(有)妄想心霊屋敷

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新転地はお化け屋敷 第二十三章 思い猫 四

2009-03-06 20:51:31 | 新転地はお化け屋敷
 お爺さんお婆さんと言えば、ナタリーさんやチューズデーさん達が人間に親しみを持つ切っ掛けになった山村夫妻のこと。親しみを持つ切っ掛けになったからには優しい人達で、それは動物相手のみならず、僕も実際に会ったうえでそういう印象を持っている。
 しかしそういう人達ですら、動物と一緒に暮らそうとすると、そういう手段を取らざるを得ない。何故なら人間なのだから。
「ナタリー君」
「は、はい」
「それでも、忘れないで欲しい。爺様婆様はわたし達を愛してくれていた。亡くなって天国に行ったあとでも、わたし達を愛してくれていた。成り行きに任せてわたし達を放置していたなら、それこそ哀沢の男が言っていた猫の赤子の例だ。……どうか、忘れないで欲しい」
「…………ジョンさんは? ジョンさんはどうなんですか?」
 やや間隔を空けて発せられたナタリーさんの言葉は、チューズデーさんの申し出への回答をはぐらかすようなものだった。自分の話ではなく、すぐ傍で丸くなっているジョンの話だった。
 そしてこれには、家守さんが答える。
「うちもお爺さんお婆さんと同じだね。普段、裏庭に鎖で繋いでるでしょ? 散歩だって、マンデーと二人きりの時以外は絶対にだいちゃんがついてるし。それに……」
「マンデーはもう幽霊だからね」
 家守さんが一瞬の躊躇を見せたところへ、チューズデーさんがすかさず付け加える。その後の家守さんはもう何を言うでもなく、つまり、まさしくそれを言おうとしていたのだろう。自由に会える相手については、元々からして子を成せないのだと。
 すると、名前を呼ばれたことに反応したのか、これまでじっとしていたジョンが動く。横たえていた体を起こしてナタリーさんに顔を近付けたかと思うと、自分とはまるでサイズの違う小さな顔へ、頬擦りを。
「ジョ、ジョンさん?」
 誰かと会話をする時にはじっと動かないナタリーさんだけど、さすがにこれには体が揺れる。体格差が大き過ぎるのだ。蛇と犬という異色な組み合わせにもすっかり慣れている僕達からすれば、それは微笑ましい光景。だけど、
「……ごめんなさい、でした」
 その微笑ましい光景を作り上げている本人からすれば、とても微笑ましいと言っていられるような状況ではないらしい。揺れる体がそう見えるというだけなのかもしれないけど、普段なら相手を正面に捉えてじっと動かないナタリーさんの顔は、俯いていました。
「言葉が通じなくて誰ともお話ができないジョンさんでもこんなに優しくなれるのに、なのに私は……」
「そりゃあ違うんじゃないかな、ナタリーちゃん」
 高次さんだった。ナタリーさんが首の向きをそちらへ変え、するとジョンも高次さんの方を向いた後、ナタリーさんに寄り添うようにしてその場に伏せる。
「さっきの猫さんの目的もそれだったけど、話ができない以上、その相手のことはおおよそしか分からないんだよ。子どもを作れなくするとかどうとかだって、もしかしたらジョンは知らないかもしれない――いや、まず間違いなく知らないだろうね、マンデーさんから教えられでもしない限りは。だからジョンは、話ができないからこそ優しいんだよ。今ナタリーちゃんにそうしてるのだって、ナタリーちゃんが落ち込んだ様子なのを感じ取ったからだろうし。……ジョンと自分を比較するのは違うよ、ナタリーちゃん。置かれてる状況が違い過ぎる」
「でも、私……」
「人間と一緒に住んでるからって人間に一切の反感を持たないってわけでもないナタリーちゃんだって、凄い優しいと思うよ、俺は。それを優しくないって言っちゃったら俺、無条件で好きになれって言ってる自分勝手な人間そのものだし」
 人間に反感を持ったから優しくない、と考えるのは、まさしく人間側の理屈だろう。ナタリーさんがそう思ってしまったのはこれまでずっと優しい人間達と接していたからなのかもしれないけど、それでもナタリーさんはやっぱり蛇なのだ。人間ではなく。
 人間を好いていてくれるのは、そりゃ嬉しい。だけどそこに疑問が一つ生じたからと言ってこちらが態度を反転させたとしたら、それは人間を好いて欲しいのではなく、人間にとって都合のいい存在であり続けて欲しいというだけなのではないだろうか?
