(有)妄想心霊屋敷

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新転地はお化け屋敷 第三十五章 そういう生き物 三

2010-06-08 20:48:35 | 新転地はお化け屋敷
 高次さんがハンバーガーをもぐもぐと咀嚼し始め、するとまた成美さんが動きました。
「大吾」
「ん?」
「あーん」
「そんな怖い顔でやることじゃねえだろ。つーかなんで張り合うんだそこで」
 しかも、成美さんが差し出しているのは自分のハンバーガーでした。大吾が自分の分をさっさと食べ終えちゃってるんで、張り合うためにはそうするしかなかったんでしょうけど。
 ……いや、まだ食べ終えたのはハンバーガーだけですし、それに大吾の言う通り、そもそも張り合う必要性が全くないわけですけど。
「そういえば、それもそうだ」
 言われて初めて気付いたらしい成美さん。というのは恐らく、恥ずかしさからちょっとした混乱状態に陥っていたんでしょう。
 大吾のおかげでそれが解けた後は、ピクルス抜きのハンバーガーをぱくぱくと。照れが抜けきらないのか無言ではありましたが、美味しそうにはしていたので、ならばそれはそれで良しということにしておいて問題はないでしょう。
 さて、成美さんが無言になり、ならば車内は静かだったのかというと、そんなことはありません。
「ケケケ、HARDだよなあ味覚ってのは。他のヤツが美味そうに食べてるものでも、自分だってそうだとは限らねえんだもんな」
 それはサタデーからの意見だったのですが、そんなふうに捉えてみれば確かに面倒なものなのかもしれません。まあ実際のところ、見た目がよっぽどな食べ物でもない限り、初めて口を付ける時点で「これは自分の味覚に合うだろうか」なんてことはわざわざ考えないんですけども。
「でも食べ物の好みが、例えば今の哀沢さんみたいにハッキリ分かれるのって、人間くらいじゃないですか?」
 今度はナタリーさん。そうなんでしょうか、と考えてみましたが、まあ確かにそうかもしれません。浅い知識で考える限りですが、何を食べるかというのは、動物の種類ごとに結構決まってますし。
 物凄く大雑把に言えば、ハッキリと分かれる肉食動物と草食動物なんかもそうでしょう。
「食うもんの幅が広過ぎるからじゃねえか?」
 僕も含めた人間勢が頭を捻っている中、一番初めに発言したのは大吾でした。
「逆に何だったら食わねえんだってくれえ色んなもんを、しかも色んな味付けして食ってるんだし。そんなだったら個人個人の味覚に合わねえもんの一つや二つはあるだろうよ、そりゃ」
 料理をしている者としては納得せざるを得ない理屈ですが、別に料理をしていない人でもそうなのかもしれません。成美さんが美味しくなさそうな――言ってしまえば不味そうな顔をしたピクルスだって、どこかの誰かが美味しいものとして作り上げた食べ物なのです。
 するとここで、これまでニカニカと笑んでいた口元を今度はへの字にしながら、またもサタデーが言いました。
「んー、俺様からすりゃあ味覚ってもんがあるだけでもMYSTERIOUSなのに、しかもそこで人間と人間以外に分かれちまうのか? 訳分かんねえゼ、正直」
「んっふっふ、そういうのはお互い様ですけどね。私達だって、植物のことで理解できないことは沢山あるでしょうし」
「ああ、そりゃそうだろうな」
 人間以外の動物のことですら分からないところはあるわけで、ならば動物ですらなく植物となれば、より一層です。何を理解できていないかすら理解できていない、というようなこともあるのでしょう。いや、僕なんかだとそれが当たり前ですけど。
 当たり前だと開き直ったところで、ならばそれを尋ねてみましょう。
「理解できないことっていうと――サタデー、土の中に埋まってる時って、どんな感じなの?」
