代替案のための弁証法的空間  Dialectical Space for Alternatives

批判するだけでは未来は見えてこない。代替案を提示し、討論と実践を通して未来社会のあるべき姿を探りたい。

なぜ小規模自作農家を守らねばならないのか? 

2006年10月26日 | 自由貿易批判
 尻切れトンボになっていた前の記事の続きを書きます。掲載した2枚の写真はいずれも私が撮影したものです。上の写真は10年ほど前に私が調査していたフィリピン・ルソン島のタルラック州北部の農村の田植え前の耕起の様子です。下の写真は現在でも継続的に通っている中国・貴州省のとある村で撮影したもので、トウモロコシを播種する前の耕起の様子です。
 フィリピンでは水牛、中国では牛の違いがあります。犂の形はフィリピンと中国で若干違うのですが、ほぼ同じ形です。(アジアの犂のオリジナルの形態は中国のもので、日本にもフィリピンにも中国から伝播しました。日本では天平時代には既に犂が使われていた記録があるそうです。当時は著作権や特許がどうだこうだとガタガタ言う人はいなかったわけですね。日本は安心して中国の技術を模倣できたのです)。

 さて、日本や韓国を除けば、アジア各国の多くの場所で今でも畜力による農業が広範に展開されています。とくに私が調査対象にするようなアジアの山間の村々では、トラクターなどまず普及していません。
ここで、畜力による農業を「遅れたもの」「非効率なもの」と見るのか否かを考えようというのが、本日の主題です。

 経済学主流派のディシプリンで頭が凝り固まった人々がこれらの写真を見れば、おそらく「遅れてる〜」とか「なんて非効率で前近代的なんだろう!」ってな感想をもらし、「圃場整備を行い、規模を拡大し、農業機械を導入し、生産性をあげるべきだ」と考えることでしょう。
 しかし、これはあくまでも経済学のモノサシで計った「効率性」基準による判断です。熱力学のモノサシや生態学のモノサシで計ると全く違った回答が出てきます。
 
 農業生産の投入量と産出量を貨幣換算した上での経済学的な尺度でいえば、一つの農場が平均200haといった規模のアメリカの大規模農業は「効率的」で「生産性が高い」ということになるのです。しかし、熱学的な尺度による「エネルギー効率性」を見ると、アメリカ農業は世界でも最も「非効率」で、最も「生産性の悪い」、世界最悪の農業ということになります。

 現在、WTOの農業自由化によって、途上国で広く展開されている畜力農業が「非効率」のレッテルを貼られて淘汰されています。途上国は穀物自給率を低下させるとともに、米国などからの穀物輸入量を増やしています。途上国の側は、小規模農家の穀物生産が淘汰され、代わって前の記事の写真にあるようにアブラヤシ、コーヒー、ゴム、綿花、バナナ、コショウなどなど、輸出向け商品作物のモノカルチャー経営がますます興隆しているのです。競ってそれらを生産すればするほど供給過剰になって国際価格は下落するので、自給率を下げながら輸出作物を伸ばそうと頑張れば頑張るほど農業部門の貿易収支は悪化していき、米国で旱魃などが発生した場合の飢餓の危険性を高めるわけです。。
 熱力学的なメガネで見れば、エネルギー効率の非常に優れた畜力農業が、エネルギー効率が最悪の米国型機械農業に侵食され、地球生態系の破局と石油資源の枯渇を早めているだけということになるのです。

 熱力学的な観点に立つとどのようになるのか、例えば、『エントロピーの法則』(祥伝社)の著者として有名な米国の文明評論家ジェレミー・リフキンは、近著の『水素エコノミー』(柴田裕之訳、NHK出版)の中で次のように書いています。

<引用開始>
「熱力学の観点にたつと、近代的農業は歴史上もっとも生産効率の悪い農業形態ということになる。つまり、近代農業が一定のエネルギー量を産出するために投入するエネルギー量はこれまでのどの時代よりも多い。(人力と畜力のみに依存していた時代の)小農は通常1カロリーのエネルギー消費につき10カロリーのエネルギーを生み出す。これに対して、最新の技術を用いるアイオワ州の農場主は、人間の労働1カロリー当たり6000カロリーのエネルギーを生み出すことができる。とはいえ、この数字はエネルギーの純益を生み出すために使われるエネルギーの総量を計算すると、その輝きを失う。270カロリーのトウモロコシの缶詰一個を生産するために、農機具を動かし、合成肥料や農薬を与えることで2790カロリーが消費される。つまりアメリカのハイテク農場は、正味1カロリーのエネルギーを生産するために、10カロリー以上のエネルギーを使っているのだ。」
ジェレミー・リフキン著(柴田裕之訳)『水素エコノミー』(NHK出版、2003年、212頁)
<引用終わり>

