(有)妄想心霊屋敷

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新転地はお化け屋敷 第六十章 生きる、ということ 八

2014-08-01 21:01:07 | 新転地はお化け屋敷
 ――などとご一行の入場から神棚への到着までの間、時間にすれば一分あるかないかの間だけでそれだけあれこれ思わされていることにも表れている通り、そのご一行の中で目立っているのはやはり成美さんということになるわけです。
 しかしだからといって、他の方々に見所がない、なんてことはなく。あるわけがなく。
 まず大吾。成美さんに引き続いて雰囲気を語るのであれば、こちらは見当の違えようもなく初めからいつもとは全く別物なのでした。ツンツン頭を平らにされ、服に関しても比較対象となる普段の格好が赤いタンクトップとなると、あの羽織袴との共通性は一切ありそうにないですしね。成美さんの時はまだ色という共通性が――とまあ、それについては見事に見当違いだったわけですが。
 とはいえ、だから似合わないというわけではない、というのは成美さんと共通です。悔しいですが、いや悔しがる場面ではないのですが、黙っていれば基本的には男前なこともあって、似合う似合わないということであればいっそ似合っていると言ってしまって間違いはないでしょう。体格が良いのは最早言うまでもありませんしね。
 ……体格といえば、逆に大吾じゃなかったらどうだったんだろうなあ。成美さんだって相当身長は高いわけで、下手をするとああして俯いていても尚新郎より目線が上にある、ということになっちゃうわけだし。
 とまあ、そんな無用の心配はともかく。
 普段の雰囲気と全然違っている、というのは飽くまで見た目上の話であって、内情も含めてくると実はそうでもなかったりします。羽織袴は、いやそれに限らず和装というもの全体にいえるのかもしれませんが、落ち付いた印象を与えてくるものではあるわけです。そして大吾についても、誰かからちょっかいを出された場合はともかく、自分から賑やかに振舞う方ではないわけですしね。
 ――と、しかし。単純にそれだけで済ませるのではなく、もう一言付け加えておきたいところでもあります。隣人として、というか、友人として。
 少し前までの大吾なら、落ち付いた印象が似合うなどとは思わなかったことでしょう。しょっちゅう一緒にいる割には仲が宜しくない成美さんと頻繁に口喧嘩をし、それ以外でも時折変なことを言い出しては他の誰かに突っ込まれ、むきになって騒ぎ立てていたわけですしね。
 とはいえそういった変化、いや成長があったからこそ、今の落ち付いた印象が際立っているということでもあるのでしょう。賑やかでないとはいえ物静かかと言われればそれ程でもないわけで、ならば初めから今のような感じだったとしたなら、落ち付いたとまでは思わなかったことでしょうしね。
 それが改められ始めた切っ掛けはもちろん、成美さんと男女としての交際を始めたこと、ということになるのでしょう。が、切っ掛けがそれだったとしても、一から十までそれだけが要因だということもないとは思うのです。それで改まるは成美さんとの口喧嘩だけでしょうしね。
 では他の要因というのは何か――といったところで話題に上がるのはそう、その大吾の後ろについていた庄子ちゃんです。ついていた、ということで、神棚への到着後は上手側の席に移動、そこに腰を下ろしてもいるわけですが。
 兄に会うため度々あまくに荘を訪れている、という点だけ抜き出すとただの仲の良い兄妹ですが、しかし兄の事情やあまくに荘の評判を考慮すれば、それは余程と言って差し支えのない行為ではあるのでしょう。繰り返すうちに慣れた、というのはそりゃああるとしても。
 そういうわけで「ただの」以上に兄と仲の良い妹さんではあるわけですが、しかし一方その妹さんは、その兄の交際相手となる女性のこともまた好いていたわけです。普段の様子を見るに、こちらもまた「ただの」以上に、ということになりましょう。
