(有)妄想心霊屋敷

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新転地はお化け屋敷 第六十章 生きる、ということ 六

2014-07-22 21:01:12 | 新転地はお化け屋敷
 さすがに冗談交じりとはいかなかった僕のその返事を受けて、文恵さんはにっこりと。となれば、ここまでの流れからしても、次にその柔らかな語り口から出てくる言葉は僕への褒め言葉だったりするんでしょうけど――。
「とは、言っても」
 先程謙遜にすらなっていない謙遜を口にしたばかりの僕は、ならばここでも謙遜するよう試みるのでした。自分でもしつこいような気はしますけど、しかしどうも、褒められるということになれていないというか。料理以外のことでは。
「一方的な話じゃないんですけどね、もちろん」
「ご自慢のお嫁様、ですものね」
 というわけで謙遜なのですが、しかし前回もそうでしたが謙遜とはいえ事実に即した言い分でもあるわけで、ならばどこか真剣に言ってしまってもいるのでした。当たり前ながらそれは謙遜という行為にそぐわない姿勢ではあるわけで、ならばそれが前回の失敗に繋がったということでもあるんでしょうけど。
 と、それはともかく。
 いや、それと関連して、ということになるのでしょうか? 顔に出してしまっているかどうかはともかく、文恵さん、こちらの内情と同じくふっと真剣な表情になり、そして何やらその場から半歩分ほど後ずさったかと思うと、
「日向様の挙式を当家で執り行わせて頂けること、我が夫、当主定平に代わりまして、心よりの歓迎と感謝をお贈りさせて頂きます」
 と、うやうやしく頭を下げながら。
 えーと……。
 えええ!?
「おうおう、凄いこと言わせてるねえ。さすがこーちゃん」
 どこから現れたのか――いや、どこからも何も間違いなくこの待合室にいたわけですが、全身をガッチガチのバッキバキに硬直させた僕の隣にひょいと現れたのは家守さん。凄いことを言われたということくらいは僕でも分かりますし、ならばもちろん僕以外の人にも分かるようで周囲は静まり返り、その代わりにあちこちから視線を感じるわけですが、この人だけが普段通りというか何と言うか。
「と、つい反射的にしゃしゃり出てきちゃったけど、どう? 立会人は必要かな?」
 …………。
「孝さん? どうしたの?」
「お母さん?」
 考えている間に栞と義春くんもこちらへやってきたのですが――普段通り。反射的に。そうか、そうですよね家守さん。そうでしたよね。
 ね、栞。
「いえ、大丈夫です」
 僕のその返事に、家守さんは相槌すらないまま無言で身を引くのでした。実際の位置的にも、そして立場的にも。
 可能な限り文恵さんの所作をなぞる様にして頭を下げ返しつつ、未だ頭を上げていない文恵さんへ、僕は答えました。
「謹んで頂戴致します」

 心臓が止まりそうだった、とは、場所を替えておらず人の移動もないままということで、そこまで言いはしなかったものの。
「変じゃなかったかな」
 ついさっき物理法則を無視して待合室の中心点を自分へ持ってきた僕は、しかし今現在のところ、隅っこの席で小さくなっているのでした。
 向かいの席には栞。弱り切った今の僕には強過ぎるにこにこ顔でもって、こう返してきます。
「大丈夫だったと思うよ。少なくとも、格好良かった」
「少なくとも、なんて言い方の割に、そっちの方が程度が上のような気がするんだけど……」
「前者は周りのみんな、後者は私個人の感想です」
「あー、ああ、じゃあ、よかった」
 と、もうそういうことにしておきましょう。今の状態だと、変に抵抗するより大人しく元気付けられておいた方が良さそうですし。
「でもいいよねえ、お嫁さん特権っていうの?」
「何が?」
「こういう時のこういう孝さんを独り占めできるっていう」
「なんとなく怖いこと言ってるような気がするんだけど、受け取り方の問題かな?」
「実際にそうなのかどうかはともかく、そう受け取ってもらっても私は全然構わないよ?」
 ううむ……。
 いや。いやいや、そんなことよりも。
「訊かないの? 何がどうなってああなったか」
 こうして腰を落ち着け、一件落着といった風情で遣り取りしている僕と栞ではありますが、しかし文恵さんとの間に何があってあんなことになったのかは、実のところまだ説明していないのでした。
 で、栞の返事ですが。
「それを聞かせてもらうために今ここにいるのは間違いないけど、急かすためかって言われたらそうじゃないからね」
 ああ。
 もう。
「じゃあ急かされないことにして、どうだった? 椛さんのお腹」
