と。
そういうわけでとうとう、およそ十年近くの時間が経過した今になって漸く、確執というほどでもない割には無視することもできないという微妙なわだかまりがついに、解消されたのでした。
シンプルに過ぎて逆に不自然ならくらいの方法ではありましたが、しかしだからこそ、覆りようもなければ引きずりようもないことでしょう。
それでも何か取り上げる点を探すとなれば、当人だけの場を用意してやるべきだったんじゃないか、というような思いがないというわけでもないのですが……。しかし、それについては御愛嬌、ということにさせてもらっておきましょう。
で、さて。不格好とはいえこういう展開ではあり、なので少々の間、周囲の皆さんも含めて沈黙が訪れたりもしつつ――ならば気になるのは、その後どうなるか、ということです。
十年越しに関係を修復した、というとどこか感動的な話を予感させるものがあるのですが、とはいえ実態がそうでないというのは僕自身承知しているところではあります。なのでこの沈黙が過ぎ去った時、周囲から漏れてくるのが笑い声だったとしてもそれはそれで、というふうに構えていたところはありました。
が、
「親子だなあ」
「そうですねえ」
頂くことになったのはそんな、少々想定から外れた感想なのでした。いやまあ、嬉しそうに笑ってらっしゃりもしたので、全くの大外れというわけでもなかったのですが。
そして想定から外れていたといえばもう一つ、いっそこちらのほうが大きかったとすら思えるようなものがあったのですが、今出てきたその感想というのはお父さんとお母さん――ではなく、お父さんと栞によるものなのでした。
そうですねってそんな。いや、いいんだけどさ。
「お、栞さんもそう思います?」
「はい。力技で強引に問題を解決するの、孝さんの得意技ですから」
「ははは、そうですか。なるほど、好みのタイプが似てるのかもしれませんね私らは」
「今後ともどうぞ宜しくお願いします」
「いえいえこちらこそ」
そんなことで宜しくしてんじゃないよ、と突っ込むべきところなのでしょうかこれは。ついつい最後まで訊いてしまったので、なんとなくそのタイミングを逃してしまった感がありはするのですが……。
「何言ってんですか自分も親の片割れなくせに」
僕が今思い浮かべたようなことは感じなかったのか、それとも感じつつ無視したのか。お母さんはここで、果敢にも反撃に打って出たのでした。
笑われても仕方ない、なんて流れの直後にこれです。そりゃもう果敢も果敢というところでしょう。
「まあそうなんだけど、じゃあ孝一と俺が似てるところっていうと?」
「そりゃあ」
当然そうなるであろう質問返しでしたが、しかしどうやらお母さん、悩むまでもなく用意できる答えがあるようです。となるとそれは、当人としても気になるところではあったのですが――。
「いや、何言わせようとしてるんですかこんな所で」
残念ながら、その答えは引っ込められてしまうのでした。そしてそう言いながらちらちらと気にしているのが周囲の方々だったりする辺り、言おうとしたものがどんな内容だったかは大体想像が付くというものです。
しかし、だというのに。
「と言われても、何を言おうとしたんだ?」
責め立てるお父さんなのでした。
「……すぐ『自分が悪い』って考えるところとか」
「それ持ってくるかここで」
それ持ってきますかここで。
ではなくて、
「え、お父さんもそうなの?」
そんな話は初耳ですし、話以外のところでもそんなふうに感じさせられたことはなかった――多分、なかったのでした。
いや、なんせそれをはっきり自覚させてくれたのは栞であって、ならば栞と親しくなるまでは自分のことをそんなふうには思っていなかったので……一度や二度お父さんのそんなところを目にしていたとしても、「自分と同じ」というインパクトがなければそれは、ずっと覚えているようなことでもないんでしょうしね。
「自分でそうだとは言い難いけど、まあ息子の前で披露するようなもんじゃなかったからなあ」
「あんたが部屋を出た途端に泣き言言い始める、なんて流れがどれだけあったことか」
そうだったのか……なんてショックを受けるような話ではもちろんないのでしょうが、しかしここで気になるのはこの人の反応です。
「そういうことらしいよ、栞」
「素晴らしいことだね」
あれ、そうなる?