「そうだなあ。どんな感じかって言われたら良い気分ってことになるけど、それじゃあ説明としてはちょっと足りねえよな」
 そこまで頑張ってもらうつもりはなかったのですが、どうやらサタデーにとっても言葉にし辛い感覚なようです。……と思ったら、
「頭がぼーっとするくらいRELAXする時って、人間だとどんな時だ?」
 どうやらサタデー、人間の気分で例えようとしてくれているようでした。もう「頭がぼーっとするくらいリラックスする」で説明になってるような気はしますが、せっかくの心遣いを無下にすることもないでしょう。
「頭がぼーっと……布団の中でいい感じに眠くなってる時とか、かな」
「じゃあそれだ。人間で言う『布団の中でいい感じに眠くなってる時』だな」
 果たして本当にそれでいいのだろうか、とは言いますまい。どうせ、サタデーの言葉以上に信頼できる情報なんてないんですし。
「じゃあ、土に埋まってる植物ってみんなぼーっとしてんのか?」
 大吾……。いや、いいんだけどさ。
 けれど僕の感想とは逆に、サタデーはにかっと白い牙を剥き出しにしました。
「土に埋まらなくなった俺様はそう感じてるってだけだゼ。他の奴らにとっちゃあ土に埋まってるのが普通なんだし、じゃあそれはぼーっとしてるんじゃなくて、普通の気分ってことになるだろ?」
 まあ、そうなるのでしょうか。
「立ってたり座ってたりしてる時に特別どうだってのはねえもんな、オレ等だって」
「ケッケッケ、俺様からすりゃあ贅沢な話なんだゼ? 自分の意思でWALKできるのが普通ってよ」
 そう言っているサタデーだって、今では自分の意思で歩き回れるのですが――それでもやはり、生まれた時から「足」がある人間、ひいては足を持つすべての動物ほどには、歩くという行為に慣れ親しんではいないようです。
 とはいえそれは心情面での話であって、もちろんながら動作自体は慣れたものなんですけどね。多数の茨でウネウネ歩くのって、二本足の人間よりよっぽど複雑な動きですし。
「んっふっふ、しかしあれですねえ」
 どれでしょうか清さん。
「これから植物園へ行くというのに、それよりよっぽど勉強になりますね」
 植物園へ行く目的が勉強のためだなんて発想、僕にとっては小学校の遠足以来なのでした。しかもその当時ですら、結局は友達とはしゃいでただけですし。――というような話はどうでもいいとして、清さんの言葉を受けて悔しそうな声を発したのは、運転中の高次さん。
「俺も集中して聞きたいなあ。やっぱ怖いですよ、慣れない車でしかも雨降ってるって」
「おや。だったら高次さん、運転代わろっか? どっか適当な所に停めてさ」
「いや、そこまではしないけど」
 意地悪でない単純な親切心を覗かせた家守さんでしたが、しかし高次さんはそれを拒みました。家守さんに任せるのが不安だとか、そういうふうに考える理由は特にない筈なので、ならば高次さんのそれもまた親切心だったのでしょう。
「ま、土に埋まってるとかWALKできるとか、そんなのはSMALLなことなんだけどな」
 前方座席での遣り取りを聞き流したように話を進めるサタデー。しかし、その顔は明らかにその前方座席へ向けられていました。
「そうなの? じゃあ、小さくないことって?」
 栞さんが尋ねると、サタデーはニカッと口の両端を持ち上げ、白い牙を覗かせながらこう答えました。
「一番BIGなことって言やあ、自分以外の生き物を他人として認識できるかできないか、だな。やっぱ」
 何と言うか、えらく難しそうな話が出てきました。確かに「小さくないこと」ですが、いくら一番だからって大き過ぎるような気もします。
「まあでも、高次がPITYだし、話は後にさせてもらうゼ」
 英単語の意味はさっと出てきませんでしたが、今の状況で高次さんの名前を出し、しかも話を後にするということになると、言いたいことはまあ分かります。運転のせいで話に耳を傾けられない高次さんに配慮してのことなのでしょう。