 だからこそ庄子ちゃんは、大吾と成美さんの交際を誰よりも強く願った筈なのです。本人達以上に、ということすら有り得るのかもしれません。……僕ですらそんなふうに思えてしまうところ、ならば彼女に想われているのと同様に彼女を想っている兄が、それに何の影響も受けないというようなことはもちろんなく。
 なんせ僕達の目の前ですらそういう遣り取りは行われていたのです。僕達がいない場所では一度もそんなことはなかった、などということは、その逆ならまだしも有り得ないと言い切ってしまってよいでしょう。
 具体例としては、と、「僕達がいない場所では」という話について僕が具体例を挙げるのはおかしな話なのかもしれませんが、まあ、事後報告を頂けたということで。
 今はもう新郎新婦の列を離れて席に着いている庄子ちゃんですが、そうしないと高さ的によく見えないから、ということなのでしょう。膝の上に猫さんを座らせ、長机越しに式の様子が見られるようにしているのでした。もちろんそうしたところで猫さんが丸くなってしまえば高さは足りなくなってしまうわけですが、しかし猫さん側もそんな庄子ちゃんの意図を汲んでいるようで、背筋をぴんと張り、じっと式の様子を見詰める、もしくは見守っているのでした。
 ――具体例というのは、その猫さんについて。今朝あまくに荘を出発する前に聞かせてもらった話なのですが、庄子ちゃんと猫さんは「兄のお嫁さんの元旦那さんと元妻の現夫の妹」という繋がりを以って、互いを縁者と認め合ったそうなのです。
 言わずもがな、それは関係としては薄いと言わざるを得ないものではありましょう。薄いにしたって関係がないわけではない以上、顔見知りにぐらいはなってもおかしくないのかもしれませんが、それを指して互いを自分の身内に置いてしまえるというのは、凄いことなんだと思います。
 とはいえ、凄いとは思うもののしかし、それは飽くまでも程度の話であって、その良し悪しはまた別の話ということにもなりましょう。
 が、全体の話はともかくとして「庄子ちゃんと猫さん」に限定した場合において、僕はそれを凄く良いことだと判断するほかありません。今のところは――と言っても今朝訊いたばかりの話なので時間は全然経っていないわけですが、そのことによってもたらされたのは幸福のみなわけですしね。当の庄子ちゃんと猫さんはもちろん、その関係の間に立っている成美さん、そして大吾だって、同様に。
 ……ここから先は、良し悪しではなく程度の話ということにしておいたほうが良いのでしょう。
 猫さんは猫です。人間ではありませんし、更に言えば基本的には人間を嫌っているとご自分で、そして元お嫁さんの口からも、念を押すように何度も説明したりされたりしています。
 その人間嫌いは個人にまで適用されるものではない、ということで、僕も含めたあまくに荘のみんなとは割と普通に接してくれている猫さんではあります。とはいえそれも、人間を身内として認める、なんて話になってくると「それだって個人の話だしね」で済ましてしまえるものではないのではないでしょうか?
 そしてこの結婚式。他者と縁を持つという話はまだしもこれなんかはもう完全に「人間の文化」なわけで、それにああして大人しく、どころか意欲的に参加してみせるとなると、これはもう人間嫌いそのものが薄まっていると、そう捉えてしまってもいいのではないでしょうか。
 勿論、そうだったとしてもそれは庄子ちゃんや大吾が関わっていて初めてそうなることなんだと、気安い思い違いを防ぐためにもそう意識しておかなくてはならないところでしょうが。そして重ねて勿論のこと、今語りたいのはそんな僕の話ではなくて。
 それを良しとしてしまうほどに猫さんは大吾と庄子ちゃんを、翻って猫さんにそれを良しとさせてしまうほどに大吾と庄子ちゃんは、という話なのです。猫さんの人間に対する評価が変わり始めた、という話としては、人間と関わりを持ち始めたお嫁さん、つまりは成美さんがその切っ掛けではあるんでしょうけど、それ以降についてはやはり成美さんよりその二人の方が役割は大きいんでしょうしね。
 遠因ということにはなるのかもしれませんが、猫さんからそれほどまでに「良い」存在だとされた大吾と庄子ちゃんには、互いへの強い想いから精神的な成長を得たという側面があります。――無論、そのことがなければこの結果には辿り着けなかった、などという暴論を立てたいわけではありませんが、しかしそれでもやはり、そのことがなかったとすれば一つや二つの差異くらいは生じ得たことでしょう。
