理由だけでなく、それ以後の大学の学部選択や就職などに関して己のヴィジョンを熱く語る必要がある。

一番の関心事は中勢地区の情報交換会からの積み残しだ。
内申が33だが当日の試験で190点以上取っている生徒が津東に合格したものの、Sクラスに落ちた一件。
190点以上叩ける実力、津高合格者とそれほどの遜色はない。
津西のボーダーならば楽々合格圏だ。
しかし内申が33ということもあり断腸の思いで津東、それもSクラス進学に希望を託して津東を選んだはず。
このタイプの生徒は意外に多い。
中学の先生方と折り合いが悪い生徒たちだ。
進学校として生き残りをかける津東とすれば、一番入学してほしいタイプがこのタイプのはず。
それなのに190点以上もの点数を叩いてもSクラスに落ちた・・・内申か?
またぞろ内申で振り分けるのなら、Sクラスを編成する必要はない。
今の津東から3年後には旧帝大数名、80人のSクラス半数以上を国公立に合格させる目標がある以上、ここは内申で切る理由が分からない。
三年後に捲土重来を期していたはずの逸材を切った・・・暴挙、そうとしか思えない。
実力があるけれども内申が少しばかり足らない、そんな生徒の受け入れを去年の説明会では標榜していたはず。
それが入学後の審査では、やはり津東内内申?
正直、そのあたりの不透明さを是正されなければ、塾として津東Sクラスを推薦できない。
ここは津東、実力優先を明確に打ち出すべきなのだ。
最低内申を設定、例えば内申30以上あれば当日の得点順に選別するというように・・・。
実力優先を満天下に知らしめることにおいてのみ、津東は蘇生する。


白子の松田先生が隣だったので帰りに飯でもと思っていたが、どうやら帰られたよう。
塾に戻りアキラを「すき屋」のメガ丼に誘うと快諾。
風邪で臥せっている娘のれいもそろそろ復帰時、家に電話をして食欲で誘ってみるがまだまだ無理だと拒絶。
結局はアキラと二人してメガ丼にチャレンジ。
牛肉3人前にご飯が1.5倍という感じ。
「肉の量に比べてご飯が少ない」とは淡々と仕事を終えたアキラのコメント。
俺はというと、遭難しそうになりながらもやっとのことで完食。
これで塾に戻っても寝ちゃ駄目だ、と言い聞かすもののスラム街のベッドに遭難。
里恵からのプレゼント、東野圭吾『使命と魂のリミット』を意識の薄れつつなかで読み終える。

今日は劇場入試を体現しようとする高校生の英語の授業。
今日から津高の高2のお嬢ちゃんが二人参入。
一人は春先まで塾にいた理恵、出戻りである。
もう一人は西郊中出身のお嬢ちゃん。
彼女たちにはさつき(津高1年)同様、事前に英単語のプリントを渡しておいた。
しばらくはこの形式でいくつもり。
年長さん達は風邪でダウン、まだこの模試を受けていない。
俺が解いた実感では易しい。
センター換算点数は素点から5点ほど引いたあたりか。
午後8時試験開始。
そして真ん中の部屋ではアキラが昨日に続いて久居農林の高2相手にマンツーマンでしごいている。
many(たくさんの)がスムーズに出てこないレベルだ。
しかしこの高2が大学進学を心底渇望するならば、たとえ今のレベルがウチの中3以下であろうといつか約束の地が姿を現すはず。
俺の目論見でなら龍谷や京都産業あたりだが・・・。
果たしてこの兄ちゃんが現在の腹筋を地道に続けていくことができるかどうか。
このブログ上に自信を持って俺が名前を打ち込めるのかどうか。
今日から密航してきた津高のお嬢ちゃん達より、素材としては魅力がある。
それが分かっているからこそ、アキラの説明に熱が入る。
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10月30日

2007年10月30日 12時38分02秒 | Weblog

昨夜はアキラ(12期生・某県上級職合格)とつらつら話す。
れいの将来の職種に関しては耳の痛いことを言われたが・・・。
にあサンが松阪から襲来予告もあったのだが、急遽奥さんから帰還命令が出て瞬く間に撤収。
その意味ではにあサンの襲来が伸びて良かった。
アキラがヘルストロン備え付けのスラム街のベッドに寝られるとほくそ笑む。