「その言い方だとなんかやらしいなあ。椛さんの赤ちゃん、でよくない?」
「赤ちゃんがどうだったかって言われても、何も聞こえなかったんでしょ?」
「あはは、それはまあそうなんだけどね」
 やらしいと感じたうえで笑い話にしてくれるその感性は有難いところですが、しかし今更お腹くらいでそんなふうに思われても、というのが正直なところ。――と、そんな話をしたいわけではもちろんなく。
 というわけで、ある意味では結果を知っていて訊いたということにもなるこの質問。ですがしかし、もちろん「耳当てても何も聞こえなかった」なんて返答を期待しての質問ではそもそもからしてないわけで。
「よく分からない、っていうのが正直なところかな」
 栞はそう答えました。
「義春くんが言ってたのと同じような感想もやっぱり持ったけど、でもまあそれだけで済むってこともなくてさ。自分のこともあるしね、やっぱり」
「うん」
 手短に相槌のみで返事を済ませる僕でしたが、しかしそれは不安に駆られてそうしたというようなものではありませんでした。
「ふふっ」
 それまでも微笑みを浮かべていた栞は、ここではっきりと笑ってみせました。何がそうさせたかというのはしかし、最早考えるまでもないでしょう。僕の顔です、どうせまた。
「いろいろ浮かんでごちゃごちゃして、よく分からなくはあったんだけど――良いか悪いかって言われたら、良い気分だったかな。そういう顔してくれる人が支えてくれてる、っていうのもあるし」
 まるでさっき文恵さんから頂いた評価を盗み聞きでもしていたかのような、そのままな感想を述べてみせる栞でした。が、とはいえそのままというのは方向性の話であって、その程度となると、もしかしたら文恵さんのそれを越えてしまっていたのかもしれません。
 大きめなテーブルを挟んで向かい合っているので残念ながら無理そうではあるのですが、栞に触れたくて仕方がなくなっている僕なのでした。何だったら、大吾と成美さんの番をすっ飛ばして今ここで永遠の愛を誓ってしまうのもやぶさかではありません。
 ……いや、ありますけどねさすがに。
「こんなぼんやりした感想でよかった?」
「うん」
 また手短に済ませる僕でしたが、今回は手が出そうになるのを必死に堪えた結果なのでした。よかったも何も、これ以上のものが出てきていたら大変なことになってたよ栞。これ以上のものなんて思い付けないけど。
 ――というようなこちらの心情はまた表情から読み取られているのか否か、再度にっこりと笑ってみせてから、栞は続けてこう言ってきます。
「急かすわけじゃないっていうのはさっきも言った通りだけど、どう? そろそろ」
「うん」
 三度手短に済ませる僕でしたが、今度はそれがどれほどお安い御用であるかということに思いを巡らせた結果なのでした。なんせ、栞が今自分で言っていたことをそのまま繰り返すも同然なのですから。

 ……で。
「嬉しいというか照れ臭いというか畏れ多いというか」
 顔を手で覆ってしまった栞は、そのまま一気に一息で。
 そしてその後、指の隙間からちらちらこちらを窺いながら言うには、
「……え、本当に? あれ、私の話だったの? いや私だけの話ってこともないみたいだけど、私も含まれてたの?」
 栞を守ると言い切った僕についても言及はしましたし、自分のことながらそれだって関係なくもなかったんでしょうし、ならば当然そのように説明したわけです。
「逆に、今この場でどっちか片方だけの話ってことにはならないでしょ。どうやったって」
「うう……それはそうかもだけど、だって、椛さんのお腹に耳当ててただけだよ? 私」
 ついさっきその言い方をやらしいと非難してきた筈の栞でしたが、どうやらそんなことを言っていられる状況ではないようなのでした。
 お腹に耳当ててただけ。僕だって最初はそんなふうに思ったわけで、うーん、それはまあやっぱりそうなるんだろうけどねえ。
「私の旦那さんかっこいー! なんて密かに浮かれてたところでこんな、もう、逆にごめんなさい」
「力尽きないでもうちょっと密かにしといて欲しかったなあそれは」
 どうか周囲の皆さんの耳に届かないでください今の台詞。無理でしょうけど。小さく笑い声が聞こえてきたりしてますけど。
「まあ、でも、うん。分かりました」
「慌てなくて良いから、落ち着いた宣言は手を下ろしてからね」
 そう言われて初めて、そろそろと手を下ろし始める栞。ゆっくりした動きなので確かに慌てているようには見えませんがそうでなくて、とは、これ以上虐めても仕方がないので言わないでおきましたが。
