(有)妄想心霊屋敷

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新転地はお化け屋敷 第三十八章 家族 八

2010-12-13 20:46:34 | 新転地はお化け屋敷
「匂いで分かるだろうが、魚だよ。ほらほら、遠慮するな」
 というチューズデーの声にそちらを見てみれば、まだお刺身に手が伸びていない猫さんへ、代わってチューズデーが一切れ差し出していた。猫さん、刺身という形で魚を食べたことがない、ということだろうか。基本的には人間を嫌っていることを考えれば、それも当たり前のことではあるのだろう。
 しかしそこで、成美ちゃんが一言。
「わたしが買ってわたしが切り分けたものを、お前が『遠慮するな』と勧めるのか?」
「む? くくく、すまんすまん。これは失礼した」
「――ふ、まあ宜しくしてやってくれ」
 なんというか、相変わらず格好良い関係だと思う。いや、今の話に猫さんのことを結び付けるのは、考え過ぎなだけなのかもしれないけど。

「ああ、お腹いっぱいですう」
 どことなく間延びした声でそう言ったナタリーが、ぺたんと床にその身を横たえる。
 さっき買ってきたネズミだけでなくお刺身も少し食べた結果、文字通りにお腹がいっぱいになっていた。なんせ身体の太さ自体が途中から目に見えて変わってるし――とまあ、それはネズミを食べた時点でそうなってたんだけど。
 そうしてナタリーが食事の場から一番に抜けた頃、お皿に盛られたお刺身はそろそ品切れになろうかというところだった。いつもならみんなでちょっと摘む程度の量(それ以前に普段なら成美ちゃんとチューズデー、あと大吾くんの三人だけの時間ではあるんだけど)なんだけど、今回はなかなかに量があったように思う。なんせ魚を捌くのだって三人がかりだったんだし。
「僕もそろそろ……」
 ナタリーに続く二番目は、こうくんだった。この中でこうくんだけ、みんなとは別にお昼ご飯を食べていたからだろう。むしろよく食べたと思う。いや、もちろん食べる量を競ってたとかそういうわけじゃないけど。
 そして結局、途中でリタイアしたのはその二人だけだった。そりゃあこれだけの人数で分けて食べているわけだから、なかなかお腹一杯とまではいかないものなのだろう。
 というわけで、
『ごちそうさまでした』
 言うが早いか、他の誰が手を出すよりも前に成美ちゃんがぱっぱとお皿を重ね、そのまま台所へ運んでしまった。大きいほうの身体だからよかったものの、小さいほうだったらなかなか危なっかしい行動だったと思う。なんせ、お刺身を盛り付けていたお皿はかなり大きいものだったし。
「よし、では次だな」
 即座に台所から戻ってきた成美ちゃんの表情は、期待に満ちていた。さっきの手早い後片付けもその期待に起因するものなんだろうけど、その期待が何なのかは、多分この部屋のみんなが理解していたんだろうと思う。新品の猫じゃらしだろう、まず間違いなく。
 ではこのまま猫じゃらしで遊ぶことになったのかというとそうでもなく、「開けないでくれよ」とだけ言い残して、私室に入った成美ちゃんはふすまを閉めた。食事前に片付けた猫じゃらし取りに行ったというだけではなく、これはつまり、小さいほうの身体になって――つまりは、着替えているのだろう。
 けれど成美ちゃんはそれすら急いでいたようで、すぐさま居間のほうに戻ってきた時には、小さくながらも息が上がってしまっていた。しかしこれはあくまで疲労からきているものであって、興奮しているというわけでは……いや、あり得るかもしれないけど。
「では喜坂、これを頼む」
「え、私?」
 そう言って渡されたものは、果たして猫じゃらしではあった。
 けれど、それを渡されるのが私だとは思っていなかった。というわけでついつい、私の視線は大吾くんのほうへ向いてしまったんだけど、その視線に気付いたんだろう。
