『 HARD & LOOSE 』 れいめい塾 津市久居

塾頭の『れいめい塾発 25時』
三重県津市久居にある学習塾『れいめい塾』の塾頭のブログです。

11月30日

2006年11月30日 01時58分29秒 | Weblog

里恵(7期生)が深夜1時を過ぎた頃まで付き合ってくれた。
たぶん、俺が晃平の件でへこんでるって思ったんだろう。
確かにへこんでいる。
しかし、それを一々気にしていても前には進まない。
ついてないなあ・・・これだけやん。
己の夢をどこに置くのか。
たとえ中学生でも、それが問題なのだ。
ビジネスライクかもしれないが、晃平は自分を安く売った。
安く売りたくなるだけのプロセスがあったんだろうとは推察する。
それには同情する。
しかし・・・あまりにも安い。


昨夜の英語の授業は1977年度の追試の6番長文。
問題用紙の左隅に「7」と書かせる。
7・・・センター試験まであと7週。
ミス1が慎也と瞭(ともに津高1年)。
春華(宇治山田2年)はまったく読めなかったようで吹っ飛ぶ。
いつもながら思うこと・・・英語は残酷である。



予想通りに二日酔いから一日が始まる。
コンビニへ行くと少年マガジンの新刊・・・52号。
昨夜の晃平の決断を聞いた時ほどではない・・・しかし身体がざわめく。

今週号の『はじめの一歩』
宮田一郎の幼き日々の思い出・・・。
試合に負けた父親の病室を訪れる人が日々減っていく。
取り巻きも、ジム関係者も、・・・そして母親までも。
たった一人、父親のグローブを握りしめベッドのそばから離れない一郎。
一郎の心の中には、試合に敗れようとも最後まで強い父親がいる。
ラッシュ時間が少しばかり過ぎた午前10時、目頭が熱くなるのを感じる。
ウィンドー越しの視線を感じ、少年マガジンを持ったまましゃがみ込む。
強い父親になり損ねた俺がここにいる。


南郊中に続いて嬉野、付属と試験終了。
残るは久居と東。
あすかが最後の粘りを見せる。
ウチの塾にやって来てほぼ1年。
紆余曲折はあったものの、志望高校までもう一歩。
この期末さえしのげば、2学期の内申さえしのげば・・・。
これからの7年間が保証される。
家庭ではすぐにすねる横着者だったらしいが、明日で小休止。
セレクションで受かった安心感もあってか、2学期中間はふらふらしていた。
俺もまた何度か話し合い、なんとかここまでやって来た。
ここさえしのげば・・・。

昨夜の里恵に代わって、今夜は甚ちゃんが慰めに来てくれる。
俺のブログを読んだのだろう。
「こんなことなら、はっきりと推薦はやめとけって言うべきやったな」
「しかしまあ、本人が選んだことやからな」
教育基本法から民主党の高校義務教育化、三重県内の高卒内定率が全国1位へと話題が飛び交うものの、お母さんから電話。
「晩飯を食べてきますわ」

春華(宇治山田高2年)が今日もやって来た。
テンションは高い。
自分の何かを変えたい?・・・そうならばありがたい。
今夜は伊勢までのショートツアーだ。

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11月29日

2006年11月29日 15時26分05秒 | Weblog

『さよなら、サイレント・ネイビー』のラスト50ページは結局ペンディング。
昨今話題の岡山の政治家、平沼赳夫がもしかしたら平沼麒一郎と関係あるんかいな?と思って調べたら養子やて分かってびっくり。
それで中央公論社刊の『日本の近代』を読み出す。
平沼が西園寺公望と仲が悪かったのは知っていた。
シーメンス事件で名を挙げ、司法の星として着々と内閣総理大臣の座を狙っていた平沼を西園寺は嫌っていたという。
犬養毅が暗殺された後の首班指名にあたり、軍部嫌いの西園寺が平沼を避け、あえて海軍の斎藤実組閣に暗躍する。
斎藤もまたシーメンス事件では山本権兵衛同様に平沼には冷や飯を食らわされている。
つまり斎藤実内閣樹立は、西園寺と斎藤の平沼憎しの合作。
しかし平沼は支配化にある検察を駆使して帝人事件をでっちあげる。
結局は全員が無罪だった帝人事件だが、これがきっかけで斎藤内閣は瓦解。
しかし斎藤内閣の後の首班には、西園寺の暗躍で再び海軍から岡田啓介を指名する。
こうしてみると、政党政治から日本の軍部政権への迂回は平沼麒一郎がいたからこそとも思える。
そんなことを考えているうちに眠ってしまう。