「……まあ、さっきの怒橋くんを見たからこんなこと言えてるってだけなのかもしれないけどね」
 僕がそうでなかったとは言い切れない。だけど、そうでありたいとは思えない。人間を嫌う人間以外の動物に対して動物を友達だと、ましてその相手の妻を自分の妻だと、言い切った大吾を目にしてしまった以上は。
 ……僕と高次さんの思考は、完璧と言えるほど重なっていたように思える。もしかしたらこの場の人間が全員、そうなのかもしれない。
「反感を持ったまま好きになられて、迷惑じゃあ、ありませんか?」
「迷惑だと答える者がいると思うかね? ナタリー君。好きになるからには、それなりの理由というものがあるだろう」
「……そうですね。わざわざ尋ねることでもなかったです」
 はにかんでいるような声色のあと、ナタリーさんは持ち上げていた首を、傍で伏せっているジョンの頭の上へ降ろす。
「ジョンさんも、ありがとうございました」
 ジョンはぱたぱたと、気持ち良さそうに尻尾を振っていました。

 そうして今夜もまた、栞さんと二人になる時間。人口密度が急激に低下しても部屋内のピザ臭は現状維持を貫いているようですが、まあそれは良しとしましょう。美味しかったですし。窓は開けますが。
「大変な話だったねー」
「大変な話でしたねえ」
 テーブルを挟んで向かい合っての簡単な確認のあと、二人分出していた冷たい麦茶を、二人揃ってずびずびと。大変な話だったからこその息抜きタイム、ということなのかもしれません。自分でそうしておいて「なのかもしれない」も何もあったもんじゃありませんが。
 コツン、とテーブルにコップを置く音が二つ。
「特に大吾くんと成美ちゃんなんて、付き合ってること自体にそれが関わってくるんだもんねえ」
「まあ、普段の様子を見てる分には、そんなこと全然感じないっていうのが正直なとこですけど……」
 それでもやっぱり、当人二人としては考えることもあるんだろうなあ。僕達が普段目にしてるのが、その考えた結果としての付き合いであるってだけであって。
 まあそりゃ、僕と栞さんだって他の人が見てる前で口喧嘩したりはしないんだし。
「栞もそう思うけど、でもそれって二人がしっかりしてるからそう見えるってだけだと思うよ?」
「そうですよねえ、やっぱり。今回は猫さんにその辺を引っ張り出されちゃいましたけど」
 とは言うもののそれは、猫さんのおかげで大吾のそういう面を見れた、と言い換えてもいいくらいだ。もし僕が成美さんの立場で、すぐ隣に座ってる大吾があんなことを言い始めたら。
 ――ああ、さすがに止めとこう。茶化してるわけじゃないけど、どうしてもそんなふうになってしまいそうな気がする。
「なんて言うかねえ」
 恐らくは失礼にあたってしまう妄想を強制終了させたところ、テーブルにぺたんと突っ伏しつつ、脱力気味な声の栞さん。
「猫さんからの質問の返事、全部大吾くんに任せちゃった自分がちょっと情けないよ。栞だって、ジョンやナタリーやチューズデー達と一緒に暮らしてるのは同じなのに」
 それを聞くと僕も栞さんと同じような体勢になりたくなり、なのでその欲求のまま、ぺたんと。
「ですよねえ。いくら成美さんと付き合ってるっていう状況の違いがあっても、あそこまでの差を見せ付けられると……」
 僕だって、と言うか僕達だって、動物が嫌いなわけじゃない。僕に限って言えば歴然と好きってわけでもなかったけど、ここに引っ越してきてからについて言えば、好きだと断言できる。なんせみんな良い人達(人ではないけど)だからだ。元から動物が極端に苦手だという事情でもなければ、好きにならざるを得ないのだろう。
 しかしそう断言する僕ですら、さっきの大吾と比べてしまうと、こうして潰れる有様だ。
「人間と人間以外の動物の差、かあ」
 潰れたままの栞さんが、潰れたままの声で言う。
