(有)妄想心霊屋敷

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新転地はお化け屋敷 第二十九章 続く休日 四

2009-09-11 21:00:18 | 新転地はお化け屋敷
「家守さん達も一緒に行きませんか?」
 家守さんだけを呼ぶとなると落下中の圧せや圧せやでむにゅむにゅもにょもにょ、なんて魂胆を持っているのではと疑われそうなこともないことはないのですが、しかしそういう邪念は一切ないので家守さん「達」です。
 ……まあ、邪念がどうのと考えてしまう時点でアウトなんでしょうけど。
「んー、五人全員となるとまた余りが出ちゃいそうだけど――」
 こちらのちょっとした自己批判などはまるで関係なく、真面目に考え始めてくれる家守さん。そうですねえ、大人五人はさすがに無理っぽいです。
「高次さんは確定かね、誰が行くとなれば」
「俺? なんでまた」
「今日もそうなのかどうかは分からないけど、前に来た時、てっぺんで係員やってたのが木崎さんだったんだよ。会えるなら会っといたほうがいいんじゃない?」
「ははあ、そういうことなら確かになあ」
 木崎さん。家守さんが言った通りにウォータースライダーの係員をしていた男の人で、そして四方院さん宅へお邪魔した時にも、風呂場で会ったことがあります。
 家守さんによれば、視覚に頼らない幽霊の感知能力、木崎さんはその範囲と精度がずば抜けているという話でした。だからこそこのプール場の中央にありかつ背の高いウォータースライダーの係員をしている、とも。
 そしてその背中には虎の刺青が彫ってあったりもするのですが――それについては、このプールでは職員用のジャケットで隠されています。「見えないから気にしない」というわけではありませんが、少なくとも僕が知り合った木崎さんは、だからどうだというような人でもありませんでした。なので、そういうことでいいのでしょう。
「孝一くん、どうかした?」
 そういうことにしようと決めはしたものの即座にそれを実行できるわけではなく、また決めるまでの間も当然、そういうことにはできていません。なので栞さん、そんな僕の何かしらが気になったようです。
「あ、ああいえ」
 高次さん、そして恐らくは家守さんも、木崎さんの背中のことは知っているんでしょう。けれども僕がそれを知ったのは、大吾と二人で入った四方院さん宅の男湯。となれば栞さんと清さんは知らないはずで、そしてわざわざ知らない人に広めるような話でもないのでしょう。
「前に滑った時のことを思い出すと、背中がゾクゾクしちゃいまして」
「前の時?……ああ、ウェンズデーのくちばしが刺さっちゃったあれ?」
「今日もくちばしなんですよねえ。ウェンズデーではないんですけど」
 広める話ではないので適当に誤魔化しますが、話の内容はそんなに適当なものではありません。ウオータースライダーを滑り落ちている最中、ペンギンのくちばしが背中に刺さった前回。あの激痛を思い返すとムズムズします。
 そんなところへ「んっふっふ」と清さんが。
「家守さん、高次さんが行くとなれば私はここで待っていますよ」
 どうやら僕がしていたムズムズ話についてではないようですが、しかしその話は根っこが誤魔化しのために持ち出したというものなので、触れられないことにほっとしないでもありません。
「日向君喜坂さんともども、若者同士で楽しんできてください」
「なぁんか嫌味ったらしいねえせーさん。若者同士ってのは、心の底からそう思ってくれてるのかな?」
「私より若いという意味では確実に若者ですよ?」
「キシシ、そりゃあ違いない。ありがとう、そんじゃいっちょう楽しんできます」
「んっふっふ、いってらっしゃいませ。――二度目以降は怖くなくなるという話でしたからねえ。一度目のみな哀沢さんの怖がる顔、出口でしっかり楽しませてもらいますよ」
 うわひでえ。

 滑り落ちるためには高い所に行かなければならない。
 というわけで、ウォータースライダーの長い長い階段を四人で上るのですが、その最中。
「日向くん、木崎……いや、木崎さんのこと、何か知ってるふうじゃなかった? さっき」
 名前を言い直した高次さん。それがどういう意味なのかはしかし、本題とは別の話。問われたことに答えることにします。
「まあその、ちょっと見たってだけなんですけど、高次さんの実家にお泊まりさせてもらった時に」
 清さんが別行動になったとはいえ、栞さんはまだ傍にいます。なのでありのままを話してしまうというわけにもいかず、少々胸がつかえるような気分に。……でもこんなところで気軽に尋ねられるということは、そこまでの話でもなかったりするんでしょうか?
