(有)妄想心霊屋敷

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新転地はお化け屋敷 第五十一章 なんかすごい人達 三

2012-11-16 20:52:04 | 新転地はお化け屋敷
「それじゃあ、お願いします」
「はい!」
 ここで和んでばかりいても仕方がない、と部屋に入るよう促してみたところ、これまた元気な返事をする義春くん。ならばそれは重ねてこれまた可愛いわけですが、しかしそれだけというわけではなく、これなら「お仕事」を任せても大丈夫だろうと、そう思わされてしまうような力強さも感じられるのでした。そしてそれは、単に声が大きいからというだけのことではなく。
 なんてことを考えている間に、ということになるのかそうでないのか、義春くんは僕より前に出、一番に部屋の中へ足を踏み入れる形を取るのでした。ならば僕はというと、それを抜き返したりなんてことは当然ないとして、仲居さん二人にも先に入ってもらって最後尾に。義春くんと仲居さん二人の間に入ってしまうというのは、なんだかしっくりこなかったというか落ち着かなかったというか。
 ともあれそうして玄関を抜け、先頭から順番に履物を脱いでいくことになるわけですが、最後尾の僕が脱ぐ頃になると義春くんはもう室内と廊下を隔てるふすまの前なのでした。
 けれどその手がふすまに掛けられるよりも先に義春くんは膝を曲げ、その場に膝立ちの格好になりました。
『失礼致します』
 タイミングを合わせたかのようにぴったり重なる義春くんと仲居さん二人の声。とはいえもちろんそれは偶然ではなく、タイミングを合わせたってことになるんでしょうけどね。そのために何一つの行動を必要としないだけで。
 そしてそのタイミングと同じく、ぴったり重なっていたものがもう一つ。それはその声の落ち着きようなのでした。
 仲居さん二人はともかく義春くんのその落ち着いた声を聞いた時に僕が思い浮かべたのは幼稚園、もしくは小学校低学年の頃のお弁当屋給食の時間のあの光景。具体的にはみんなで一斉に手を合わせて「いただきます」と合唱した時のことなのでした。……いやまあ、別にその場面でないといけない、というわけではないのですが。
 ともあれ。
 それくらいの年齢の頃というのは、他の誰かと一緒になって行う挨拶やら何やらの「お決まりの掛け声」みたいなものに、無駄に力を込めたりしませんでしたでしょうか? 中には殆ど絶叫に近いような大声を出していた子がいたりとか。ならばそれを鑑みての義春くんのこの様子なのですが、
 この「お仕事」ですら、家庭生活の一部だと認識し切っている。
 無駄な力が入らないくらい何度も繰り返してきている。
 どちらかだとは思うのですが、じゃあどちらなんでしょうね。この落ち着きようの根拠というのは。
 そしてどちらにせよ、そこから転じてさっきまでの元気いっぱいの声が更に可愛らしく思えたりなんかもするのでした。最初の一声はドア越しだったから声を大きくしたというところではあるんでしょうけど、他についてはただただ嬉しそうにしてただけでしたもんね。いい意味で子どもっぽく。
 ――たったの一言を耳にしただけでそんなにもあれやこれや考えている間に部屋の中から誰かしらの「どうぞー」という返事があり、そしてそこで初めて、義春くんはふすまに手を掛けたのでした。
 客の立場じゃあふすまの手前側からこの一連の動作を見ることなんて滅多にないでしょうし、なんて思いもあってのことなのかもしれませんが、もはや年齢に対するギャップといったような話ではなく普通に格好良いのでした。

 義春くん、仲居さんの三人が部屋の中へ足を踏み入れたところで、続いて入室した僕はやや速足めに客側の立ち位置――と言ってもまあ栞の隣ではあるわけですが――へと移動。そりゃあその三人に並んで座ってたら変ですもんね、誰がどう見たって。
 で、部屋に入る前に義春くんが嬉しそうに話していたのと同じく大吾と成美さんの方も、義春くんを前にして驚き半分嬉しさ半分といった様子なのでした。一方で義春くんは初めて見る水曜日担当ことペンギンことウェンズデーから目を離せないようでしたが、ならばその間にこんなことも。
「ええと、誰に訊けばいいのか迷うんだけど……」
 移動した僕と義春くん達三人の間で目線を行ったり来たりさせていたのは異原さんでした。そしてその目線は最終的に、僕の方を向いて止められます。
「この子は?」