「約束だからな。他の誰かがいる場合は大吾にはねだらない、と」
「そっか」
 そういえば以前、そんな話があったようにも思う。だったら私でいいのだろう。……こうくんはちょっと、誰かと激しめなじゃれ合いをするのは辛そうだし。
 穂先がやけに大きい気がする今回の猫じゃらしの玩具。それを受け取り、成美ちゃんへ向けて軽く振ってみると、
「ぬあぁーっ」
 語尾にハートマークでも付いていそうな声色。黄色い声、というのはこういうものを言うのだろう。それだったら「きゃー」とかもっとそれっぽい言葉もあろうものだけど、ともかく成美ちゃんは「ぬあぁーっ」と高くて甘ったるい声を上げ、そして私の膝へ飛び込んでくるのだった。
 そしてもちろん、それだけで済むわけがなく。
「うおぉーっ」
 チューズデーも同じように。ペットショップの時はここまで黄色っぽい声ではなかったように思うけど、成美ちゃんに釣られたということなのだろう。更には膝に飛び込んでくるところまで成美ちゃんと同じで、成美ちゃんに押し潰されないだろうかと心配になったりしないでもなかった。
「…………」
 一方で、猫さんは相変わらず黙ったまま。ただ、ぴよんぴよんと上下する猫じゃらしの穂先を目だけでなく顔ごと追っていて、「無口」はともかく、「静か」という印象はすっかり吹き飛んでしまっていた。首を痛めないだろうか、この動き。
 暫くそうしていると、いま猫さんが私の膝に来れば女の子二人にもみくちゃにされて……とついつい下品な想像が湧いて出てしまったが、気にしないことにした。
 そんな状況が暫く続いてみても、成美ちゃん達の勢いは変わらない。それどころかついに猫さんまで動きだし――それでもやっぱり成美ちゃんとチューズデーほど激しい動きではないんだけど――私の膝の上は、かなり騒々しいことになっていた。とはいえもちろん、私だってこの状況を引き続き楽しんではいるのだが。
 さてしかし、やはりいつまでもというわけにはいかない。猫じゃらしへの興奮は冷めそうな気配がないものの、体力のほうが続かないようだった。中でも成美ちゃんは、小さい状態だとは言え一番体が大きいせいか、かなり控えめな状態に。
「ほれ、そろそろ止めとけ」
 私の目にそう映るなら大吾くんが気付かないわけもなく、成美ちゃんの脇を抱えて私の膝から引き剥がした。
「うう……」
 今の今まではしゃいでいた成美ちゃんは、しかし大吾くんに止められて猫じゃらしへの興奮を諦めたのか、疲労を前面に押し出したように脱力し、脇を抱えられたまままるで人形のように運ばれていく。運ばれた先がごくごく自然に大吾くんの膝の上だったことについては、まあわざわざ何かしら言及することもないだろう。
 一番疲れていたのが成美ちゃんだったとはいえ、なら残ったチューズデーと猫さんはこのままでいいのかと言われれば、そうではないのだろう。というわけで、私は猫じゃらしをお尻の裏に隠すことにした。
「……ふう」
「…………」
 隠すとは言ってもその瞬間は見られていたわけで、お尻の裏に猫じゃらしがあることはチューズデーも猫さんも分かってはいる筈だった。けれど視界に入ってさえいなければいいようで、それだけでも猫じゃらし熱はすうっと冷めたようだった。
「いやあ、たまに激しい運動をしてみるというのも、やはりいいものだね」
「ニャア」
「ああ、それももちろんあるだろうね」
 と、やはりどこか疲労が見受けられる声でのチューズデーと猫さんの会話。当然ながら私には猫さんが何と言ったのかは分からず、けれど話題になっている「激しい運動」には私も関わっているので、やはり気になった。
「猫さん、なんて?」
「『ただ激しいだけじゃなく楽しめもしたから余計にそう感じるんだろう』、だそうだよ」
「あはは、そっか」
 それは見ているだけで充分に理解できることではあったものの、それでも言葉にされると気分がいい。――と思っていたら、加えて成美ちゃんから一言。