「そっか。いや、急にごめんね、変なこと訊いちゃって。木崎さんに会う前に確かめときたくなったもんで」
「いえいえ」
 と、それだけで話は終わりのようです。「木崎さんのこと」の内容にまで話を及ばせないところを見るに、やはり気軽にできる話ではないということなのでしょうか。
 しかし高次さんがどう考えているにしても、この話について初めから何も知らない人にはそんなこと、当然ながら関係ないわけでして。
「何の話ですか?」
「ああ、喜坂さんは知らないんだ。――そりゃそうか、見る機会もないだろうし」
 小首を傾げる栞さんに高次さんは声のトーンを落とし、苦笑混じりながらも困ったような顔に。知っているのは僕と大吾だけだと先に言っておけば良かったでしょうか?
 しかしいま後悔はともかく、このままだと高次さんは栞さんに話してしまうかもしれません。もちろん確実にそうだとは言えないのですが、話の流れ上、そうなる確率が高かろうが低かろうが、手を打っておいてそれが余計なお世話になるということはないでしょう。
「栞さん、すいませんけど」
「……訊かないほうがいいような話?」
「はい。僕がそれを知ったのだって、事故みたいなものだったんで」
 風呂場に僕と大吾がいることを知らない木崎さんが入ってきてしまって、という流れ。僕と大吾が知ろうとしたわけでもなければ、木崎さんが知らせようとしたわけでもないのです。
「分かった、じゃあ気にしないよ」
 栞さん、即答なのでした。
「あるもんね、そういうこと」
 その後、今の話題を持ち出したのは不用意だったと高次さんが頭を下げたり、栞さんがそれを笑って流したりしましたが、そんな中で僕は、栞さんにも似たような事情があったことを改めて思い返していました。
 胸の傷跡。以前ならば水着になったり風呂に入ったりをみんなと一緒に行う際、家守さんにそれを消してもらっていた栞さんですが、今ではもうその必要はありません。詳細は省きますが、それは自然にそうなったというわけではなく栞さんが自分で望んでそうなったわけで、そして栞さんがそれを望めるような人だと知っていたからこそ、僕はさっきのような「すいませんけど」の一言だけでも読み取ってもらえる、と考えたのでした。
 そして、その考えた通りになりました。似たような事情と言っても栞さんはそのことすら知らないわけですが、それでもそうなりました。
 背景が背景だけに胸を張ってとまではいきませんが、しかし僕はそれでも、栞さんを誇らしく思うのでした。僕が誇るようなことではないような気もしますが、思ってしまった以上は仕方がありません。できることと言えばそれを口にしないことだけです。

 階段を登りきってみると、若干の順番待ちがあるようでした。しかし僕達はその列からやや外れ、係員さんと顔を合わせます。
「ようこそいらっしゃいました、皆様」
 ウォータースライダーで掛けられるような歓迎の言葉では確実にありませんが、しかしそれは今更な話。なのでそれは横に置いておいて、前回と同じく今日も木崎さんであるという確証はなかったここの係員ですが、しっかり木崎さんなのでした。客が多いからということなのでしょう、他にも数名の係員さんがいるようでしたが。
「ぴったり一週間ぶり……ですね。えー、木崎さん」
 これまでの二度の対面時と同じく、その声色からして落ち着きのある人物像を連想させてくる木崎さんですが、高次さんがちょっと妙です。喋り辛そうというか、言葉を選んでいるというか。