「嬉しそうだね、そういうの止めろってよく言ってくるのに」
「止めて欲しいところではあるけど好きなところでもあるし」
ううむ。知っていたこととは言え、なんと複雑怪奇な。
「息子の嫁に好きって言われたんだけど、どうしたらいいかな母さん」
「どうにかしたいんであればまず離婚でもしますか?」
「ごめんなさい」
栞が言ったのはそういう意味じゃないだろう、とか他にもっと言い様があったとは思うのですが、ここは真顔で反撃らしい反撃をしてみせるお母さんなのでした。さっきの仕返しなんでしょうね。
まあ、平気でそんなことを言えるほど仲が良い、ということにしておいて、ついでにこの件はこれで一見落着ということにもしておきましょう。
仲直り、完了です。
「えー、すいません。話があっち行ったりこっち行ったりで」
ここへ来た目的を果たしたところで僕がそうして謝ってみせたのは、家守さんの友人四人に対して。そちらの話をしていたところで突然今のこの話に、という流れではあったわけですしね。
元の話題が真面目なものだったということもあり、その謝罪は挨拶代わりや社交辞令ではなく割と真剣味を含みもしているものだったりはするのでした。が、それを受けて背の高い男性、くすくすと笑いながら「構わないよ」と、
「逆に続けて欲しいくらいだけどね、見てて面白いし」
皮肉……では、ないのでしょう。なんせ本当に面白かったでしょうし。当人の立場からすれば「滑稽」ということにもなりそうな類いの面白さではあるわけですが。
「まあ、だからって続けてくれっていうのも意地悪なんだろうけど」
皮肉かどうかはともかく、意地悪な物言いだという自覚はあるらしい彼。さすが。
「分かってるなら言わなきゃいいのに」
「本当にね。そりゃあ、日向さんはもう誤解を解いてくれたみたいだけど」
そんな彼には髪の短い女性、続いて背の低い男性からそんな小言が飛ぶことになるわけですが、実際その通りだとしてもなんだか照れ臭いですね。「誤解を解いてくれた」という言われ方も。
しかし、一時期とはいえ誤解をしていた前提があっての話ではあるので、ならばそれを指して「褒められた」などと思うところではないんでしょうけどね。
と、そんなふうに自分を戒めてもいたところ、今度は髪の長い女性が「何にせよ、そういうことなら話を戻させてもらいますけど」と。このままでは戻るどころかまた別の方向に話が逸れてしまう、ということなんでしょうね。多分。
「メインになったのがそこの天邪鬼くんではあったにせよ、今回のことっていうのはやっぱり、私達四人全員にとって大事なことでしたからね。改めてお礼を言わせてください」
「いえそんな、僕なんかそう大したことは」
改めて、ということで、それは僕の返事も含めてついさっきの繰り返しではあったわけですが、しかし逆に言って、そうしなければならない程のことだったということですよね。いや今回の場合は逆ではなく、それこそが正道ということにもなるのかもしれませんけど。
というわけでこれもまた先程の繰り返しとして、僕がしたことなんて促す程度のものだったわけですし、なんてふうにも思ってみるわけですが、
「後押ししてくださった、というだけのことではないんです」
と、引き続き髪の長い女性がそんなふうに。その後押しというのはつまり、僕が今思い浮かべた「促す程度のもの」と同じものを指した言葉なのでしょうが――はて、他に何かありましたっけ?
「ふふ、それ以外のことなんか思い付けないって顔ですね」
見事に頭の中を見透かされてしまいましたが、しかしそんなことで動じる僕ではありません。誰かさんのおかげで。
「ですねえ」
そしてその誰かさんはここで、大袈裟な動きで僕の顔を覗き込みながらそんなふうに。えぇえぇ、貴女様からすればそんなのは一目瞭然なんでしょうとも。なんでしょうがしかし、にやけ顔でそんなことを言ってくるそちらはお分かりなんでしょうか? その、「それ以外のこと」というのが何なのか。
というわけで、髪の長い女性から答えを訊くよりも先にその辺りを栞に問い正したい僕ではあったのですが、けれどそんな思いも虚しく、虚しい僕よりも髪の長い女性の方が先に動いてしまわれるのでした。
「だから日向さん、これはさっきの話の続きなんですよ。楓さんと親しくしてくださっている、っていう」
「ああ」
――いや、ああ、じゃなくてだね僕。
「い、いえ、それにしたってやっぱり大したことでは――」
「あると思いますよ」
なんせ家守さん本人の目の前ということもあり、謙遜だけでなく照れもあって「大したことではない」ということにしようと試みる僕ではあったのですが、しかしそんな目論見は、ばっさりと切り捨てられてしまうのでした。
「もちろんそれは、日向さんに限るようなことではないんですけど……周囲の方達と良い人間関係を築けていたからこそ、というところではあるんでしょうしね。今の楓さんがあるのは」
今の家守さん。「昔の家守さん」がまるで別人だったということを知っているのもあって、その言葉が見掛け上よりもずっと重い意味を孕んでいるというのは、察するまでもなく自明なことではありました。
が、そういう意味で考えたとしても、というところだったりもするわけです。なんせ僕は、お隣さんと知り合い、好き合い、付き合い初めて結婚まで漕ぎ着けた今であってもまだ、「あまくに荘の新入居者」ということにはなるわけで――つまりはその「家守さんと親しくした」期間というのも、まだまだ長いとは言えないものなのですから。
と、頭でそう思いはしつつ、けれどそれを口には出さなかったんですけどね。謙遜が過ぎるというのは良いことではないわけですし。たとえ僕自身が、それを謙遜ではなく単なる事実だと思っていても、です。