「そいつにそこまで言わせるとは、どうやら喜坂、随分と気に入られているようだな」
「えっ? いやでも、私がっていうよりは猫じゃらしなんじゃあ」
 というのはなにも謙遜の類ではなく、本気でそう思ってのことだった。あの絶大な効果を見れば、私に限らず殆どの人はそう思うんじゃないだろうかとさえ。
「はは、単にそれだけで釣られるような奴が『自分は人間が嫌いだ』なんてことを言うと思うか? 猫じゃらしがありさえすれば構わずに飛び付くようだったら恥ずかしくて言えんさ、そんなこと」
「…………」
 言われてみれば、それもそうだった。でももちろん、猫さんはもう、私に限らずここのみんなを気に入ってはいるんだろう。なんせここにこうして来ているわけだし、特定の誰かを嫌っていたりするわけでもないようだし。
「そんな奴がお前にじゃらされて『楽しめた』だぞ? これはもう、随分と気に入られていると言って差し支えないだろうさ」
「……うーん」
 言われてみれば――そう、なのだろうか? そうだったら、嬉しいな。
 膝の上の猫さん。私と成美ちゃんの会話はもちろん理解できてはいないだろうけど、でも最低限「話をしている」ということだけは分かるわけで、そのせいか、猫さんは私の顔を見上げていた。
 猫さんの頭を撫でようとしてみた。
 すると手を出した途端、猫さんは目を閉じて顎を引き、むしろあちらから頭を差し出してくるような動作をしてくれた。
 そういうわけで無事に猫さんの頭を撫でられた私は、なんというかこう、ひたすら単純に嬉しかった。
「なあ相沢よ」
「なんだ?」
「彼は単に女好きだということはないかね? 確か以前、庄子君とも似たようなことがあったような気がするのだがね」
 いきなりこっちの喜びが台無しになりかねないことを言い出すチューズデーだったけど、その疑問を持った経緯自体は真っ当なものなので、下手に突っ込みを入れるのにはちょっと気後れが。
 そして成美ちゃんの返事はというと、
「ううむ、そんなことはないと思うが……まあしかし、どんな人間を気にいるかとか、そういうことはわたしも詳しくはないからなあ。わたしだって、幽霊になる以前は人間と関わることなどなかったわけだし」
 こんな感じ。どうも、はっきり「違う」とは言えなかったようで。
 すると今度はこうくんから質問が。
「そもそも、人間の性別って気になるものなんですか? 猫から見て」
 あ、それは私も気になるかも。今発生しているこの件を別にしても。
 すると成美ちゃんは、再び「ううむ」と。腕組みまでしている辺り、随分と微妙な問題らしい。そしてそんな成美ちゃんの回答を待つことなく、先にチューズデーが返事をした。
「普段はそりゃあ気にはならないがね。だが、こんなふうだとなかなかそうもいかないものさ」
 言って、尻尾をくねりと。「こんなふう」というのは、私の膝の上にいることを指しているのだろう。
「個人差もあるだろうが、やはり女性のほうが柔らかめだしね。もちろん、だからといって必ずしも男性より女性のほうがいいというわけでもないが」
 膝の上の感触――要は太ももの感触ということになるんだけど、ううん、そこまで違うものなんだろうか。硬さの違いとなるとやっぱり、筋肉の違いということになるんだろうけど……ああ、少なくとも私は全然ないかな、筋肉。生きている頃、ベッドで寝っ放しだったわけだし。
「例えば哀沢だ。まあ、皆までは言わないがね」
 例を挙げておきながら、説明の一切を省略してしまったチューズデー。でもその成美ちゃんはまさに現在、大吾くんの膝の上に座っているわけで。
「……ちょっと待て、これはそういう問題ではないだろう」
「くくく、もちろん冗談だよ」
 そりゃまあそうなんだろう。男の人の感触というよりは大吾くんそのものが好きだから、今あそこにいるわけだし。
