(有)妄想心霊屋敷

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新転地はお化け屋敷 第四十一章 前日 七

2011-06-05 20:50:03 | 新転地はお化け屋敷
「まーしかしいい天気だね今日は。そりゃあこっちの二人もデートに出掛けたりしますわなあ、これだったら」
 大吾は弄り終えたと判断したか、家守さんの矛先が急にこちらへ。その発言だけなら単にデートに出掛けたということを述べているだけなのですが、では何を指して矛先なんて言葉を持ってきたのかといいますと、口調です。口調が矛っぽいのです。よくあること――どころか、家守さんの場合、そうじゃないほうが少ないような気すらしますけど。
「ああ、デートだったのか。何処かに行っていたのは知っていたが」
 降ろされなかったことに気を良くしたのか、成美さんは単に背負われているという以上に、大吾に抱き付くようにしていました。――と、それはいいとして、やっぱり僕達の外出には気付いていたようでした。耳がいいということなんでしょうけど、お見送りやお出迎えにわざわざ出てきてくれますしね、ちょくちょく。
「何処に行っていたんだ?」
 そりゃまあそういう話にもなりましょう、ということで本格的にデートの内容の話に。ううむ、これが家守さんからの質問だったら胸の内をじりじりさせられてたんだろうなあ。
「三角公園だよ。もう桜は散っちゃってたけどね」
 三角の公園だから三角公園。もちろんそれは正式な名前ではありませんが、そちらの呼び方のほうが知られてはいるんでしょう。僕なんてそもそも、正式なほうの名前を知りませんし。
「あそこか。うむ、二人で出掛けるにはいい場所だろうな」
「ん? オマエもそういうのあんのか?」
 実際に行った者として成美さんの意見に同意しつつ、大吾の意見にもちょっぴりとだけ同意。成美さん、あんまりそういうの気にしなさそうなイメージだけどなあ。
「そりゃあないとは言わんさ。まあそうは言っても、場所を選り好みするというほどではないつもりだがな」
「ふーん……」
 大吾、気があるんだかないんだかな返事。するとそこへ、
「んっふっふ、少なくとも何処かへ出掛けることは確定ですかねえ」
 そんなお言葉が。確かに、言い換えればそういうことなのかもしれません。
「ってことになるんですかねえ、やっぱ」
 大吾はちょっと苦い顔。散歩と買い物以外じゃああんまり出掛けてないもんねえ、ということでいいんでしょうか?
「はは、そう気にするな。そうしたくなったらわたしのほうから言うだろうしな」
「いい女だねえ、なっちゃんは。世の中にはご機嫌取りを強要するような人だっているってのに」
 大吾に気を遣わせようとはしない成美さんを、家守さんが褒め称えました。
 むう、しかしまあ、やっぱりそういうことはあるのでしょう。相手が機嫌を悪くするほどではないとはいえ、僕と栞さんでもそういうことはありますし。
 するとそこへ高次さん、こんな一言。
「楓はどうだろうなあ、それ」
 それに対して家守さん、「どっきーっ」と口で言うのでした。
「……私も言っといた方がいいのかな」
 栞さんが小さくそう呟きましたが、どうもそれは独り言らしかったので、聞こえなかったことにしておきました。
「どっきー……」
 更に小さい声でそう呟いてもいましたが、前にも増して聞こえなかったことにしておきました。
「あの、それでデートはどうだったんですか?」
「どっ!」
 ナタリーさんが話を戻したところ、栞さんが変な反応。言い掛けましたね? どっきーって。間違いなく。
 さすがにそれに気付いたのが僕だけということはなく、みんなの視線が栞さんに集中。すると栞さん、えほんと咳払いを一つ。けれどその割に動揺を殺しきれていない上ずった声で、こう答えるのでした。
「楽しかったよ、孝一くんがもう道に迷って迷って」
 とばっちり、と言い切れないのが悲しいところですが、言い切らない程度には言っておきましょう。それはとばっちりというものではありませんでしょうか栞さん。
「迷った? あれ、孝一オマエ、前に確か一回行ってるんだよな? あの公園。迷うような道ねえだろあそこ行くのに」
 帰ってきたのは大吾のそんな反応。栞さん以外の人には、僕の方向音痴っぷりはあまり馴染みがないということなのでしょう。嬉しいやら悲しいやら。
