(有)妄想心霊屋敷

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新転地はお化け屋敷 第五十八章 清算 二

2014-03-24 20:52:43 | 新転地はお化け屋敷
「でもなんかあれだねえ」
「なんだ?」
「こうも布団干してることに拘ってると、実家に帰る前に布団干してきたってより、布団干してる間に実家に帰ることにしたって感じだね」
「はっは、確かにな」
 帰ってこられる側からすりゃあ失礼もいいとこな話だけどね。
「これが遠くだったらもうちょっと気が引き締まってたのかもな。布団干すだの乳がデカいだの、結構酷いぞ俺達」
「告げ口しちゃおうか? お父さんお母さんに」
「なんで自爆を省みずに俺を困らせようとするんだよ。乳がどうのは言い出したのお前だし、しかも他の誰でもなく自分の乳の話だし」
 自分が言ったことだからってこうも乳乳言われるとさすがに少々恥ずかしかったりもするけど、それにしたってこうなるんだったらもうちょっと可愛らしい単語にしておけばよかったかな? おっぱいとか。それ連呼する高次さんとかちょっと面白そうだし。
 という馬鹿馬鹿しさ凄まじい話はともかく、
「そりゃあそれこそどうせ自爆にしかならないもんさ。高次さんがそんな話してたなんて言っても信じないよ、二人とも」
 アタシと高次さんを見比べて、いきなり乳の話なんてし始めるのは一体どちらなのか。ああ、なんて簡単な問題なんだろうか。
 と、この辺はこれまた笑い話として。
 遠くだったら気が引き締まってたのかも、と高次さんは言ったけど、じゃあなんでそうしなかったのか。というか、あんなことがあったというのにどうして未だ車で一時間半程度の距離しかない、言ってみれば近所に居を構えているのか。
 それは、あの事件の原因となったのが高次さんであると同時に、その抑止力になるのもまた高次さんということになるからだった。今度はアタシ個人の話ではなく、事件全体について。
 ――より正確に言えば、「高次さん」ではなく「四方院家の人」ということにもなるんだろうけどね。原因と抑止力の、その両方について。
 ついさっき全く関係のない話の中にも出てきた通り、霊能者の世界はとてつもない少人数で回っている。となれば、その中に厄介な人間が居るってことになっても特定はそう難しくないし、しかもその特定する側に回ったのが四方院家という「超が付くほどの大手」ともなれば尚更だ。
 ……といっても、実際に特定する側に回ってもらったわけじゃない。原因でもある四方院家に動いてもらったんじゃあ、その厄介な人間が増えるだけという結果になりかねないからだ。
 だから逆に、動かないという表明をしてもらった。動かずに、でも見てはいるぞと。
 四方院家の目が霊能者一人一人にまで届いていることくらい、その世界に身を置く人間なら誰でも、言われなくたって知っているわけで――そこでそんな宣言をされたとまでなれば、そりゃあ第二の「厄介な人間」なんて現れようはずもない。
 身につまされるところがある話ではあるけど、霊能者なんてやってる人間は、そこからはじき出されたら他に行き場がないのが殆どだ。なんせ誇張なく、見えている世界が他の人達とは違ってしまっているんだから。
 四方院家が動くまでもなくはじき出されてしまった件の「厄介な人」は、今いったいどうしているんだろうか――。
「おぶぼ」
 アタシの両ほっぺに高次さんのアイアンクローが炸裂した。アイアンというには随分ソフトタッチだけど。
「次は乳を揉む」
「何その脅し文句」
 脅しというより単なるセクシャルハラスメント宣言だったけど、でもまあ、アタシに反省を促すという効果については抜群だった。そう、我々はあの時サタデーへ向けた感謝を忘れてはいかんのです。あの時ってほど前の話でもないけど。
「あー、いや、でも案外悪くないもんだな頬も」
「やえおー」
 次は、なんて言っておきながら引き続きすっごい揉み揉みされました。くそう、エロっちいわけでもないから反撃の糸口が掴めない。
 で、反撃の糸口が掴めなかったアタシは、なればこそ暫くそのまま無抵抗でいたわけだけど、