 誰にだってそれが分かるからチューズデーは皆まで言わなかったんだろうけど、だったらそのことは大吾くん本人だって分かっているわけで、何か言いたそうにしながらでも何も言わないまま、大吾くんは成美ちゃんを膝の上に座らせ続けていた。
「ニャア」
 何も言わない大吾くんには誰も何も言わず、するとここで猫さんが一言。一言に聞こえただけで実は一言ではない、なんてことも多々あるけど、さて今回はどうだろうか。
「ああ、すまないね。つい」
「旦那サン、なんて?」
「『失礼なことを言っておいてほったらかしは酷いと思うぞ』だとさ」
 一言ではあったけど、思っていたより長かった。そしてごもっともでもあった。
「ああ、女好きとか言ってたしなオマエ。んー、じゃあ今度は孝一に持たせたらどうだ? 猫じゃらし」
「え? 僕?」
 指名されたこうくん、嬉しそうな顔……が四分の一くらいの、不安そうな顔をしていた。
 何を思って不安そうなのかは分からないけど、もしそれが私の時の大はしゃぎを思い起こしてのことなら、それは大丈夫だよこうくん。成美ちゃんはぐったりしてたけど、少なくともこっちが疲れるようなことはないから。
 ……あ、そうだ。
「成美ちゃん、体力のほうは大丈夫なの?」
「うむ、無理だ。というわけで日向、もう少し待ってくれ」
「ごゆっくり、成美さん」
 こうくんのその返事は、大吾くんの膝の上に座っていることに対する揶揄もちょっぴり含まれているような感じがしたけど、成美ちゃんは「うむ」と素直に返事をしていた。そんなふうに捉えなかったのか、それとも捉えていながら気にしなかったのかは分からなかったし、わざわざ訊くことでもないんだろうと思う。
「喜坂さんは、日向さんの足の上に座ったりしないんですか?」
 意識の隅っこにひっそり浮かんでいた想いを的確に突いてきたその質問は、ナタリーからだった。まだお腹がいっぱいらしく、首を持ち上げすらせずぺたりと床に伏したままではあったけど。
「うーん、人前ではなかなかね」
 という返事はつまり、人がいないところでは座ることもあると白状しているようなものだけど、ナタリーが相手だと何故か「言ってしまってもいいや」と思えてしまった。
「そういうものなんですか? じゃあ……」
 まだ疑問が残っていそうなナタリーは、成美ちゃんのほうを見た。あっちはどうなんだ、とそういうことなんだろう。
「ふふん、ナタリーよ。さすがにその辺りはわたしももう把握できてきたぞ」
「おお」
「簡単に言えば、人間同士の付き合いか人間と猫の付き合いかということだ。さっきだって、喜坂はわたし達を膝の上にあげていただろう?」
「そうですけど、でも哀沢さんと怒橋さんは、『人間と猫の』の段階は越えてますし」
 その段階を越えて恋人同士になり、更にはそれも越えて夫婦になった。だったら成美ちゃんも、今「人前では」と言った私と同じようになるものなんじゃないだろうか。つまりナタリーは、そう言いたいんだろう。
「そりゃまあそうだが、だからといって『人間と人間の』をきっちり再現する必要があるわけでもないからな。どこまで人間寄りでどこまで猫のままかは、まあ大吾との相談だ。で、『人前で膝の上に座る』ことについては『猫のまま』ということになったわけだな」
 という成美ちゃんの話に続いて、大吾くんからも。
「こんなこと言ったらアレかもしれねえけど、逆にオレが猫っぽくなるってのは、なんか違うだろうしな」
 それを聞いて初めて「人間のほうが猫に合わせようとする」という選択肢に気付いた自分が、恥ずかしかった。大吾くんがそれを否定したとはいえ、だ。
「はは、お前に座られたら重くてかなわんだろうしな」
 恥ずかしく思ったから余計に、ということもあるのだろう。そんな冗談で返す成美ちゃんが、とても素敵に見えた。
