(有)妄想心霊屋敷

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新転地はお化け屋敷 第四十七章 報告 八

2012-05-14 20:56:34 | 新転地はお化け屋敷
「じゃあそれも含めて、お味噌汁のこともう一回訊いてくるよ」
「うん、お願い」
 本当ならその場で訊けばよかったのでしょうが、しかしまああのお二人が今日ここに来た理由を考えると、あの状況に水を差すのはどうかな、なんて思っちゃったわけです。犬だろうが蛇だろうが、幽霊は幽霊ですもんね。
 ……もし動物が苦手だったりしたら、幽霊云々以前の問題になっちゃったりするのかもしれませんが。
 ともあれ今は今すべきことを、ということで火に掛けている味噌汁をゆっくりかき混ぜつつ、しっかり温まるまで見守ります。なんせそれが自分の好きなものというだけあって、調理、というほどの工程ではないにせよ、仕上がりの味を想像させられかつ食欲をそそられます。
 あれだけいろいろな献立を出しておいて一番反応したのが味噌汁か、とは自分でも思うのですが、しかしまあ自分で作ったものにそこまで強く惹かれることは実際、あまりないわけで。それが好きな料理だったりするならともかく。
「大量の豆腐がたまたま用意されてるっていうのは、やっぱりないよねえ」
 好きな料理。僕の場合、それは豆腐の肉乗せです。
 なんせ豆腐と豚肉のミンチ、あと片栗粉さえあればできてしまうので、いつでも作れると言えば作れるものではあります。が、けれどそれがこの大人数分となると、途端にそれは難しくなりもするのです。豆腐の纏め買いって、まあ普通はしないでしょうしね。
 ――とはいえ、万が一豆腐があれば作っていたかと言われればそれもまた怪しいもの。というのも、作り方が簡単過ぎて料理の腕の差なんて全くと言っていいほど表れない料理なのです。それを表すことを期待されてるわけですしね、今回は。
「料理は奥が深い」
 確実にそんな話ではありませんでしたが、取り敢えずそんなふうに呟いてみました。
「え? 何か言った?」
 ら、栞が戻ってきていました。考えごとに意識が向き過ぎていたのか、それとも温められたことで漂い始めた味噌汁の香りに心を奪われ過ぎていたのか、まるで気付きませんでした。
「いやいやなんでもないよ、独り言」
「そう?――それで、お味噌汁だけど」
「うん」
「二人分追加」
「了解しました。となるともう、一人一杯になるかなあ。ちょっと残念」
 というと栞は嬉しそうに照れ臭そうに笑ってみせるわけですが、けれどそれについて特に何を言うわけでもなく。
「どっちかっていうと、楓さんにそうさせられたって感じなんだけどね。道端さんと大山さん」
「させられた? 家守さんにって、どういう?」
「『しぃちゃんのお味噌汁はこーちゃん大先生お気に入りの一品なんだよー』って」
「…………」
 僕まで辱められているような気がするのはきっと勘違いではないと思います。
「僕が『大先生』かどうかを判定してもらうのはこれからなのに」
「あはは、まあそうなんだけどね」
 本当に料理が上手いかどうか確かめたわけではない人の絶賛なんて、どれほどの影響があるというのでしょうか。そりゃあ、なんか、大門さんがいろいろ言ってくれてるみたいではありますけど。
「というか栞、これで僕が大先生……っていうのはもちろん言い過ぎにしても、料理が上手いって判定をもらえたとしたら、栞もそれと同じになるんじゃないの?」
「えっ!」
「だって、『料理が上手い人』が認めるようなものを作れるわけだし。大門さんが僕を褒めてくれたのと同じことじゃない?」
 もちろんそれとは大きな格差がありますが、けれど同じものであることに間違いはないでしょう。
「うわ。――うわ、どうしよう」
 栞は本気でおろおろしていました。
「全然そんなことないのに。たまたまお味噌汁が孝さんの口に合っただけで、他はまだまだなのに」