「意識してるつもりがなくても、気付かないところでやっぱり出てくるんだねえ。……避妊処置とかがあるっていうのは知識として知ってるはずなのに、猫さんに言われるまで抵抗なかったもん、全然」
「ですよねえ。むしろ動物を飼うならそうする義務がある、くらいの勢いだったりとか」
「だよねえ」
 面倒を見切れない赤ちゃんを捨てるようなことにならないための処置。そう言ってしまえば動物のことを考えているように聞こえるけど、でも、無理矢理に子どもを作れなくされると考えてみれば、やっぱり乱暴な話だ。
「……ねえ、孝一くん」
「はい?」
「もしもここに大吾くんがいなかったら、ナタリーはまだ、人間のことを好きでいてくれたと思う?」
「…………」
 どう、なんだろう。

「そんな、嫌いになんてなりませんよ」
「そうですか? それは良かった」
「確かに驚きましたし、ショックでした。でも、だからってこれまで人間に良くしてもらった思い出が嘘になるわけじゃないですから。お爺さんお婆さんも、動物園の人も、ここの皆さんも、私は大好きです。人間が動物に何をしていたとしても。……哀沢さんの旦那さんが、人間を嫌いだったとしても」

「……なんかオレ、みんなの前で大真面目に『妻です』とか言ってたよな……」
「なんだ、後悔でもしているのか? わたしは嬉しかったが」
「ああいや、そりゃ後悔ってほどの話でもねえけどさ。……ぶっちゃけ、付き合い始めてからそれほど日が経ったわけでもねえだろ? そこまで格好つけていいもんなのかっつーか、単純に恥ずいっつーか」
「恥ずかしい? またしてもよく分からんことを言う。妻を妻と呼んで何が悪い? むしろそれ以外にどう呼ぶのだと――ああ、名前があるのだったな人間は」
「あ、は、はい。普段は成美って呼んでますから……」
「しかし、名前も結局は呼び方の一つだろう? こいつを成美と呼ぶか妻と呼ぶか、そこに何の差があるんだ? 俺にはまるで分からん。それとも俺はまだ名前というものを理解できていないのか?」
「いや、旦那サンの言う通りなんですけど……あー、何て言えば……」
「ふむ、猫も人間も経験したわたしが考えるにはだな――。ああ、その前に一つ訊いておきたいのだが」
「なんだ?」
「お前、今でもまだわたしを愛してくれているか?」
「当たり前だろう。そうでなくなるような理由が何一つないんだからな」
「うむ、ありがとう。そこでもう一つ質問だが、わたし以外にも愛した女はいるだろう? それについてはどうだ?」
「答えは同じだ。……何が言いたいんだ? 一体」
「知っているか? 人間はそれができないのだ。まあ全ての人間がそうだとまでは言い切れんのだが――人間はただ一人の相手をだけ、夫または妻とするのだ」
「一人の相手をだけ、だと? それじゃあまるで」
「そう、わたしもそうだった。お前をだけ愛し、お前の子をだけ産み、そしてそれを幸せであると感じていた。おかげで、猫の中では変わり者扱いだったがな」
「ふ、それ以前からはぐれ者だっただろう、お前は」
「はは、そう言えばそうだったな。隣に誰かがいることの嬉しさを教えてくれたのはお前だ。いくら感謝してもしきれないな。そしてそのおかげで、今でも隣に愛する男がいる。……ただ一人をだけ、と決めていたつもりだったのだがな」
「お前が幸せだと言うのなら文句はない。たとえその想定外の男が人間でもな」
「ふふっ、ありがとう。……しかし少し話が逸れたな、戻そう。あー、わたしの場合は『変わり者』で済んでしまうことだが、人間の場合はそれが普通なのだ。初めからそういう動物なのだ。すると、どう違ってくると思う?」
「…………」
「わたしがお前だけを夫としようと決めたのは、お前を愛したその後だ。だが、人間は初めからそのつもりで相手を探す。つまり、ただ一人の伴侶をだ。ならば慎重にならざるを得ない、とは思わんか?」
