(有)妄想心霊屋敷

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新転地はお化け屋敷 第五十四章 年上の女性 二

2013-06-26 20:55:18 | 新転地はお化け屋敷
「そちらはどうですか?」
 栞のむくれ顔を治めるためにもこちらからそう訊き返してみるのですが、しかし直後、ああしまったなと。一貴さんと平岡さんは同い年であるという話だったので、ならば平岡さん達の場合この話は諸見谷さんを指すことになるわけですが、考えてみれば平岡さんは昨日初めて諸見谷さんと顔を合わせたわけで――というのは当然、平岡さんが幽霊であり諸見谷さんは昨日初めて幽霊を見られるようになったという話なのですが――そんな短期間の付き合いだけで人のことをああだこうだと言えたものじゃないでしょうしね、そりゃあ。
「常に格好良いよ」
「ほう?」
「あと常に怖い」
「ほ、ほほう」
 というのはもちろん僕の言葉の流用ではあったのですが、しかしそれにしたってあっさりかつはっきりお答えいただけでしまったものなのでした。どうやら、いま僕が考えたようなことはてんで的外れだったようです。
 が、それならそれでどうして短期間の付き合いだけでそこまで、という話になるのですが、
「かずの紹介が嘘じゃなければねー」
 悪戯っぽくそう言いつつ、その一貴さんへ微笑み掛ける平岡さんなのでした。
「まあ、あたし自身もほんのちょっとだけ知ってはいるんだけどね、愛香さんのそういうとこ。でもそれで常にっていうのはちょーっと言い切れないかなーっていう」
「言い切ってもらって構わないけどね、私は。少なくとも一貴にはそういうふうに接してるつもりだし」
 なるほど一貴さん経由なのか、なんて思ってみたところその一貴さんは「やあん、意地悪ねえ愛香さんってば」なんて言いながら両手を頬に添えてもじもじしてらっしゃるのでした。ええ、喜んでらっしゃいますとも完全に。
 で、その歓喜に満ち溢れた一貴さんを横目に平岡さんはこんなことを仰います。
「これをぶち壊しになんてできるわけないよねえ、勿体無いにも程があるし」
 ぶち壊し。それが何を意味しているかというのは、しかし語るまでもないのでしょうし、語るべきでもないのでしょう。
 そしてその言葉を受けるのは諸見谷さん。
「それはこっちも同じくね。壊れてなかったんだもんさ、一貴の中ではずっと」
 壊れていなかった。それが何を意味しているかというのは、という話は、平岡さんのそれと同じ扱いをすべきなのでしょう。
「孝さんは壊そうとしちゃったけどね」
「ああ、持ってきちゃうかその話」
「そりゃもう、ここで持ってこなくてどこで持ってくるのさってもんでしょ?」
 まあ確かにジャストミートではありますが――。
「おっ、それどゆこと? 訊いちゃってみていいこと?」
 ね、こうなっちゃうんですもん。……ああ、想定内って顔してるなあ栞。
 というわけでその壊そうとしちゃった話、つまりはかつての想い人である音無さんの話をしたところ。いや、したというよりは栞にされた部分のほうが多かったような気もしますが。
「へー、かずの弟さんの彼女とねえ。と言ってもあたし会ったことないんだけどさ、弟さん含め」
「ちびっこモリモリマッチョマンよ」
「……それって本当にかずの弟なの? まさか彼女さんの方の話だったりする?」
 異論を差し挟む余地もなく仰る通りではあるのですがそれにしたってあまりにもあんまりな紹介に対し、平岡さんは困惑気味なのでした。ええまあ、ひょろ長いですもんね一貴さん。
 ところで平岡さん、モリモリマッチョな女性だって探せばそりゃあいるでしょうけど、マンですから。ウーマンじゃないですから。
「彼女さんの方はふんわりボインボインって感じかね」
「あら、愛香さんにしては洒落た言い回しね」
「洒落てないしあんたの真似してみただけだし、しなきゃよかったと後悔してる真っ最中だけどね。今度会ったら謝ろう」