 まだまだ、というのはさすがに謙遜が過ぎるような気がしますが、それ以前の話してして一つ。
「いや、そもそもそんな大層なもんじゃないでしょ?『料理が上手い』っていうのは」
「それだけならそうかもしれないけど、孝さんが絡んでそう言われるっていうのはちょっとこう、身に余るというか」
 ふむ。
「栞」
「な、なに?」
「ありがとう。とだけ、言っとくよ」
「……うん」
 答えた栞は、躊躇い混じりの笑みを浮かべていました。恐らくは、「それは言い過ぎ」とか、そういった返事を想定していたのではないでしょうか。
 僕だって本当にそう思いはしましたけど、でも、わざわざ実際に言うようなことでもないかな、と。まあ要は気紛れみたいなものです。
「もうちょっと身近なものとして見ておいたほうがいい?」
「そうだね。料理の先生ってだけならともかく、僕、旦那さんなんだし」
「そっか。じゃあそうする――って今すぐには言えなさそうだけど、そうなれるように努力はするよ」
 では僕はそれに力添えをするとして、さてそれは料理の先生としてなのか旦那さんとしてなのか。
 ともあれ、思った通り実際に言わずとも分かっていたことも含め、それはとても栞らしい返事なのでした。
「まあ、これで『お料理が上手い』と思われなかったら、今の話全部ただの空回りで終わっちゃうんだけど」
「あー、確かに」
 要するに馬鹿馬鹿しい話だったということなのですが、それはそれでいいとしておきましょう。大真面目な話だったということだったにしても、それはそれで馬鹿馬鹿しい気がしますしね。
「もう一つの質問も訊いてきたよ。動物が喋ってるのはどうなのかなっていう」
 栞はここへ献立を運ぶために戻ってきたわけで、それを考えればさっさと居間へ戻ったほうがいいのかもしれませんが、けれどもまあ話は続きます。栞だけ戻ったところでどうせ今度は僕待ちになるだけなんでしょうしね。というわけで、温め終えた味噌汁を注ぐために茶碗を出しつつ。
「見たのは初めてだけど、こういった不思議なことは話として何度か聞いてたから、それほど驚きもしないって」
「へー。やっぱり、そのへんは四方院の人だからってことなんだろうね」
「だろうね。まあ、それがなくてもここの話は聞いてただろうけど。成美ちゃんのこととか最初から知ってたんだし」
「あ、そうだったんだ」
「うん。お買い物から帰ってきたあとずっと202号室にお邪魔してたんだけど、そこでいろいろと」
「いろいろねえ」
 というふうにだけ言われてしまうと、その場に居合わせられなかったことをちょっと残念に思ったり。
「人魂三つとか」
「…………」
 居合わせなくてよかった。――と、それにしたって成美さん、そんなこと窺わせすらしないくらい平静だったけど。
「久々だね。なんでまた?」
「話すと長くなるからまた後で。みんな待たせちゃってるんだし」
「そりゃそうだ」
 今更だけどね。とはいえ味噌汁を温めている間に話していただけのことで、話をしなければもっと早く居間に戻れていたというわけでもないんですけど。

『いただきまーす』
「いやーもう朝もしっかり食べてるのにお腹空いて仕方がないよね、日向くんの料理を前にしちゃうと」
「そりゃあ腕の差は如何ともしがたいけど、嫁の料理を前座扱いかね高次さん。ていうか今目の前に並んでる料理にだって少々くらいは関わってるんだぞ、アタシも」
「おっと。――はっは、いやいや、もちろん楓が関わってるの込みで腹減るんだぞ? 特にこの、楓がよそいでくれた米なんてもう」
「どれに関わってるか分からないからそれを挙げるしかなかったってことだね?」
「その通り。だけど逆に考えてみてくれ楓。それってつまり、まだ食べてないから見た目のうえだけとはいえ、日向くんのものと見分けがつかないような料理ができるってことだろう?」
「なかなか頑張るねえ」
「なかなかどころか。全力だとも俺は」