 で、その手が下り切り赤くなった顔が露わになったところ。
「それにしても、まだかな? 成美ちゃん達の方。もう結構経ったと思うけど」
 露骨な話題切り替えもあったものですが、とは、以下同文。
「そうだねえ。あと二つの式の準備も一緒に進めてるとか……いや、準備が済んだからここまで呼ばれたんだっけ」
 というわけで式場の準備は既に済んでいる筈で、残っているのは当人、つまりは大吾と成美さんの準備ということになるわけです。そりゃあめかし付けてくれる人達も当人達も気合いは入っていることでしょうが、それにしてもこんなに時間が掛かるものなのか――というのは何もそれを非難しているわけではなく、次は僕達がそうなる番だから、という話なのですが。
「積もる話もあるんでしょうねえ。お二人だけならともかく、庄子さんと猫さんもご一緒なわけですし」
 明らかに僕達の会話への返事として放たれたその声に、僕も栞も顔をそちらへと。特に顔を赤くしたり話題を切り替えたりしていた栞はそれ故に過敏にもなっていたらしく、その顔を向ける勢いたるや首にバネか何か仕込んでいるかの如きなのでした。
 で、そんな勢いで振り向かれてしまうと、
「おや、すいません。もうちょっと待った方がよかったですかね?」
 ということになるわけです。が、そんなふうに言われてしまうと、
「いえいえ、大丈夫です、大丈夫」
 ということにもなるわけです。大丈夫だったら二回も言わないと思うよ栞。
 んっふっふ、といつもの笑い声も聞こえてきたところで本題なのですが、僕達の元へやってきたのは清さんご一行でした。いつもならジョンとサンデーに加えてナタリーさんもご一緒なのですが、彼女は今回口宮さんの肩をその居住地としているようなので、三名のみです。
 大吾達の準備はまだだろうか、という話もあって気になってはいたのですが、挨拶回りの最後の相手は向こうから来てくださったのでした。と、まあ、結局のところは半数以上がそうだったわけですけどね。
「大丈夫になるためにサンデーを貸してください」
「はいどうぞ」
 さらっと大丈夫でないことを白状した栞、清さんにサンデーを要求し彼を膝の上に落ち付かせると、そのふわふわな体毛を撫で回しながら大きく息を吐いてみせるのでした。まあ、みせたと言っても肝心のサンデーはテーブルの陰に隠れてしまって見えていないわけですが。
「大丈夫になった? 栞さん。楽しみだね、大吾と成美さん」
「んふふ~、大丈夫だよ~。楽しみだね~」
 大丈夫になるため、というお題目を掲げている以上は、努めてそうしているところがあったりするんでしょうか。声がゆるんゆるんになっている栞なのでした。
 さすがにあそこまでを求めるわけではありませんがしかし、こう見せ付けられてしまうとどうも、
「……清さん、ジョンを貸してください」
「はいどうぞ、とはいきませんねえこちらは」
 というのは貸し出し不許可ではなく、ジョンのサイズ的に手渡しは無理という話なんですけどね。そんなわけで、この時点で既に自分の足で僕の元へ歩み寄ってくれているお利口なジョンなのでした。
 これまたサイズ的な問題であちらのサンデーのように膝の上に乗せることはできないわけですが、そこはまあ椅子を降りその場にしゃがみ込んで、いつものようにもふもふと。
「ああ……」
「ワフッ」
「ああ~」
 栞が顔を真っ赤にしながら惚気だした時よりよっぽど珍妙な光景になっているのでしょうが、もうそんなことどうでもよくなってきてしまいました。そうか、こんなにも身近なところに極楽というものは。
「んっふっふ、これはむしろ良いタイミングで来られたのかもしれませんねえ」
 それはもう確実に間違いなく天地が引っくり返ろうともその通りなんですがしかし清さん、せっかく来てくれたのにこんな感じで申し訳ないこと限りなしな所存です。すいません、もうちょっと待ってください。
 ――というわけで、一分前後の極楽タイムののち。
『もう大丈夫です』
 僕は初めから大丈夫な筈だったのですがしかし、栞と共にその宣言をするのになんら抵抗はないのでした。ありがとうジョン。
 特にそうする必要性もなさそうな気がしないでもないものの、区切りを付けるためにもそのジョンとサンデーを清さんの元へ送り出したところで、お馴染みのご挨拶から。
「はい。では、もう聞き飽きているかもしれませんが、この度はご結婚おめでとうございます」
「おめでとー」
「ワンッ」
『ありがとうございます』
 聞き飽きているかもしれない、という清さん。ついさっきまではそんな感じだったような気もしますが、しかしそれすら何処かへ飛んでいってしまったようで、新鮮な気分で返事をすることができたのでした。