 いや、割とそういうの気にしない感じですけどね音無さん。
 なんせ昨日みんなで混浴に入っちゃったくらいですし、とあの時のことを思い出してみるとむしろ気掛かりなのは異原さんなのですが、しかしまあ今それはともかくとしておいて。
 音無さんについてそういう話が出たのならば、もはやお決まりのように続けてこういう話にもなるわけです。
「なるほど、巨乳に釣られたか日向くん」
 やっぱりそうなりますよねそりゃあ。

「なんとまあ、凄いね人体。いや実際に見てから言うべきなんだろうけどさ」
 高校卒業頃から急激に成長し始めた、という話を聞いてもともとぱっちりしている目を更に丸くした平岡さんは、そう言いつつ自分の胸に手を当てていたりもするのでした。実際そうした動きを見せるかどうかはともかくとして、やっぱり気にはなるんでしょうかね女性としては。
 ちなみに平岡さんですが、気にするといってもどうやら成美さんとその方向性を同じくする必要はなさそうなのでした。そういえば一貴さん、諸見谷さんから「おっぱい語らせると熱い」とか言われてましたっけね。というのは、余計な情報なんでしょうけどね。
「うふふ、実際に見たらもっと驚くと思うわよ。なんだったら比較用にそうなる前の写真とかも用意できちゃうし」
「哲郎くんに殴り飛ばされるよあんた」
 いっそ同森さんに代わってご自分が手を出しそうなほど冷たい視線を投げ掛ける諸見谷さんでしたが、しかし一貴さんは涼しい顔。
「比喩じゃなく本当に飛んじゃうでしょうねえ、てっちゃんの場合」
 いとも容易く想像できてしまうその光景なのですが、だからこそそれを平然と言ってしまえる一貴さんも相当図太いよなあ、なんて。だって怖いですもん、同森さんの本気パンチを自分が食らうところを想像するなんて。
 僕なんか昨日、デコピンだけで酷いことになったっていうのに。とは、言いませんけど。
「弟さんの方もどんだけ凄いんだか。いやあ、どっちも一度見てみたいもんだねえ」
 そりゃまあこんな話をされればそうもなるでしょう、と平岡さんの言葉を訊いてそう思いはしたのですが、しかしそこで気になることが一つ。
 なんせ弟さんと呼ぶ以上同森さんは一貴さんの弟にあたるわけで、だったら特に意識せずとも顔を合わせる機会はいくらでもありそうなものなのですが――。
「あの、こんなこと訊いていいのか分かりませんけどちょっといいですか」
「はい日向くんどうぞ」
「今回のこと、ご家族には……?」
 話の対象は三名なわけで、ならばご家族とだけ言うとその三名それぞれの家族全てを指しているように聞こえてしまうかもしれませんが、けれど僕としては一貴さんの家族にだけ言及しているつもりではありました。
 ならばどうしてはっきりとそう言わなかったかというのは、まあ、平岡さんのことがあってです。一貴さんのご家族には、とはっきりそう言ってしまうと、「あれ、他の家族はいいの?」みたいなことになってしまいかねないわけで、そうなると気を遣われたと思われてしまうかもしれませんしね。
 いや、もちろん否定のしようもなく気遣ってはいるわけですが、栞だって自分の家族とはいろいろあった――家族の側からすれば未だ何もないのですが――わけですし。
「いずれ全部話すつもりよ」
 僕の意図を察してくれたのかどうかは分かりませんが、答えてくれたのは一貴さんでした。
「ただ、あんまり格好は付けられないんだけどね。その『いずれ』が何時なのかとか、具体的な段取りとか、そういうのはまだ全く決めてないから」
「そうですか。……いえ、話すって決めてるだけでも充分だと思いますよ」
「ゆっくりでも進められるもんね、一緒に頑張ってくれる人がいるなら」
 うむ。と、力強く頷いてみせるのはちょっと照れ臭かったので省略してしまいましたが、しかし少なくともそんな栞の言葉を否定はしない僕なのでした。
 そしてそんな僕へ観察するような視線を向けていた平岡さんは、ニッと笑ってからグッと腕を引きつつこんなふうに。
