代替案のための弁証法的空間  Dialectical Space for Alternatives

批判するだけでは未来は見えてこない。代替案を提示し、討論と実践を通して未来社会のあるべき姿を探りたい。

真田丸 第40回「幸村」感想

2016年10月12日 | 真田戦記 その深層
 今回は片桐且元から事件の経緯を聞かされた信繁が、きりから背中を押され、大坂入城を決意、そして信繁から幸村に改名するまでが描かれました。

 「幸」の字の由来は明らかでも、「村」の字はどこから来たの? という未解明の疑問に対して、三谷幸喜氏が出した回答は驚き。

 信繁が自分にゆかりのある人物や地名などを紙に記し、それを一字一字切って壺の中に入れる。そして息子の大助にクジを引かせるという設定。なんと引き当てられたのは「九度山村」の「村」の字で「幸村」になったという設定。その決め方だと、もしかしたら「幸喜」になっていたかも。(本多忠勝ゆかりの「大多喜」も含めておけば・・・)

 信繁が候補に選んだ中には、「勝頼」とか「信伊」という文字も・・・・。「幸勝」「幸頼」「幸伊」・・・・。いずれもいけそうな名前です。それにしても、それほどかつての主君・武田勝頼のことを思っているのだったら、信繁が決断をする回想シーンの中に、勝頼との別れのシーンも含めてくれればよかったのに・・・・と思ってしまいました。

 もし「九」や「度」が引かれたらどうなっていたのだろう・・・。「幸九」「幸度」ってどう考えても人の名前にはならないですね。他にも「沼田」とか「上田」とかあったけど、「幸沼」「幸田」とか、人の名前になりそうにないですね。

 さて、私は、本当に信繁は大坂入城に際して改名したと考えているので、大河ドラマで改名してくれて素直にうれしいです。改名の証拠はありません。しかし史料がないことは全て「ウソ」と決めつけるのもおかしいです。

 信繁の身になって考えれば、名前を変えた「はず」としか思えないからです。
 信繁は、自分が入城することで真田本家に迷惑がかかるのを一番恐れていました。それは今に残る手紙から明らかです。徳川方の真田本家が、諱に「信」を通字として使うようになった以上、信の字を捨て反徳川の象徴ともいえる父の「幸」の字へと改名しなければ、大坂入城という自分の行動に対する「けじめ」を付けることはできません。

 幸村は、真田本家に遠慮して大坂の陣では六文銭の旗を使っていません。六文銭の旗印は、徳川方についた真田本家に譲って、自分たちは「失うべきものは何もない」という決意の無地の赤旗を旗印としたのです。それと同様な理由で、信の字も、真田本家に譲ったはずだと私は思うのです。


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