「それでも迷うのが僕なんだよ、大吾」
「どういう意味だそれ?」
「そのまんまの意味だよ、悲しいことに」
 ――あ、やっぱり悲しいことなんだそうで。
「しかし孝一君、そう悲観することもないんじゃないかい? 少なくとも栞君はそれを楽しんだみたいなんだしさ」
 フライデーさんからそんな慰めのお言葉が。慰めというより本当にそう思っているっぽい口調ではありましたが、それを理解はしつつ、でも慰めだということにしておきましょう。そのほうが気が楽ですし。
「むしろ楽しんじゃった以上、悲観するようなことだなんて言えないっていうかね。それじゃあただの嫌な人だもん、私」
 さっき妙な驚き方をしたことがあっさり話題から外れたせいなのか、言っていることの割にほっこりした顔な栞さんなのでした。もちろんそれは僕の勝手な推測ですが。
「んー、しぃちゃんらしいねえ」
「楓だったら進んで嫌な人になるもんな、そこで」
「はっはっは。またまた言ってくれるねえ、高次さん」
「言わずに聞き逃す方が難しい気すらするしなあ」
 家守さんと高次さんがそんな会話をし始めるのですが、恐らくこの場の全員が、心の中では高次さんの意見に同調しているのではないでしょうか。もちろんそれを表明したりはしないものの、みんなどこか表情がニヤけているのでした。
「ところでしぃちゃんこーちゃん、そっちのデートの話に戻るけど」
「強引ですね家守さん」
「そりゃあそうもなりましょうよ」
 ということで、話題は戻ってデートの話。
「どうだった?」
「ものすっごいぼんやりした質問ですね家守さん」
「そりゃあ慌てて話題修正してるわけだし」
「自分で言っちゃいますか家守さん」
「そりゃあ自分の非くらいは認められる人間でありたいと常々思ってるし」
 それは立派なことなんでしょうけども家守さん。とまあこれくらいにして、話題の中身に参りましょう。方向音痴にさえ触れられなければ、別に話し難く思っているというわけでもないですし。
 ……とは言ったものの。
「何か話すようなことってありましたっけ、栞さん」
「うん、私も今おんなじこと考えてたところ」
 今から話すとはいっても、これまで何も話してなかったというわけではありません。桜が散っていたという話と僕が道に迷ったという話は、既にしているのです。
 ぱっと思い付く他の話としては、偶然出会った異原さんと口宮さん関連の話と、あとは明日のことについて少々相談をしていたことでしょうか。
 しかし「デートの話をしてくれ」と言われているのに大学の先輩の話をするというのも何か違うような気がしますし、明日のこと云々については、こんなところで話すようなことではない気がします。特に後者なんて、家守さんと高次さんもこの場にいる以上、話し始めたら間違いなくその話しかできなくなってしまうことでしょう。
 ……あ、そうそう。初めからデート内の出来事として認識していなかったせいか思い出すのが遅れてしまいましたが、栞さんの実家に立ち寄ったなんてこともありましたっけ。本当に立ち寄っただけですけど。これもまた、今ここでするような話ではないでしょう。
「すっごい考えてますね、喜坂さんも日向さんも」
「そんなにすっからかんなデートだったのかい? まるで私みたいじゃないか」
「あ、フライデーさん、中身ないんですもんね」
「ふっふっふ、身はないがハートはたっぷりだよナタリー君」
「ふふ、ですよね」
「――おお、普通に納得されてしまった」
 というふうにナタリーさんとフライデーさんが時間を稼いでくれていたところ、栞さんが顔を上げ、みんなのほうを向き直りました。どうやら何か思い付いたようです。
「孝一くんに膝枕してもらってたら知り合いの人に見られちゃった――なんてことは、ありましたけど」
 なんでそれを思い付いちゃったんですか栞さん。
「それはキツい」
 その感想こそがキツいです家守さん。
「ううむ、そんなに都合の悪いことか……?」
 本人が気にしないんなら別にいいと思いますよ成美さん。とは、大吾の手前言い難いですが。膝枕とまではいかないにせよ日常的に大吾の膝に座っている成美さんはそりゃあんまり気にならないでしょうけど、大吾はほぼ間違いなく気にするでしょうしね、やっぱり。
 という考証で家守さんからもたらされたダメージを忘れようとしていましたらば、
「知り合いって、どなたですか? 私も知ってる人ですか?」