しかしだからといって黙っているわけにもいかないので、ここではこんなふうに。
「いやあ、そういう話になってくるとライバルが強大過ぎて、というか」
「ああ、うふふ、家内さんですね?」
家内さんって。その通りですけど。
というわけでそれは家内、もとい栞について。家守さんと親しくするという話においては僕よりも、いやあまくに荘の誰よりも先に立つのが彼女ということになるでしょう。なんせあまくに荘の入居者第一号であり、また家守さんを慕う度合いについてもトップだと断言して差し支えないところではあるわけですしね。
「でも日向さん、楓さんはそういうふうには考えないんじゃないでしょうか?」
「え?」
本人がすぐ傍にいるというのに、その本人に確認を取るでもなく僕にそう尋ねてくる彼女。ということはつまり確認を取る必要がない、つまりはその話も既に済ませていると見ていいのでしょう。
というわけで、そこについては良しとしておくのですが……はて、そういうふうには考えないというのは、ならばどういうふうに考えるということなのでしょうか? まさか栞ではなく実は僕が一番だ、なんて……いやいや、それは間違いなくないでしょうけど。
「それは、どういう?」
妙な妄想を膨らませてしまうよりはこのほうが、ということで、あっさりと白旗を掲げて答えを乞うことにする僕なのでした。
すると髪の長い女性、くすくすと笑いながら答えてくれます。その笑いが何を意味していたのかは、まあ考えないようにしておきますが。
「自分を親しくしてもらっている側に置いた場合だと、『誰が一番で誰が二番で』なんてふうには考えないと思いますよ。親しくしてくれている人が何人いる、ではなくて、親しくしてくれている人達が一グループいる、というか」
「……なるほど」
意識的にそう捉えたことがあったわけではありませんでしたが、しかしその表現はするりと、何の抵抗感もないまま頭の中に収まってしまいました。であればそれは、納得するに足るものとして扱って問題はないのでしょう。もちろん、個人差なんかはあるのかもしれませんが。
「ああ、そうは言っても勿論、特別扱いになる人はいるんでしょうけどね。旦那様とか――」
「家内様とか、ですか?」
「ふふ。はい、そうです」
特に意味もなく先手を打っておきましたがそれはともかく、今の話というのは逆に言って、夫や妻といった身内の者でなければそこで特別扱いをされはしない、ということでもあるのでしょう。付き合いが長いとか、最も慕っているといったようなものでは足りないと。
少々寂しい話に聞こえないこともないですがしかし、当然といえば当然の話でもあります。そう簡単に同格の相手を作られたら夫や妻の立場がない、なんてことにもなってしまうわけですしね。
僕だって栞のことは世界で一番愛しているわけですし、なんて。……いやもちろん、真面目な話でもあるわけですが。
「だから楓さんを基準に考えた場合には、皆さん同じ扱いになるんです。奥様が凄いと仰るのであれば、その凄い奥様と同じ、ということになるわけですね」
同じ扱いにするからといって一番手に合わせることもないとは思いますが、そこはご厚意として有難く受け取っておきましょう。
ちなみにちらりと隣を窺ったところ栞は照れていたわけですが、それが扱いによるものか呼ばれ方によるものなのかは――まあ、どっちでもいいですねそれは。
「で、そのことについて皆さんからお礼を言われる、というのは……」
家守さんならともかく。
ということでお伺いを立ててはみる僕だったのですが、しかし正直なところそれは、お伺いを立てる程のことではない、ということにもなってくるのでしょう。流れ上、そちらに話を振らなければならなかったというだけであって。
そしてそこへ僕ともなると、こんなふうにもなってくるわけです。
「はい、お察しの通りです」
どんな顔してるんでしょうね一体。なんてことを考えながら隣で嬉しそうにしている栞の顔を確認したりもしていたところ、するとここで話者が交代。ここまで話をしてくれていた髪の長い女性に代わって――どちらがそうかと言うのであれば、むしろ彼女のほうこそ「代わり」だったのかもしれませんが――家守さんご本人が、
「そのことがなかったら、今日のこの結果には辿り着けなかっただろうしね」
と。
お伺いを立てる程のことではない、ということで、その答えというのは初めから想定できていたものではあったのですが――しかしついつい、視線を他所へと移らせてしまいます。
すると家守さん、移した僕の視線を追い、その先に立っている人をじっと見据えてから、僕の方を向き直ってこうも続けてきます。
「そりゃもちろん、さっきも言ってた『特別扱いになる旦那様』も傍に居てくれてるわけだけど……正直、高次さん一人だけってことになったら、色々とね。それだけじゃ足りない、なんてふうにはもちろん言わないし思ってもないけど、掛ける負担が大きくなり過ぎるだろうから」
「いやあ、俺としてはそれくらいでへこたれる気は全くないんだけどね?」
高次さんはそんなふうに言い返しますし、それに恐らく、いやきっと、実際にそうなったとしてもその言葉通りに行動してみせるのでしょう。
が、しかし。そうした期待を持てる人が相手であってもやはり、それを理由に安心できる、というわけではないのでした。
一人だけだと負担が大きくなり過ぎる。身につまされる、というと大袈裟かもしれませんが、それは僕にとって共感すべき話なのです。なんせ僕は――僕も、栞を救ったのは、その全てを一人で行ったというわけではないのですから。