 となれば木崎さん、ついさっきの栞さんのように小首を傾げてしまいます。とは言えこちらには、可愛げどころか凄みを感じてしまうんですけども。
「どうかなさいましたか? たった一週間で話し方を忘れたというわけでもないでしょう。それ以前はずっと海外へお勤めに赴かれていたのですから」
「いや、ほら……名目上とは言っても俺、家を出たわけだし。ちょっとだけって言っても年上の木崎に、これまで通りってのはどうかと思ってさ」
 これまではそうだったということなのでしょう、木崎さんを呼び捨てにする高次さん。しかし木崎さんは眉をひそめます。
「名目というのも確かに大事なことではありますでしょう。ですが結局それは名目上のことであって、本質的な高次様と私の立場は変わらない、と私は思います」
 大きな家の血筋の人と、その家の使用人。そう言ってしまうと仕事上の関わり合いに聞こえなくもないけれど、木崎さんが言っているのはそういうことじゃあないんでしょう。
「出過ぎた意見だと仰るなら、却下して頂いても結構ですが」
「いや」
 否定することを即座に否定した高次さん、しかし次の言葉までにはやや間がありました。
「…………こういう展開になるってことはやっぱ俺、人の上に立つような器じゃないってことかな。つつかれたら簡単に揺らぎそうだし」
「つついた相手に合わせられる、と考えることもできますがね。楓様、どうでしょうかその辺りにつきましては。同棲を始められて一週間になりますが」
「んー、つついたらつついた指が潜っちゃってそのまま包み込まれる、みたいな感じかなあ。理科の実験かなんかで作ったスライムみたいだよね、高次さん」
「褒められてんのかな、それ」
 もちろんそれが内面的な話であるということは分かるのですが、しかしどちらかというとゴツい身体つきをしている高次さんなので、分かったうえでも首を捻りたくなるような例えではありました。
「褒めてるともさ」
 とは言え、つつくのも包み込まれるのも一番機会が多いのは家守さんなんですから、僕が首を捻ったところで評価の信用性は揺らがないのでしょう。
「――ところで木崎さん、なっちゃんだいちゃん達が先にここに来たと思うんだけど」
「ああ、いらっしゃいましたよ。そうですか、やはりあの白髪の女性は哀沢様でしたか」
「ん?……ああそっか、大人バージョンのことは言ってなかったっけ」
「はい。怒橋様が傍におられてあの風体ですから、想像はつきましたが」
 前回このプールに来た時にはまだ成美さんに「猫耳を出して実体化すると外見も大人になる」というアレ――家守さんの言葉を持ち出すならばイレギュラーというやつ――はまだなく、その後に四方院さん宅で木崎さんと会ったのも僕と大吾だけなので、木崎さん、ついさっきまでそのことを知らなかったようです。
 いくら肌の色や髪の色質や傍に大吾がいるという特徴があるにしても、知らなかったのに一見しただけでそれが成美さんであると考えられる辺り、さすがこの道の関係者というところです。
「もう一人女性が一緒だったようですが、あの方はどなたなのでしょうか? 実体化していた哀沢様はともかく、怒橋様とサンデー様を『見て』いらっしゃったようでしたが」
 サンデーも様付けなんだなあと思わないでもないですが、それはまあ。
「ああ、しょーちゃんだね。怒橋庄子ちゃん。だいちゃんの妹さんだよ」
「そうでしたか。では、その庄子様の腕に巻きついていた蛇の幽霊は……」