「もちろんあたしも頑張るよ! といっても大したことできそうにないけど!」
 まあ「こういう話は苦手」とのことでしたしね、少し前の話を引っ張ってくるに。でも平岡さん、そういうのは別として――と、僕が口を開くよりも先に動いたのは諸見谷さんなのでした。
「しようと思ってするもんじゃないさ智子さん、こういうのは。諸々の勢い任せで気付いたら勝手にやっちゃってるもんだよ、助けるなり助けを求めるなり」
 という意見は僕が言おうとしてものとは必ずしも一致しない、というかもうまるで別物だったのですが、でももうそれを聞いただけで僕から何かを言う気概は失せてしまうのでした。
 これ言われちゃったらあとはもう何言おうが蛇足ってもんですよね、やっぱり。
「愛香さん、一見ドライなようにみえて中身はアッツアツですよねー。諸々の勢いがあるって言っちゃてるようなもんなんだし、今の」
「惚れるってそういうことだしねえ」
 まるで平然とそう言い切る諸見谷さんに、平岡さんは笑みを惜しまないのでした。それこそドライな反応なわけですが、そこでそんなふうに笑えるんだったらそりゃあ諸見谷さんのことは気に入るしかないよなあ、なんて、知ったふうなことを思ってみたりしないでもありません。
「そういうわけだから一貴、私も気が向いたら自動的に頑張るよ」
 気付いたら勝手にやってる、を言い換えただけではあるのでしょうが、それにしたって自動的とは。
 といったところで一貴さん、頬に手を当て溜息をひとつ吐いてみせるわけですが、しかしそれは今僕が思ったようなこととは全く別の理由からなのでした。
「その『気が向いた』時の勢いが半端ないのよねえ、愛香さんって。しかもその時ですら表面上は普段と変わらないから、変な例えだけど地雷原歩かされてるようなもんなのよ? こっちとしては」
 常に怖い、と平岡さんに諸見谷さんをそう紹介したらしい一貴さん。
 ううむ、なんだかちょっと分かったような気がします。
「さて、じゃあ話したかったことも話しちゃったし、そろそろ引き揚げさせてもらいましょうかね?」
 膝をぽんと叩いてそう提案した一貴さん、反対意見が出ることを考慮していないのか躊躇うことなく立ち上がり始めるわけですが、そこを「ちょっとかず」と引き留めるのは平岡さんでした。
「このタイミングでそれ言い出しちゃったら、愛香さんが地雷原だって言いふらしたくてここに来たみたいじゃんかー」
 そんなふうに受け取ってはいませんでしたが、言われてみれば確かにそう聞こえなくもありません。と言ってももちろん、それが本当だったりはそりゃあしないんでしょうけど。
「あらそう? うふふ、じゃあそういうことだったりするのかもね。ねえ愛香さん?」
「まあ地雷だって言うんなら起爆できるのはどうせ一貴だけだし問題ないでしょ。あ、もしかしたらこの先智子さんが二人めになるかもしれないけど」
 本当ではない、というわけで問題となる発言をした一貴さん、それにその発言の対象になった諸見谷さんの二人とも、なんともテキトーなお返事なのでした。元からそんな調子だったりもするんですけどね、このお二人の場合は。
 となると、困惑させられるのは当人達がまるで気にしないところを気にしてしまった平岡さんです。
「おおっ? なんだこれ、喜んだらいいんだろうかあたし。ちょっと怖い気もするけど」
 地雷原としての諸見谷さん。踏んでしまうとどうなってしまうのか、というところがまだ具体的には説明されていないので、その言葉の通りに喜び半分怯え半分な平岡さんなのでした。
 が、するとここで栞からこんな一言が。
「一貴さんが羨ましいかどうかで考えたらいいんじゃないですか? 一緒になるってことなんですし」
「おお、なるほどー」
 大きくは男女差、ということで一貴さんと平岡さんでは諸見谷さんに対する自身の立ち位置がいろいろと違ってくる以上、栞のその言い分が納得していいものなのかどうかは怪しいところなのですが、それでも納得してしまった平岡さんは一貴さんをじーっと。