栞自身の努力も勿論のこと、あまくに荘のみんな、特には最初に病院から連れ出してくれた家守さんとのことがそこに含まれているというのは、疑いようもない事実なのです。
呪った世界に大好きな人達ができてしまった。
初めて全てを打ち明け、全てをぶちまけてくれたあの時、栞はそう言っていたわけですしね。
「こーちゃんなら分かってくれるんじゃないかな、こういう話」
また顔に出ていただろうか、と一瞬そんなふうにも思ったのですがしかし、その一瞬の間に家守さんが見ていたのは僕ではなく栞だったので、ならばそういうことではなかったのでしょう。
「はい」
分からないわけがありませんし、分からないわけにはいきませんからね。
僕がそう返事をしたところでこちらを向いた家守さんは、にっこりと首を傾けてみせつつ、「だよね」と。
「そういうわけだからこーちゃん、アタシからもありがとう。いや、アタシからもっていうか、アタシこそ真っ先にお礼を言わなきゃならなかったんだけどね」
礼を言い、そしてそうも言ってきた家守さんは、苦笑いを浮かべていました。
であれば僕がここで取るべき行動はそんな家守さんに対するフォローなのか、それともここまで同じように礼を言われてきた時と同様、謙遜してみせるべきなのか……。
「どう致しまして」
そんなことを考えている間に、自然と口が動いていました。
栞のことも絡められたとなればそうするしかなかっただろうな――というのは、なので後になってから考えた理由ではあったんですけどね。
ともあれ、そうして話題に区切りが付いたところ、するとそこで一旦場が静まり、誰も何も言わないながらも誰もが傍にいる人に笑い掛けるような雰囲気に。
さっきの話題に区切りが付いた、ということはつまりこの場に持ち込まれていた問題全てが解決したということで、だったらそりゃあそうもなるというものでしょう。僕とお母さんの話については家守さんの一団には全く関係のない話ではあるわけですが、しかしさっきの話を経た直後ということもあり、「関係ないから知らない」なんてことには中々ならないわけですしね。
というわけで、もちろん僕も含めた全員がその柔らかい空気に身を委ねていたところ、暫く間が開いたところで、「人間、一人では生きられないということだな」と。
「あら、どうしたんですか急に」
「喋ったこと自体に疑問を持つのは止めて欲しいな……」
というわけでそれはうちのお父さんの言葉だったのですが、どうしたんでしょうか急に。
「いやほら、どうもこの中だと最年長者みたいだからこう、上手い具合に話を纏めていい格好しといたほうがいいかなって」
「なんて浅ましい」
みたいだからも何もどう見たって最年長者でしょうが、という突っ込みをするのはしかし、酷というものになってくるのでしょう。今この場に集まっているのは年を取らない人達も含めた集団なわけで、ならば家守さんの友達というほぼ答えのようなヒントがあったとしても、そこはやはり慎重になったほうがいいわけですしね。
あと、「年を取らない」という事情の扱い方に慣れていない、というのもやはりあるでしょうし。……と、それについては僕だってあまり偉そうなことは言えないのですが。なんせ、一番大事な人にあっさり年を取ってもらうことになったわけで。
――さて、お母さんのあまりのバッサリ具合にこうしてお父さん側に立ってはみたものの、しかしそれはもうこれくらいでいいでしょう。
というわけでお父さん、おほんと咳払いを一つ。どうやら先程受けた暴言は気にしないことにしたらしく、なのでお母さんではなく全体へ向けて、こんな話をし始めるのでした。
「人は自分以外の誰かと関わる中で成長するものですし――とだけ言うと、それくらい言われんでも分かっとるわ、とか言われてしまいそうですが」
「言うところでしたね」
「おお怖い怖い」
だったら自分から振らなきゃいいじゃないのさ、と言っておいた方が良いのでしょうかこれは。まあ、もしかしたらあまり真面目になり過ぎるのを控えようとしての判断かもしれませんし、ならば軽率な物言いはしないでおきますけど。
……いや、結構ハラハラさせられるものなんですよこれが。自分の親が、自分から「上手い具合に話を纏めるぞ」なんて調子のいいこと言っちゃうと。
「それで、他に何が?」
そんなことを考えている間にもお母さんが更にお父さんに突っ掛かるわけですが、それは多分、僕と同じ気分から生じているものなんでしょうね。
「その成長を確かめてくれるのもまた『自分以外の誰か』だ、っていう話なんだけどね」
周囲の人達へ向けていた筈の口調があっさりお母さんを相手取ったものになってしまいましたが、そこは仕方ないということにしておきましょう。
で、そろそろ話の中身について。これまたそろそろ、ということで、僕から質問を投げ掛けてみました。
「それって、自分で判断することじゃないって意味?」
「んー、いや、そこまでキッパリ言い切りはしないけどな。でも殆どのことはそうなるんじゃないか? 自分と他人、どっちに判断してもらった方がいいかって考えたら」
「殆ど……」
ということはつまり、これは成長というものを種類ごとに分類して一つ一つ考えていくと、という話になるのでしょうか。「成長」の一語で全部ひっくるめてしまうのであれば、殆ども何もあったものではないわけですしね。
というふうに思考を巡らせ、なら例えばどういう例が挙げられるだろうか、なんてふうにも考えていたところ、するとそれに先んじてお父さんが「例えば」と。
「こういう日なんだし、お前だったら『夫として』とかな。その判断を一番正確に下せるのは誰だ?」
「そりゃまあ、栞だろうね」
栞の夫なんですから当然です。