 つまり、人力と畜力のみに依存していた農業はエネルギー投入1に対して10の産出をもたらしますが、米国農業は輸送や加工まで含めればエネルギー投入1に対して0.1の産出しかもたらさないわけです。米国型農業は、エネルギー収支で見れば、とてつもなく「非効率」で「生産性が悪い」のです。人間の労働力を省力化する代わりに、全てを石油ガブ飲みの機械で代替してきた結果です。

 石油の値段が安い限りにおいて、米国型農業が貨幣的な収支では「効率的」とされるわけですが、ピーク・オイルを迎えると言われる昨今にあっては、経済的な観点での「効率性」もいつまで続くか定かではありません。石油の値段が上昇を続ければ、遠からず人力・畜力農業の方が経済的にも効率的になる日がやってくるのです。

 生態学のメガネで見ても米国型農業は破綻しているといえます。フィリピンの写真にあるように小農経営の農地の境界には必ず林や茂みがあり、そこに鳥や昆虫などが多く生息しているので、それらは農地に害虫が発生した際にそれを食べる天敵として機能します。
 重機を導入し易くするために、米国型農業はそうした林や茂みを全て除去したので、天敵がいなくなりました。その結果、農薬散布量が増え、さらに害虫が農薬耐性を持つようになるので、農薬散布量をさらに増やす・・・・・というイタチごっこに帰結したのです。このイタチごっこの最終形態が、毒素を分泌する殺虫成分を作物の遺伝子に埋め込んで害虫を駆除するという、殺虫性遺伝子組み換え作物の登場なのでした。

 さらに水循環を無視した地下水の大量汲み上げも米国農業の「持続不可能性」を保証しています。ネブラスカ、カンザス、オクラホマ、テキサスなどの米国の西部穀倉地帯の農業は、オガララ帯水層という化石水を汲み上げることによって成立しているのですが、オガララ帯水層の化石水は既にかつての半分程度にまで減少しており、もう20年ほどで枯渇に直面すると言われています。

 ですから、途上国は決して米国型農業の真似をしてはなりません。WTO交渉の再開には抵抗せねばなりません。WTOのドーハ・ラウンドなど決裂したまま放置しておくのが最善の選択なのです。途上国は、これ以上の自由化を拒否し、食糧自給率の低下を抑え、畜力依存の小規模な有畜複合経営の利点を見直し、それを守らねばならないのです。今度、WTOの農業交渉を再開するとしたら、農業生産の持続可能性を追求するための「関税引き上げラウンド」であるべきでしょう。
 
 最後にもう一言。上の写真のフィリピンのタルラック州というところは、州の南部にコファンコ財閥のルイシタ農園という6000haに及ぶサトウキビ単作のプランテーションが広がっています。ちょうど10年前、サトウキビが一面に延々と続くプランテーションの殺伐とした州の南部の景観を見た後で、北部の山間にある、小規模な自作稲作農家の多い村(上の写真の村)にたどりついた時には、ものすごく「ホッ」としたものでした。そこでは人々も実に生き生きと楽しそうに暮らしていたからです。一方の殺風景なプランテーションの中の暮らしは、およそ人間が安心して健康で文化的な生活をおくれるものではないように思われました。

 そのルイシタ農園では、2004年11月16日、賃上げなどを求めた農園労働者がストをやっている最中、いきなり国軍兵士が機銃掃射を行い、子供2名を含む14名が虐殺されるという痛ましい事件が発生しました。
 フィリピンの大農園では、地主の私兵が農園労働者(組合のリーダーなど)を殺害するといった虐殺事件は頻繁に発生します。効率性を追求したプランテーション型大規模経営が人間の精神も荒廃させているからでしょう。

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9 コメント

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作物の栄養価の観点でも (ほおずき)
2006-10-27 19:32:55
大規模農業の弊害に作物の栄養価の低下もあるらしいですね。栄養価の低下もしくは化学物質の増加で人間の精神にも影響があるとの情報もあります。

子供のころ学校の社会の授業で「欧米の合理主義」と習ったのですが、今思うとどこが合理的なのかわからなくなります

O.P.ハンター (Chic Stone)
2006-10-27 19:49:59
「某月某日、石油が尽きた。

人類の文明が崩壊するには、それで十分だった。」

という事態になれば、牛で耕している地域は、難民流入と近代医療物資が入手できなくなることによる伝染病のリスクを考えなければ生存はできます。

トラクターの大規模生産にしていたらみんな餓死です。

もちろん日本も、明治以降導入されたアルファルファやクローバー(緑肥)、ジャガイモ、トウモロコシなどの効果を考えても半分以上は餓死でしょう。



僕はとりあえず

○どの地域も、地域に合った作物でその地域の人が生きていくことはできる

○凶作の時には世界全体で助けあう

○余裕がある分の作物を市場に回して現金収入

○どの地域も全体の総面積の最低半分は植林、気候帯レベルでとことん森林に適さない地域のみ放牧地

という原則を提言しておきます。



ついでに…今の世界の農業システムは極悪非道です、今年の収穫の一部を種籾にとっておいて翌年蒔いてもまともに育たないのですから、それこそ穀物メジャーのご機嫌一つで一国を全員餓死させることもできるのでは。
感情論みたいであれなのですが (aio)
2006-10-29 01:13:19
むかし米国の農業法を習った時に、なんとなく「つまらない」と思ったことを思い出しました。

