(有)妄想心霊屋敷

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新転地はお化け屋敷 第四十四章 後のお祭り 十二

2011-11-27 20:30:54 | 新転地はお化け屋敷
「まあ僕達の場合、付き合い始めてからこうなるまでの期間が短かったっていうのもあるし」
 別に意地悪をするというつもりではないんですが、こうまで真っ直ぐ甘えに来られてしまうと、なんとなーくそれを先送りにしたくなってしまうのでした。
 というわけで真面目な話を初めてみるわけですが、いつも通りというか何と言うか、栞はそれに乗ってくれるわけです。
「それはそうだろうね。付き合い始めてから今日まで、一月ちょっとだし」
「たったそれだけで『恋』の部分が引っ込んじゃうかって言われたら、やっぱりそんなことはないだろうしさ。何年も付き合ってから結婚するのを普通としたら、付き合い始めたばっかりって時期なんだろうし」
「そうなんだよねえ、私もちょくちょく考えたりはしてたけど。――でも孝さん、だからって私別に」
「無理してたとか無理に急いだとか、そんなことはない?」
「うん。孝さんはどう?」
「僕もそうだよ。僕なりに普通に付き合ってたら、こうなった」
 それは少々、格好付けた台詞だったのかもしれません。けれどそれを言い終えてから一拍ののちに栞がぷっと吹き出したのを見ると、それをを契機に僕まで笑ってしまうのでした。
 釣られて笑った、ということになるのでしょう。けれど笑っている僕自身としては、本当に可笑しかったのです。
「やっぱりちょっと変なんだろうね、僕達」
「だろうねえ」
 事実であるにしたって格好付けて言うようなこっちゃないだろう、と。だからと言って「僕」でなく「僕達」とまで言ってしまうのはどうかと喋った直後に思いはしましたが、栞はすんなりそれを認めるのでした。
 そしてそのうえで、
「でも、私にはそれが心地よかった。はっきり自覚してたもん、自分がだんだん孝さんに影響されてるって。せっかちな人を好きになったら、自分までせっかちになり始めたって」
「はは、せっかちかあ」
 誇らしげに言うよりは、そうしたちょっと批判的な言葉のほうがしっくりくるのでした。もちろん、栞がそれを批判的な意味で使っていないというのは承知の上ですが。
「だから私の場合は初めから変だったんじゃなくて、後からだんだん変になっていったって感じかな。もちろん、大元の原因は私のほうにあるんだけどさ」
「…………」
 栞が何を言いたいのかは、即座に察しがついてしまいました。けれど僕は、だというのに何を言い返すでもなく、続けて栞が話すのを待ちました。
「あはは、孝さんちょっと怖い顔。分かってくれてるみたいだね、やっぱり」
「そりゃあ僕だって、栞と付き合いながらいろいろ考えてきたしね」
 自然とそうなっているとはいえ、どうしてこうも展開が早いのか。知り合ってすぐに好きになり、好きになってすぐに付き合い始め、付き合い始めてすぐに栞が抱える事情を知り、事情を知ってすぐに結婚にまで。
 どうしてそうなったのかと言われれば、それが必要だったからです。
「幽霊だってことも含めていろいろと不安定だったからね、私。だから、急いでゴールを目指さなきゃならなかったって言うか」
 石橋を叩いて渡る、という言葉があります。その橋がしっかりしたものであるか、渡って大丈夫なのかどうかを少しずつ確認しながら渡るという話になぞらえ、時間を掛けて慎重に事を進める様を表す言葉です。
 けれど栞の場合は、そうして確認のために叩くだけでも壊れてしまう恐れがありました。なんせ、デートと称して一緒に出掛けるだけで泣きだしてしまうような人だったのです。
 だから僕はその確認作業を捨て、「崩れる前に走り抜ける」という選択をしました。泣かなくなったからと言って安心はできません。そこで歩みを止めていたら、いつまた同じことが起こるか分からないからです。
「……ここが、一旦のゴールってことでいいんですかね?」
「うん。もう大丈夫だよ、絶対に。ありがとう、ずっと私のこと考えてくれて」
 ずっと。
「たった一月ちょっとでしたけどね」
「でも、ずっとなんだよ。長い長い時間だったんだよ、少なくとも私にとっては」
 言われた途端、どこからやってきたのか、身体にどっと疲労感が押し寄せてきました。
 ――そうか、こんなにも長い時間だったのか。気にする暇がなくて、全然自覚なんて無かったけど。
「栞さん……」
「お疲れ様」
 もたれ掛かるようにする僕を、栞さんは受け止めてくれました。
「愛してるよ、こうくん。これから先、『孝さん』としても、ずっとずっと」
 短く、そして長かった恋人の期間。どこで区切りをつけたのかと言われれば、それは今この瞬間、「栞さん」の腕の中で、だったのでしょう。
 もう、駆け足である必要はありません。