「だろう。それと同じで、『息子として』なら父さんと母さんだし、『友達として』ならその友達だし、っていう具合にな。自分が一番適任だっていうのは実のところあんまりない――いやそりゃあ、全くないってわけじゃないんだけどな? お前だったら料理の腕とか」
「いや、それもどうかな。自分で食べるよりは誰かに食べてもらった方が嬉しいし」
と食い気味に言ってしまってから、嬉しい嬉しくないの話ではないようにも。……いかん、ちょっと恥ずかしい。
「さすがは我らが先生だね」
「真顔で言っちゃいますもんねえ、こういうこと」
褒めてくれているのか褒め殺しなのかは分かりませんが、二人の弟子はそんなふうに言って笑い合っているのでした。重ね重ねお恥ずかしい限りで。
「うーん、これは父さん全く関係ないから『息子として』は無理があるかなあ」
「大丈夫ですよ、それは私が引き受けますから」
わざとらしくしかめっ面をしてみせるお父さんに、お母さんが助け船を――いや別に助けるという話ではないような気もしますが、ともあれそういうことになるんだそうで。
ええ。お父さんだけでなくこちらとしても、安心して任せられますとも。
そしてお父さん。誰かに食べてもらった方が嬉しいって言ってるのに食べる側の人が関係ないってどういうことですか。……これは教育せねばなりますまい。いずれ。
そういうわけでとうとう、およそ十年近くの時間が経過した今になって漸く、確執というほどでもない割には無視することもできないという微妙なわだかまりがついに、解消されたのでした。
シンプルに過ぎて逆に不自然ならくらいの方法ではありましたが、しかしだからこそ、覆りようもなければ引きずりようもないことでしょう。
それでも何か取り上げる点を探すとなれば、当人だけの場を用意してやるべきだったんじゃないか、というような思いがないというわけでもないのですが……。しかし、それについては御愛嬌、ということにさせてもらっておきましょう。
で、さて。不格好とはいえこういう展開ではあり、なので少々の間、周囲の皆さんも含めて沈黙が訪れたりもしつつ――ならば気になるのは、その後どうなるか、ということです。
十年越しに関係を修復した、というとどこか感動的な話を予感させるものがあるのですが、とはいえ実態がそうでないというのは僕自身承知しているところではあります。なのでこの沈黙が過ぎ去った時、周囲から漏れてくるのが笑い声だったとしてもそれはそれで、というふうに構えていたところはありました。
が、
「親子だなあ」
「そうですねえ」
頂くことになったのはそんな、少々想定から外れた感想なのでした。いやまあ、嬉しそうに笑ってらっしゃりもしたので、全くの大外れというわけでもなかったのですが。
そして想定から外れていたといえばもう一つ、いっそこちらのほうが大きかったとすら思えるようなものがあったのですが、今出てきたその感想というのはお父さんとお母さん――ではなく、お父さんと栞によるものなのでした。
そうですねってそんな。いや、いいんだけどさ。
「お、栞さんもそう思います?」
「はい。力技で強引に問題を解決するの、孝さんの得意技ですから」
「ははは、そうですか。なるほど、好みのタイプが似てるのかもしれませんね私らは」
「今後ともどうぞ宜しくお願いします」
「いえいえこちらこそ」
そんなことで宜しくしてんじゃないよ、と突っ込むべきところなのでしょうかこれは。ついつい最後まで訊いてしまったので、なんとなくそのタイミングを逃してしまった感がありはするのですが……。
「何言ってんですか自分も親の片割れなくせに」
僕が今思い浮かべたようなことは感じなかったのか、それとも感じつつ無視したのか。お母さんはここで、果敢にも反撃に打って出たのでした。
笑われても仕方ない、なんて流れの直後にこれです。そりゃもう果敢も果敢というところでしょう。
「まあそうなんだけど、じゃあ孝一と俺が似てるところっていうと?」
「そりゃあ」
当然そうなるであろう質問返しでしたが、しかしどうやらお母さん、悩むまでもなく用意できる答えがあるようです。となるとそれは、当人としても気になるところではあったのですが――。
「いや、何言わせようとしてるんですかこんな所で」
残念ながら、その答えは引っ込められてしまうのでした。そしてそう言いながらちらちらと気にしているのが周囲の方々だったりする辺り、言おうとしたものがどんな内容だったかは大体想像が付くというものです。
しかし、だというのに。
「と言われても、何を言おうとしたんだ?」
責め立てるお父さんなのでした。
「……すぐ『自分が悪い』って考えるところとか」
「それ持ってくるかここで」
それ持ってきますかここで。
ではなくて、
「え、お父さんもそうなの?」
そんな話は初耳ですし、話以外のところでもそんなふうに感じさせられたことはなかった――多分、なかったのでした。
いや、なんせそれをはっきり自覚させてくれたのは栞であって、ならば栞と親しくなるまでは自分のことをそんなふうには思っていなかったので……一度や二度お父さんのそんなところを目にしていたとしても、「自分と同じ」というインパクトがなければそれは、ずっと覚えているようなことでもないんでしょうしね。
「自分でそうだとは言い難いけど、まあ息子の前で披露するようなもんじゃなかったからなあ」
「あんたが部屋を出た途端に泣き言言い始める、なんて流れがどれだけあったことか」
そうだったのか……なんてショックを受けるような話ではもちろんないのでしょうが、しかしここで気になるのはこの人の反応です。
「そういうことらしいよ、栞」
「素晴らしいことだね」
あれ、そうなる?