「何だっけか、ピティって」
 大吾が誰にともなく呟きました。
「不憫に思うとか気の毒に思うとか、ですねえ」
 清さんが答えました。
「……そこまで言われると、逆に何だか泣けてきます」
 高次さんが肩を落としていました。

「うーむ、これはちょっとしんどいねえ」
 清さんが調べ出してくれた植物園。見付けたところがたまたま近かったのか、それとも近いところから探してくれたのかは分かりませんが、ともかくそう時間も掛からないうちに到着しました。お疲れ様です、高次さん。
 で、一体何が家守さんに「しんどい」なんて言葉を使わせたのかというと――まあ、大したことでないと言えば大したことではないんですが、駐車場から館内への入り口まで、少々ながら歩かなくてはならなかったのです。そしてもちろん、まだまだ雨は降っています。
「傘は一応全員分あるけど、濡れちゃわないように各自気を付けてねー」
 言われるまでもないことではありますが、まあしかし男性陣はともかく、女性陣のスカートというのは、こういう時に不利かもしれません。ちょっとした差ながらも確実にズボンより横幅があるので、ならばその分だけ雨に打たれやすい筈なのです。まあ、男から見た感想でしかないんですけど。
 ところで、女性陣と言いはしましたが家守さんはズボンです。さすがに外出時まであのホットパンツということはないですし、仕事着のスーツ以外でスカート履いてるところなんて見たことないですし。
「ケケケ、ご苦労様だなお前ら」
 家守さんの言葉を聞いて、何やら皮肉めいた言い回し。しかしそんなサタデーへ、大吾がこう言い返しました。
「いや、オマエも濡れちゃ駄目だぞ」
「WHAT? なんで俺様まで?」
「オマエ自身が濡れるの気にしなくても、濡れたオマエが歩き回ったら館内の床がビチャビチャになるだろ。お前の茨、ただでさえ水吸うんだから」
 靴の底が濡れるのとは、わけが違うんでしょう。なんせ根っこの代わりにもなる茨であり、根っこというのは水を吸う器官なわけですし。きっと保水力もバツグンです。
 雨の中を歩きたかったのでしょうか、サタデーは見るからに不満そうな顔でした。が、大吾は遠慮なく「中に入るまで、オレの背中にでもひっついとけ」と、サタデーが濡れないための案を言い渡すのでした。

 車を降りてからここまで、ジョンの背中に乗っていたナタリーさん。ドッグランの前に着いたところでそこから降り、手を差し出してきた成美さんの肩に乗り換えました。
「行ってきますね、ジョンさん」
「ワフッ」
 ここまでジョンと一緒に来るためにこの植物園を選んだわけですが、それでもやっぱり、入園とほぼ同時に別れるというのは少々寂しい話です。けれども仕方のないことなので、割り切るしかないでしょう。
 ところでそのジョンが入ることになるドッグランですが、僕達と同じような考えを持った人がいるということなのか、こんな天気の割にはそれなりに利用されているようです。まだ中に入ったわけではありませんが、複数の鳴き声が耳に届いてきます。
「いい子にしてるんだよ?」
 大吾の代わりにジョンのリードを握っている家守さんがそう言いながら頭を撫でると、ジョンは無言のまま尻尾を振りました。いい子にするまでもなくいい子ですし、そもそもそれ以前にジョンは子どもではなく大人なのですが、まあそこのところに突っ込む人はさすがにいません。
 というわけで、ドッグランの中へ。家守さんとジョンだけが入ればそれでいいのですが、何となく僕もご一緒してみました。まあ僕だけじゃなくて、結局は全員が入ってきちゃってますけど。行ってきますと言ったばかりのナタリーさんでさえ。
 それはともかく、規則としてドッグランに預ける犬は預ける前に暫くドッグラン内を散歩させなければならないんだそうです。興奮を治めるためなんだそうですが――それもそうですよね、多数の知らない犬と同じ場所に預けるわけですし。