 そうなりますよね、そりゃ。
「四方院義春くん。この家の息子さんです」
「この家の!?」
 異原さんは、そして異原さんだけでなく口宮さんも同森さんも音無さんも、ぐるりと辺りを見回すしぐさをするのでした。そうしたところでここから見えるのは客室内部のみ、良く言ってもせいぜい窓から庭の極一部が目に入る程度でしかないわけですが、まあしかし気持ちは分かろうというものでしょう。それにしたって見事に四人全員でしたけど。
 対して義春くんですが、注目されかつ驚かれていることが照れ臭いのでしょう。大まかには「四人のほうを向いている」ということになるであろうその視線はしかし、四人の中であっちに行ったりこっちに行ったりしているのでした。
「ええと」
 それでも自分から仕切り直しに入る義春くん。しっかりしてるなあ、なんて感想はもはや今更なものということにしておいて、ここで動かなかったということは、仲居さん二人は手伝いや手助けのために一緒に来たというよりは、見届けるためにここにいるということなのでしょう。
「お初にお目に掛かります。日向さんからもご紹介してもらい――ご紹介頂きましたけど、僕の名前は四方院義春といいます。四方院家当主、四方院定平の息子です」
 そんなこと言われても「はあ」としか言えない。
 自己紹介を受けた四人はそんな様子でしたし、そしてそれは誰でもそうなろうというものなのでしょう。当主、なんて言葉が出てくるような環境に対してももちろんとして、小学校に入ってるんだか入ってないんだか程度の外見の子どもからそんな大仰な自己紹介をされたということについても。
 けれど初めからそれらを承知している身としては、
「拍手してあげたい……!」
「分かる」
 小声での呟きには、隣の栞からも同意のお言葉を頂けたのでした。だってあれですよ? 前回会った時は、「お初にお目に掛かります」からもう間違っちゃってたんですよ? しかもその時ですらしっかりした子だなあとか思ってたのに今回のこれはもう、感心どころか感嘆ものじゃないですかこんなの。
「これはご丁寧にどうも」
 そう言って同森さんが頭を下げ返し、そしてそれに他三名も倣ってみせるまでには、困惑から生じたのであろう間がたっぷりと挟まれることになりました。
 僕ですら敬語を使うべきかどうか迷ったので、ならば初対面の同森さん達はそれ以上ではあるのでしょう。――が、逆に義春くんはどうだろうか、なんて考えてみたところ、言葉遣いとはまた別のところでちょっと問題がありそうだったりするのでした。
 というのも、女性陣はともかく男性陣の見た目がちょっとおっかないのです。さすがに今日はジャージ姿でないにしてもやっぱり一見して分かるムキムキっぷりの同森さんと、プリン頭もとい金髪は少し前に止めたとはいえそれ以外のパーツはやっぱりどこか怖い人っぽい口宮さんですし。もちろん、それは見た目だけの話ではあるんですけど。
「ワシら三人……ああ、その三人っていうのはワシとこいつとあいつなんですがの」
 言いつつ自分、音無さん、口宮さんの順に手で指し示す同森さん。どうやら、義春くんに対する口調は丁寧なものにすることで決定したようでした。
「幽霊を見られるようにして頂く『担当の者』というのは、義春くんのことで?」
「はい、宜しくお願い致します」
「こちらこそ」
 再度頭を下げ合う義春くんと同森さん。うむ、どうやら僕の心配は杞憂ということで済んだようです。そうですよね、考えてみれば以前一緒に遊んだ大吾だってそこそこおっかない面構えなんですし。ということで大吾の方に目を向けてみたところ、「何見てんだよ」みたいなアイコンタクトを返されてしまいましたが。おお怖い怖い。
「それでは三人の方、前に出て頂いて構いませんか?」
 そうして義春くんが特に身構えるでもなくさらりと呼び付けたからなのでしょうか、これから起こることは経験の有無に関わらず物凄いことである筈なのに、緊張感というものはまるで生じないのでした。
 そしてそれは僕だけがそう思ったということでもないようで、呼ばれたお三方もやはり躊躇う様子のないまますすっと義春くんの前へ。
「急に見えるようになりますから、びっくりしないように目は閉じておいた方がいいと思います」
 なんせ周囲は幽霊だらけですもんね。ということで義春くんからのそんな注意を三人ともが聞き入れたところ、
「すぐ済みますから、合図をしたらゆっくり目を開けてくださいね。……はい、どうぞ」
 え、もう?