「嬉しそうだね、そういうの止めろってよく言ってくるのに」
「止めて欲しいところではあるけど好きなところでもあるし」
ううむ。知っていたこととは言え、なんと複雑怪奇な。
「息子の嫁に好きって言われたんだけど、どうしたらいいかな母さん」
「どうにかしたいんであればまず離婚でもしますか?」
「ごめんなさい」
栞が言ったのはそういう意味じゃないだろう、とか他にもっと言い様があったとは思うのですが、ここは真顔で反撃らしい反撃をしてみせるお母さんなのでした。さっきの仕返しなんでしょうね。
まあ、平気でそんなことを言えるほど仲が良い、ということにしておいて、ついでにこの件はこれで一見落着ということにもしておきましょう。
仲直り、完了です。
「えー、すいません。話があっち行ったりこっち行ったりで」
ここへ来た目的を果たしたところで僕がそうして謝ってみせたのは、家守さんの友人四人に対して。そちらの話をしていたところで突然今のこの話に、という流れではあったわけですしね。
元の話題が真面目なものだったということもあり、その謝罪は挨拶代わりや社交辞令ではなく割と真剣味を含みもしているものだったりはするのでした。が、それを受けて背の高い男性、くすくすと笑いながら「構わないよ」と、
「逆に続けて欲しいくらいだけどね、見てて面白いし」
皮肉……では、ないのでしょう。なんせ本当に面白かったでしょうし。当人の立場からすれば「滑稽」ということにもなりそうな類いの面白さではあるわけですが。
「まあ、だからって続けてくれっていうのも意地悪なんだろうけど」
皮肉かどうかはともかく、意地悪な物言いだという自覚はあるらしい彼。さすが。
「分かってるなら言わなきゃいいのに」
「本当にね。そりゃあ、日向さんはもう誤解を解いてくれたみたいだけど」
そんな彼には髪の短い女性、続いて背の低い男性からそんな小言が飛ぶことになるわけですが、実際その通りだとしてもなんだか照れ臭いですね。「誤解を解いてくれた」という言われ方も。
しかし、一時期とはいえ誤解をしていた前提があっての話ではあるので、ならばそれを指して「褒められた」などと思うところではないんでしょうけどね。
と、そんなふうに自分を戒めてもいたところ、今度は髪の長い女性が「何にせよ、そういうことなら話を戻させてもらいますけど」と。このままでは戻るどころかまた別の方向に話が逸れてしまう、ということなんでしょうね。多分。
「メインになったのがそこの天邪鬼くんではあったにせよ、今回のことっていうのはやっぱり、私達四人全員にとって大事なことでしたからね。改めてお礼を言わせてください」
「いえそんな、僕なんかそう大したことは」
改めて、ということで、それは僕の返事も含めてついさっきの繰り返しではあったわけですが、しかし逆に言って、そうしなければならない程のことだったということですよね。いや今回の場合は逆ではなく、それこそが正道ということにもなるのかもしれませんけど。
というわけでこれもまた先程の繰り返しとして、僕がしたことなんて促す程度のものだったわけですし、なんてふうにも思ってみるわけですが、
「後押ししてくださった、というだけのことではないんです」
と、引き続き髪の長い女性がそんなふうに。その後押しというのはつまり、僕が今思い浮かべた「促す程度のもの」と同じものを指した言葉なのでしょうが――はて、他に何かありましたっけ?
「ふふ、それ以外のことなんか思い付けないって顔ですね」
見事に頭の中を見透かされてしまいましたが、しかしそんなことで動じる僕ではありません。誰かさんのおかげで。
「ですねえ」
そしてその誰かさんはここで、大袈裟な動きで僕の顔を覗き込みながらそんなふうに。えぇえぇ、貴女様からすればそんなのは一目瞭然なんでしょうとも。なんでしょうがしかし、にやけ顔でそんなことを言ってくるそちらはお分かりなんでしょうか? その、「それ以外のこと」というのが何なのか。
というわけで、髪の長い女性から答えを訊くよりも先にその辺りを栞に問い正したい僕ではあったのですが、けれどそんな思いも虚しく、虚しい僕よりも髪の長い女性の方が先に動いてしまわれるのでした。
「だから日向さん、これはさっきの話の続きなんですよ。楓さんと親しくしてくださっている、っていう」
「ああ」
――いや、ああ、じゃなくてだね僕。
「い、いえ、それにしたってやっぱり大したことでは――」
「あると思いますよ」
なんせ家守さん本人の目の前ということもあり、謙遜だけでなく照れもあって「大したことではない」ということにしようと試みる僕ではあったのですが、しかしそんな目論見は、ばっさりと切り捨てられてしまうのでした。
「もちろんそれは、日向さんに限るようなことではないんですけど……周囲の方達と良い人間関係を築けていたからこそ、というところではあるんでしょうしね。今の楓さんがあるのは」
今の家守さん。「昔の家守さん」がまるで別人だったということを知っているのもあって、その言葉が見掛け上よりもずっと重い意味を孕んでいるというのは、察するまでもなく自明なことではありました。
が、そういう意味で考えたとしても、というところだったりもするわけです。なんせ僕は、お隣さんと知り合い、好き合い、付き合い初めて結婚まで漕ぎ着けた今であってもまだ、「あまくに荘の新入居者」ということにはなるわけで――つまりはその「家守さんと親しくした」期間というのも、まだまだ長いとは言えないものなのですから。
と、頭でそう思いはしつつ、けれどそれを口には出さなかったんですけどね。謙遜が過ぎるというのは良いことではないわけですし。たとえ僕自身が、それを謙遜ではなく単なる事実だと思っていても、です。
しかしだからといって黙っているわけにもいかないので、ここではこんなふうに。
「いやあ、そういう話になってくるとライバルが強大過ぎて、というか」
「ああ、うふふ、家内さんですね?」
家内さんって。その通りですけど。