昼前に塾に来るとアキラがコンビニ弁当をほおばっている。
二人でメガ牛丼を食べにいこうと思っていたが頓挫。
嬉野中は今日も振り替えとかで郁が一人勉強している。
郁は中学入学以来一度も400点を取っていない。
取れそうでいて取れない。
いつもどこかで綻びが生じる。
今度の後期中間が最後のチャンスになる。
さすがに学年末試験の範囲では戦線が延びすぎて勝負にならない。
今回が最後だ。

何かがひっかかったような・・・あ!津東の説明会・・・今日か。
慌ててゴミ箱と化しているパソコン界隈をかき分ける。
良かった・・・明日だ。
明日、生川先生には改訂版のZ会第二回の英単語プリントを持っていこう。

アキラが里恵に頼まれたとかで江戸時代の医学について調べている。
里恵が受ける医療秘書に出題されるそうだ。
「それがですね、前野良沢や杉田玄白のレベルじゃないらしいんですよ」
「となると腑分けを初めてやった山脇東洋クラスか」
「過去問題を見せてもらっていないので何とも・・・」

俺もまたネットで調べ始める。
江戸時代の医者の身分は武士未満庶民以上であることから名字帯刀を許されている。
時代劇の医者に坊主が多いのは戦いの場で戦闘員と非戦闘員を区別する戦国時代の名残とか。
診療科は内科・外科・眼下・口科・針科・児科・産婦人科から成り、内科が本道と呼ばれて他の科より権威があった。
膨大な資料を前に医療秘書で出題されるエリアを想定しているところに郁が質問。
昨日は「太陽はどの方角から上る」という俺の質問に「西」と答えやがった。
このレベルなら郁なら十分想定内、「オマエは天才バカボンか」といなしていたが、さて今日の質問は?
「先生、北極星は北極にあるの?」
「!」
げに恐るべしは郁だ、想定外の方向から自爆テロ食らわしよった。

明日にはアクセス件数が30万を突破する雲行き。
俺のブログもまた日々200弱をカウントしている。
世間の幾多の目に晒され、時には訂正や削除を強いられながらもなんとか書き続けてきた。
塾内反主流派の旗を掲げる香介(9期生・ヤマハ発動機)も、少しは誉めてくれるかねえ。
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10月29日

2007年10月29日 15時52分25秒 | Weblog

中3からの誕生日プレゼントは掛け布団。
昨夜はさっそく新しい布団を堪能。
朝目覚めると郁と里歩の二人が勉強している。
なんで・・・聞けば文化祭の振り替えとか。
アキラがいない。
駐車場にはチェロQがある。
昼前にアキラが登場、なんと散歩していたとか。

覚醒する誕生パーティの記憶。
高3の志望大学が出揃う。
健介(津東3年)が立命館、「先生、僕の合格発表までは生きていてください」とのコメントつき。
7月から塾に戻った佳央理(津東3年)は龍谷大学。
春華(宇治山田高3年)は横浜国立、「お誕生日おめでとうございます」とそっけない。
彩加(津西3年)は三重大学医学部看護、これまた優しい音色で「おめでとうございます」
「えらい優しい口調や。現代文のときとえらい違いや」と俺。
すかさず「だまれ!」と彩加が叫ぶ・・・大爆笑である。
そして年長さんの絵梨香、「中1から塾にいましたが高校進学後に塾を離れ、浪人になって出戻ってまいりました。志望大学は三重大学工学部情報です」
そして最後が娘のれい・・・「すいません、処々の事情がありまして現段階では志望大学を絞れていません。決まったら報告します」
依然として錯綜しているれいの志望大学、いや志望学部か。
どうしても家から離れたくない娘だ。
三重大学は変わらない、問題は工学部か、教育学部か、あるいは・・・。



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10月28日

2007年10月28日 19時43分58秒 | Weblog

身体がボロボロである。
かといってケーキ投げをやらかしたわけではない。
ひどい二日酔いだ。

昨夜のサプライズは岡田(9期生)と田丸・弟ドクターの登場。
さらに田丸・兄ドクターも・・・。
別段示し合わせたうえでの来訪ではなく、全くの偶然ということが嬉しい。
兄弟ともにドクター、それも大学病院勤務なのに挨拶が「兄貴、久しぶり」「おお、元気でやっとった?」
このやり取りに三重県の医療事情が垣間見れる。
そして横山(4期生・花王)も焼酎持参で登場。
甚ちゃんに谷、里恵や舞に森下といった定番のメンバー、そして少しだけの滞在だったが智博(6期生・オリエンタル印刷)も来てくれた。
塾を生業にしたことを感謝したいのはこんな時だ。