「…………」
「…………」
「んっふっふ、反論も途切れたようですし、どうやら高次さんの粘りがちですねえ」
「はっは、泥仕合ならお手の物ですよ」
「くっ、なんで普通に悔しいんだろう」
「――大山、道端」
「はい」
「は、はい」
「お前達は今日まで高次様と面識がなかったんだったな。勘違いしないように言っておくが、別に楓様の前だからああだというわけではないぞ。普段からああだった」
「……木崎、なんかフォローの方向性が違う気が」
「いやちょっと待った木崎さん! 普段からって、そりゃつまりアタシ以外に女がいたって話かね!?」
「あ、いえ、さすがにそういうわけでは……」
「『さすがに』って! ほどほどにはそんな感じなのか俺!」
「……ともかく、こういう方達だ」
『は、はい』
「アタシまで纏められた!? 高次さんの話だった筈なのに! あ、唐揚げ美味しい」
「ま、今回俺らはメインじゃないからなあ。あ、本当だこりゃ美味い」
「というわけでアタシらは黙って食事に勤しんどくんで、以降はメインの方々でどうぞ」
「どうぞって言われても、オレらどうすれば」
「ふふん、そこは悩むところではないぞ大吾」
「そうなのか?」
「そうだとも。今の状況を見ろ、これはその『メイン』の一人が作り出したものなのだぞ」
「……僕のことですよね、そりゃ」
「食事の場で何かを語るのにお前以上の適任者などいるものか。――もっとも、口で語らずとも、ということではあるのかもしれんがな。見ろあの二人のにやけた面を」
「仕方ないじゃないさなっちゃあん。本当に美味しいんだもんさあ」
「かつての部下にボロクソ言われた後だから、にやけてようがなんだろうがもうどうでもいいしなあ」

 と、いうわけで。
「まあまあ、まずは一口」
 周囲の状況のせいで未だに箸が動いていないご両名に、こちらからそうするよう促していきます。なんとまあ、実に気の毒なことで。
『いただきます』
 さっきみんなと一緒に言った筈の台詞をもう一度口にし、それと同時に丁寧に手を合わせてから、二人の箸が思い思いの方向へ。
 道端さんの箸は唐揚げへ。
 大山さんの箸は味噌汁へ。
 イメージとしては逆のような気がしますが、とはいえしかし、食べる順番と食の好みは必ずしも一致するものではありません。というかこの場合は食の好云々ではなく、それらが「僕の料理」と「栞の料理」であるという点に注目すべきなのでしょう。僕の方は栞と家守さんの手伝いが入っているとはいえ。
 さあ、いかが。
「あ、すごい。お店で出てくるやつみたい」
 なんだか口調が素っぽくなってますが、ともあれ道端さんからはそんな感想が。
 一方で大山さんは静かなものでしたが、しかしそれまでより若干見開かれたような気がする目は、その視線を味噌汁に落としたままだったりします。
「……あ、いえ、すいません。つい思ったままの言葉が」
 ややあって訂正を入れる道端さんは、半分ほど齧った唐揚げを口の中に放り込む直前なのでした。ふむ、普通気付くなら言った直後に気付きそうなものですが、これはあれでしょうか。そうなってしまうほど味に気を留めてもらえたということだったりするんでしょうか。
「個人的には、そのほうが食事の場には相応しいと思うんですけどね。そういうわけにはいかないっていうのは、まあ分かってるんですけど」
 という言葉はあちらを困らせるだけ、というのもまた分かってはいるのですが、けれどそれを圧してでも声に出しておきました。恐らくながら自己紹介の発展形というか、そういうものを求められてるんでしょうしね、この場っていうのは。
 僕の場合、最終的には「栞との関係」が話題になるのでしょう。完全に僕だけの話で済ませてしまうと、幽霊が怖いだなんだの話が全く関係ないままになってしまいますし。
「申し訳ありません」
 というようなことを考えていると、道端さんが頭を下げてきました。
