(有)妄想心霊屋敷

ここは小説(?)サイトです
心霊と銘打っていますが、
お気楽な内容ばかりなので気軽にどうぞ
ほぼ一日一更新中

新転地はお化け屋敷 第三十八章 家族 十一

2010-12-27 20:47:17 | 新転地はお化け屋敷
 こうくんの腕の中でもそもそと体の向きを反転させ、私はその最愛の人を強く強く抱き締めた。するとあちらからも同じくらいの力で抱き返してくれ、そしてその時、こうくんの心臓も高鳴っていることに気が付いた。どうやら、私と同じだったらしい。
 お互いに口を開かず抱き合っている中、その高鳴りから来る強い鼓動は、意識の上でとても目立つものだった。だったら私とおなじく、こうくんだって気にはなっているんだろう。
 ただ、それでもやっぱり、私もこうくんも黙ったままだった。お互いの鼓動が響き合う感覚が、とても心地よかったからだ。もちろん、少なくとも私は、と頭に付けたほうが正確ではあるんだけど。
 しかしどうあれ、私もこうくんも、暫くはそうして抱き合ったままだった。一緒になろうという話をして、口調は落ち着かせていても内心はとてもドキドキしていて、そしてそのドキドキを、心臓の鼓動というあまりにも直接的に過ぎるものを介して共有して。
 幸せだった。そんなことができる人を見付けられたことも、その人が日向孝一くんであるということも。

「栞さん。ええと、これはさすがに気が早い話ってことになるんでしょうけど」
 お互いに相手を強く抱き合っていた腕からどちらからともなく力が抜け、それでも緩くは抱き合っていたところ、一分か二分かぶりくらいにこうくんの声が聞こえてきた。
「なに?」
「一緒に住みませんか、僕達。同じ部屋で、大吾と成美さんみたいに――ああいや、これは余計でしたごめんなさい」
 まだ私が何も言わないうちから謝るこうくん。いつものことだけど、今回は注意したりする必要はないだろう。そのことでこうくんを責めたりするわけではないけど、本当に余計だったからだ。
「大吾くんと成美ちゃんは関係ないもんね」
「ええと、はい」
 202号室の真似をしたいというわけではなく、私達二人の間でだけ考えて、そうしたいと思ったから。動機はこうあるべきだろうし、言い出したこうくんとしても、事実そうなのだろう。だから自分で「余計でした」と言えたわけだし。
「それで、どうですか?」
「そうだね、私もそうしたい。思い付いてさえいれば、私のほうからお願いしただろうなってくらい。――でも、いいのかな。土曜か日曜にご両親に会うって決めたのに、それ以前からそういうことになっちゃっても」
 もちろん、一緒に住むということが即結婚とか、そういうことになるわけじゃないのは分かってる。でもやっぱり、男の人と女の人が一緒に暮らすっていうのはどうしても重大なことになってくるわけで。それは私とこうくんだけの問題ではなく、社会通念上のというか、そういう話になってくるのだろう。
 言い訳をするつもりではないけど、生前にいろいろな経験が不足していた私は、こういうことにはとても疎かった。だからといってこうくんに判断を丸投げするのは嫌だけど、でも、こればっかりは仕方がないとしか言えなかった。
「こうくんに任せてもいいかな、どうするか」
 するとこうくんは困った顔になった。――いや、私に質問をしてきた時には既に今の表情だったので、今になってこう思ったのは、判断を任せたことへの後ろめたさが原因なのだろう。
 こうくんはそれから、たっぷり悩んだ。時間にすれば一分あるかないかだけど、密度は高かったのだろう。ううんううんと、唸り声すら上げていた。
「……止めときます、やっぱり。栞さんが言った通りですし」
「そっか」
 そういうことになったらしい。もちろん残念ではあるけど、判断を任せておいて不満を言うようなことはしない。
「あんまり深く考えずに、そうしたいと思ったから言ってみたってだけでしたし。格好悪い話ですけど」
「格好悪いなんてことはないよ。結局はそれが一番重要なんだし」
 あれがしたいとかこれがしたいとか、あれをしなければならないとかこれをしなければならないとか。まずはそういったものがなければ、どんなことだって初めの一歩は踏み出せないのだろう。しかもそれが、大好きな人が私を指して「同じ部屋で一緒に暮らしたい」なんてものだったりするなら、喜びこそすれ格好悪いなんてことは。
 などと言いながら、しかしそれはさっきの私もそうだった。
「私がこうくんと一緒になりたいって言ったのも、実はそれと同じなんだよね」
 こうくんが自分を格好悪いと言ったのも良く分かる話で、この告白には相当な不安が付き纏っていた。そんなに軽いものでいいのか、と。
「あ、そうなんですか?」
 でも、こうくんの返事も軽かった。私がたったいま、同じことを受け入れたからなのだろう。
「うん。だって自分の家に行ってみるって決めた時にも、行ってみて帰って来た時にも、そんなことはこれっぽっちも考えてなかったしね。前々から決めてたとかじゃなくて、本当にただの思い付きだよ。――って言ったら、聞こえは悪いんだけどさ」
「いや、そんなことは。……なんて、いま栞さんに言われたのと同じことなんですけど」
 私はさっきのこうくんと同じことを言い、こうくんはさっきの私と同じことを言う。なんとも奇妙な遣り取りに、少しだけ笑ってしまった。そしてそうなると、釣られるようにこうくんも。
 でも、その笑いで一息の間が出来たところで。
「今すぐに一緒に住むっていうのは止めておきますけど……って、そうなったからってわけでもないんですけど、栞さん、今日、泊まっていきませんか?」
 その提案には驚いてしまった。今になって驚くようなことでもないんだけど、すっかり落ち着いていたところだったので、不意を突かれてしまったというか。
「泊まっていけ、ぐらい言われても文句はないんだけどね。私としては」
 強がってみた。本心ではあったものの、その本心を浮かび上がらせた頭が慌てていたのは確実だった。慌てながらもきちんとして本心を組み立てられたのは、ファインプレーというものなのだろう。
 そして、それはともかく。
「泊まってい――ええと、泊まっていってください」
 私の言葉を受けて台詞を言い直そうとしたこうくんは、妥協をするに至ったようだった。まあ、そっちのほうが「らしい」のは確かなんだけどね。
「うんっ」
 彼らしい誘いの言葉を嬉しく思いながら、私はその嬉しさを隠さずに頷いた。
 そして、それ以外の嬉しさも同様に。今日はとても嬉しく、とても幸せな一日だった。

 今すぐにそうなるというわけではない。でも私達は、一緒になると決めた。家族になろうと、二人で決めることができた。そのきっかけは私がそうしたいと思っただけのことだったけど、これまでのような「今ではないいつか」という話でなく「今」の話ができる程にそうしたいと思えたのは、ただそれだけのこととはいえとても嬉しく、そして誇らしいことだった。
 しかしもちろん、こんなことを誰かに誇ってみても妙な顔をされるだけなのだろう。なんせ、どこまでいっても結局は「ただそれだけのこと」なのだから。――だから私は、その誇らしさを分かってくれる人にだけ誇ろうと思う。そうすればきっと、その人からも同じように誇ってもらえると思うから。
「私ね、こうくん」
 愛する人の腕の中で、私は囁き始めた。


コメントを投稿