「月並みな台詞だけど」
 するとあちらから手を引っ込めた高次さんからこんなお言葉が。
「笑ってる方が綺麗だぞ、お前は」
「あらっ」
「イコール『やらしい話してる方が』ってことにもなるんだけどな、お前の場合」
「キシシ、見事にぶち壊しだね」
 まあきっちり整ってるのなんて仕事する時だけで充分でもあるんだけどさ。
 そう、今こうして実家に帰ろうとしてるのは別に仕事じゃないんだし、だったらぶち壊しにされた状態でいるほうが正解に決まってる。
「高次さん」
「ん?」
「もっとぶち壊してぇん」
「まぁたそういう」
 おかげさまで準備は万端でありますとも。
 ちなみに高次さん、望み通りにもっとぶち壊してくれました。ほっぺの話ですけど。

「ただいまー」
 一時間半程度の暇潰しなんぞ現状のアタシと高次さんにとってはいとも容易いもので、なんやかんやとしたりされたり話したりしている間に、気が付けば実家に到着していたのだった。ああ、でも結局乳は揉まれなかったけど。
 と、それはともかく、そうして消費した時間で得た心の余裕を見せ付けるかのように、何一つの気後れを感じさせない調子で玄関をくぐる。なんだったら、いっそまだここを出ていなかった頃、学校か何処かから帰ってきた時のように。
「お帰りなさい。高次さんも」
 そんなアタシに釣られて――ということではさすがにないんだろうけど、出迎えてくれたお母さんも元気そうにしていた。とはいえもちろん、知らない人から見れば陰気な感じに聞こえる口調ではあるんだろうけど。
 まあ心の準備ができたのはこっちだけじゃないんだしね。一時間半の待ち時間はお父さんとお母さんにも等しくあったわけだし、たった今到着したのだって車の音で予め分かってたんだろうし。
「ご無沙汰してます、ってほど空いてもいませんでしたっけね。前にお伺いさせてもらってから」
「ふふ、そうでしたね」
 高次さんの軽い冗談に、お母さんは嬉しそうに笑ってみせた。そこで嬉しそうにしてくれるのはアタシからしても嬉しくて――というのは、前回アタシと高次さんがここを訪れた要件というのが、婚姻届に証人として判を押してもらうためだったからだ。
 それ以前から了承を得ていたのはもちろんだけど、でもそりゃあ、結婚を祝福してくれるっていうのはそれが何度目の表明でも嬉しいもので。
「さ、どうぞお上がり下さい」
「お邪魔します」
 ただいまとしか言っていない段階から胸にじわっと来るものがあったけど、いくらなんでも表に出すタイミングではないだろう、これはまだ。もっと言えば、タイミングどうこう以前に今更出すようなものでもないんだろうし。
 というわけで、逆に胸を張って高次さんの前へ出ることにした。夫の後を半歩下がって歩く妻、なんて場所じゃあないわけだしね。まあそもそもそういう性格ですらないんだけど。
 うーん、お母さんはそんな感じなんだけどなあ。
 ――今回は大した荷物があるわけでもないので、玄関を抜けた足でそのまま居間へ。すると当然、そこにはお父さんが待っているわけで。
「ただいま、お父さん」
「お帰り。高次君も、いらっしゃい」
「先日はお世話になりました」
 言っていることはお母さんの時と同じ件だけど、お父さんに対してはそこに冗談を交えない高次さん。とはいえ別にお父さんは冗談が通じない人だというわけではなく、家長に対する礼儀として、ってことなんだろうけどね。
 くどいようだけど、うちの両親とは上手くやっている高次さんなのだ。いやもう、こればっかりは素直にかつ本当に、有難いことで。
「世話というならこちらこそ、娘が世話になっておりまして。変なことしでかしてないかね、楓は」
「あー、時々ちょっと」
「ははは、やっぱりなあ」
 有難がった途端に実践してくれちゃったけど、そこまでしろとは言っとらんぞ。お父さん、まさかやらしい意味で言ってんじゃないだろうねそれ。
「そんなじゃじゃ馬娘も、明日はとうとう花嫁衣装を着ることになるんだなあ」
「そうですねえ」
 アタシ達から一足遅れて居間に入ってきたお母さんは、入り際に耳に入った話題にそうして同意してみせつつ、そして鼻を啜ったりもしつつ。