 あと、とてつもなく雰囲気にそぐわないけど、猫っぽい大吾くんはちょっと見てみたいな、なんてことを思ってしまったのは、否定しないでおく。不機嫌そうな顔でかつめんどくさそうな声で、「にゃあ」なんて言っちゃったり? いやいや、そういうことじゃないのは分かってるんだけど。
「ええと、じゃあ」
 成美ちゃんと大吾くんは冗談を言ったり言われたりするような段階に入ってしまったけど、ナタリーはそうでもないようだった。
「喜坂さん、人前で日向さんとできることっていうと、どんなことがあるんですか?」
 むむう、やっぱりそういう話にもなっちゃうか。なっちゃうよねえ。
 とはいえ膝の上に座る程度のことが駄目な時点で――程度、なんて言ってしまえるのは目の前に成美ちゃんと大吾くんがいるからだろうけど――できること、というのは相当に限られていることになる。そりゃあこの場合の「できること」っていうと、やっぱり恋人同士っぽいことなんだろうし。
「……並んで座るくらいが限界かなあ」
 それは今現在そうしていることでもあって、つまり、これ以上どうにもならないよ、という話でもある。
 ナタリーからすればちょっとつまらない展開かもしれないけど、こればっかりは仕方がない。見栄を張って無理をしたって、疑問に対する答えとしては不適切ってことになるんだろうし。
「手を繋ぐとか、どうでしょうか?」
 するとここで意外にも、こうくんからそんな提案があった。てっきりこうくんも私と同じような考えだろうと思っていたけど、「並んで座る」よりほんの少しだけ、「手を繋ぐ」のほうが人前ではし難いことになるんだろう。
「う、うん。それくらいだったら」
 本当はちょっと無理をしていたけど、取り敢えずはそう答えておいた。
 が、
「そ、そうですか」
 何故かこうくんまで面食らっているようだった。……多分、まさか私が頷くとは思ってなかったとか、そんなところだったんだろう。
 そういうわけで少しの間だけ、みんなの前で手を繋ぐことになってしまった。とはいえもちろん、嫌な気分になったというほどのことでもなかったけど。そりゃまあ、全くいい気分にならないということだったら、無理をしてですら頷いたりはしないしね。

「ふにゃあーっ」
「にゃおおーっ」
「…………」
 私の時の余韻を引きずっていたりするのか、その時よりも更に声が甘ったるくなっている成美ちゃんとチューズデー。猫さんは相変わらず黙ったままだったけど、そちらはそちらで初めから猫じゃらしに飛び掛かっていたり。
 というわけで、こうくんが猫じゃらしを使う番。膝の上でごろごろと動きまわる三名、特には成美ちゃんについてだろう、こうくんは時折大吾くんへ微妙に申し訳なさそうな顔を向けるのだった。けれど大吾くんは特に気にしたふうでもなかったので、要はこうくんの取り越し苦労ではあったんだけど。
 まあ、よくあることではある。勝手に自分を悪者にするというあれだ。
 ……とはいえ今回ばかりは、いつものようにそれを注意するのはちょっと酷いかな、なんて思わないわけでもない。なんせ女の子が過剰なくらいにじゃれついてきて、更にその旦那様が目の前にいたりもするわけで、だったらこれはこうくんでなくとも気まずく思って当然だろうし。
 なのでそれは問題なしということにしておいて、騒がしい状況を眺めてみる。ついさっきまで自分も同じ状況ではあったわけだけど、当事者の視点と外からの視点では、受ける感じが違ってくるものだった。
 あくまで見た目上での話だけど、「お兄さんが小さい女の子と遊んであげている」というような。もちろん見た目上だけの話なので、実際にはそうじゃないんだけど。
 成美ちゃんに悪いので「実際にはそうじゃない」という部分を強調しておき、さてそれで。こうくんにじゃれつく成美ちゃんを見ていて、思うことがあった。
 ――妹って、あんな感じなのかな。