 そうなることが分かっていて言ったこととはいえ、まあ、多少は落ち付かなかったりも。なのでもちろん、こちらからは「いえいえ」と。
「……そういえば、一つお伺いしても宜しいでしょうか?」
「なんですか?」
 何やら尋ねてくる道端さん。そういえば、ということは今の話と何か関係があることなんだろうか? と考えてみる一方、おおあっちから質問が来た、とも。こっちから押し掛けるばっかりだと、やっぱり息苦しいかもしれませんしね。なんせ様付けしなきゃならないようなのが相手なんですし。
 どんな感じなんだろうなあ、様付けで人を呼ぶって。
「大学に通っていらっしゃる、という話は聞き及んでいるのですが、何回生でいらっしゃいますか?」
 えらく地味な質問と言葉遣いのミスマッチ加減が凄いような気もしますが、まあそれはともかくとしておきましょう。
 で、さて。いきなり気になるにしては些細に過ぎる情報ですし、となるとこれは、遠回しに年齢を尋ねられているのでしょうか? 直前に言葉遣いの話も出た、というか出してたわけですし。
「まだ一回生です。この四月に入学したばっかりで」
 つまりまだ酒も飲めない年齢です、というのはまあ、道端さんでなく栞宛の話として。
「そうなんですか!?」
 …………。
 なんでしょう、えらく驚かれてしまいました。老けて見える……なんて言われたことはないけどなあ、僕。
「えーと」
「あ、いえ、大学への通学のためにこのあまくに荘にお引越しなさったということも聞いていたので……ということはその……」
 何に驚いたかの説明をしてくれているらしい道端さんですが、けれど言い難そうに口ごもって肝心の部分が出てきません。とはいえ、少なくとも老けてるという話ではないようで、こちらとしては一応ほっとしておきます。
 で、そうしている間に口ごもった部分が。
「つまり、栞様と初めてお会いになってから、まだ二月程度しか……?」
 ああなるほど、そういう。
 隣の栞も分かったようで、くすくすと笑い始めます。
「あはは、お恥ずかしいというか何というか。知り合ってから二月程度で結婚までしちゃいまして」
 と同じく笑いながら言ってみたところで、おお、想像より早く栞との話になったぞ、と。
 となるとちょっとだけ気合いが入ったりするわけですが、けれど同時に、変に力まないように気を付けたほうがいいかなあ、とも。なんせ栞との話ともなれば、一方的に長々と話し続けられてしまう自信があるのです。
 さっきあっちから質問が出たことを歓迎したばっかりでそりゃいかんでしょう、という話ですしね。
 というわけで栞の話なのですが、さて、どこから話したものでしょうか。
 ――どこから、ということを考えるならばそりゃあ一番初めから順々に当たっていくことになるのでしょうが、しかしながらそうはなりませんでした。というのも、順々に、ではなく、いきなりその「一番初め」に決定してしまったからです。
「今はここでこうして普通に生活してますけど、ここに引っ越してくるまで僕、自分が幽霊を見られるなんてこと、全然知らなかったんですよ。というか、幽霊が本当にいるってこと自体知らなくて」
 というような言い方をしてみるものの、しかしそれは誰がどう考えたって普通なことです。もちろん、大山さんと道端さんにとっても。……まあ、「幽霊に関わるまでは」ということになりはしますが。
 ともあれそういうことなので、そんな話は特に物珍しがられるわけでもなく。
「栞とはここの人達の中で最初に会ったんですけど、その時も幽霊だなんて全然思わなくて。普通に挨拶してそのまま家守さんに会いに行って――」
「こーちゃん気絶したよね、そのあと。みんなが幽霊だって分かって」
 …………。
 オチを先に言われてしまいました。いや、オチと呼べるほど大層なものでもありませんけど。