 長々話している間にそうなるってんならまだ分かるけど、一言二言でそんなふうになっちゃうもんかね。なんて、玄関でそれを堪えたアタシが言えたことでもないんだけど。
「すいません、急な話で」
「いやいや、謝られるようなことじゃないよ。こっちとしては楓には一刻も早く身を固めて欲しかったんだから、急な話ってことならむしろ利害が一致してるわけだしね」
「利害ってお父さん、どうせするならそういう打算的な話じゃなくてもうちょっとこうエモーショナルな方向で歓迎してもらえないもんかね」
「何言ってんだ、泣きそうな顔して」
「え」
 いきなりそんなことを言われてしまったアタシは、手の平を顔に押し当てて自分の今の表情を確かめようとしてみる。と、そんなアタシの肩を、高次さんがぽんと叩いた。
 となれば当然、そうされたアタシは高次さんのほうを見ることになるわけだけど――
 いつものあの、なんでもかんでも柔らかく包み込んでくれそうな高次さんの笑みを見てしまうと、堪えたと思い込んで堪え切れていなかったものが、胸のうちからぶわっと吹き出してしまった。

「あー、かっこわる……」
 三十も近いという大の大人が、道端ですっ転んだ幼稚園児の如く大泣きに泣いてしまった。しかも旦那に付き添われて自分の部屋に引っ込むというおまけ付きで。
「おはようじゃじゃ馬」
 ずっと傍についていてくれた意地の悪い大好きな人が、笑いながらそう声を掛けてきた。
「寝てないよ。というか、分かってて痛いところ突いてるんだよねそれ?」
「まあな」
 じゃじゃ馬。お父さんはさっきアタシをそう呼んだけど、過去のアタシはそれどころではなかった。ろくでなし、どころか外道と呼ばれても文句は言えないような人間だったのだから。
 よくそんなアタシに愛想を尽かさずここまで――と感激してしまったのが今起こったことの顛末ではあるわけだけど、とはいえもちろん、感激だけしていられる話でもなく。感激だけしていていい話では絶対になく。
「寝られるような場所じゃないよね、どう見ても」
 寝ていたのでなく泣いていた、という話ではあるんだから逸らし切れてはいないんだろうけど、それでも一応話を逸らしてみる。その逸らし切れていないというのは、もしかしたら「逸らしているつもりじゃない」と言い訳をするためだったのかもしれないけど。
 ともあれ、寝られるような場所ではないという今いるここ、アタシの部屋。
 アタシの部屋に間違いなくはあるんだけど、その頭に「かつての」という言葉がついても可笑しく感じることはないだろうというくらい、個人の部屋とするには色々な物が足りていない。数年前に余所へ、あまくに荘へ移っているんだから当たり前ではあるんだけど。
 ――というわけで、まずベッドも布団もない。床で寝ろと仰るのか高次さんは。
「それとも、高次さんが布団代わりになってくれるのかい?」
「はっは、なるほど。もう心配は無用みたいだな」
 話題逸らしついでの強がりを軽く笑い飛ばしながら、けれど涙を指で拭ってもくれる高次さんだった。ぬう、さらっと格好良ことしてくれちゃってからに。
「まあこれはこれで良かったんじゃないか? 最初に泣いちゃったらここから先は大丈夫だろうし」
「大丈夫じゃなくたって意地でも泣かないよ、もう。それはさすがに格好悪さの限度越えちゃってるし」
「家族に対してそんな見栄張らなくても」
「くそう、今すぐ同じ立場に立たせてやりたい」
 思った以上の悔しさに憎まれ口を叩いてみたところ、しかし高次さん、「いやあそれはちょっと無理かなあ」と。
 そりゃ四方院さんちの方々を今すぐここに呼ぶわけにもいくまいし、無理なことくらい分かっとるわい。と、そう言い返そうとしたところ、
「俺、メイクはしてないしなあ」
 と。
 ……そうかいそうかい、崩れちゃってますかい。そりゃあんだけ泣きゃあそうでしょうよ。

「おう、美人になって」
「お母さん、お父さんがうるさい」
 お出掛け先が実家で良かったと言うべきか、実家だったからこそこうなってしまったというべきか。なんせ化粧道具なんか持ってきちゃいませんでしたので、開き直ってすっぴんでございます。
「お化粧だったらお母さんの貸してあげられたのに」