 初めて見たのに幽霊? ああそうか、幽霊を幽霊だと見分けられるんだっけ。
 なんてちょっと羨ましくなったりもしますがしかし、これだけこちらに質問してくるということは木崎さん、直接大吾達とは話ができなかったんでしょう。順番待ちができる程度に客も多いし、成美さんは戦々恐々だったろうし、仕方がなかったんでしょうけど。
「うん。最近うちの仲間入りしたナタリーって名前の女の子だよ。……そっかあ、先週お邪魔した時、みんなでちゃんと顔合わせしときゃ良かったなあ。なっちゃんの身体のこともナタリーのことも、あの時にはもう言えることだったんだし」
「私は四方院家に仕える中の一人でしかなく、なのでわざわざ顔合わせに出向いて頂くような立場の者ではありませんが」
 顔色も声色も変えないまま、木崎さんは平然とそんなことを言い切ってしまいました。そりゃあ考えてみれば、このプールの中だけでも木崎さんと同じ立場の人は相当な数に上るわけで、その人達全員に木崎さんと同じように接してきたのかというと、全くもってそうではないわけですが――。
「――しかし、楓様も高次様も、立場どうこうの話ではないと仰られるのでしょうね」
「その通り」
「分かっててそういうこと言っちゃうんだもんな。頑なだねえ相変わらず」
 家守さんも高次さんも、そして木崎さんも、笑みを湛えながら言うのでした。
「じょ、冗談だったみたいだね」
「みたいですね……」
 僕と栞さんは疲れてしまうのでした。

「ああああああぁぁぁ――!」
 ざばーん。
 というわけで。
「よう、おけーり」
「ただいま。成美さん、どんな感じだった?」
 先に滑り落ちていた大吾達、そして清さんと合流です。
「階段上ってるうちはあーだこーだ喋り続けてたけど、てっぺんまで行った途端に全く喋らなくなってたな。だからっつってからかったら庄子に蹴られるし、なんかやっぱ弄られてんのオレなんじゃないかって思わされっぱなしだった」
「そこまで来たらさすがに被害妄想なんじゃないかと思うけど、大吾はそれでいいと思うよ? 自分の立場を認識してるってのは立派だよ、うん」
 もちろんそれは冗談ですけど。
「普通に同意されるより腹が立つのは気のせいか?」
「同意の仕方でどのくらい腹が立つって話の前に、否定の可能性を考えない時点で手の施しようがないんじゃないかな、もう」
 なんてことを言ってみると、暫くの沈黙の後、「ぐっ」と呻き声を上げる大吾。
「なんか今の、冗談抜きですっげえ胸に刺さったぞ。手遅れってオマエ」
「いいじゃない、そのおかげで人気者なんだし」
「人気者かどうかはおいといて、そのおかげって程のレベルなのか……」
 語気が萎れてしまいました。どうやら、割と深刻にダメージがあったようです。
「おい大吾、もう一回――って、ん? どうした、何やらしょぼくれているようだが」
「あ、いや、何でも……」
 怖いのは初めだけで、二度目以降は楽しくなる。自分でそう言っていた通り、うきうきした表情で近付いてきた成美さんでしたが、肩を落とした大吾に怪訝そうな表情でした。が、その隣の庄子ちゃんはいつも通りの顔付きで、
「どうせまた馬鹿なこと言って日向さんにやりこめられちゃったんですよ。成美さんと一緒にいればすぐ元気になりますって」
 思い遣りの感じられない論法ですが、それもまたいつも通り。――しかし庄子ちゃん。成美さんと一緒にいればと言うけれど、何もそれは成美さんに限ったことではないんじゃないかな?