「ま、まあでもその時だって普通に介抱してもらって、だから怖がるような人達じゃないんだなあって。自分一人で大騒ぎしちゃったもんだから逆に落ち着いちゃったというか……あー、今にして思えば、あの気絶したのがあったからこそすんなり馴染めたのかなあ、なんて」
 今にして思えば。
 そう考えてみると、僕がここに馴染んだ早さはとてつもないものがあったのでしょう。なんせ幽霊です。怖い目に会わされていないからといって即座に心を開けるような相手ではないのでしょう、普通は。
 そしてそんなことを考える僕の目の前にはその実例、開いていない、とは言わないまでも、開き切っていないお二人がいるのです。――いや、もしかしたら「怖い目に会わされている」という可能性だってあるわけで、だとすれば実例どころか僕の場合とは根本的に事情が違うわけですが。
「あの」
 道端さんが口を開きました。がしかし、彼女の目は僕ではなく、隣の栞へ向けられていました。
 ここで自分に話を振られるとは思っていなかったのか、栞、やや面喰った調子で「あ、はい」とだけ。
「栞様から見て、その時の日向様というのは?」
 いやいやそんな初めて会った直後からどうとかってことはないですから。
 ……という話なのか、それとも言葉の上では「栞様から見て」と言いつつ実際は「幽霊から見て」ということだったりするのかは、分からないということにしておきます。
「嬉しかったですよ」
 栞から出たのはそんな返事。しかしどことなく質問に噛み合ってなくないだろうか、とも。
 けれど栞はそんなことに気付かないのか気にしないのか、言葉通りに嬉しそうな顔をしながら返事を続けます。
「実際、その人が幽霊かそうじゃないかで何が違うってわけでもないんですけど、でもやっぱり嬉しかったです。私達のことが見えて、しかも仲良くしてくれる人が引っ越してきたっていうのは」
 その後少々照れたようにしながら「あ、でもまだその時点で好きとかそういうのはありませんでしたからね?」と付け加えたりもするわけですが、なるほど、考えることは同じなんだなと。結婚までしている以上そういう勘違いをされて何を困るというわけでもないのですが、まあ、ねえ?
「そうですか……」
 にこにこ顔の栞に対し、道端さんは表情も言葉も調子を落とした時のそれ。であるからにはそうさせる何かがあるのでしょうが、さてそれは何なのか。
 ……いや、これだろうなと思える程度のものはあります。道端さん自身の幽霊の思い出――思い出、なんて言葉を使うほど綺麗なものではないのかもしれませんが――なのでしょう。
「道端さん」
 呼び掛けたのは引き続き栞でした。
「は、はい」
 それまでと変わらず上機嫌な調子での呼び掛けだったのですが、しかし道端さん、緊張を窺わせるような反応を。
「言いたいことがあったりしたら、遠慮してもらわなくて大丈夫ですよ。というか聞きたいですし、話してもらえるならなんでも」
 にこにこしたままえらく踏み込んでいく栞。「家守さんから頼まれた仕事」に対する意気込みがそうさせている部分はあるのでしょうが、けれど、それだけということでもないのではないでしょうか。
 幽霊に纏わる話です。それが直接栞に関係することでないにしても気になりはするでしょうし、なんだったら「どうにかしてあげたい」とすら思っているのかもしれません。
 何も事情を知らないうちからそこまでするのはお節介というものなのかもしれませんが、けれど少なくとも、そういうふうに出る気持ちは僕にも分かるのでした。
 しかし、ともあれ。
「……ええと」
 そりゃそうもなりましょうというか、困ったような顔を浮かべる道端さんそしてその困った表情はゆっくりと栞から逸れ、少し離れた位置で横に座っている木崎さんへ向けられます。
 その表情が何を伝えようとしているのか木崎さんはすぐに把握した、もしくは初めから分かっていたようで、眉一つ動かさずかつ無言のまま、小さくこくりと頷いてみせるのでした。