「それはまあ、そうなるだろうな。しかしだからと言って、俺達は妻を――または夫を、適当に決めているつもりなどないぞ」
「それはもちろんだ。自分がそうでなかったとは言え、わたしにだってそれは分かる。お前がそうしてわたしを選んでくれたと知っていたからこそ、わたしは『お前だけを』と思えたのだからな。だから慎重に決めようとするその更に先の――取り越し苦労と言ってもいいかもしれん。人間には失礼な話だが」
「あ、や、オレは別にそんな」
「……長々語った結論がこれでは拍子抜けかもしれんが、取り越し苦労だよ。大吾がわたしを妻と呼ぶのに抵抗があるというのは」
「理屈は分かったが、しかしどうにもまだるっこしいようにしか思えんな、俺には」
「まあ、そう言ってしまえばそうなのだがな」
「……なんか、すんません」
「しかしな、そのまだるっこしさが心地良かったりもするんだよ。それに実際のところは、真っ直ぐに想ってくれているのさ。お前の問いに答えた時のように」
「ふん、人間全体に言えることだとは言い切れんがな。なにせ、人間だというのに猫を妻だと言い切るような男だ。例外と捉えてしかるべきだろう」
「人間全体についての考え方を改めろとまでは言わないさ。わたしだって、まだ人間として過ごし始めてたったの一年だ」
「…………」
「……ただ、今でもわたしを愛してくれているお前に、わたしがもう一人愛する男を、認めて欲しいとは思う。人間嫌いを直せとは言わない。怒橋大吾という個人を、好きになってもらいたい」
「…………」
「…………」
「…………」
「…………」
「……俺が返事をしない時がどういう時か、忘れてしまったか?」
「忘れるものか。嬉しくて言葉に詰まっていただけだよ」

 もし大吾がいなかったらどうだったか。
 そんな疑問に暫くテーブルへ体重を預けて潰れていた僕と栞さんですが、このまま潰れ続けていても何がどうなるわけでもありません。しかしそもそも、何をどうしたいのかもはっきりしてなかったりしますが。
 ――というわけなのでよれよれと体を起こし、すると栞さんの体もよれよれと起き上がってきたので再び、向かい合う形に。
「それでも栞は――それに孝一くんだって、好きだよね? みんなのこと。もし嫌われちゃったとしても」
「はい」と、こればっかりは不安が表に出ないよう、力みすらしながら頷いた。動物に対しての意識、それについてのもろもろを除外して単に好きか嫌いかと言われたら、僕は間違いなく好きだ。成美さんもジョンもチューズデーさん達も、それにナタリーさんだって。
「もし嫌われたとしても、それってこっちが嫌う理由にはならないですもんね。仲直りしたいって考えますよ、普通は」
 もちろん、「そもそも嫌われるようなことはないのだろう」と楽観視しているところはある。なにせ今までずっと、何の問題もなかったんだから。
「だよね。……って、分かり切ってるよねこんなの。変なこと訊いちゃった」
 確かに、分かり切ったことだと言えばそうなのだろう。だけど実際に口にするのとしないのでは、やっぱりその後の気持ちが違ってくる。実際、少しだけ気が楽になった。
 まあ、恥ずかしそうに微笑んでいる栞さんがそれを意識していたのかどうかは、分からないんですけどね。
「今ここには孝一くんと栞しかいないからここまでしか言えない、っていうのもあるけどね。栞達がそういうふうにみんなと接して、それでみんながどう思うかは、やっぱり本人じゃないと分からないし」
 本人じゃないと分からない、か。
「そう言えば、どうしてなんでしょうね?」
「ん?」
 何の気なしに疑問が浮かんだということだけをぱっと口にした僕へ、首を傾げる栞さん。
 そりゃそうですよね、ということで、疑問の中身の説明へ。
「猫さんは人間がその、避妊処置とか赤ちゃんを捨てたとかで人間が嫌いだって言ってましたけど――」