「いやあ、ボロクソに泣いた後で化粧だけしっかり直して再登場ってのも、なんか随分間抜けな話だなあって」
 高次さんをともかくとすれば、化粧をしてそれを見せる相手というのは両親になるわけで、他人ならともかく血の繋がった家族相手にそこまでするかっていう話なんですわ。
 そんな話をするんだったらそもそも化粧なんかしてこなくてもっていう話ではあるんだけど、今日はこーちゃんのお母さんとお会いしたりもしたわけだしね。
 …………で。
「それはともかく、まあ、それぞれ思うところはあるってことだな」
 アタシと高次さんが再度席に着いたところで、お父さんはそう言った。何について言っているかは確かめるまでもないだろうし、逆に言って、だからこそお父さんははっきりとそれを指定しないでおいたんだろう。
「高次君」
 アタシでなく高次さんに声を掛けたお父さんは、深々と頭を下げた。
「重ね重ね、楓のことを宜しく頼みます」
 それに続いてお母さんも同じように頭を下げると、それに対して高次さんは、困ったように「顔を上げてください」と。そしてその困った表情に多少の笑みも含めながら、こんなふうにも。
「頼まれて、ではなく望んでさせてもらっていることですから。仕事では部下に甘んじている立場ですし、私生活でくらいは格好付けさせてください」
「そう言ってくれると有難いよ」
「ええ、本当に」
 もちろんながら半分またはそれ以上が冗談だった高次さんの言い分だったけど、それに対するお父さんとお母さんの反応は引き続き真剣なものだった。こんなふうに空気を壊さない程度の冗談が言えるというのは、人と向き合う仕事をしているととても頼りになる――なんて、釣られて仕事の話をしている場合ではなく。
 大元がアタシの話であるのに、どうしてお父さんはそのアタシではなく高次さんへの話を優先させたか。それは高次さんと同様――いや、親ともなれば高次さん以上にということになるのか――お父さんも知っているからだ。アタシは、これ以上どうにもならない人間だということを。だからアタシに改善を促すのではなく、高次さんへアタシに宜しくするよう頼むしかなかった。
 そして当然、それは「見捨てられた」と逆恨みするような話ではなく、可能な限りの感謝をすべき話である。
「ありがとう、お父さんお母さん」
「ん? それ、高次君に言う言葉じゃないのか?」
「そうかもしれないけど、こっちには普段からたっぷり言わせてもらってるからさ」
 言いながら、ややごっつい人のややごっつい背中をひとはたき。もし尋ねられたとしてもそのシチュエーションの詳細についてはそりゃあ伏せさせて頂きますけどね、なんて身構えてもみたけど、しかしそこはさすがに年長者と言うべきか、
「うふふ、それだけお世話になってるってことね」
 真っ先に出てきたのはお母さんのそんな推理だった。推理というには簡単に過ぎるかもしれないけど、とはいえそれは単なる言葉上の意味だけでなく、「それ以上のことを訊くつもりはない」という表明だったりもしたんだろうと思う。だからその辺、お母さんと息合わせてよお父さん。
「してもらった分くらいはし返してあげたいですしね、やっぱり」
 と思ったら高次さんの息が合わない! というのは、ちょっと考え過ぎかねこれ。ううむ、一体どんな具体例を頭に浮かべてらっしゃるのやら。
「何してあげられてるかねアタシ」
 というわけで、いっそ直接尋ねてみることに。自分まで足並みを乱してどうする、ということになるかもしれないけど、自分から足を突っ込むことで逆に都合の悪い話を除外させるというテクニック、のつもりだ。本当にそんな理屈が成り立つかどうかは知らないし、成り立ったとしてもアタシじゃあ効果が薄いかもしれないけど。
「人並みの幸せを提供してくれてる、みたいな?」
 なんで疑問形なんだよそこで、とは、まあ言わないでおこう。変に弄ると痛い目を見るのがこういう話の常だし。
 で、じゃあ変に弄るのではなく普通の受け答えをするわけだけど、しかしだからといってここは「いやいやそんな」と謙遜するような場面ではないだろう。旦那が感じている幸せを妻が否定してどうするんだっていう話だし。