 係員さんはもちろんいますが、しかしその係員さんにに面倒を見ていてもらうというわけではなく、預けられた犬は中で自由にしているようでした。なるほどだからドッグランって名前なのか、と割とどうでもいいことに納得したり。
 というわけで暫くの散歩を始めるのですが、そこで嘆息交じりに呟いたのは栞さん。
「広いねえ」
 仰る通り、えらい広いです。多数の犬を自由に走り回らせるんだから当たり前と言えば当たり前かもしれませんが、これだったらそりゃあ清さんが室内のドッグランについて「滅多にないだろう」と言ったのも頷けます。ちょっとした体育館並の広さですし。
「子どももいるな」
「いや、多分あれ、もう大人だぞ。ちっこい種類だってだけで」
 成美さんが関心を持ったのはジョンより先にここを利用している他の犬達でしたが、大吾からすかさず訂正を加えられました。
 成美さんがどの犬を指して話しているかは、子どもっぽい犬というのが一匹しか見受けられなかったのですぐに分かりました。その子どもっぽい犬、キャンキャンとそれこそ子どもっぽい声で吼えて――というほどでもなく、抑えられた声量で鳴いているのですが、しかしそれは何に対してのものなんでしょうか? どうも、他の犬に対してというわけではなさそうですが。
「あれでか? ふうむ、ジョンと比べると随分なあ」
「ジョンは逆にデカいほうだしな」
 ピンとキリと比べれば、そりゃあ差は大きくなるでしょう。しかしそれを考えると、子どもか大人かを抜きにして「あの犬がここにいて大丈夫なんだろうか?」と思わせられました。他の犬と喧嘩にでもなったら大変なんじゃないでしょうか。
 そんなことを気にしているうち、散歩の時間が終了。
「じゃあ、宜しくお願いします」
 首輪からリードを外し、係員さんへジョンを引き渡します。もちろんその後はすぐに係員さんの手を離れ、他の犬と同じく自由にすることになるんですけど。
「……ここ出たら、TALKしてもいいか?」
 小さな声で呼び掛けたのは、大吾の背中にしがみつき、口からものを詰め込むリュックみたいになっているサタデーでした。
「おう、好きなだけ喋っていいぞ」
 どうして黙っていてもらったかというと、犬を刺激しないためです。興奮を治めるための散歩までルールとして定められているところですから、喋る植物を飛び込ませたりして無用の混乱を引き起こすのはまずかろう、ということになったのです。犬には、というか人間以外の動物には見えてるんですもんね、幽霊って。
「高次サンがどうだのっつって話してなかったこともあるしな」
 そういえば、そんなこともあったっけ。
 ということでドッグランを出、本館へ。ここまで来れば、周囲にいるのは人間だけです。当たり前ですけど。そしてもう一つ当たり前なことに、実際は人間だけでなく、それ以上に植物だらけなんですけど。
 で、その展示されている植物群ですが、僕くらいになるとそれらを過去に見たことがあるのかどうか、記憶があやふやです。見たことがないとすら断定できないというのは、なかなかに情けない話ですね。
「例えばここから見えるこいつらだけどよ」
 それらを一通り見渡してから大吾の背を降り、みんなの前に出て、サタデーが話を始めます。
「今俺様達が入ってきたことなんて、だーれも気付いちゃいねえんだゼ」
 軽い口調で言い放ち、同じく軽い口調で「目も鼻も耳もねえんだもんな、知りようもねえし」と付け加えます。この辺りの話は以前にも聞いたことがある気がしますが、しかしそれを加えて考えても、やっぱり頭にもやもやしたものが浮かびます。
「サタデーさんも、そうだったんですか?」
 尋ねたのは、成美さんの肩にいるナタリーさん。なんせ成美さんは僕より身長が高いので、その肩にいるナタリーさんはサタデーより随分と高い位置にいるわけですが、しかしそれに違和感を覚えるくらい恐る恐るな調子の尋ね方でした。いやまあ、口調はいつも通りに平坦なんですけど、雰囲気がというか。