 なんてついつい声が出そうになってしまうくらい、それは本当にすぐなのでした。あっという間というか、いっそ一瞬と言ってしまってもいいのではないでしょうか。
 家守さんの時はこんなふうに思ったことはなかったけどなあ――なんて疑問が浮かびはしたものの、けれどそれはあっさりと解決することに。というのはあれです、家守さんは「霊能者の仕事」をする直前にはいつもその相手に「そうする理由」を尋ね、そしてお決まりの台詞なんかも挟んだりしていたのです。あと、あの長い髪がゆらめいたりなんかも。
 そういった前置きがなかったからこんなふうに思ったんだな、と一人納得しておきつつ、一方ではだから家守さんはああいった前置きを挟んでるんだろうな、とも。今の僕のように相手を驚かせても都合がいいことは何もないでしょうし、それにもし相手が幽霊の存在に半信半疑だったりした場合――その時点で霊能者に仕事を依頼していることになるとはいえ、そういうこともなくはないんでしょう――あまりにもあっさり終わり過ぎると、不信感を煽り立ててしまいそうな気もしますしね。
 ということで、不信感とは言わないまでも、同森さん達も困惑したりはしたのでしょう。
「おっ」
 と口宮さんが小さくながら驚きの声を上げるまでには、僕がそれだけあれやこれやと考える時間があったのでした。
 ……が、あれ?
 義春くんの前に出たということもあって幽霊さん達は今現在、口宮さん達から見て後方にいるわけですが、驚いている口宮さん、そして声に出しまではしないものの動けなくなっているらしい同森さん音無さんの顔は、正面を向いたままなのでした。幽霊が目に入ったわけでもないでしょうに、一体何に驚いてらっしゃるんでしょうか?
「あ、いや、すんません。えーっと、じゃあ、そっちのお二人っていうのは」
 そう言って口宮さんが指し示したのは、義春くんの後ろで静かにしている二人の仲居さん。
「よかった、成功ですね。はい、こちらの二人は幽霊です」
 …………。
 え、そうだったの?