 ナタリーさんからそんな質問。むしろなんで家守さんと成美さんはまずそっちを気にしなかったんだろうか、などという些細な話はいいとしまして。
「異原さんと口宮さんです。――ああ、口宮さんは後から来ただけで、見られたっていうのは異原さんだけですけど」
「あー、私も会いたかったですねえ」
 ナタリーさん、残念そうに項垂れます。おかげで頭の上に乗っていたフライデーさんが落ちそうになってしまいましたが、しかしフライデーさんは浮けるのであまり問題はないでしょう。「うおっ」って言ってましたけど。
 そうそう。結局異原さんと口宮さんの話になったんだったら、口宮さんが金髪を止めてた、なんてこともありましたっけ。
 ということでその話をしようと口を開き変えたところ、いやちょっと待てよ、と。
「午後から大学なんですけど、ナタリーさん、だったら一緒に来てみませんか? 口宮さん異原さんとも会いますし」
 言葉で説明してしまうよりはそれを知らないまま見せたほうが面白いんじゃなかろうか、ということで。もちろん相手はナタリーさんだけに限られてしまいますが。
 学内に蛇を連れ込むのは禁止、なんてのは明文化されるまでもないようなことなんですけど、それはまあまあということで。どういうことにもせずに考えるのを拒否しているだけ、とも言えたりします。
「あっ、――えーと、でも、いいんでしょうか?」
「気にするこたないさナタリー君、私達だって数回だけとはいえ入ったことはあるし」
 どういうわけかそう勧めるのは僕でなくフライデーさんだったのですが、まあしかしその通り。ここでナタリーさんの立ち入りを非であるとするなら、過去のそんな事例も合わせて非とすることになるのです。そんなに大層な話でもないですけど。
「そ、それじゃあ、宜しくお願いさせてもらいます」
 ナタリーさん、案外あっさりと決意。ならば宜しくお願いされましょう。
 ちなみにですが、僕と同様口宮さんの髪のことを知っている栞さんは、しかしそれを話題にしようとしたりはしないのでした。僕の意図を察して言わなかったか、それともそもそも口宮さんの髪の件を思い出さなかっただけなのかは、もちろんながら判断のしようがありませんでした。
 まあ、逸れてしまったとはいえ元々はデートの話題ですしね。その他に思い浮かべるようなことは沢山あるわけですから、思い出さなかっただけというのも有り得るのでしょう。特には、明日のこととか。
「んでこーちゃん、また話題を戻そうと思うわけだけど」
 逸れてしまいはした話題でしたが、逸れたまま終わってはくれないのでした。
 家守さん、いい笑顔だなあ。

『ただいまー』
 散歩が終わってみんなと別れ、着いた先は204号室。昼食は203号室でと決めてありはしますが、まずはここから冷蔵庫の中身を幾らか輸送しなければならないのです。
「結局、ずっとつつかれ続けましたねえ」
「あはは、ごめんね。私が口を滑らせちゃったから」
 話すようなことがない、と頭を捻ってから持ち出した話題だったからでしょう。あれから散歩が終わるまでずっと、膝枕についての話を振られ続けました。大吾が主導、ジョン達が主役であるはずの散歩なのに、主導は家守さん、主役は僕と栞さんになっていたのです。
「まあまあ、こうして無事に乗り切れたわけですし」
「うーん、話をするだけで無事じゃないってどんな感じなんだろう」
 そりゃまあそうですが、無事なことには変わりありません。というわけで、ぱぱっと作業を進めてしまいましょう。
「それにしてもこうくん、酷いなあ」
「えっ?」
 何かそんなことを言われるようなことしましたっけ僕、ということで冷蔵庫を開け放ったままストップ。ああ結構涼しい。
「黙ったまま会わせてナタリーを驚かせようとしてるんでしょ? 口宮さんの髪のこと」
「ああ、気付かれてましたか」
「そりゃ気付くよ」
 そりゃ気付きますよね。
「まあでも、ナタリーさんより口宮さんのほうが驚くような気はしますけどね。僕がナタリーさんを連れてきてるなんて知ったら」
「ああ、それはそうかも。異原さんは見えるからそうでもないのかもしれないけど」
 と、栞さんは楽しみそうに言うのでした。
 だとしたら同罪じゃないですか? とは、言わないでおきました。
「……それにしてもまあ、今更なんですけど」
「ん?」
