当たり前です.前のコメントにも書いたように,工業規格が違うからです.日本は唯我独尊の JIS に凝り固まっていて,海外への輸出には ISO による大きな制限がかかってしまうからです.当然,シャープは最近,ISO のみによる規格の液晶テレビや太陽光パネルを輸出すると発表しました.ようやく通産省の縛りから抜け出て,国際社会へ踏み出そうと一歩前進したという訳ですね.堺の埋め立て地に作った巨大な工場がようやく陽の目を見るという訳です(笑)
また,「森林火災増加リスクに関するIPCCからの強い提言」というが見つかりません.もしかしてクロップサイエンスさんはスターン提言と思い違いされているのでしょうか? IPCC報告の中の森林火災増加リスクに関する記述は,「Biospehere」セクションで以下の様にまとめられているのみで,僕の知る限り特に強調されたコメントは見あたりませんが,他にありましたら教えて頂きたいです. 以下(適当な訳ですけど) 「気候変動がカナダにおける森林火災の頻度上昇に寄与している証拠がある(Gillett et al., 2004).一方,アメリカおよびヨーロッパでは火災頻度の減少がみられ,二酸化炭素の吸収源となっている.また,アマゾン,南アジア,カナダは二酸化炭素の放出源となっている.高緯度においては,最近の数巡年間で森林火災の機会は増えている様である.1980年代の森林火災による高緯度森林の破壊はそれ以前の記録に比べて増加している.Flannigan et al.(2000)は,将来において(北米の)森林火災由来の二酸化炭素供給は増加すると予測している.」
原論文 Phenological data series of cherry tree flowering in Kyoto, Japan, and its application to reconstruction of springtime temperatures since the 9th century International Journal of Climatology Volume 28, Issue 7, 15 June 2008, Pages: 905–914, Yasuyuki Aono and Keiko Kazui では、「おそらく温室効果ガスなどの影響がなく、太陽活動が気温変化に大きな影響を与えていた18,19世紀」のデータについて、太陽活動(短期周期長の変化)への気温の応答に、15年程度のラグを認めているようです(913-914頁参照)。
Scientists have long suspected that a flourishing of green foliage around the globe, observed since the early 1980s in satellite data, springs at least in part from the increasing concentration of carbon dioxide in Earth's atmosphere.
Now, a study of arid regions around the globe finds that a carbon dioxide "fertilization effect" has, indeed, caused a gradual greening from 1982 to 2010.
Focusing on the southwestern corner of North America, Australia's outback, the Middle East, and some parts of Africa, Randall Donohue of the Commonwealth Scientific and Industrial Research Organization (CSIRO) in Canberra, Australia and his colleagues developed and applied a mathematical model to predict the extent of the carbon-dioxide (CO2) fertilization effect.
They then tested this prediction by studying satellite imagery and teasing out the influence of carbon dioxide on greening from other factors such as precipitation, air temperature, the amount of light, and land-use changes.
The team's model predicted that foliage would increase by some 5 to 10 percent given the 14 percent increase in atmospheric CO2 concentration during the study period. The satellite data agreed, showing an 11 percent increase in foliage after adjusting the data for precipitation, yielding "strong support for our hypothesis," the team reports.
Among the 320 solar physicists who have gathered for a conference in Las Cruces, New Mexico, word is buzzing about a claim that the 11-year solar-activity cycle, which some of them have spent their lives studying, may be on the verge of a drastic change.
At the meeting of the American Astronomical Society's Solar Physics Division, four scientists affiliated with the National Solar Observatory have posted three papers showing separate evidence that the solar cycle may be about to flatten right out. In a press conference Tuesday morning (June 14th) they predicted that the current solar Cycle 24, which began about three years ago, will produce only half as many spots as the previous one. And, said Frank Hill of the National Solar Observatory, Cycle 25 "may not actually happen."