午前中に、娘のめい(津東3年)を連れて三重大学へ。
下見ではない。
生川先生がやってる実験の被験者への本人たっての希望。
「中山先生は今まで2番だったんですけど、今日すごい人が出ちゃいましてね、3番になっちゃいました」

その話を奥さんにする。
「やっぱ、世間は広いわ。俺なんて所詮は井の中の蛙、大海を知らず・・・ってね。まだまだ自分を磨かなくっちゃ」
「何を馬鹿なこと言ってるの! 手を磨くんでしょ」


南郊中の期末終了。
塾の中には付属の良幸と東の生徒がポツポツと・・・。

パソコンを覗くと14期生の美香のブログが180、俺172・・・負けてる。
俺のブログに愛(東京大学文化Ⅲ類1年)からコメント。
『さよなら、サイレント・ネイビー』の著者、伊東乾に対してのもの。
「イトケンですか? 伊東乾には、夏学期の情報で散々苦しめられましたよ。」
このあたりが東京大学のスゴサやね。
伊東乾は東京大学大学院理学系研究科物理学専攻博士課程を中退。
大学生の時の実験でいっしょにペアとなったのが、オーム真理教のサリン実行犯の豊田亨である。
そして親友たる豊田亨が何ゆえにそのような犯罪を起こすに至ったかを描いたのが、題4回開高健ノンフィクション賞受賞作に輝いた『さよなら、サイレント・ネイビー』
経歴によれば伊東乾は現在、東京大学大学院情報学環助教授とある。

今までなら、作者を見て「ああ東大のセンセか」なんぞを眺めていたわけだが、東京大学の学生にとってはその本人が教鞭を取って自分達を教えているってことが日常茶飯事に起こりうるわけだ。
三重の片田舎で買った本の作者がウチんとこの塾の生徒の先生なんて・・・。
やっぱ東大やね。


南郊中の試験が終わったばかりなのに晃平がやって来る。
「感心やな」
「三重高に出す書類を書かなあかんから」
どうしても津東じゃなかったのか・・・俺の心は震える。

結局は担任の先生の指導よろしく三重高推薦で帰結。
ここ数週間のせめぎあい・・・なんとか津東で勝負させてやりたいがための俺の叱咤や甚ちゃんのアシスト。
しかし今日、すべて決着が着いた。
担任の先生は生徒の今で判断し、俺たちは生徒のこれからに夢を賭ける。
どちらが正しいとは言えない。
しかし、今夜の酒は晃平が初めてウチの塾に密航して来た日から今日までを逡巡しながらの酒となるはず。
明日はひどい二日酔いになる・・・それだけは言える。


ユタカの今日のブログ。
高校時代に先輩から言われた言葉が書かれている。

「壁にぶち当たったときはもがきまくれ。もがいてもがいて必ず乗り越えろ!逃げるな。次に同じ問題にぶち当たっても乗り越え方がわかってるからそれは壁でなくなっている。その代わり次はもっとでかい壁が来る。それをどんどん乗り越えて人間は成長する。」

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11月28日

2006年11月28日 02時54分55秒 | Weblog

昨夜は舞(11期生・某小学校講師)の高1数学の授業。
お題は空間ベクトル・・・1年にベクトル・・・メチャクチャやな。
突如、春華(宇治山田高2年)が登場。
とりあえずは試験範囲の数列をさせる。
使用教材は旺文社『基礎問題精講』
センター試験で平均点を取るための必須アイテム本である。
ことに6期生にはこれを徹底してやらせ、ほとんどが理系となった。
その流れは橋本ドクターが浪人中だった弟(現在広島大学病院勤務)をウチの塾でしごいた時にも、この本を徹底してさせている。
極めつけは古西(JT勤務)、上智大学に嫌気がさし浪人を決めた日に開いた本がこれだった。
ゆえに俺は『基礎問題精講』の冠の形容詞としていつも言う・・・「古西の浪人はこの本から始まった」

その春華、飽きるかな?と思いつつ眺めていると3時間、『基礎問題精講』と対峙していた。
かなり間違えたようだが・・・。
しかし、その姿勢は買える。
昨日の勉強への姿勢がいつしか己の普遍のスタイルとなったなら、1年と3か月後の合格発表会場で歓喜の絶叫をあげているはずなのだ。
そこには想定内だったイカサマめいた高校受験の合格発表会場の風景はない。
掛け値なしの自己の力の発露、荒ぶる魂の発露の場・・・。
頑張ってほしい。