「OF COURSE.ケッケッケ、今でこそこうだけどな」
 けれども一方、サタデーの調子は崩れません。
「ああでも、身の回りのことが何も分からねえってわけじゃねえんだゼ? それが車の中で言ってた、『自分以外の生き物を他人として認識できるかできないか』だな」
「他人として認識できないってことになると、何として認識することになるんですか? 自分以外の生き物って」
「仕組みだよ。自分が生きていくための」
 …………。
「そもそもの生き物ってもんの認識だって、今とは随分違うんだゼ? 自分の役に立つ活動をしてるってこと以外は知らねえわけだし、例えば今みてえに話をするとか――あー、人格? そういうのを持ってるもんだなんて、考えもしねえわけよ」
 つまり、機械のようなものだということでしょうか。機械というものの存在を植物が知るわけがない以上、そういう比喩が出てこないだけで。
「でも、まあ」
 これまでみんなのほうを向いていたサタデーですが、ここで順路に従う方向へ体を向けました。
「寂しいことだとか思われちまうと、そりゃあちょっとBADだな」
 言い終えるとサタデーは誰かの返事を待つことなく先へ進んでいってしまい、それからちょっとだけ遅れて、僕達もその後を追うように順路を進んでいきました。
 ――自分以外の生き物が人格を持っているとは考えないと、サタデーは言いました。そういう世界で生きているなら、そりゃあ自分を寂しいだなんてことは思わないでしょうし思えないでしょうし、第三者から思われたくもないでしょう。
 ――いや、そこまで理屈っぽいことを言ったわけではないのかもしれませんけどね。

「おっ! こいつあれだろ! このSTRANGEな形、絶対あれだ!」
 ここへ来る前に聞いていた通り、ずっと立ち止まったり先へ先へと進んだり、大はしゃぎなサタデー。今度もまた、僕達から数歩先のところで足(と言うか茨ですが)を止めました。
「でも高くてちょっと見辛いゼ!」
「はいはい」
 大吾がやや早足になって傍により、サタデーに肩を貸しました。サタデーの茨は伸ばすことができるので、適当な高さの所に掴まることもできるはずなのですが、まあそれでもわざわざ大吾を呼びたいということなのでしょう。
 で、その奇妙な形の植物というのが何なのかという話ですが。
「……フライデーが怖がるだろ、また」
「ああ、今もばっちりビビってるゼ」
 見覚えはあるのですが、ぱっと見ただけではそれが何という植物なのか分かりませんでした。しかし、説明を読めば僕でもさすがに分かります。そういう説明あってこその植物園ですし。
 ということで、ハエトリソウです。そのまんまな名前の通り、食虫植物と呼ばれるものですね。フライデーさんが怖がるのも無理ありません。
「本当に奇妙な形だな。どうしてこんな形なんだ?」
「花ではないですよねえ、どう見ても」
 成美さんと、その肩の上からナタリーさん。どちらも初めて見たようですが、ナタリーさんはともかく、買い物ができる以上はそれなりに日本語が読める筈の成美さんも、目の前の説明板を読むより大吾へ質問することを選択しました。
「あのぱかぱかしてそうなとこが閉じてな、虫を挟みこんで食っちまうんだよ」
「食うだと!?」
「植物なのにですか!?」
 二人とも、見事に仰天していました。
「内側にほら、小さい毛みたいなのが生えてるだろ? あれに二回触ったら閉じるようになってるんだよ。一回だけだと上手く中に入り切らねえ場合があるってことだろうな」
 説明を読めとは言わずにしっかり説明を始める大吾。その後も成美さんとナタリーさんから質問があり、食べると言ってもどうやって飲み込んでるんだとか、溶かして吸収してるんだとか、他にはなさそうですねとか、いやむしろこっから暫く似たようなのが続くぞとか、まあそんな話で盛り上がります。