私のブログではその床屋談義を真面目に検証しています。宜しければ、騙されている学生さん達にご紹介ください。
現在、ド山村で暮らしていて、温暖化へのまなざしが大きく変わってきました。
僕は最近、「地球温暖化」という言葉自体を使うことに少し慎重になっています。代わりに「気温上昇」という言葉はしょっちゅう使いますが。
こっちにきて読書は大してしていませんが、フィールドワークを通して、ムラにある温暖化問題について少し報告したいと思います。
僕は温暖化現象については、基本的に肯定せざるを得ないと思っています。というより、正直な話し、温暖化してようと、懐疑論が正解だろうとどっちでもかまわないのですが。
なぜなら、「気温上昇」はリアルな質感を伴った言葉だと思うのですが、「温暖化」は気温上昇の一面を問題化して、ピンポイントに人の焦りを集中させているように感じるからです。
要するに、気温上昇は実際に生活問題としてムラに確かに存在している現象であり、それは気象的な問題のみならず、山村の生活者の苦痛を指す言葉。気温上昇は総体としての生活問題を表す言葉の一つだと思うのです。これに対し温暖化問題というのは、少なくとも現時点において、エネルギー消費量、CO2排出量、森林荒廃など、さまざまな各論からまとめ上げられた、一つの大きなくくりを示す問題の形。
現に、諸塚の人は温暖化という言葉を使うとき、気温上昇による苦痛を受け入れるための素材として使います。昔の人が大洪水を神の怒りとして受け入れてきた感覚と似ている感じです。
こう考えると、安易に温暖化対策を主張することはことは、決してローカルな生活に理解あるものとは思えません。下手をすると、みんなのため(何がみんなのためかすらすらも分からずに。)、という大義名分で、大規模な政策転換に振り回され、生活破壊をされかねないと思います。
気温上昇に苦しむ農山村の現場を直視した政策が生まれることを祈るばかり。せめて、農家への所得保障くらいは実現して、気温上昇があっても、ムラの暮らしを総体的に維持できる体制を整えて貰いたいものです。それが、結果的に農地や山を持続的なものとしていき、気温上昇への対策となるのだと思います。
結論としては、温暖化は人の生活の中にあるもので、決してそれそのものが宙に浮いた議論の元に独立してはいけないものだと思うんです。
都会で僕が引っ越す原因となったいらない公共事業。諸塚にある生活に根ざした道作り。都市と田舎を一つの論理で捉えること自体に無理があります。
田舎は現在、車に変わる代替案が存在しません。生活への理解がないと、温暖化問題は泥沼化していく気がします。
僕個人は温暖化の有無は脇に置くべき、最も重要なことは石油後のエネルギーの選択だと考えています。
温暖化の有無を脇に置いていい理由は、比較的現実的な温暖化対策として主張されている●エネルギーを化石燃料から転換することと◎省エネルギーは、二酸化炭素による温暖化が真偽いずれであってもするべきことだからです。
温暖化の真偽を問わず化石燃料の涸渇・化石燃料の使用による大気汚染は問題であり、遅かれ早かれいずれは脱化石燃料が必要になります。
また省エネルギーはこれからのエネルギーが何であっても、温暖化の真偽を問わず必要であり、経済的にも誰もが長期的には得をする…しない理由はごく短絡的な利益・政治的理由のみです。
尚、◎最大限温室効果ガス削減の努力をしても温暖化を防げない、という最悪も想定して対策を考えておいたほうがいいでしょう。簡単に言えば、やろうがやるまいが沈むことはある、だから宇宙船地球号に人数分の救命ボートを、ということです。
ほぼ純粋な温暖化対策として、まだあまり知られていませんが、◎外洋や砂漠などを開発して地球全体の光合成を増やして二酸化炭素固定を増やすこと、「太陽の盾」その他地球工学のスケールとなることも提唱されています。これらの技術は温暖化がない場合にも役に立つでしょうか?リスクが大きいだけでしょうか?
すなわち、人類全体にとってより本質的な問題は次期エネルギー源の選定である、と言えます。次期エネルギー源を考えなくていい唯一のケース………化石燃料は非生物由来で無限、かつ二酸化炭素による温暖化はない、という可能性はほぼないでしょう。
さて、では次世代エネルギーは何であるべきか。
それがはっきりしないかぎり、舵を切ろうにも切れません。
太陽光・風力発電でしょうか?
それは物理法則の次元で永久機関が不可能であるのと同様に化石燃料を無駄遣いするだけでしょうか?また軌道エレベーター・自己増殖性ナノマシンを考えに入れた宇宙太陽光発電(参考:『楽園の泉』『太陽の簒奪者』)は?
高速増殖炉による原発、また将来は核融合?それはどちらも現実的な科学技術では解決不可能な欠陥があり、絶対に実現不能な、研究費を食い物にするための詐欺でしかない?超長期的には高速増殖炉を考えに入れても核分裂燃料資源は枯渇するが、その後は?
二酸化炭素貯留技術で化石燃料を使い続ける?石炭や非在来石油がいくらあってもいつかはなくなりますが?
自然エネルギー・(核分裂核融合問わず)原子力のどちらも否定するなら、どうすべきでしょうか?石油は無限にあるし温暖化もない?薪炭で地球は何人を養えるでしょう…人類の九割を殺す?科学技術を否定するならどんな未来?
またはあくまで穀物バイオエネルギー、または外洋・砂漠の光合成を増やし、それをバイオエネルギーとして二酸化炭素固定との一石二鳥を狙う方策でしょうか?