舞の数学が終わってから春華を紹介。
冬のいずれかに舞の授業に組み込んでくれるようにと頼む。
これには彩加(津西2年)も噛むはずだが。
冬が来る。
高校3年の冬ではすでに趨勢が決まっている。
冬が来る。
高校2年の冬が現役合格の趨勢を握っているのだ。


今日から嬉野中の後期中間、そして南郊中の2学期期末の二日目。
かといって俺の仕事は少ない。
質問があれがそれに答えていくだけ。

合い間を縫うように岡南(津高3年)の物理の参考書を求めて新しいエスティマを走らせる。
河合出版の『理論物理への道標』(上・下巻)だ。
これでウチの塾の物理の教材の流れはほとんど決まる。
物理を始めて学ぶ生徒には『物理のエッセンス』(河合出版)。
これには問題数は少ないが、思考するプロセスが描かれている。
それと併用する演習問題として同じく河合出版の『名問の森』
これで普通の大学ならクリアするはず。
しかし東京大学や京都大学を狙う輩には最後の一冊が『理論物理への道標』
東京大学の過去問題を全てやり終えた岡南は今日から最後の一冊に臨む。


伊東乾の『さよなら、サイレント・ネイビー』
俺の読んだ今年の極めつけの一冊となる。
最後の50ページは夜のために残し、生徒の質問に答えていく。


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11月27日

2006年11月27日 16時09分30秒 | Weblog

南郊中の期末試験1日目。
南郊中の4人で平均445点を叩けるかどうか・・・。
なにしろ中3で最も怖い晃平の失点を他の3人がどこまでカバーするか、興味はここに尽きる。
できれば南郊中平均で450点以上!と掲げたかったけどねえ。

今日の雨あがりのウォーキングは伊勢神宮。
さて、紅葉。
密集してはいないものの、神宮内に点在している紅葉は今が盛り。
約1時間少々歩き、ランチは甚ちゃんの携帯に電話。
昼休みに申し訳ないが、以前甚ちゃんが噂してた伊勢の『クック』の場所を聞き出す。
ところがナビがいかれていることもあり、結局は市内周遊の旅。
何度も何度も同じ道を行ったり来たり。
断念して23号線沿いの『 supurb 』の1280円のランチ。
場所は農業屋の隣。
工場の外装はそのまま、店内だけを改装したイタリアン・レストラン。
サラダ・パン・パスタ・デザート・ドリンク。
細い麺のパスタ、おいしかった。
谷君あたり、射程距離に置いておいたら?


先週末に紀平(9期生・YAMAHA)が姿を見せた。
俺と古西と征希がシノギを削っている時・・・金曜日だ。
聞けば翌日の土曜日に中学の時の友達が結婚するとのこと。
場所は大阪。
中学のダチ連中で車で乗り込むって言ってたっけ。
結婚式、どうやったんやろねえ。
平素から絶対に結婚はせえへん!て言うてる紀平やけど、転向声明出したらおもろいのに。
浜松に帰る際には会えへんかったんが残念。

森下はこの週末の日曜日に東京で研究会があるとか。
これで土曜日の飲み会が微妙になる。
「段取り付けれるかどうかやってみるよ」とのコメント残して京都に帰ってしまったけどね。


愛矢歌へ。
たった1行のブログの文章に対して二人からのコメント。
検索数もなかなかのもの。
そろそろ更新のほうお願いします。
愛矢歌への追伸。
三重県ロック界の至宝にも「ウチの塾でコンサートの予定なんぞを中心にブログ書かへんか」って言っといてや。
至宝って誰ってか? やたら元気なアンタの親父、中野重夫や。

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11月26日

2006年11月26日 13時47分19秒 | Weblog

165号線のそこもかしこもパトカーが止まっている。
そういやもう師走だ。

昨夜は森下(立命館大学院)と舞(某小学校講師)とで話す静かな夜。
古西(JT勤務)は尾鷲のじいちゃんばあちゃん宅までご機嫌伺い。
東京からバスで戻ってきた古西だが、これで勇躍新幹線やね。
早く戻れば姿を見せるとのことだったが、結局は見せずじまい。
その古西の師匠から塾の掲示板にメッセージ。
小田ドクターである。

小田ドクターはウチの塾で10期生から14期生までを教えた。
ことに生意気盛りだった古西の首に鈴を付けてくれたことには今でも感謝している。
あの小田ドクターの辛らつな言葉に自信家の古西がよく耐えたと思う。
つまりはそれほどに当時の古西、テンパッていたわけだが。
小田ドクターがいなかったら今の古西は存在しない。
自信家の鼻を打ち砕かれた古西の浪人時代。
あの時代があるからこそ、古西は今もなお自信家でいられる。