「ふむ。そういことなら、これは名誉挽回のチャンスなわけだな。よし大吾、わたしが元気にしてやるから一回目のことは忘れるように。では行くぞ」
「まあ、行くには行くけどよ……」
 この時点でまだしょぼくれられてしまうと、さすがに不味いこと言っちゃったかなとも思わないではありません。庄子ちゃんの読み通りの展開になればいいけど、もしそうならなかったら謝るぐらいはしたほうがいいのかも。
 ――と、それとはまた別に。
「あれ? サンデーとナタリーさんは?」
 今まさにこの場から離れ始めていた三人並んだ背中を見て、大吾の頭の上の鶏くんと庄子ちゃんの腕の蛇さんがいないことに気付きました。というわけで呼び掛けてみれば三人が三人とも振り返ってくるわけですが、大吾はともかく、成美さんと庄子ちゃんまで浮かない顔です。
「あー……えっと、あっちに」
 と庄子ちゃんが指差すその場所には栞さんと清さん。サンデーとナタリーさんは、二人の足元でした。
「二回目はちょっと、駄目みたいです。怖かったみたいで」
「あー……」
 まあ別に、その反応がおかしいわけでもありません。滑り台であるとは言え、高所から落下するというのは怖くて当たり前なのです。要はその怖さを楽しさに変換できるか、そのまま恐怖として受け取ってしまうか、というだけのことなんですし。
「ウェンズデーは大丈夫そうだったんだがなあ、前に来た時」
「ペンギンですし、水が関わることには強いんですよきっと」
「と言ってもウェンズデーはサンデー達と感覚を共有しているのだが――やはり、自分の体で体験するのとは違うところもあるということなのだろうな」
 とのこと。しかしそもそも感覚を共有するということがどういうことなのかは、それこそ自分で体験しない限りははっきりさせられそうにない事案だったりするんで、何を言おうと推測にしかならないわけです。
「それはともかく今はこっちだな。というわけで日向、わたし達はこいつを慰めてくるぞ」
「ご苦労様です」
 というわけで大吾、成美さんに手を引かれ庄子ちゃんに背中を押されて、二度目のウォータースライダーへ連行されてしまいました。普通の人から見ればパントマイムのような動きをしている女性の二人組でしかないのですが、幽霊が見える人(特に男性)から見ると、なかなかに羨ましい光景だったりするのかもしれません。まあ女性の一方は実の妹なんですけど。
 さて、しかし若干丸まった大吾の背中をいつまでも見送っていても仕方がないですし、だからと言って彼を連れていく女性二人のお尻……もとい背中を眺めているのも、そうしていても仕方がないとまでは言いませんが正解不正解で言えば不正解なので(不正解だからこそという面もあったりなかったりですけども)、ここは話が出たサンデーとナタリーさんのところへ向かうべきなのでしょう。
「ああ、日向さん……」
 歩み寄ってみると早速、声が弱々しいナタリーさん。心なしか、チロチロしている舌にもいつもほどの元気がみられません。
「ボクはそんなにでもないんだけどね、ナタリーさん、いっぱい怖くてちょっと気分が悪くなっちゃったみたいなの。大吾達はまた行っちゃったの?」
 サンデーはこの様子ですが、それが強がりなのか、それとも言葉の通りであるか、僕には判断しかねます。が、強がりだったとしても、強がれる元気があるのなら心配するほどのことはないのでしょう。
「うん。大吾も大吾でちょっと落ち込んじゃったみたいでね、『なら遊べば元気になるだろう』って庄子ちゃんが」
「そっかあ。そうだよね、ボクはちょっとだけ怖かったけど、楽しいと思うんなら遊んだほうがいいよね」
 落ち込ませたのが僕であるとか、「遊べば元気になるだろう」の前に「成美さんと」が付いていただとか、サンデー向けに少々内容を変更してお届けしましたが、まあこれくらいなら……悪いことじゃあ、ないですよね?