特に太陽光・風力が無駄か否かについてのちゃんとした検討が、少なくとも僕が見た範囲のインターネット・本・雑誌には見られません。
その重要さにもかかわらず、残念ながら国内科学誌・温暖化批判本に対する反論本・サイトにはその議論をきちんとしているものが見られないのです。
また、反温暖化・反代替エネルギー論者も、石油後の未来ビジョンを具体的に語ることはあまりありません。
この問題こそ、人類文明・宇宙船地球号という船の舵をどちらに切るかを直接決めるのではないでしょうか。
武田邦彦氏の森林に関する無知にもとづいた暴言・妄言には、間違いだらけでメチャクチャなので目にあまります。
綾波さんが頑張っておられるので、うれしく思いました。やはり、床屋談義であっても影響力は強いのでちゃんと批判せねばダメですね。ありがとうございました。
>大義名分で、大規模な政策転換に振り回され、生活破壊をされかねないと思います。
「排出権取引」なんてことばかりに目を奪われていたらそうなってしまうでしょうね。国際ビジネスエリート層の宙に浮いた議論になんか付き合わなければよいわけです。
諸塚村においては、しっかし地に足をつけて、間伐材のエネルギー利用を進めるなど、地道に林業を振興する形での温暖化対策を進めていくことでしょう。それが村の生活の安定と地球環境の保全を両立させる道だと思います。
>最も重要なことは石油後のエネルギーの選択だと考えています。
私も、温暖化していようがしていまいが、早急にこれをやらねばならないのですから、結局のところ結論は同じだと思います。その点、同じ考えです。
またChic Stoneさんがかねて提起していた「海洋に藻やプランクトンを繁殖させてCO2を吸収させる」という方法ですが、そういう意見がチラホラと多くなってきましたね。私も真剣に検討すべきと考えるようになりました。
>特に太陽光・風力が無駄か否かについてのちゃんとした検討が
ネットではwikipediaの太陽光発電や風力発電の項目をみても、kwhあたりのCO2排出量が現在の日本の電力生産の平均値に比べ1/10程度になることが書かれています。昔は、槌田さんのように「無駄」という人がいましたが、今の技術水準でそんなことを言う人はさすがにいないと思います。
問題なのは、「温暖化の有無」に関する議論は反温暖化本に対する反論本などたくさんあるのですが、反温暖化本の中の「自然エネルギーは石油の無駄遣い」に対する反論は見当たらないことなのです。
このままでは「石油の無駄遣い」論が読者の脳に刷り込まれてしまわないか、それが心配なのです。
最新の本も見てみたのですが、どうやら反温暖化論者はエネルギーと食料と人口の問題はわかっているけれど科学技術で解決できるとは思っていない、文明崩壊を必然と思っているような感じがします。
反科学が前に出てしまっているのでしょうか。
でもそうなればいい年の彼らはそれまでに寿命で逃げ切れるとしても、僕の年代だとかなり高い確率で文明崩壊に巻き込まれ、餓死するか人に食われるかになるのです。
なんとか彼らにも「どうすれば誰も餓死せず石油後の文明に移行できるか」を考えて欲しいのですが。
アメリカのバイオエタノールみたいなものですと、エネルギー収支的にも石油の投入1に対して、1.2くらいしかエネルギーを産出できないみたいです。トウモロコシ・エタノールに関しては、本当にきわめて不効率で石油の無駄使いといえると思います。
ただ、太陽光や風力に対してそのように言うのは不可能でしょう。製造の過程での石油を使っても石油投入1に対して20倍、30倍のエネルギーを産出しますので。石油を燃やしてエネルギーを産出するのに比べ、はるかに石油消費量を減らします。
いずれは製造工程そのものの脱石油も可能になるでしょうから、石油の投入はゼロにできるでしょう。
>文明崩壊を必然と思っているような感じがします。
懐疑論者といってもいろいろな人がいますから、一概には言えませんが・・・・。丸山茂徳さんなんかは、寒冷化論者ではありますが、石油枯渇のピークオイル論の方は支持しています。彼にしても、脱石油で太陽エネルギー振興という点には合意しています。
温暖化も否定し、ピークオイル論も否定する人というのはあまり見当たりません。どちらか一方を肯定できれば、脱石油しか人類に選択がないことは分かりますので、彼らとの間に大きな政策的矛盾は発生しないのではないかと思えます。
終末論者は勝手に悲観的になっているだけなので、彼らの中から前向きなアイディアも出てくるとは思えません。とりあえず彼らは、放っておけばよいのではないでしょうか。
武田氏の森林関係の話というと、コレですね。
http://blogs.yahoo.co.jp/eng_cam_fld_tgs/36330786.html
いや、ほんと、よくこんな学部生のレポートでも通らないものを、教授の名で表に出せるものだと、呆れるばかりです。……もちろんそのほかの所でもいい加減なのは言をまちません。
でも以外と、こんなのに引っかかってしまう人が多いようで、気になります。学生の方が、一人でもそれに引っかからないことを願ってやみません。