 しかしそれは木崎さんだけの話ではなく――とはいっても確証がある話ではないのですが――僕も、分かった気がしました。それが正しかろうと間違っていようと木崎さんのように何かしらの反応を返すわけではないので、結局はどちらでも同じことではあるのですが。
 道端さんがあんな表情を浮かべるわけ。それは、栞の言う通りに「言いたいことがあったりしたら遠慮しない」ということになると幽霊のみんな、いや今回は僕もそこに含めてしまっていいでしょう、そのみんなに対して失礼な内容も含まれてくる、ということなのでしょう。だってそりゃあ、幽霊に対してそういうものを秘めているからこそ「幽霊が怖い」んでしょうし。
 …………。
 そこを考慮してみるならば、失礼な内容、なんて言い方では生温いものがでてきてもおかしくないのかもしれません。となるとさすがにちょっとくらいは身構えたりもするわけですが、けれど木崎さんはもちろんのこととして、話をさせようとしている栞だって、きっとそこについては重々承知の上なのでしょう。
 であるならば、僕はたじろいでなんかいられないわけです。
「日向様はきっと」
 道端さんが語り始めました。
「『普通』からは少し外れているんだと思います。霊能力があるわけではなく、それどころかその時まで幽霊の存在自体をご存じでなかったというのに、あっさりとこのあまくに荘に馴染んでしまわれるなんて」
 ……たじろぐ、どころかよろめきそうになりました。座ったままだというのに。
「外れてますよ、実際」
 栞は実にさらりとそう返しました。
 僕は床に手をつきました。――が、これはあくまでも真面目な話です。なんか面白い感じにダメージを受けている場合ではありませんとも。
「『外れてない人達』は、私達だって何度か見てきてますしね。みんなすぐに別の所に引っ越しちゃいましたよ、今までここに住んだ人達」
 栞が続けてそう言ったところ、すると道端さんは言葉が続かない様子でした。
 失礼な話だと思っていたものがあっさりと受け入れられ、しかもそれに具体例として実体験まで挙げられたとなれば、そうならざるを得ないところではあるのでしょう。
 道端さんが動かないとなれば、栞が更に話を続けます。でも、と。
「当たり前ですけど、だから私は孝さんを選ぶことができたんですよね。あっさりとこのあまくに荘に馴染んで、みんなと仲良くなって、私とも仲良くしてくれて。そうじゃなかったら……まあ、無理ですよね。幽霊がそうじゃない人と恋人同士になるなんて」
「無理です」
 言葉が続かなかった道端さんが、ここで力強く頷きます。
 どうしてそうきっぱりと言い切れるのかは、けれど皆まで語る必要もないのでしょう。
 道端さん自身に無理だからです。
 程度の差をともかくとするなら、幽霊が怖いというのはそれこそ「普通」なのです。道端さんにできないことは、殆ど全ての「普通な人達」にも無理なのです。
「無理です、絶対に」
 道端さんは繰り返しました。強く、けれど一方で悲しそうにもしながら。
「無理な筈のことだったのに、孝さんは私が好きだって言ってくれたんです。いろいろあって私からも無理だって言ってたのに、それを押し退けてまで」
 すると、栞からも拒否していたことが余程意外だったということなのでしょう、道端さんは驚きに目を見開きすらするのでした。
「どうして、そんなに」
「さあ? ふふ、本人に訊いてみましょうか」
 え゛っ!
「え゛っ!」
 今ここで!?
「今ここで!?」
「うーん、今ここでだからこそじゃないかなあ?」
 なんてスパルタなお嫁さんなんでしょうか。
 まあ、告白を断られることを断ってまでして付き合い始め、最終的にお嫁さんにしたのは他ならぬ僕なわけで、だったらそこに不満を持つのはお門違いもいいところなのでしょうが。
 というかむしろ、そういうところが好きだとか、そんな話ですらあるわけですが。


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