 すると栞さんが、そんな様子を見ながらにこにこして言いました。
「私も同じくらい驚いたなあ、初めて見た時は」
「同じくらいですか」
 大袈裟と言ってもいいくらいのリアクションでしたが、なんて思ってしまうのは成美さんとナタリーさんに失礼でしょうか。
「自慢じゃないけど、世間知らずですから」
 と、胸を張りながら言われてしまいました。
「こことは違うけど、みんなで植物園に行った時だもん。初めて知ったのって」
「みんなっていうのは……」
 僕は周囲を見渡しました。みんなというのは、恐らく、この「みんな」なのではないかと。
「そう。だから、あまくに荘に住み始めてからってこと。小さい頃だったら『すごいなあ』で済ませられたりしたのかもしれないね」
 栞さんの小さい頃。きっと可愛かったんだろうなあ――なんて、在り来たりかつ平和な想像だけをしているわけには、いきません。
「でも、まあ。寂しいことだとか思われちゃうと、それはちょっと嫌かなあ」
 ついさっきのサタデーの真似でした。が、冗談でしかないということもないのでしょう。
 悪戯っぽく微笑みながら、栞さんは体をこちらに寄せてきました。元から隣を歩いていたので他の人からは気付きにくいささやかな行動でしたが、しかしまあ何となく周囲の目を気にしてしまったり。
 ――と、その時。僕と栞さんの体が軽くぶつかり、すると何やらかちゃりと金属音がしました。はて、そんな音がするようなものを持ってましたっけ? 財布の中の小銭にしては、ちょっと大きな音だったような気もしますが。
「あっ」
 栞さんが小さく声を上げました。そして、スカートのポケットに手を差し込みました。
 取り出されたのは、三つの鍵。はて、なんの鍵でしょうか――って、あっ。
「楓さん」
「ん? なんだいしぃちゃん」
「ごめんなさい。すっかり忘れてて、持ち出しちゃいました」
 すっかり忘れられていたそれらの鍵は、すっかり忘れられていた掃除の際に使う筈だったもの。つまり、あまくに荘の空き部屋の鍵なのでした。
「ああ、掃除まだだったんだ? いや、アタシもすっかり鍵のこと忘れてたけど、車買いに行ってる間に掃除はしちゃったもんだと思ってたよ」
 そう言って笑いながら、しかし家守さんは、栞さんが差し出した三つの鍵を受け取りはしませんでした。
「しぃちゃんが持っててくれたらいいよ」
「帰ったらお仕事お願いしますってことだね、要するに」
 高次さんからそう言われたところで栞さんは鍵を引っ込め、再びポケットに仕舞いこみました。
「ごめんなさい」
「いえいえ」
 栞さんがもう一度謝って、家守さんがもう一度それを許して、それで手打ちとなりました。僕と高次さんは、お互いになんとなく微笑み合いました。
 順路のほうを向き直ると、大吾の背中からサタデーがこちらを向いていました。僕や高次さんと同じように、微笑んでいました。口の大きさと牙のおかげで迫力は段違いでしたけど。

 フライデーさんの背筋に甚大なストレスを与えながら(背筋なんてものがあるのかどうかはともかく。というか、背中はパッカリ開いちゃってるんですけどね)、食虫植物の展示ゾーンを突破。ここからは、ぱっと見た分には普通の花が並んでいるようです。
 ……説明板に書いてあるのは、聞いたこともないような複雑なカタカナ名ですけど。
「さっきの奴等とかだと、ちょっとくらいは他人って意識を持ってるのかもなあ。なんせ虫捕まえて食ってるんだし」
 サタデーの話に意見をするかのようなその言葉は、しかしサタデー本人のものでした。いくら同じ植物と言えど、全ての植物を代弁できるというわけではないのでしょう。動物――せめて人間としても、それに対する僕を考えれば、そりゃあそうもなります。むしろサタデーには感心していいくらいでしょうし。


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