「幽霊のこと信じてもらえてよかったなあとは思うんですけど、やっぱり、『よく信じてもらえたなあ』なんてふうにも思っちゃうんですよねえ」
「そうだねえ」
 こんなふうに表現するのはちょっとアレかもしれませんが、異常事態なのです。幽霊が本当に存在していて、しかも目の前にいる、なんていうのは。
 知る切っ掛けが口宮さん本人からの相談事だった、というのが良かったのかもしれません。こっちからいきなり話したんじゃあ頭の中身を疑われるだけで終わりそうですし。
 で、一人に信じてもらえたら、あとはそこからじわじわ広まっていったと。中でも一貴さんは疑う素振りすらないままあっさり信じてくれましたが――あれはまあ、やっぱり稀な例なのでしょう。
「こうくん、今のそれ」
「あ、はい?」
 今のそれ、とは言ってもまさか考えていたことを見透かされたというわけではないでしょう。ならば「それ」というのは口に出した言葉についてなのでしょうが、さて何でしょうか。
「どっちかっていうと、『幽霊と関係がある人』っていうより『自分が幽霊』って感じの言い方だったね」
「あ、いやー……ええと、そうでした?」
 そんなつもりがあったわけではありませんが、しかし思い返せばそんなふうに聞こえなくもなかったかな、と。そんな半端な状態ゆえに「そうです」とも「違います」とも言い返せず、これまた半端な返事にも。
 けれど口調が気遅れ気味だったのは、それだけが理由ではありませんでした。
「ふふ、別に責めてるわけじゃないよ」
「そうですか」
 ほっとしました。ということで、つまりそういうことなのでした。
「少し前までの私だったら責めてたのかもしれないけどね」
「あれ」
 となると――ううむ、本当にほっとしてしまって良かったんでしょうか?
「少し前までは不安に思っただろうしね、そういう話から良くない方向に考えを進めちゃったらどうしようって。でも今はもう、そんな人だなんて、全然思わないからさ」
「ええと、期待に添えられればいいんですけど……」
「いやいや、今までにだって結構添えてもらってるよ? そうじゃなかったら――そうじゃなかったらさ」
 一度言葉を詰まらせ、そして言い直した栞さんはしかし、やっぱりそこから先は言わないまま、抱き付いてきました。
「……言わなきゃ駄目?」
「いえ。すいません、変に弱気になっちゃって」
 そうでなければ、こんなふうにはならないのでしょう。良くも悪くも、そうですらない相手との結婚を望めるような人ではないのですから、栞さんは。
 そう、良くも悪くも。
 栞さんは強い人です。でもその強さが何に対しての強さであるかと言うと、それは自分に対しての強さであって――つまり栞さんは、弱い一面があるからこそ、それを押さえ付けるための強さを持っているのです。
 その強さにこそ惚れ込んでいる僕は、ならばこう思うのです。その強さの手助けが、弱い一面を押さえ付けるための手助けがしたいと。それも一時的にではなく、ずっと。一生を掛けてでも。
 自分に得のある理由ではありません。言ってみればボランティアのようなものです。
 でも、割と見聞きするじゃないですか。「無償の愛」って言葉。自分の感情がそんなに綺麗なものだと思っているわけではないですけど、方向性ぐらいはそれと同じなんじゃないでしょうか。
 好きだから。愛しているから。理由なんて、それくらいしか思い付かないわけですし。
「愛してます」
「私も。……あはは、まさか今言われるとは思ってなかったけど」
 強く抱き合い、愛を伝え合う。しかしその場所は野菜室が開けっぱなしの冷蔵庫の前で、更に愛する女性を抱いているその手には人参が。
 何やってんだって話ですよね、確かに。
「焼き飯でいいですか?」
「うん」

『いただきます』
「――で、どう? 私は自分の部屋だからあんまり分からないけど、食べる場所が違うとやっぱり違う? 食べてる感じも」
「そうですねえ。具体的には言い表し難いですけど、やっぱりどことなくは」
「そっかあ。……いっつもこうくんの部屋で食べてるの、だったらちょっと勿体なかったかなあ。私、すっかりそっちに慣れちゃったみたいだし」
「僕は頷きませんけどね。来てもらえるならそりゃそのほうがいいですし」
「あはは、まあそう言うんだろうね、こうくんなら」
「さすが栞さん、よくお分かりで。なんて冗談はいいとしても、まあ、あれですよ。食べる場所が関係ないってことになったら、所謂『夜景が綺麗なレストラン』なんて何の価値もないってことになっちゃいますし。ちょっと極端な例えではありますけど」