「ナタリーさんナタリーさん、何かやりたいことはない? 楽しいことをすれば元気が出るよ、きっと。ボクも一緒に遊びたいな」
 大吾の話からということなのでしょうか、ぺたぺたとナタリーさんに歩み寄るサンデー。ナタリーさんの調子からするとそれはやや強引な誘いであるようにも思えますが、そこは「サンデーだから」でカバーできてしまえている気がします。むしろカバーどころかプラスに転じさせてすらいるような。
「ありがとうございます、サンデーさん。えっと……じゃあ、どれくらい水に潜っていられるかを試してみたいです。私、まだ水に浸かることにあんまり慣れてなくて」
「じゃあボクも一緒にするよ。浮かぶのは得意だけど、顔を水につけるのはあんまりだしね。清さん達も一緒にしようよ」
 そう呼び掛けられれば断る理由などどこにもないわけで、ならば問題なく全員参加ということになるんでしょうけど――おや、そういえば。
「高次さんと家守さんはどこ行ったんでしょう?」
「二人で適当に泳いでくるって言ってたよ? 『プールの中ならどこにでも顔見知りの目があるわけだから、二人でってわけじゃないかも』とも言ってたけど」
「ああ、監視員さんが全員、ですもんねえ」
 監視員が監視員である以上、どの監視員にも監視できない区画なんてものがあってはいけないわけなので、それこそ「どこにでも」なのでしょう。
 するとそこへ、「んっふっふ」と。
「むしろその監視員の皆さんに顔を出すことが目的ではないでしょうかねえ? さすがにこれだけの人数全てと親しいというほどではないでしょうが、それでも顔見知りは顔見知りなんですし」
 なるほどそれはそうなのかもしれない、と思わされると同時に、ついさっきの木崎さんの冗談話を思い出させられるのでした。
 ――立場どうこうでなく、深く知り合う切っ掛けがあるかどうかなんだろうなあ、実際は。もちろん、その切っ掛けになる要因として立場というものが関わってくることもあるのかもしれないけど、それは別に立場以外の要因と入れ替わっても問題はないわけだし。
「では、こちらはこちらで遊びましょうか。つまるところ息止め合戦ですねえ、んっふっふ」
 サンデーやナタリーさんが予想外の健闘を見せたりしない限り、清さんの勝ちなんだろうなあ。
 ということで、ウォータースライダーの出口にも面している浅めのプールへ集合です。姿勢を低くすれば潜れないということもない、という程度の深さしかないのですが、人の量が凄まじいうえにその人々が一定方向へ進み続ける流れるプールで息止め合戦を開催するのはちょっと躊躇われたのです。蹴られたり踏まれたりで危ないですしね。
「それじゃあ喜坂さん、お願いします」
「うん。苦しくなったら無理しちゃ駄目だよ?」
「はい」
 これまでは庄子ちゃんに巻き付いていたナタリーさん、今回は栞さんの腕に巻き付きます。というのも、潜るということにも浮かび上がることにも自信がないからなのだそうで、つまり潜ることにも浮上することにも栞さんの腕を支えとするわけです。
「ボクもお願いね、清一郎さん」
「はい」
 一方のサンデーも清さんに体を掴まれての潜水になりますが、こちらは浮かぶことには自信があるそうです。ただし、体が勝手に浮いてしまって潜れないんだそうですが。……サンデー、それは浮かぶことに自身があるとは言わないんじゃないかな。
 で、最後に僕ですが、浮かぶことにも潜ることにも当然ながら問題はありません。なんせ座れば潜れますし、立てば顔を出せるんですから。
 では何が問題なのかと言いますと、
「傍から見たら僕、一人で息止めしてる寂しいやつですよね……」
 こちらのプールに入ってから気付いたのですが、ここにいるのは僕以外、全員幽霊さんなのです。家守さんも高次さんも、庄子ちゃんも耳を出した成美さんもいないのです。
「幽霊で騒ぎになるのは駄目だけど、一人ぼっちの男の人じゃあ騒ぎにならないと思うよ? それに、本当はみんないるんだし」
「まあ、そうですよね」
 ぱっと見は一人ぼっちでも、本当のところは彼女と親しいおじさんと鶏と蛇と一緒に息止めをしようとしているだけなんですもんね。……だけなんですもんね!
「それじゃあ、よーいどん!」
 スタートの合図は栞さんがしてくれました。一人ぼっちの僕がしているところを想像するとちょっともういたたまれない図が完成してしまいそうだったので、あまり考えないようにして水に潜るのでした。


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