 という感想はしっかり顔に出てしまったのでしょう、義春くんはこちらを向いて少し笑い、そののちにこんな説明をしてくれました。
「成功したかどうか分からないですからね、誰か幽霊が一緒じゃないと。まあ皆さんの場合はこんな感じですし、わざわざ僕達の方から一緒に来てもらう必要はなかったのかもしれませんけど、一応ということで。皆さんまだ一緒のお部屋にいるのかどうかも分かりませんでしたから」
 そりゃそうなのでした。幽霊が一緒じゃないと、という話はもちろんのこと、みんながまだ一緒に部屋にいるのかどうかというのも、もう四部屋借りるという連絡はしてしまっているわけですしね。なら既に四部屋それぞれに移動してしまっているというのも、あちらからすれば充分に考えられるわけで。
「ああそうそう、お部屋と言えば」
 何かを思い出したようにそう言った義春くんは、懐をごそごそと。和服の収納スペースというものがどうなっているのかは今一よく分からないのですが、なんて話はどうでもいいとして、そういえば義春くん、前は洋服だったけどお仕事でここに来ているからか今日は和服なんだなあ、なんて話もまあどうでもいいとして、そこから取り出されたのは四つの鍵でした。
「ここと、ここから廊下の奥側へ三つ分のお部屋の鍵です。他にご希望のお部屋があるならその鍵を持ってきますけど……」
 と言われたならば、みんなで顔を見合せます。
「うおっ、ペンギン!?」
「はっ、ははは初めましてであります!」
 振り向いた口宮さんが実は幽霊だった仲居さん二人を目にした時以上に――というか、のけぞりまでしていたので比べるようなことですらないのでしょう、大袈裟なくらいに驚いていました。すると、これを期待して今までずっと黙っていたということなのでしょう、最初からそのペンギンが見えていた筈の異原さんが笑いを必死で堪えていたりもするのでした。
 ならば口宮さんが異原さんに突っかかり始めたり、一方で人見知りの激しいウェンズデーが大吾の背中にくっ付いておどおどしてたりもするのですが、そこらはこの際無視でいいでしょう。
「どこがいいとかあります? 部屋」
「いや、ワシはどこでも構わんの。静音はどうじゃ?」
「あ、わたしも特には……。ええと、由依さんと口宮さんは……」
「ほっとけ。あの二人が一緒の部屋なんじゃ、どうせ窓からの眺めを気にする暇なんてないじゃろう」
「あ、あはは、否定はできないかもだけど……」
「してよ!」
「しろよ!」
 というわけで。
「ありがとう義春くん、変更は無しってことで」
「はい。ごゆっくりおくつろぎ下さいね」
 そうして僕に鍵を渡す際、義春くんは嬉しそうな楽しそうなほっこりとした笑みを浮かべていました。その対象というのはまあやっぱり異原さんと口宮さんのじゃれ合いということになるんでしょうけど、しかしこのお年であれを見て怖がるでなく和めるということには、彼が相当に大物であるという予感を抱かせられるのでした。

「情けないとは思わんのかお前ら、あんな小さな子が目の前でああも立派に仕事をしておったというのに」
『すいませんでした』
 義春くんと仲居さん二人が仕事を終えて部屋を立ち去った後、まず真っ先に行われたのは同森さんによる異原さんと口宮さんへのお説教なのでした。これには異原さん口宮さんともに平謝りです。
 とはいえそれもまあ長々としたものではなく、遣り取りとしてはそれだけのこと。本来なら他にやることがあったわけですしね。
 ということで、話題はさらっと次へ移行するのでした。
「で、そちらからすれば今更な話になるのかもしれませんが、ええと……初めまして、ということでいいんでしょうかな」
「あはは、それでいいと思いますよ。こっちとしても、通訳とかなしでちゃんとお話しできるのは初めてなんですし」
 という同森さんと栞の遣り取り。うむ、なんだかちょっと感動させられるものが。
「俺は前に一回、ナタリーさんとだけは喋ったことあるけどな。管理人さんの身体を借りて、とかだったけど」
「ふふっ。お久しぶりです、口宮さん」
「お久しぶりです」
 元の関係が恩義からくるものなので、仲が良い、なんて単純な表現をしていいものなのかどうか難しいところではありますが、ともあれ元から親しい口宮さんとナタリーさんは早速のご挨拶。そしてそのまま、204号室でそうしていたようにナタリーさんが口宮さんの腕に巻き付いたりも。見えていない時もそうでしたが、口宮さんは微塵も怖がるような様子を浮かべないのでした。