「羨ましいような気がする!」
「うーん、あたしだけを見て判断するところだったのかしら。熱い視線を向けられるのは悪くないんだけど」
 確かに、ここで考慮すべきは半端ない勢いとやらになった諸見谷さんの具体的な行動であって、それを受ける一貴さんではないのでしょう。
 が、しかしだからといって諸見谷さんをとなると――。
「一貴、そりゃ私も見ろってことかい? だったら今この場で爆発してみせなきゃならなくなるけど」
 そうなってしまうわけです。今の落ち付いている諸見谷さんをいくら眺めても、という話ではあるわけですしね。
「ああダメダメ、ダメよ愛香さん。さすがに破廉恥よ人様の家でそんな」
 珍しく慌ててみせる一貴さんでしたが、そうですか破廉恥なんですか爆発後の諸見谷さんは。ううむ、なまじ普段がこんな感じでいらっしゃるのでそう言われてしまうとやはり興味が――。
「孝さん」
 すいません。
「あれ、女の身で羨むようなことじゃなかったっぽい感じですか?」
 興味がすいません。
「そこらへんはこれからどうなるのかってところだねえ。『女の身』を考慮した形に私が変えていくのか、それとももしかしたら智子さんがそれに合わせて変わっていくのか」
「さ、さすが、とんでもないことをさらっと言っちゃう」
 相変わらず平然としてらっしゃる諸見谷さんに対し、平岡さんは若干頬を赤く染めているのでした。
「まあどう取り繕ったところで、三人一緒ってんなら避けられない話でもあるわけだし――と、そろそろさすがにお暇してからにしようかね。ごめんね日向くんに栞さん、変な話しちゃって」
『いえいえ』
 そろって首を振ってみせる僕と栞。こんな調子で出てきた話ではありましたが、これがもし真面目な話題としてこの場に出てきたのであれば、やっぱりこっちとしても真面目に応対していたことでしょうしね。となれば、応対の仕方こそ変われど応対そのものを嫌がるというのは変な話ですし。
 というわけで、一貴さんご一行はお帰りです。話を聞きたい、という面もあってもうちょっとゆっくりしていってもらいたかったところですが、ここでどれだけ仲良さそうにしていようとも平岡さんがあの一行に加わったのは昨日の話。となれば、当人達三人だけで話すこともいろいろあったりするのでしょう。もちろん、ついさっきの話についてもその一つではあるんでしょうし。
「またいつでもどうぞ」
「頑張ってくださいね」
 僕と栞はそれぞれそんなふうに言って、お三方を送り出すのでした。

「いやあ、凄い話だったねえ」
「だったねえ」
 お三方を送り出したところで僕は居間へ戻り、一方で栞は玄関、というか台所に残るのでした。何をしてるのかな、なんていちいち気にしたりはそりゃあしないわけですが、戻ってくるとその手にはコップに汲んだ冷えたお茶。しかもそれが二つです。
「まあまずはお茶どうぞ。学校から帰ってきてそのままだったしね、ここまで」
「ありがとう」
 これは地味ながら有難い心遣い。本当に喉が渇いていれば誰かに汲んでもらうまでもなく自分で汲んでいるわけですが、喉を潤すだけが飲み物の性質ではないわけですしね。
 というわけで、冷えたお茶を一口飲んだ僕は「ふう」と一息。
「ふふ、お疲れ様でした」
「凄い話だったからねえ」
 ふんわり笑い掛ける栞に対し、その栞がさっき言った言葉をそのまま返す僕。詳細を語るならともかく、漠然とした表現となるとそれ以外に言い表しようがないというか。
「男の人からしたらどう? 羨ましいとかってあるのかな、やっぱり」
 浮かべた笑みを浮かべ続けたままそう尋ねてくる栞ですが、それというのはもちろん「女性二人と同時に、しかもその二人も納得の上で関係を持つ」ということを言っているのでしょう。栞としてはその後半部分はいちいち意識しなかったかもしれませんが、だからといってそれがなかったらただの二股ですしね。