「栞」
「ん?」
 完全に「こうくん」から「孝さん」に移り変わってから、暫くののち。風呂にも入り終えた僕達は、一つのベッドに並んで腰かけていました。
 まあ、この後の展開は改めて確認するまでもないでしょう。そういう日にそういう場所で、そういう二人がそういう気分でいるのですから。
 ――でも、その前に。
「傷跡の跡、もう一回いいかな。風呂に入る前にも触ったけど」
 別に、日に何度も触ることが珍しいわけではありません。ならばわざわざそんな尋ね方をする必要はないわけですが、けれど僕はそんな尋ね方をし、そして普段ならば「いいよ」とすんなりそれを許してくれる栞は、そんな僕に首を傾けます。そしてそのまま、こう一言。
「確認?」
 この人は、本当に僕のことをよく分かっている。そう思わされざるを得ませんでした。
「うん。……嫌だったかな、今更」
「ううん、そんなことないよ」
 もう大丈夫だよ、絶対に。
 栞はそう言ってくれましたし、僕だってその言葉を疑うわけではないのですが、疑っていないその言葉を、それでも確認したかったのです。傷跡の跡。その場所にもう、綻びが生じるような余地がないということを。
 感じたかったのです、強くなった栞を。
「ありがとう」
 僕は栞に抱き付き、その胸に顔をうずめました。すると栞は、僕を引き込むようにして後ろへ身体を倒しました。
「『ありがとう』なんて、こっちこそだよ」
 そう言って、栞は僕の頭を撫で始めました。その手付きはこれ以上ないくらいに優しく、なのできっと今の言葉がなくても、それと同様の気持ちを汲み取れていたことでしょう。
 ――風呂に入った後だからということもあるのでしょうが、そこはとても温かく、そして良い匂いがしました。その心地良さたるや、この後のことすら忘れて「ずっとこうしていたい」と思ってしまうほどでした。
「そこにね」
 呼び掛けられ、僕は顔を上げました。けれど栞はにっこり微笑んだ後、頭を撫でていた手で顔を元の位置に戻すよう促してきました。話が続けられたのは、僕がそれに従った後のことでした。
「そこに嫌な気持ちを押し込めるのは、これからも変わらないと思う。でも、それでも大丈夫だからね、絶対に。もうこんなふうに触ってもらったり抱き締めたりしなくたって、ただ孝さんが一緒に居るだけで、押し込めたものは流れ出ていっちゃうから」
 …………。
 嘘や強がりではないのでしょう。実際に口にしたのは栞ですが、僕はこうして抱き付く前、これが「確認」であると明言しています。ならば、そこで嘘や強がりを言うような人ではないのです、栞は。
「じゃあもう、こういうことする必要はない?」
「必要はないけど、だからってされなくなっちゃうと寂しいかな。そのためだけにやってることじゃないしね、もう」
「だよね。よかった」
 愛してると伝えてみたり、抱き締めてみたり、キスをしてみたり。僕達にとって「傷跡の跡に触れる」というこの行為は既に、それらと同様の意味も持っているのです。それが共通の認識だというのがはっきりしたのは、今だったりするわけですが。
 安堵してみせる僕に栞がくすくすと笑い、その笑いは胸の小刻みな上下動としても僕に伝わってきます。
 もう大丈夫だよ、絶対に。
 確認は、しっかり取れました。
「栞」
 顔を上げ、腕を立て、間違いなく強くなった愛する女性を見下ろしながら、僕は言いました。
「よかったね」
「……うん」
 つい今しがた笑っていた栞の目尻に、じわりと涙が溢れてきました。
「これは、嬉し涙だからね?」
「知ってるよ」
 悲しくて辛い涙がその目から流れることは、もうありません。
 そうならないように彼女は強くなりましたし、そうさせないように僕がここにいるのですから。
 日向栞の、すぐ傍に。


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