「うん」
「でもその状態でまだ人間と一緒に暮らしてる猫、と言うか動物だって、やっぱりいるわけですよね? 動物の立場になれば酷いことなのは間違いないのに。それが、どうしてなんだろうって」
「うーん……」
 もしかしたら、自分がそうされていることに気付かないまま、ということだってあるかもしれない。だけどまさか、それが全てだというわけでもないだろう。猫さんにこのことを教えた「人間と一緒に暮らしていた経験のある変わり者」さん達は、気付いたのだから。
「やっぱり……それでも一緒に暮らしたいって思ってくれたから、なのかな」
 相当自信なさげに、栞さんが答えた。しかし自信なさげとは言っても、やはりそういうことなのだろう。他のどんな条件が重なろうとも大元にそれがなければ、一緒に暮らし続けることにはならないのだろうから。
 ……一緒に暮らしたくなくても逃げることができない、ということも多々あるんだろうけど、それは一緒に暮らすということにはしないでおく。と言うか、したくない。
「こんなこと言っちゃうと、それってまた人間的な考え方なのかもしれないけどね」
 困った様子で薄く笑う栞さん。だけどもちろん、内心は笑ってなどいないのだろう。
 酷いことをしておきながら、一緒に暮らしたいと思ってくれていると言う。確かにそれは人間的な考え方だ。だけど――
「人間ですからね、僕達」
 励ましにも慰めにも気休めにもなって欲しいとは思わないけど、でもそれが現実だったりもする。人間である以上、人間的な考え方からは逃れられないのかもしれない。
「大吾くん、やっぱり凄いなあ」
「ですねえ」
 言いながら、再びテーブルへ突っ伏した。僕も栞さんも。へなへなと。
「……でも、一緒に暮らしたいって思ってくれるんなら、できるだけでもそれに応えていきたいな。栞も」
「こっちだって同じですもんね。一緒に暮らしたいと思ってるのは」

「いやーしかし、まさかあそこで高次さんが出てくるとは思わなかったよ」
「あそこって……えー、ナタリーちゃんと話したとこ? いや、誰でも言えそうなこと言っただけだし――って、俺がなんか真面目っぽいこと言うの、そんなに意外? ショックだなあ、なんか」
「意外だけど、悪い意味でじゃないよ? だって高次さん、ナタリーとはぶっちゃけ会ったばっかりだしさ。――と言っても、アタシ等だってまだ一週間だけどね」
「ありゃ、そうなの?」
「そうなの。前にいた場所がよかったのか、するっと馴染んでくれちゃったから……と、今は高次さんの話なんだっけ?」
「酷いなあ、扱い」
「キシシ、愛情の裏返しと捉えていただけたら幸いだね。とまあこれくらいにして。――誰でも言えそうなのは間違いないけど、言ったのが高次さんだってのも間違いないんだよ? 何かあったのかな? 思うところとか」
「そう訊いてくる楓こそ、もう見当付けてたりしないか?」
「シッシッシ」
「ふっふっふ。…………まあそりゃね、そりゃ思うさ。酷いことをされてもまだ人間を好きでいようとした例が、すぐ傍にあるんだし。違うのはその人も人間だった、ってだけで」
「『だけ』で済ますには大層な違いだと思うけどねえ。ちなみに一時期、その人は酷いことをする側でもあったりしなかった?」
「ほーらやっぱり見当付けてた。しかも当たってるし。……まあ察してちょうだいよ。楓の実家が嫌がらせされるようになったのって、俺と付き合い始めたのが原因なんだし。負い目なのよ、やっぱ」
「過去の話過去の話。流せって言ったら、そりゃ無理な相談なんだろうけどねー」
「収まってくれたのがせめてもの救い、だな。――んで話戻すけどさ、俺はこう思うわけ。人間と人間以外の生き物であろうが、人間と人間であろうが、他人同士なのは同じでしょって。話をしなきゃ相手のことをなかなか理解できないってのも、同じだわな」