 で、質問に対する返答ですが、正直なところ栞としては「分かっていて訊いている」というような面があるのでしょう。その浮かべたままの笑顔からしても。
 しかし僕は、「うーん、どうだろうねえ」と。
「例えば僕は今、栞と夫婦なわけじゃない?」
「うん」
「もちろん栞のことは好きだし、愛してるけどさ。それと同じ扱いをするべき人がもう一人ってなると、負担の方が気になっちゃうかなあ。しんどいと思うんだよね、正直言って」
「そっかあ。いや、分かるよ私も。孝さんがこれまで私にしてくれてきたことをそのままもう一人分ってことになったらやっぱり疲れちゃうだろうし、だからって手を抜いたりも出来ないだろうし」
 理屈でなく経験からそう語ってくれるというのはこれ以上なく嬉しい話なのですが、しかしまあ残念ながら今の話題は手放しで喜んでいられるようなものでもないので、僕はもう一度お茶に口をつけてからこんなふうに。
「そういう意味では、諸見谷さんが言ってたことが正しいってことになるのかな」
「ん?」
「自動的にやっちゃうっていう。加減とか調節とかが利かないんだよね、やっぱり」
「ああ。うん、そうだよねえ」
 怒ったり怒られたりしてきた僕と栞なので、その辺りの認識は共有できるところなのでした。ううむ、これもまた普段だったら嬉しがれるような話なんでしょうけど。
「でも孝さんらしいなあ」
「ん?」
「羨ましいか、なんて訊かれ方されたらちょっとくらいやらしい方の話にも行くと思うんだけど、真っ先に気にするのが今みたいな話なんだもん」
 …………。
「ええと、それは褒め言葉で?」
「人によると思うよ。少なくとも私としては褒め言葉のつもりだけどね」
 だったら褒め言葉以外の何物でもないじゃないか、とは言わずに、相槌代わりの笑みを返すのみの僕なのでした。
 で、それについてはそれとしておきまして。
「誘導に乗ってやらしい話しちゃってたらどうなってた?」
「そりゃあ、私じゃないもう一人は誰で想像した? とかそういう話になっちゃうかな?」
 なるほど、危機一髪というやつだったわけですね。
 というのはまあ、笑い話としておきまして。
「ふう」
 コップの中に残っているお茶を一気に飲み干し、またも一息ついてみせる僕。真面目な話も冗談話も済み、ついでにお茶もなくなったところで、本格的な休憩に入らせてもらうことにします。ええ、気が抜けてみると思っていた以上に疲れていたようで。
「あ、孝さん横になる?」
「ん? ああ、うん。そのつもりだったけど」
 言われた通りに横になろうとしていたところだったのですが、しかしそうして呼び止められたことで一旦中断。さっきのお茶のこともあって、枕でも出してくれるのかな、と立ち上がった栞を見てそんな想像を働かせていたのですが、
「いい機会だし、たまには」
 何も手にせずこちらに歩み寄ってきた栞は、その場に座り込むと膝をぽんぽん叩いてみせるのでした。
 膝枕。言うまでもなくそういうことなのでしょう。
「逆ならちょくちょくやってるんだけどね」
「だからこそだよ孝さん。孝さんが私にしてくれることは、そのまま私が孝さんにしてあげられることでもあるんだし」
「まあお互い様ってことになるよね、やっぱりその辺は」
「うん。二人だけなんだしね、私達」
 一貴さん達の選択を否定するつもりは、僕にも栞にもありません。
 けれど僕達にも選択した道がある以上、否定でなくどちらをより強く肯定するかという話になれば、それはやはり自分達の選択ということになってくるわけです。自動的かつ手を抜けない、なんですしね。
「眠かったら寝ちゃってもいいよ?」
 想定以上にいい具合だった膝枕に目を細めると、それを見下ろす栞は髪を軽く撫で付けてきたりしながらそんな提案をしてきます。
「うーん、そうなるかも」
 眠気があったわけではありませんでしたが、そう言われてしまうとないものを無理に引き出してでも寝てしまいたいとすら思えてくるのでした。
 たった一人の最愛の女性。やっぱり僕には、そのほうが合っているんだと思います。