 その差異の大小はともかく、今のこの状況を最高のものとするのであればそれは、大吾と庄子ちゃんが自身の経験と成長を基に勝ち取ったものだと、そう言ってしまってもいいのではないでしょうか。
 式の進行に合わせ、猫さんと共に杯へ口を寄せる庄子ちゃんを見ながら、そんなことを考えている僕なのでした。

 ――さて。予め把握していたというわけではありませんが、親族側がお神酒を汲み交わすというのは式の流れにおいて最後の最後だったようです。その後は神職の方に続いて全員が神棚に一礼をし、そしてそのまま神職の方が退場したところで、式は無事にその全行程を完了した、ということになったようで。
 いや、なったようで、ではなく間違いなくこれで完了なのでしょうが、しかし僕はここからどう動いたものか上手く思い描けないでいて、ならば実際にも動けないでいたわけです。
 …………。
「孝さん」
「ん?」
 成美さんに目を奪われていた割には割合で言えば庄子ちゃんを見ていた時間の方が長かった気がする僕だったのですが、しかしそんな僕が座っている席は栞よりも上手側だったので、どちらであったとしてもその間栞が視界に入っていなかったのは変わりなかったわけです。
 というわけで、その栞からの呼び掛けにそちらを振り返ったところ。
「はい」
 栞は、ハンカチを差し出していました。
 それが何を意味しているかくらいは瞬時に想像できましたが、しかしその割に僕の手は栞の手にあるハンカチでなく、自分の顔へ伸びたのでした。
「あれ」
 瞬時に想像した通り、どうやら僕は泣いているようでした。いえ、そうは言っても涙を流しているというわけではなく、瞼に貯まっている程度でしたが。
「あれ……?」
 成美さんの晴れ姿に目を奪われたところから入り、その成美さんや大吾、そして庄子ちゃんと猫さんについてあれこれと考えを巡らせていた僕ではあります。が、しかし、それはこうなるような話ではなかったようにも思うわけです。
 感激のあまりに涙を浮かべる。当人たちがそうなったというのならなんら不自然はないのでしょうが、どうして僕が?
「そういうのは後後。さっさと拭いてちゃっちゃと挨拶だよ」
 ああ、それはそうだ。ありがとう栞。
「父さん達とは逆なんだなあ、貸す側と貸してもらう側」
「過去の手柄に固執するのはみっともないですよあなた」
 涙を拭い、栞に促されるように立ち上がったところで、当然ながら傍に控えている両親がそんな遣り取り。過去の手柄、ということで今この場での話ではなく、どうやら四人で式場の下見をしに行った時のことを言っているようです。とはいえどのみち、過去というほど過去のことではないわけですが。
 とまあ、それはともかく。借りてしまってから気付くのもどうかとは思いますし、それ以前に今は変なことを気に掛けたりせず挨拶へ向かうべきなのでしょうが、その前にちょっとだけこんな話も。
「そういえば、ハンカチだったら自分でも持ってたような」
 普段から携帯しているかと言われればそんなことはなかったりするのですが、しかし今日はこういう日です。仕様の有無に関わらず、身嗜みの一環として一応は――。
「着替えた私服のポケットの中にね」
 ポケットに突っこんだ手が何の手応えも得られず、あれないぞ、なんて思い始めるのとその栞の指摘は、ほぼ同時なのでした。
「よく覚えてたねそんな細かいこと」
「細かいの? 孝さん、なんで最初のうち私服だったんだっけ?」
 ああ、はい。分かりました。
 って、あれ? でもスーツに着替えた時ってみんなを廊下に待たせてて、
「まあスーツに着替えるところは直接見てたわけじゃないし、だから予想ではあったんだけどね。ハンカチ忘れたんじゃないかなーって」
 ……そんな予想が当たってしまう自分が恥ずかしいところですが、しかし引き続きそんな話をしている場面ではないということで、強制的に切り上げさせてもらうことにしましょう。今はとにかく大吾達の元へ、です。

 なんでなんだ……!