というわけでそれは家内、もとい栞について。家守さんと親しくするという話においては僕よりも、いやあまくに荘の誰よりも先に立つのが彼女ということになるでしょう。なんせあまくに荘の入居者第一号であり、また家守さんを慕う度合いについてもトップだと断言して差し支えないところではあるわけですしね。
「でも日向さん、楓さんはそういうふうには考えないんじゃないでしょうか?」
「え?」
本人がすぐ傍にいるというのに、その本人に確認を取るでもなく僕にそう尋ねてくる彼女。ということはつまり確認を取る必要がない、つまりはその話も既に済ませていると見ていいのでしょう。
というわけで、そこについては良しとしておくのですが……はて、そういうふうには考えないというのは、ならばどういうふうに考えるということなのでしょうか? まさか栞ではなく実は僕が一番だ、なんて……いやいや、それは間違いなくないでしょうけど。
「それは、どういう?」
妙な妄想を膨らませてしまうよりはこのほうが、ということで、あっさりと白旗を掲げて答えを乞うことにする僕なのでした。
すると髪の長い女性、くすくすと笑いながら答えてくれます。その笑いが何を意味していたのかは、まあ考えないようにしておきますが。
「自分を親しくしてもらっている側に置いた場合だと、『誰が一番で誰が二番で』なんてふうには考えないと思いますよ。親しくしてくれている人が何人いる、ではなくて、親しくしてくれている人達が一グループいる、というか」
「……なるほど」
意識的にそう捉えたことがあったわけではありませんでしたが、しかしその表現はするりと、何の抵抗感もないまま頭の中に収まってしまいました。であればそれは、納得するに足るものとして扱って問題はないのでしょう。もちろん、個人差なんかはあるのかもしれませんが。
「ああ、そうは言っても勿論、特別扱いになる人はいるんでしょうけどね。旦那様とか――」
「家内様とか、ですか?」
「ふふ。はい、そうです」
特に意味もなく先手を打っておきましたがそれはともかく、今の話というのは逆に言って、夫や妻といった身内の者でなければそこで特別扱いをされはしない、ということでもあるのでしょう。付き合いが長いとか、最も慕っているといったようなものでは足りないと。
少々寂しい話に聞こえないこともないですがしかし、当然といえば当然の話でもあります。そう簡単に同格の相手を作られたら夫や妻の立場がない、なんてことにもなってしまうわけですしね。
僕だって栞のことは世界で一番愛しているわけですし、なんて。……いやもちろん、真面目な話でもあるわけですが。
「だから楓さんを基準に考えた場合には、皆さん同じ扱いになるんです。奥様が凄いと仰るのであれば、その凄い奥様と同じ、ということになるわけですね」
同じ扱いにするからといって一番手に合わせることもないとは思いますが、そこはご厚意として有難く受け取っておきましょう。
ちなみにちらりと隣を窺ったところ栞は照れていたわけですが、それが扱いによるものか呼ばれ方によるものなのかは――まあ、どっちでもいいですねそれは。
「で、そのことについて皆さんからお礼を言われる、というのは……」
家守さんならともかく。
ということでお伺いを立ててはみる僕だったのですが、しかし正直なところそれは、お伺いを立てる程のことではない、ということにもなってくるのでしょう。流れ上、そちらに話を振らなければならなかったというだけであって。
そしてそこへ僕ともなると、こんなふうにもなってくるわけです。
「はい、お察しの通りです」
どんな顔してるんでしょうね一体。なんてことを考えながら隣で嬉しそうにしている栞の顔を確認したりもしていたところ、するとここで話者が交代。ここまで話をしてくれていた髪の長い女性に代わって――どちらがそうかと言うのであれば、むしろ彼女のほうこそ「代わり」だったのかもしれませんが――家守さんご本人が、
「そのことがなかったら、今日のこの結果には辿り着けなかっただろうしね」
と。
お伺いを立てる程のことではない、ということで、その答えというのは初めから想定できていたものではあったのですが――しかしついつい、視線を他所へと移らせてしまいます。
すると家守さん、移した僕の視線を追い、その先に立っている人をじっと見据えてから、僕の方を向き直ってこうも続けてきます。
「そりゃもちろん、さっきも言ってた『特別扱いになる旦那様』も傍に居てくれてるわけだけど……正直、高次さん一人だけってことになったら、色々とね。それだけじゃ足りない、なんてふうにはもちろん言わないし思ってもないけど、掛ける負担が大きくなり過ぎるだろうから」
「いやあ、俺としてはそれくらいでへこたれる気は全くないんだけどね?」
高次さんはそんなふうに言い返しますし、それに恐らく、いやきっと、実際にそうなったとしてもその言葉通りに行動してみせるのでしょう。
が、しかし。そうした期待を持てる人が相手であってもやはり、それを理由に安心できる、というわけではないのでした。
一人だけだと負担が大きくなり過ぎる。身につまされる、というと大袈裟かもしれませんが、それは僕にとって共感すべき話なのです。なんせ僕は――僕も、栞を救ったのは、その全てを一人で行ったというわけではないのですから。
栞自身の努力も勿論のこと、あまくに荘のみんな、特には最初に病院から連れ出してくれた家守さんとのことがそこに含まれているというのは、疑いようもない事実なのです。
呪った世界に大好きな人達ができてしまった。
初めて全てを打ち明け、全てをぶちまけてくれたあの時、栞はそう言っていたわけですしね。
「こーちゃんなら分かってくれるんじゃないかな、こういう話」
また顔に出ていただろうか、と一瞬そんなふうにも思ったのですがしかし、その一瞬の間に家守さんが見ていたのは僕ではなく栞だったので、ならばそういうことではなかったのでしょう。
「はい」
分からないわけがありませんし、分からないわけにはいきませんからね。
僕がそう返事をしたところでこちらを向いた家守さんは、にっこりと首を傾けてみせつつ、「だよね」と。
「そういうわけだからこーちゃん、アタシからもありがとう。いや、アタシからもっていうか、アタシこそ真っ先にお礼を言わなきゃならなかったんだけどね」