田丸・兄ドクターの第一子誕生は以前触れた。
「田丸君、出産おめでとう。で、名前は決まった」
「ええ、皓大(こうた)です」
「おじいちゃん、喜びはったやろ」
「ええ、今までに見たことのないような笑顔で抱き上げてましたよ」
田丸家は3兄弟。
一番上と一番下がドクター、そして真ん中は行列ができる裁判所に出演してコンパが好きな若手弁護士でブレークした。
子供がドクターと弁護士ばかりという究極の子育てに成功した親父さんも、初孫の誕生にはそれ以上の感慨があったんやろね。

その田丸・兄からのプレゼントがおもしろい。
ソフトバンク新書『なぜ勉強するのか?』
おもしろいのは表紙の裏に作者の鈴木光司のサイン、それも「中山さんへ」と書いてある。
「どないしたん、これ!」
「いやあ先日、県文化会館で田中光司の講演があって行ってきたんですよ」
「確かに、2007.10.13って書いてあるけど」
「その時に買ってサインしてもらってきたんですけど」

なんで田丸ドクターが『リング』『らせん』『ループ』でブレイクした小説家の講演なんぞいくねん?
タイトルからすると、子供から聞かれた時にどう答えるかって内容だろうけど・・・おいおいおい、田丸ドクター、今から皓大に答えるシュミレーションでもしはるつもりでっか?



今日はアキラが200km離れた福井から自動車で登場。
親父がチョロQと揶揄する車で365号線を走ってらしい。
午前10時に出発したのに到着が午後5時。
俺の使い古した地図帳をやろう。
そのアキラ、到着早々にひと月後に龍谷大学の推薦を受ける佳央理からリクエスト。
さっそく日本史の授業が始まる。

陵(18期生・大阪芸術大学1年)登場。
「先生、誕生日おめでとうございます」
「どないしたん、こんな時期に」
「大学の推薦試験が始まるからしばらく休みなんすよ」
「えらい早いな」
「京都精華大学も始まってるよ」と森下。
陵は里恵と舞と森下に拉致られて夕食へ。

午後9時半、やっと身体がいつものリズムを取り戻した。
まずは四日市の宮崎本店の『鬼ごろし』から始める。
森下がコーヒーをいれてくれたが、「ああ、もう飲んでるの」
徐々に覚醒する記憶。
昨日の俺の誕生パーティのこと。
パーティでは中3は自分の志望校を皆の前で申告する。
先輩や後輩の前で自分の志望校を明言する・・・ウチの塾用語で言うならば見得を切る。
今年度の中3の10名の内訳は・・・
津高が5名、津西が1名、鈴鹿高専が1名、松阪高校が1名、津東が1名、津商業が1名だ。
心が折れないことを切に願う。
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10月27日

2007年10月27日 17時30分38秒 | Weblog

何もうれしくない誕生日であはる。
しかし昨夜には舞と甚ちゃん、それに受験生の里恵が姿を見せてくれた。
今まで塾をやってきた足跡は塾を訪れてくれる生徒たちだ。
素直に感謝すべきだろう。

午後は高2の兄ちゃんをゲストに招き、中3に関係代名詞を教えた。
ぶっ続けの授業で今日一日で関係代名詞は終了。
いい授業だった。
夏休みにも教えてはあったが、今日の授業で後置修飾の概念が定まったのなら成功。
しかし、教えている側がいい授業だったと思ってもそれは所詮自己満足でしかない。
結局は中3が理解できたかどうか。
明日から2週間ほど調練を開始する。
高2の兄ちゃんはSVOCを駆使できるウチの中3についてこれない。
この現実を真摯に見据えるべきだ。
実直な努力を重ねていくことができれば、たとえ久居農林からでもそれなりの大学に合格できるはずなのだ。

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1992.10.27ケーキ投げ大会!

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