 まあそれについてはジョンとサンデーのおかげ以前に、その直前の事件があったから、なのかもしれませんけどね。
「妻と息子も呼べればよかったんですけどねえ」
「いえそんな」
 僕達の式だけでないことを考えると、あまり強くは遠慮がし難かったりしないでもありません。
 というわけでそんな手短な返事に留まってはしまいましたが、でもまあ、遠慮がどうこう以上に仕方なくもあるわけです。息子さんの方は今のところ幽霊に全く関わりがないわけですしね。本人の自覚が及ぶ範囲では、という注釈が必要ではあるにしても。
 僕達がこうしてある意味でのゴールに到達したのならあちらも――と、全く関係のない話なのについついそんなふうに思ってしまっていたところ、一方で栞からは冗談混じりにこんな返事が。
「それ、庄子ちゃんの前では控えてあげてくださいね? 分かっててもがっかりさせちゃうでしょうし」
「ああ、それもそうですねえ。んっふっふ、ご忠告ありがとうございます」
 誰がどう考えたってここに来られるわけがない息子さん、清明くん。と、その清明くんに恋する少女、庄子ちゃん。兄と義姉の付き添いとして今この場にはいないわけで、ならばこんな話をするのは今しかないということでもあるのでしょう。
「早く一緒になれたらいいのにね。僕達も清明くんとお友達になりたいな」
 一緒になるというのは気が早過ぎるんじゃないか、とは思わされましたがしかし、恐らくは僕が反射的に思い浮かべてしまったような意味ではないのでしょう。
 というわけでサンデーからはそんな意見が出てきたわけですが、それもそうだよなあ、とも。幽霊でない僕は清明くんと普通に知り合ってもいるわけですが、サンデー達は清さんの息子さんだということやそれ以外のところでどれだけ親しみを覚えていても、当の清明くんからは何とも思われていないどころか存在を認識されてすらいないわけです。となればそれは、歯痒いどころの話ではないのでしょう。なんせ七名が満場一致ですもんね、サンデーが「僕達」と言うからには。
「ジョンはもうお友達だもんねー」
「ワフッ」
 幽霊でない僕は、というわけで、同じく幽霊でないジョンもまた清明くんとは知り合いなのでした。とまあ、犬と人間が知り合いだとか友達だとかいうのは、動物と普通に会話をしている僕達だからこその発想ではあるんでしょうけどね、正直なところ。
「庄子ちゃんが清明くんを気にし始めたのって、二人でジョンのお散歩に行った時からだしね。お友達どころか恋のキューピッドだよ」
 清明くんの方はお友達とは、なんて僕がシビアにそう思っている一方で、栞はむしろそれを越えさせてくるのでした。と、いや、友達と恋のキューピッドでは上とか下とかじゃなくて全然別の概念ではあるわけですが。
「これは父親として感謝しなければいけませんねえ。ここでも何かしら出しては頂けるんでしょうが、それとは別にご馳走を用意してあげましょうか」
 身体と同様もふもふなその尻尾を、ふぁっさふぁっさと振り始める恋のキューピッドなのでした。
「んっふっふ。――とまあ、式まで時間がないかもしれませんからこの話はこれくらいにさせてもらいまして」
 ジョンの頭を撫でながら、清さんは言いました。どうやら他にも話題の持ち合わせがおありな様子です。
「やはり感慨深いものですねえ。そう昔からの話というわけではないにしても」
「お世話になりました、いろいろ」
 そう昔からの話ではない、どころか、言ってしまえばつい最近の話ですらあるわけです。
 ということで、そういう話。んっふっふ、とこれまで同様に笑ってみせてから、清さんは言いました。
「初対面の時は失礼しました」
「いやいや、それについてはこちらこそ」
 人様の顔を見て気絶だなんて失礼にも程があるというか何と言うか――ああ、やっぱりずっと付いて回るんだろうなあこの話。といったところで栞からはこんなお話が。
「そのおかげで幽霊に対するあれやこれやがそこで全部終わっちゃった、みたいな話してたよね。さっき」
 ええ、さっき似たような話をしたばっかりでしたね。ずっと付いて回るなんていちいち確認すること自体が馬鹿馬鹿しいのかもしれませんね、こうなってしまうと。
「つまりジョンが庄子ちゃんと清明くんの恋のキューピッドなら、清さんは私と孝さんの恋のキューピッドだったのです」
 そうだったのですか。
「おやおや、となるとこれは私自身にもご馳走を用意しないといけませんかね?」
「お任せください、我が家には優秀なコックさんがおりますです」