「まあ夜景も何もお昼ご飯だしね、これ。デートしてるってわけでもないし」
「というかそもそも、こんなこと気にするのが僕くらいなのかもしれませんけどね。趣味というからにはこう、偏執的というか、そんな感じだったりもするんでしょうし」
「それで楽しくなれるんだったらそれでいいと思うよ。私だってそれに釣られられるわけだし。……言い難いね、釣られられるって。というか、文法的に合ってる?」
「言いたいことは分かるんですし、まあいいんじゃないですか?」
「そう? じゃあまあ、そういうことで」
「今回も釣られられてくれてますか? 栞さん」
「うん、今回も釣られられてあげられれ――あれ、分かんなくなっちゃった」
「まあ、言いたいことは分かりますけどね」

『ごちそうさまでした』
 僕一人がそう思っていただけとはいえ、いつもとちょっと感じの違う食事が終了。それに加えて、自分で作った焼き飯はともかくやはり栞さんの味噌汁は美味しかったということもあり、豪勢な料理というわけでもないのに大満足です。
「幸せそうな顔してるねえ、こうくん」
 合わせた手を下ろした途端、栞さんからそんな一言。どうやら僕は、普段以上に満足していることが見て分かるような顔になっているようです。普段だって食事の直後はそれなりに嬉しそうな顔してるでしょうし。
「そりゃまあ、幸せですし」
 口にすると大袈裟な台詞でしたが、だからといって嘘ということもないので、ならば気にしないでおきましょう。例えそれがささやかでも、幸せは幸せなのです。
「じゃあ今度はそれに釣られられるぇ――あうう、今度は噛んじゃった」
「早口言葉とか苦手そうですね、栞さん」
「うーん、そんなことないと思うんだけどなあ。そりゃあ得意ってわけじゃないけどさ」
「隣の客はよく柿食う客だ。はい、早口で」
「隣の客はよく柿ぐぃあばっ!」
「え?」
「……ひたふぁんだ……」
 色気の欠片もない悲鳴を上げた栞さんは、口を手で押さえつつ、小さな声でもごもごと。
 ひた――ええと、舌噛んだ、ということでしょうか。
「す、すいません。なんか無理させちゃったみたいで」
 僕が悪いかと言われれば微妙なところですが、原因であることには違いないので、一応謝っておきました。
 すると栞さん、舌の回りを確認するためか、もう少しもごもごしてから言いました。
「そんなことないよ、たまたまだよ。たまたま失敗しちゃっただけだから」
 そういうところも強いんですね、栞さん。それはそれでいいことではあるんでしょうけど、状況的に賛同は致しかねます。
「もう一回、もう一回やるから」
「また噛んだら大変ですし、駄目です」
「むうう、普通に考えたら二回連続で舌を噛む人なんていないでしょ?」
「それを言うなら、噛んだ直後にまたやらせようとする人もいませんし。というか、血とか出てないですか? 今の、割と大層な悲鳴でしたけど」
「……ちょっとだけ血の味はしてるけど。口の中」
「なら尚更駄目です」
「ぬぐぐ」
 勝手に始めてしまえば僕には止められないのに、というのは言いっこなしなのでしょうか。あと、悔しがってる割に血が出てるのを素直に白状した辺りとか。
「まあ早口言葉なんて上手でも下手でも、どっちにせよだからどうしたって話でもありますし」
「そうだけどさあ――いや、うん。あんまりしつこくは言わないでおくよ。痛い目見たのは本当なんだし」
 早口言葉の上手下手より、栞さんのそういうところのほうがよっぽど。
 まあ、言いませんでしたけどね。

 イチャイチャ、と言い表すような内容ではなかった気がしますが、まあともかく食事後の二人きりでのんびりした時間の更にその後。そろそろお時間ですということで、僕は大学へ向かうことにしました。
 もちろんいつものように栞さんが一緒ですが、本日はそれだけではありません。
「宜しくお願いします」
 少し緊張気味にそう言ってきたのは、ナタリーさん。散歩の際の約束通り、彼女も一緒なのです。
 これはこれで「両手に花」というやつなのでしょうか? いやしかし、あまくに荘で花と言うと、よく喋りよく動き、偽りなくそのまんま花な彼が思い起こされてはしまいますが。


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