「まあ、話を聞かなかった覚えも話を聞いてもらえなかった覚えもある身としてはねぇ。ヤな話だけど、頷かざるを得ないというか」
「でも、話をして理解した結果むしろ相手を嫌いになることもあるし、逆に話ができなくても相手を好きになることはある。だろ?」
「まあ、ね。前者は社会のあちらこちら、後者はジョンとかね」
「だから好きになれるかどうかって点だけを見た場合、話ができるかどうかは関係がないわけだ。でも当然、過程も事情も違ってくるだろ?」
「そりゃあね。話ができるのに敢えてしないとかだと、その時点でなんかもう感じ悪いし」
「元々は好きだったのに、後になってその好きな相手についての嫌な話を聞かされたりね」
「……なるほど、ナタリーの話になるわけだ」
「そ。とまあこんな思考回路を経て、ナタリーちゃんに一言物申してみたわけです。好きでいてくれりゃあそりゃ嬉しいけど、ジョンとは違う立場から得た嫌な情報はちゃんと嫌な情報として持って、そのうえで好きで欲しいって。嘘の情報だったりはしないわけだし」
「好きっていう結果はもちろん、好きになる過程と事情も大事にしてくれってことね。結果と相反するようなことがあっても」
「そうそう。好きな相手だからって、全て丸ごと好きになるわけじゃないしね。んでさっきも言った通り、それは何も人間と人間以外の動物に限ることじゃないわけ。なんせ俺がああいうこと言ったのの大元にあるのが、楓と俺の事情だったんだし」
「……なるほどねえ。誰でも言えることを言うまでの過程と事情もまた、人によるわけだ。ところでその後半、高次さんから見たアタシにも当て嵌まるんだよね? 良かったら聞かせてもらいたいところだね、好きじゃないとこ」
「好きじゃないって声を大にして言い切るほどのことでも、ないんだけどな……。まあ、もうちょっと、俺の扱いを良くして欲しいかな?」
「ありゃ、結構真剣に傷付けちゃってた? だとしたら、善処させてもらうよ。ごめんね」
「ああいや、だからそれほどのことでもなくて……あー、こんな調子だからこんな扱いなんだろうなあ、俺。自業自得かあ」
「そういうところが高次さんのいいところなんだよ。――って今言ったら、さすがに怒る?」
「それが嘘だったらね。でも楓、嘘はつかないだろ? 誰相手でも。……まあ、だから対応に困ってたりもするんだけど。真剣に言えばいいのか軽口っぽく言えばいいのか」
「自分でもねえ、そろそろ年甲斐もなくイチャイチャしてばっかりってのはどうかと思ってたりするのよ、これが。でもどうにも、頭の中身が年甲斐のないままみたいでねえ」
「んー……俺が思うに楓は、人との係わり合いにちょっと臆病になってるんだと思う。色々あったから。だから誰にでも優しいし、嘘をつかないってのも、怖くてつけないって部分があるんじゃないか?」
「……そうなのかねえ、やっぱ。昔みたいなのはもう御免っていうのは、確実にあるし」
「じゃあそこだな、俺が楓に変わって欲しいところ。――大丈夫だよ、優しく振舞う理由が変わったくらいじゃあ誰も楓を嫌いになったりしないし。それに俺だって、年甲斐のない掛け合いがなくなったとしても愛してるしね、楓のこと」
「そっか。……そっかあ。ありがとう高次さん、頑張るね、アタシ」
「ああ、頑張れな。――良かった良かった、真面目な話しても意外がられずに済んだみたいで」
「嬉しかったからね、今のはさすがに。……でもまさか、ナタリーの話からこんな展開になるなんてねえ」
「人対人も人対蛇も、問題の根っこは同じってことだな。――と、自分が言った内容にこじつけてそれっぽくしてみたり」
「そこで冗談ぽく締め括っちゃうから、今の扱いなんだと思うよ」
「ありゃま」


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