礼を言い、そしてそうも言ってきた家守さんは、苦笑いを浮かべていました。
であれば僕がここで取るべき行動はそんな家守さんに対するフォローなのか、それともここまで同じように礼を言われてきた時と同様、謙遜してみせるべきなのか……。
「どう致しまして」
そんなことを考えている間に、自然と口が動いていました。
栞のことも絡められたとなればそうするしかなかっただろうな――というのは、なので後になってから考えた理由ではあったんですけどね。
ともあれ、そうして話題に区切りが付いたところ、するとそこで一旦場が静まり、誰も何も言わないながらも誰もが傍にいる人に笑い掛けるような雰囲気に。
さっきの話題に区切りが付いた、ということはつまりこの場に持ち込まれていた問題全てが解決したということで、だったらそりゃあそうもなるというものでしょう。僕とお母さんの話については家守さんの一団には全く関係のない話ではあるわけですが、しかしさっきの話を経た直後ということもあり、「関係ないから知らない」なんてことには中々ならないわけですしね。
というわけで、もちろん僕も含めた全員がその柔らかい空気に身を委ねていたところ、暫く間が開いたところで、「人間、一人では生きられないということだな」と。
「あら、どうしたんですか急に」
「喋ったこと自体に疑問を持つのは止めて欲しいな……」
というわけでそれはうちのお父さんの言葉だったのですが、どうしたんでしょうか急に。
「いやほら、どうもこの中だと最年長者みたいだからこう、上手い具合に話を纏めていい格好しといたほうがいいかなって」
「なんて浅ましい」
みたいだからも何もどう見たって最年長者でしょうが、という突っ込みをするのはしかし、酷というものになってくるのでしょう。今この場に集まっているのは年を取らない人達も含めた集団なわけで、ならば家守さんの友達というほぼ答えのようなヒントがあったとしても、そこはやはり慎重になったほうがいいわけですしね。
あと、「年を取らない」という事情の扱い方に慣れていない、というのもやはりあるでしょうし。……と、それについては僕だってあまり偉そうなことは言えないのですが。なんせ、一番大事な人にあっさり年を取ってもらうことになったわけで。
――さて、お母さんのあまりのバッサリ具合にこうしてお父さん側に立ってはみたものの、しかしそれはもうこれくらいでいいでしょう。
というわけでお父さん、おほんと咳払いを一つ。どうやら先程受けた暴言は気にしないことにしたらしく、なのでお母さんではなく全体へ向けて、こんな話をし始めるのでした。
「人は自分以外の誰かと関わる中で成長するものですし――とだけ言うと、それくらい言われんでも分かっとるわ、とか言われてしまいそうですが」
「言うところでしたね」
「おお怖い怖い」
だったら自分から振らなきゃいいじゃないのさ、と言っておいた方が良いのでしょうかこれは。まあ、もしかしたらあまり真面目になり過ぎるのを控えようとしての判断かもしれませんし、ならば軽率な物言いはしないでおきますけど。
……いや、結構ハラハラさせられるものなんですよこれが。自分の親が、自分から「上手い具合に話を纏めるぞ」なんて調子のいいこと言っちゃうと。
「それで、他に何が?」
そんなことを考えている間にもお母さんが更にお父さんに突っ掛かるわけですが、それは多分、僕と同じ気分から生じているものなんでしょうね。
「その成長を確かめてくれるのもまた『自分以外の誰か』だ、っていう話なんだけどね」
周囲の人達へ向けていた筈の口調があっさりお母さんを相手取ったものになってしまいましたが、そこは仕方ないということにしておきましょう。
で、そろそろ話の中身について。これまたそろそろ、ということで、僕から質問を投げ掛けてみました。
「それって、自分で判断することじゃないって意味?」
「んー、いや、そこまでキッパリ言い切りはしないけどな。でも殆どのことはそうなるんじゃないか? 自分と他人、どっちに判断してもらった方がいいかって考えたら」
「殆ど……」
ということはつまり、これは成長というものを種類ごとに分類して一つ一つ考えていくと、という話になるのでしょうか。「成長」の一語で全部ひっくるめてしまうのであれば、殆ども何もあったものではないわけですしね。
というふうに思考を巡らせ、なら例えばどういう例が挙げられるだろうか、なんてふうにも考えていたところ、するとそれに先んじてお父さんが「例えば」と。
「こういう日なんだし、お前だったら『夫として』とかな。その判断を一番正確に下せるのは誰だ?」
「そりゃまあ、栞だろうね」
栞の夫なんですから当然です。
「だろう。それと同じで、『息子として』なら父さんと母さんだし、『友達として』ならその友達だし、っていう具合にな。自分が一番適任だっていうのは実のところあんまりない――いやそりゃあ、全くないってわけじゃないんだけどな? お前だったら料理の腕とか」
「いや、それもどうかな。自分で食べるよりは誰かに食べてもらった方が嬉しいし」
と食い気味に言ってしまってから、嬉しい嬉しくないの話ではないようにも。……いかん、ちょっと恥ずかしい。
「さすがは我らが先生だね」
「真顔で言っちゃいますもんねえ、こういうこと」
褒めてくれているのか褒め殺しなのかは分かりませんが、二人の弟子はそんなふうに言って笑い合っているのでした。重ね重ねお恥ずかしい限りで。
「うーん、これは父さん全く関係ないから『息子として』は無理があるかなあ」
「大丈夫ですよ、それは私が引き受けますから」
わざとらしくしかめっ面をしてみせるお父さんに、お母さんが助け船を――いや別に助けるという話ではないような気もしますが、ともあれそういうことになるんだそうで。
ええ。お父さんだけでなくこちらとしても、安心して任せられますとも。
そしてお父さん。誰かに食べてもらった方が嬉しいって言ってるのに食べる側の人が関係ないってどういうことですか。……これは教育せねばなりますまい。いずれ。
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