「誰にでもそんなふうに接したらいいのにね、あんた」
「はっ、誰のために動いた結果だと思ってるんだか」
「……ま、まあそれについては感謝してもし足りないってことくらいは分かってるけどさ、あたしだって」
 異原さんを助けるためにあまくに荘を訪れ、そこでのあれこれの中でナタリーさんと親しくなった口宮さん。なんて、説明をしてしまうのは野暮というものなんでしょうけどね。
「うふふっ」
 ね、ナタリーさん。
 などと同調してほくほくしていたところ、「なあ日向」と。
「はい?」
「つまりはもう耳を出していなくてもいいということだよな? わたしは」
 そんな話をするのが成美さん以外に誰がいるんだという話ではありますが、成美さんでした。
「あ、そうですね。でも、ということは何か引っ込めたい理由でも?」
「うむ。音無の膝の上は気持ち良さそうだと思ってな」
「へっ!?……わ、わたし、ですか……?」
「お前だとも。前にも言ったろう? 親切な人間は好きだぞ、わたしは」
 果たしてそれを音無さんが覚えているか否かは随分と怪しいところではありますが、というわけであまくに荘出発前かつ音無さん達のあまくに荘到着前にも言っていた通り、成美さんは音無さんからポテトを分けてもらったことを言っているのでしょう。
「変なこと言ってますけど音無さん、良かったら。こいつ今はデカいですけど耳引っ込めたらちっこくなりますから、少なくとも重いとかそういうのはないですよ――って、これもまたいきなり変な話なんですけど、まあ見てもらえたらすぐ分かると思います」
 フォローとして扱うべきかどうかは微妙なところですが、大吾からもそうしてお願いが。となったら、というかその性格からして成美さんに頼まれた時点で既にそういうことになるのかもしれませんが、音無さんとしてはもう頷くしかないのでしょう。
「はい……構いませんよ、全然……」
 とはいえそれは押し切られたというふうではなく、口元には笑みが浮かんでいたりもしたんですけどね。ふう、良かった良かった。
「あ、そうだ大吾、そういえば」
「ん?」
「部屋に入る前、義春くんが大吾と成美さんがいるって聞いてかなり嬉しそうにしてたんだけど。また遊びたいってことだったんじゃないかな、あれ」
 という話を思い付いたのは、今のこの周囲の様子から、ということになるんでしょう。面識自体は以前にもあったからということなんでしょうけど、割とすんなり打ち解けてらっしゃるようで何よりです。
「おお。おー……いや、でも、どうなんだ? だからってこっちから会いに行っていいほど暇とかあるもんなのか? 義春くんって」
「それがねえ。どうなんだろうね、さっきも特に何も言わずに戻っていっちゃったし」
「うーん、誰かここの人に会ったら訊いてみるかな。電話使う程の話でもねえだろうし」
 あの大吾と成美さんの話をした時の義春くんの嬉しそうな顔を目にした身としては今すぐにでも行ってあげて欲しかったりするのですが、しかしまあ大吾の言い分ももっともというか、普通はそういうことになるのでしょう。旅館の各部屋に設置されてる電話というのは仕事用としてそこにあるわけですし、ならばそれを使って「義春くんと会えますか?」なんて連絡をするというのは、まあ躊躇われることではあるんでしょうしね。
「取り敢えず、それぞれの部屋に荷物とか動かしちゃわない? 鍵預かったことだし」
 ここでそう言いだしたのは栞でした。確かにいつまでもこのままというわけにもいきませんし、あとここいらで何か区切りを入れないとこのまま全員でがやがやしているだけで時間が過ぎてしまう――というのはさすがに皆が皆そう考えたかどうかは分かりませんが、ともあれ特に反対意見も出ることはなく、その通りに一旦解散することとなりました。
「あ、どの部屋を誰が使うっていうのはどうしよっか?」
「適当でいいんじゃねえの?」
 という僕と大吾の遣り取りにも、同じく反対意見が出ることはなく。……ううむ、尋ねた僕からしてそんな感じではあるとはいえ、本当にそれでいいんでしょうか。

 というわけで適当に決めた結果、僕と栞は元いた部屋から見て二つ隣りの部屋に入ることになりました。
 特に語るようなことでもないのですが一応そうなった仮定を説明しておくと、なんとなく置き去りにするような形で元いた部屋に異原さんと口宮さん、そしてこれまたなんとなくその隣の部屋に音無さんと同森さんが入り、残り二つの部屋の前で「じゃあこっちで」とやっぱりなんとなく決めたのがこの部屋だった、ということになります。大吾と成美さんは残り物を掴んだ形になるわけですね。