小田ドクターの勤務する病院は四日市の大きな病院。
小田ドクターが大学最後の年に教えたメンバーが14期生。
その14期の佳子(星城大学作業療法科4年)、来春から小田ドクターの勤務する病院に就職が決まった。
そして同じ14期のあすか(星城大学作業療法科4年)もまた、鈴鹿の大きなリハビリを主とする病院に就職が決まった。
掲示板では小田ドクター、横田ドクターと佳子とあすかの4人で鍋を囲んだとか。
いやあ、うらやましい。
連絡してくれたら新しいエスティマで駆けつけたけどな、と恨み言ひとつ。

小田ドクターはウチの講師陣のなかでも厳しさと辛辣さでは際立っていた。
神宮で野球をやりたいという夢のために立教大学に進学。
2年間の神宮生活の後、さらなる夢、ドクターになるために三重大学に進学した。
ひとつひとつ着実に夢を叶えてきた自己に対する自信。
その自信家がまだまだ脆弱な自信家だった古西をしごく展開・・・懐かしいねえ。
塾では決してウェットな面を出さなかった小田ドクター。
しかし4年ぶりとなった昨夜の教え子たちとの邂逅。
小田君の胸に去来した想い・・・聞いてみたい。
メッセージでは横田ドクター、来年には実家のある東京へ戻るとか。
是非、横田ドクターが戻る前にみんなで飲みたいねえ。


隼人(京都産業大学1年)を久居駅まで送る。
昨夜、隼人の授業を久しぶりに見た。
俺が口を突っ込むのもやりにくいだろうと、ほとんどは好きにさせている。
その久しぶりの授業は予想以上だった。
高3センター対策模試の1番(評論)と2番(小説)を1時間で解かせて解説。
しかし解説、隼人が説明するのではなく、各自がなぜその選択肢にマルをしたかを説明していく。
つまり各自の根拠が問われるわけだ。
雰囲気でマルしました・・・当たりました、ラッキー!ではない。
なぜ当たったのか、なぜはずれたのか・・・その理由をディスカッション方式で進めていく。
大西君が導入した方法だ。
その薫陶をこよなく受けた隼人、無難にこなしている。
あげく瞭(津高1年)が92点を叩いて、90点以上取れたら奢ったるわとの口約束を履行させられている。

ところで宇治山田のお嬢ちゃんは塾を続けるそうだ。
おもしろくなった。
昨夜、隼人の大西君譲りの授業に初参加。
さてお嬢ちゃんの出来。
まあ最初はこんなもんでしょうとの隼人のコメント。
瞭と祐(津高1年)と慎也(津高1年)には及ばない。
雰囲気だけで解いてきたお嬢ちゃん、そして常に根拠を模索して解いてきた高1の面々。
差は歴然としている。
現代文は日本人なら解けるだろう・・・こんな神話、唾棄すべき与太話。
高2模試での偏差値が60以上というお嬢ちゃんだったが、昨夜の隼人の授業で「現代文に対する神話」が崩れたのであればそれでいい。
現代文もまた、積み重ねた努力を裏切らない。
その当たり前のことを分かってくれたのならば、それは一つの前進。



いやあ、ブッたまげたのは14期生の美香のブログやね。
11月23日のアクセス件数が312名!
一挙にブログランキング入りですわ。
いやはや完敗ですわ。
一週間のトータルではなんとか勝ってるけど、それも風前の灯火やね。
さりとて手をこまねいてツモられるのを待つわけにもいかない。
ここはマージャンで鍛えたセコさで立ち向かう。
ということで美香のブログにウチの塾のリンクを入れた次第。
ズルイね。

15期生の直嗣(鈴鹿医療科学大学3年)が姿を見せる。
親父さんのお葬式以来か。
でも、あの時は話なんてできなかったから2年ぶりかな。
聞けば三重大学で実習が決まったとか。
それで塾の関係者はいないかなと・・・。
三重大学なら北野ドクター・田丸ドクター・長谷川ドクター・中西ドクターといったところか。
直嗣は臨床技術資格を取る予定。
ゆえに実習場所は集中治療室や透析治療などが考えられる。
となると田丸ドクターかな。
実習は来年の初夏・・・その頃までには田丸ドクターに会う機会もあるだろう。
その時にでも直嗣のことを頼もうか。


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