 それに、人並みの幸せということならかなり自信がある。といってもそれはアタシ個人の力によるものではないんだけど――そう、もちろん、あまくに荘のことだ。
「確かに、それさえできてりゃ万事どうとでもなるもんだしね。ただまあ霊能者って時点で人並みからは外れてる気もするけど」
「はっは、そこは否定のしようもないけどな」
 言いながら、でも実際は霊能者だからこそなんだろうな、とも。
 それでもアタシなんかはたまたま向いていたからこの仕事をすることになったわけだけど、本人どころか一族まるごと霊能者な高次さんは産まれてきたその瞬間から霊能者になることを義務付けられていたわけで、だったらそれは尚更でもあるんだろうし。
 とはいえ当然、それを不幸せだなんて言うつもりは更々ないんだけどね。むしろ幸せそうだもんさ、四方院さんとこ。
「その仕事の方は順調なの?」
 霊能者という単語が出てきたところで、お母さんがそう尋ねてきた。なるほど、つまりここまでの話で気に掛けていたのはアタシ達から霊能者要素を省いた部分のみ、つまり私生活のみなんだね? なんかちょっとばかし厭らしい響きを感じるのはアタシだけなのかな?
「順調も順調よ。うちの新入り君が仕事依頼してくれたりもしたしね」
 というのはもちろんこーちゃんの話だ。順調、という話の中で挙げるにしては、量で見てもお代金で見ても仕事全体からすればそれはほんの一部でしかないけど、でもアタシの意識の中ではそりゃあでっかくもなるわけで。
 こーちゃんを新入りと呼ぶのなら。
 一番の古株の女の子の、それこそ人並みの幸せに繋がる仕事だったんだしね。結婚相手のご両親への紹介、なんて。
 ……いや、もう「女の子」なんて扱いをしちゃいけないのかもしれないね。身も心もしっかり大人なんだし。こればっかりは真面目な話として。
「知人の幸せで飯が美味い」
「ん? ああ、日向くんの話だからってことね」
 ですともさ。
 うーん、する側の仕事が順調なのは今言った通りだけど、される側の仕事も順調だよね考えてみたら。もう人様にお出しして恥ずかしくないくらいの料理は作れちゃうよ? アタシ。
 というわけで、既にお出ししている高次さんを除けば次にお出しすることになるであろうお父さんとお母さんからはこんな反応が。
「新入り君って、じゃああれか。何度か聞いた料理の先生になってもらってるっていう」
「ということは仕事っていうのも、ええと、喜坂さんとのことで?」
 あまくに荘のみんなとうちの両親が会ったことはないけど、そりゃまあ話に出すくらいは。というわけで、その辺りの事情は割と把握しているお父さんとお母さんだ。
 なので新発表というわけでもないんだけど、とはいえそれでも頬が緩みそうになるこんな話を。
「明日会うことになると思うけど、その時は喜坂さんじゃなくて日向さんって呼ばなきゃ駄目だよ? もうしっかりお嫁さんなんだから」
 ね、しぃちゃん。
「旧姓で呼び慣れてるならまだしも、何分こっちは初対面だからなあ。間違うことはないだろ、なあ母さん?」
「ですねえ。むしろ楓の方が気を付けたほうがいいんじゃないの?」
「いやいや、そりゃあ結婚間もなくはあるけど、さすがに呼び間違えたりは。というかそもそも下の名前で呼ぶしね、アタシは」
 名前といっても半分あだ名みたいなもんだけど――とまで思ってから、女の子扱いをしちゃいけないかもなんて思うんだったらそのあだ名も同じくじゃなかろうか、なんてふうにも。今日はもう料理教室もないわけだからまず間違いなく明日の話になるんだろうけど、次に顔合わせたらその辺、お伺いを立ててみてもいいかもしれない。
 しかしそうしてあれこれ考えてみたところ、お母さんからは「いやそういうことじゃなくて」と。
「あっちで暮らし始めてからずっと気に掛けてたみたいだったじゃない、その喜坂さんのこと。感激して泣いちゃわない? 晴れ姿を見ちゃったりしたら」
「さっき泣いたからってそんな。涙腺ゆるゆるになるほど年は食ってないつもりだよ? 三十目前、まだまだこれからよ」
 まあ人生最大クラスのイベントを翌日に控えてこれからも何もあったもんじゃないって話ではあるけど、その辺りを掘り返すと、ね? そのお相手といちゃこらしたくなっちゃうからね?