 いやそこは普通にお世話になった者として料理させてもらえないでしょうか。と、冗談で済ませなくなってしまうのが分かってて言ってらっしゃるんでしょうかそのコックさんのパートナーさんは。分かってるんでしょうねどうせ。
「んっふっふ。ではいずれまた、ということで期待させてもらっておきましょうかね」
 一見乗り気であるように聞こえる清さんの返事でしたが、しかしそれって要は体のいい無期限延期なのではないでしょうか? と、そう思ってみたところ、
「式を済ませたばかりな新婚さんの夕食を邪魔するわけにはいきませんからねえ。愛だって守らせてもらいますよ、恋のキューピッドは」
 頭に浮かんだ疑問が口を衝くよりも先に、自分から具体的な説明をしてくれる清さんなのでした。そうですか、恋のキューピッドなら仕方ないですね。
「愛ってご飯と一緒に作るものなの?」
 次いで出てきたその疑問は、しかし冗談混じりのものではなく真面目な質問として。うーん、この先の展開を考えるとそれは辛いよサンデー。
「もちろん人にもよるでしょうが、このお二人の場合はそういうことになるんでしょうねえ。なんせ普通の人ですら愛情を隠し味にするくらいなんですから、むしろメイン調味料に据えていても可笑しくありませんよ?」
「そういう方向性で『普通』を逸脱するっていうのは、どうなんでしょうか……」
 腕前とか情熱を指して普通でないという評価を頂く分には何の遠慮もしない所存ではあるわけですが、この場合それは料理好きという分野での話ではなく、ただのバカップルとして程度が高いという話になってしまうのではないでしょうか?
「ふっふっふ、私は全然構いませんけどね」
 栞は全然構わないんだそうでした。そして全然構わないらしいその栞は、引き続き得意げに(そうなる意味は分かりませんが)こんなふうにも。
「どうも遠慮したがってるみたいだけど、つまりこういう方向性でなら料理で孝さんに勝てるというわけだね?」
 ぬっ。
 ぬっ! 僕が負ける!  この僕が! 料理で!
「そういうわけにはいきませんな栞さん」
「ふふふ、それでこそ我がお師匠様」
 更に引き続き得意げな栞ではありましたが、しかしその言い分には耳を傾けざるを得ない部分も。今の言い方というのはつまり、夫としてではなく料理の先生としての僕を焚き付けた、ということになるわけです。生徒に気を遣われるというのは先生としては失敗だったのかもしれませんが、しかしそれほどまでに生徒が成長していた、というふうにも取れるわけで。
 栞の卒業は近いのかもしれません。
 しかし、近いうちであれ何であれその瞬間まで先生であり続ける僕は、ならばその瞬間までは先生であり続けなくてはいけないのです。そしてそれをこうして生徒の側からも望まれている以上、これはもう僕がそうしたいというだけの話ではなく、先生としての義務と言ってしまって差し支えはないことでしょう。
 これからも頑張ってください栞さん。僕も頑張ります。
「愛が隠し味って、好きな人と一緒にご飯食べたら美味しいねってこと?」
「おや、鋭いですねサンデー。大体は作る側の人が一方的に言ってたりするんですけど、でも結局はそういうことなのかもしれませんねえ。好きじゃない人の愛なんて食べたくないですし」
 その作る側の人間からするとズバズバ斬り込まれたような感覚に陥るようなご意見ではあったわけですが、とはいえしかし、確かに仰る通りではあるのでしょう。なんせ僕は「団欒」という言葉を用いてそここそを料理の肝であると常々から思っていますし、同時に常々から生徒さん達に言い聞かせてもいたわけで。
「ということで先生、さあ今日の夜ご飯は勝負ですよこれ」
「望むところ」
 先生としての決意を新たにした当日に負けるわけにもいかないわけで、となればこれは全力でことに当たるほかありますまい。覚悟しろ栞。
「んー、邪魔をするわけにはいかない、なんて言ったばかりですけど見学してみたいですねえこれは。どうなっちゃうんでしょうか、一体」
「すっごい頑張ってお喋りするのかな。楽しそうだね、ジョン」
「ワフッ」
 単なるお喋りならともかく、隠し味を越えてメイン調味料になる程の愛を込めてという話。となるとこれは、当然ながら他人にお見せできるようなものではなくなってしまうことでしょう。
 が、当然食事にはマナーというものが付いて回ります。それを守りつつ、となると見境も際限もなく喋り続けるわけにもいかず、ならばこれは案外、ベストを尽くすというのは難しいものだったりするのかもしれません。ぬう、まだまだ奥は深いか料理道。


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