なんとなくつまらない、ということはとても大きな問題だったのですね。

実家の近くには田んぼが続く道があるのですが

稲が風に揺られて波を作り、その奥に山が見え、林が見え、雑木や雑草が見えることが、どことなく安心感をもたらしてくれます。しかし、いくら稲の戯れる姿が美しくても、田んぼだけでは物足りない。

このなんとなくしか感じられない安心感は、人の心にとってとても重要だと思いました。欠けると、人の心が荒れてくるのでしょう。

効率面、未来を考えての面でも、途上国は欧米を真似るべきではないと、こちらの記事のお陰でわかりましたし

是非とも今ある自然を大切にして欲しいと思います。

日本も、できる限り田舎の風景を壊さないで欲しいと願います。というより、増やして欲しいと思ってたりします。

理知に欠けたコメント失礼しました。
ほおずき様、Chic Stobe様、aio様 (関)
2006-10-29 23:10:38
 皆様コメントありがとうございました。



 私も、大規模農業の弊害に関しては、人間の精神面への悪影響を一番強調したいぐらいに思います。「合理主義者」を自称する新古典派経済学徒に対する説得材料としてはちょっと弱いかなと思いましたので、最後にもってきました。もっとも、農薬の雨の中で、精神のみならず身体への悪影響もすごいですが・・・・。

 
大規模農業の経済効率は本当に高いか? (水鏡仁(酔狂人あらため))
2006-10-30 05:18:38
経済から見ても大規模農業の効率性はあやしいです。豊作貧乏という言葉があるように、凶作だけでなく豊作も農業の売り上げを減少させます。換金用作物ばかり栽培すると、豊作の場合も飢えに苦しむことになります。換金用作物も自家消費用作物も両方栽培する方が安定性に優れています。

数字の上では大規模農業の方が経済効率が高いかもしれませんが、現実の農家にとっては文字通りの死活問題であるので安定性の方がはるかに重要です。
水鏡仁様 (関)
2006-10-30 20:35:49
>凶作だけでなく豊作も農業の売り上げを減少させます。



 同感です。農作物に関しては、価格と無関係に必要量がほぼ一定である(新古典派的に表現すれば需要の価格弾力性が低い)ことにより、市場原理に任せると、ちょっとした凶作・豊作の双方で悲劇が発生します。

 

>文字通りの死活問題であるので安定性の方がはるかに重要です。



 これも同感です。

 リスク分散というのは古来から農民に備わってきた知恵でした。フィリピンの焼畑先住民社会に行くと、例えば同じ陸稲でも10種類くらいの品種を同じ農地に混ぜて植えています。ある種の害虫が大発生しても、作物の多様性が高いと被害を最小化できますし、収穫の時期が違うことにより、台風などが来てもリスクを分散できます。多様性を維持することがリスク分散のカギなのですが・・・・。農薬でムリヤリ抑え込めるとう過信のもとで、モノカルチャー化が進んでしまいました。 

 
TBありがとうございます (はじめの一歩)
2006-10-31 22:59:14
「希望」を感じさせてくれるTBをありがとうございました.
偽装請負にニート,中高年の自殺が高止まりした状態の中,団塊世代の定年後ばかりでなく,もっと農業について考えたほうがいいですね.
まず自分からかな?
今後ともよろしくお願いします..
はじめの一歩さま (関)
2006-11-01 20:50:19
 わざわざご丁寧な返信をありがとうございました。たまたま、はじめの一歩様と同じように、リフキンの本を引用していたのでTBさせていただきました。今後ともよろしくお願いいたします。
 
肯定です (tako)
2009-07-14 00:53:22
昨日、久々に会った友人と農業談義をしました。といっても私は門外漢の元工業大生ですので、「やってもないのに語るな」で終わりましたが

その中で、大規模化について議論しましたが、流石にエネルギー収支までには目が向きませんでした。経済学の見方ではガソリンがぶ飲みが高効率と見られてしまうんですね…

因みに議論は「高品質の水田を捨てて外国の様な大規模化を日本がわざわざすることはない」と結びましたが、他方現実は集団経営化や法人化が進む方向の様で、日本の将来が心配です。

ただし、工学らしい発想として一つあげさせて貰うと、面積が少ない日本でも
・立体展開
・エネルギーを大量に調達(核融合炉や宇宙太陽光発電実現)
・生産の単位化(一つ一つを小さく)と自働化(トヨタ式で言う人辺付き)
できれば大規模化は成立するかも知れません。これは農業機械カプセルを環境に応じて生物的に経営する(?)とでもいうやり方…でしょうか…
発想源はフォンノイマンマシンと植物の細胞成長あたりです

長文失礼

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