「そういえばさ」
 寝てしまいたい、とそう思ったからといって一瞬のうちに寝ることが出来るのかと言われたらもちろんそんなことはなく、そして栞だってそういう体で行動してくるわけで、ここで何やら質問があるようでした。
「ん?」
「孝さん、帰って来た時えらくご機嫌だったけど、あれ何だったの?」
 あ。
「――あ」
 頭で思ってからコンマ数秒のラグを置いて尚それと同じ反応をしてしまうくらい、見事すっかり忘れておりました。
「どこか一緒に出掛けようかなーとか思ってたんだった。いや、とは言っても別になんとなくぼんやりそう思っただけで具体的にどこ行くとか何するとか、そういうんじゃないんだけど」
「ちなみに、そう思った原因は?」
「三限が休講だったせいか、四限受けてる間すっごい暇で――うん、まあ、なんとなくってことだねこっちも」
「あはは、そっか」
 わざわざ尋ねてくるほど栞が気に掛けるようなことが想定されるわけでもなく、ならば分かっていて訊いたということになるのでしょう。僕を見下ろし楽しそうに笑う栞は、再度僕の頭を撫でてくるのでした。
「で、どうする? 思い出したところですぐ出発しちゃう?」
「んー、いや、せっかくだしもうちょっとだけこのままで」
「ふふっ、はーい」
 膝枕してもらった途端にそれを取り止めて出発、というのもせわしないというか何と言うか。それにもちろん、こんなに心地良いものを碌に堪能もしないで、というのもそりゃああってというのもありますし。

 というわけで、「ちょっとだけ」ののち。
「とはいえこの時間からじゃあ、遊びに出掛けるって感じでもないしなあ」
 四限終わりの、そこから更にそこそこの時間が経過している現在。時刻としては五時をやや過ぎておりまして、夜遊びの習慣がない人間としては随分と活動時間を限られる時間帯ではあるわけです。夜遊び云々を抜きにしても、料理教室だってあるわけですしね。
「私はお買いものでも大丈夫だよ?」
「ってことになるよね、やっぱり」
 なんともいつも通りではあるわけですが、今回もそういうことになるのでした。
「式が済んで落ち付いて、大学が長い休みとかに入ったら――二人で旅行なんかしてみる?」
「あっ、いいねえそういうの」
 ぱっと表情を明るくさせてそう言ってくれる栞ではあったのですが、しかし直後、その明るい表情に笑いの色が差し込んできます。
「そのつもりだったのに気付いたらみんな一緒だった、なんてことになりそうな気もするけどね」
「あはは、まあね」
 なんせ昨日から今日までの一泊旅行がそうだったんですしね、そもそもは。あれが当初は栞とのデートを予定してのものだったなんて、今となっては記憶からすらも消え去りそうな話です。
「とは言っても昨日からのこともあるし、私はそういうのも嫌いじゃない、というか好きなんだけどね。でもまあ、確かにそろそろ一回くらいはそういうのがあってもいいかなあ」
「じゃあ、今度こそはってことで」
「うん。ふふ、孝さんと二人っきりで旅行かあ。楽しみだなあ」
 なんとも行き当たりばったり感が漂うところではありますが、そういうことになりました。うーん、行き先も日時も決まってないうちから「楽しみだなあ」っていうのは、分かるけど何か違ってないかな栞。

「ねえ孝さん」
「ん?」
 行き先はいつものデパート、ということで移動手段もいつもの自転車。さっきの旅行の話はもう考慮外としても、二人での生活を考えたら早いうちに車の免許を取っておいた方がいいよなあ――なんてことも考えてはしまいますが、今は横に置いておきまして。
「指輪見に行かない? 確かあったよね、宝石店って」
「ああ」
 さらっと出てきたその話は、普通に考えれば喜びに満ちていて然るべきものなのでしょう。しかし僕達の、というか僕の場合、素直に喜んでばかりもいられなかったりするのです。


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