 と。もちろんそこには、今日初めて会った私の妹、いおりちゃんへの想いも含まれている。まだまだ赤ちゃんだからあんなに激しくは遊べないだろうけど、「もし私が生きていて、そしていおりちゃんがもう少し大きくなったら、あんな感じになっていたんだろうか」というようなことは、やはり考えずにはいられなかった。
「のあああ――ん?」
「あっ」
 気が付くと成美ちゃんだけが動きを止めてこちらを見ていて、そして更に気が付くと、私は成美ちゃんの頭に手を乗せていた。無意識のうちにするようなことじゃないと思うけど、もしもう少しだけ無意識が続いていたら、乗せるだけでなく頭を撫でていたんだろう。
「ごめん成美ちゃん、つい」
 せっかく大興奮だったところに水を指しただけでなく、頭に手を乗せるということはそれ自体が子ども扱いの表れのようで、だったら気分だけでなく機嫌も損ねてしまったんじゃないだろうか。そんな考えが頭をよぎり、私は謝った。
 でも成美ちゃん、むしろ真逆だったようで、
「ふふ、今のはつまり、まだ構ってくれるということだな? そういうことならお願いさせてもらうぞ」
 なんてことを言っている間にも気兼ねなく暴れ続けているチューズデーと猫さんを残し、成美ちゃんは立ち上がって私室へと。私だけでなくこうくんも、というかチューズデーと猫さん以外のみんながそんな成美ちゃんを目で追い、そして程なく私室から出てきた成美ちゃんは、
「さあ喜坂、宜しく頼むぞ」
 旧バージョンの猫じゃらしを手に持っていた。
 一本でこれだけ大騒ぎなのに二本でって、どうなっちゃうんだろうか。

 ただ膝の上で暴れまわるだけだったところ、一方の膝からもう一方の膝へ移動するという動きも加わり、更にはしゃぎっぷりが増した成美ちゃん達。でもそうなると、疲労も大きくなるわけで。
「ううう……」
 大吾くんの膝に戻ることすら叶わず、私とこうくん両方の膝をベッド代わりに横たわる羽目になった成美ちゃん。おかげで私とこうくんは、ただ隣り合って座っているというだけでなく身体を密着させることになってしまっていた。けどまあ、注目の中で手を繋ぐよりはましだったけど。
「さすがにもう、これ以上は駄目かもしれん……」
「体が付いてかないだけでまだ遊び足りない、みたいな言い方だなおい。さすがに満足しとけよもう。つーか、満足してやれよ」
『あはは……』
 笑ってみたところ、その笑いがこうくんと被ってしまった。満足してやれよというのは、私達も同様に疲れているのを見てそう言ったんだろう。こっちだって楽しかったのはもちろんだけど、だからといって疲れていないとはとても言えない状況だった。猫じゃらしを振ってただけなのに。
「ここにいたら何だかんだでまた同じことになる気がすんだよなあ。何だったら引き揚げてくれていいぞ、孝一も喜坂も」
 なんとも親切な提案をしてくれた大吾くん。でも、それで帰っちゃうっていうのもなんだかなあ。
 と思っていたら、それに続くようにしてチューズデーが。
「そうそう、皆して帰れば、それでようやく大吾が遊ぶ番になるのだからね」
 ……あ、帰った方がいいのかも。
「おい、別にそんなつもりじゃ」
「お前にそのつもりがあるかどうかはあまり関係ないね。重要なのは、わたし達がそうさせてやりたいかどうかさ」
「親切の押し売りだぞそれ。しかも実際、親切じゃなくて余計なお世話だし」
「くくく、それくらいの自覚は誰だってあるともさ。必要な分だけの世話しかしない、なんて仲じゃないだろう? わたし達は」
「ふん、ものは言いようってやつだな」
「その通り。言い方一つで疲れ切った哀沢がまた元気になったりするかもしれないぞ」
 舌戦では分が悪いと踏んだのか、大吾くんからそれ以上の反論は出てこなかった。――とはいえやっぱり、ちょっとくらいは成美ちゃんと遊んであげたいとも、思ってたんじゃないだろうか? 大吾くんにしては引き際が良過ぎるような気もするし。


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