「ねえ孝さん」
「ん?」
 一泊二日、しかも二日目は早い時間に帰ってしまうということでそう大して重くもない荷物を部屋の隅に固めたところ、栞が何やらうきうきした様子で尋ねてきました。
「浴衣ってさ、どのタイミングで着替えるべきなんだろうね? 着いたらすぐ? それともお風呂入ってから?」
「あー、なんとなく風呂に入ってからだとは思ってたけど、言われてみれば別に今着替えちゃってもそう変ってことはないのかな。外出も――まあ、庭くらいには出ることがあるとしても、ここの敷地から出ることは多分ないんだろうし」
 と言ってからちらっと頭をよぎったのは結婚式場のことなのですが、
「そう? じゃあ着替えちゃおっと」
 うきうきした様子から想像はついていたことですが、栞は言葉を挟む間もないくらいさっさとそちらに移行してしまったので、まあいいか、ということにしておきました。式場に出向くことになったらその時また着替え直せばいいだけの話ですしね。
 ところでその際、一応はそっぽを向いておく僕なのでした。ただ着替えるだけというならともかく、浴衣を着るってことは余計に脱ぐものがあるってことですしね――と、まあその余計な一脱ぎをするかどうかは人によるんでしょうし、そもそも今更そんなことを気にして目を逸らすような間柄でもないわけですが、一応はということで。
「これで着替えたのが私だけだったらちょっと恥ずかしいかもね――って、あれ?」
「ん?」
「こっち向いてないのはわざと? それともたまたま?」
「さあねえ」
 視界には入っていませんが、何やら楽しそうな栞なのでした。

 着替えが済んでさあどうしようか、といったところで僕達が出した結論は、お隣さんの部屋の訪問なのでした。いろいろ済んだところでちょっと休憩、なんてほど疲れる旅路でもなかったわけですしね。
 というわけで、お邪魔します。
「何だオマエら、もう着替えたのか」
「うん」
 嬉しそうに頷く栞。ええ、らです。ら。着替えたのが自分だけだったら恥ずかしいかも、なんてことを言われてしまったからなのかどうかは、自分でもよく分かりませんけどね。単に釣られただけかもしれませんし。
「まあ浴衣ではないにしろ、わたしも着替えたと言えば着替えているんだがな」
 そう言いながら大吾の隣で小さく笑っている成美さんは、耳を引っ込めて小さい方の身体になっているのでした。音無さんに膝抱っこしてもらうんでしたっけね、そういえば。
 大吾は目を逸らしたのかなあ。なんて、余計なお世話間違いなしであると分かってはいてもついついそう思ってしまったりもしないわけではないのでした。が、もちろんそんなことはともかくとしておきまして。
「で、どうする? せっかく来てもらったところだが、これから」
「成美ちゃんは音無さんのところに行きたいんだよね?」
「うむ、まあな」
「じゃあ私はそれにご一緒しようかな」
「あ、私はあの、できればまた口宮さんと異原さんの所に行きたいです」
「なら自分はナタリー殿にお供したいであります。……自分だけではちょっと恥ずかしいでありますので」
「ワフッ」
 ふむ。
「なんか僕と大吾だけ残っちゃったけど?」
「あー、それなら丁度いい。ちょっと話してえことがあるからここに残ってくれ」
「ん? まあいいけど」
 というからには僕にだけ話したいことなんでしょうし、ならば今この場でその話が何なのかは尋ねないでおきます。――と同時に周囲の様子を窺ってはみたのですが、どうやら誰も、もちろんそれは成美さんも含めて、心当たりがあるという様子ではありませんでした。

「向こうの部屋のドアを開けるのだけお願いしてもいいですか?」なんてナタリーさんが栞にお願いしたり、栞がそれを了承したり、成美さんが「そういえば今の私はドアノブに手が届くのか?」なんてことを気にしていたりしつつ――もし届かなかったら同じくらいの身長の子どもは部屋から出られなかったり締め出されたりすることになるわけですが――みんな揃って部屋を退出。そして当初の予定通り、大吾と僕だけが部屋に残ることになったのでした。
 さて、話したいこととは一体?


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