 と、そんなふうに思う一方で、
「でもまあ気に掛けてたっていうのは確かにそうなんだけどね」
 それについては認めない理由もなく、なので素直に認めておいた。
 しぃちゃん。喜坂栞さん。長い年月を病院で過ごし、そしてそのまま病院で亡くなってしまい、色々なものを抱えた挙句に病院から出られなくなった幽霊の女の子。なんとか説得してあまくに荘に移ってもらって、それで救ってあげられたつもりになったこともあったけど、でも全然そんなことはなくて、だけどアタシにはそれ以上どうにもしてあげられなくて。
 仕事先の赤の他人相手ならいくらでも問題を解決してきたっていうのに、なんでよりにもよって好きな子に限ってそれができないのか。それは仕事でなら「あとのことはご家族で」で済ませるところだったからだけど、まあ、そんなことにすら気付かず随分とそうして自分を責めたりしたものだった。
 何でもかんでもアタシが解決しなきゃならないってわけでもないのに、とそれこそ新しく家族になった男の子が解決してくれた今ならそういうふうに考えられるわけだけど、そうなると逆に何でもかんでも解決しようとしていた自分が酷く傲慢にも思えてこないでもない。しぃちゃんの親にでもなったつもりかと――。
「ああ、そういうことか」
「え? 何が?」
「やっぱりアタシ泣くかもって話」
 それを聞いたお母さんは、「あらあら」と可笑しそうに笑ってみせた。
 まさかそんなはっきり同列のことだと意識しているわけじゃないんだろうけど、もしかしたら椛が嫁に行った時のことを重ねていたりするのかもしれない。まあ、とはいってもこちらの場合は、「親にでもなったつもりか」じゃなくて実際に親なわけだけど。
 そしてその椛だってもうお腹の中に赤ちゃんがいるわけだし、それにアタシだってそう遠くないうちに――なんて考えると、うん、ますます泣いちゃうかもしれないぞ明日は。
 ……というかいっそ、泣いたほうがいいのかもしれない。勘違いに区切りを付けるという意味でも。
 なんてことを考えてしみじみしていたところ、するとお父さんが「おいおい楓」と。
「明日結婚式なのはお前もなんだぞ? 花嫁衣装でいる時なんかさっきまで以上に化粧ガチガチなんだから、泣いたらどえらいことになるぞ。高次くんが可哀想だろう、妖怪みたいなのがお嫁さんなんて」
「お母さん! お父さんがうるさい!」
 というわけで、さすがにお母さんから窘められることになったお父さんなのでした。
 ――で。
「まあ化粧がどうなったとしても、その下の素顔も含めて楓のことは全部知ってますんで」
 フォローありがとう高次さん。でもそれはもういいですから!
 ――でで。
「お父さんの話じゃないけど、楓、自分の結婚式でもあるってことはちゃんと意識するのよ? またとない機会ですもの、勿体無いものね。喜び損ねたら」
 なるほど、それは確かにそうだ。
「分かった、肝に銘じとく」
「はっは、そこまで力強く決意するっていうのもちょっと違うような気はするけどな」
 そう言ってくれるな旦那様よ。アタシはあなたほど柔軟な人間じゃないし、だからこそ柔軟さが求められた時はその出所をあなたに一任しちゃってますからね。宜しくお願いしますよ? これから先ずっと。


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