「逆になんで当人のオレらが平気な顔してんだって話になるだろが、オマエに泣かれたら」
「いやいや、更に逆の考えもあるぞ大吾。式の前にたっぷり泣いたからこそ今こうして平気なを顔していられるんであって、あれがなかったらわたし達だってこうなっていたんだろうさ」
「あはは、おしろい塗り直しになっちゃいましたもんねえ」
「それもこれも面倒なことだな、相変わらず」
 そりゃまあ怒られるようなことはないのでしょうが、それでもそうならないことをほっとせずにはいられません。というわけで、ついさっき拭った涙がまたしても滲み始めてしまったわけですが、
「この度はご結婚おめでとうございます」
 栞と両親の他三人からワンテンポでは済まないくらい遅れて、しかも震えに震えた声で、そう二人の結婚を祝福する僕なのでした。
「次オマエの番だってのにどうすんだよ、そんなんで」
 そんな声が返ってきた直後、するとその声の主は、僕を強く抱き留めてもくるのでした。
「ありがとう、孝一」
 直前まで生意気なものだったその声は、けれどここへきて、僕と同じく震え始めているのでした。

「結局成美ちゃんと庄子ちゃんも泣いちゃった――というか、泣かせちゃった、かな? あれは」
「実際そういうことにはなるんだろうけどさあ」
 それでも、あれは僕の働きかけによるものではない、ということにしておきたいのが心情ではあるんだけどなあ。とまあ、栞だって本気で言っているわけではないでしょうし、というかどう見ても僕をからかう目的で言っているふうですし、だったらそこまで言いはしないでおきますけどね。目的がそこにあるとすれば、それはまあ僕の考えと重なる部分はあるわけですし。
 というわけで、無事に大吾と成美さんの挙式が終わりを迎えた後の控室。自分は泣いていなかった栞は、ならば泣いていなかったということにするため、そのきらきらした目蓋を拭えないでもいるのでした。
 閉式後の展開も含め、素晴らしい人達による素晴らしい式だった、と、式よりも人のことばかり見てはいたにせよ、そういう感想で締め括ることに何ら躊躇うところはありません。
 ちなみに――いや、ちなみにどころかこちらの方こそが本題になるべき話ではあるのですが、控室とは言ってもここは、式が始まる直前まで僕達来場者があれあこれやと歓談に興じていたあの部屋ではありません。
 今この部屋にいるのは日向家の四人のみ。つまりは、親族控室、ということになりましょう。ここから更に男女、というか新郎新婦それぞれが着付けに用いる部屋にも繋がっているようで……ううむ、ここだけであまくに荘の一室より広いんじゃないでしょうか。親はともかく僕は栞が着付けをしている場に居合わせたって問題はないでしょうし、じゃあわざわざ二部屋用意しなくても――と、今住んでいる部屋の面積を理由に言うようなことでもないとは思うので、それはともかくとしておきましょう。これだったらまだ煩悩前回な理由のほうがマシな気すらしますしね。
 というわけで、それはともかく。
 今度は、僕と栞が式を開く番なわけです。とはいえさすがに立て続けに執り行うわけでもなく、ある程度の休憩時間を挟むようではありましたが。
「面識ないも同然だったけど、良い人達だったなあ。あ、人達って言ってももちろん、猫さんも含むんだけど……猫さんでいいんだっけ? 呼び方」
「それでいいよ、僕達もそうだし」
 猫だから「人達」には含まないよね、などという話は、猫さんに限らず普段から動物と接している僕達からすれば冗談にしかなりません。しかしそれを素の調子で補足してくるお父さんを見ると、式の予定がもっと後だったらなあ、なんて。
 それというのは要するに、僕の両親とあまくに荘の人達が知り合う場を設けて面識を持たせる機会も作れてもいただろうに、ということではあるのですが――しかし当然、そうしていればよかった、という話ではありません。なんせその式の予定を立てたのは他でもないこの僕で、そしてもちろん、理由あってそうしたことではあるわけですしね。
 というわけなので、
「今度うちに来てみない? 時間があったら」
「あ、いいねそれ。みんな勝手に集まってくるだろうから、こっちからお伺いするより気楽だろうし」
 お父さんよりも先に栞が手を打ちながら同意してくれたわけですが、しかし肝心のお父さんはというと、「か、勝手に?」と栞のおかげでむしろ引き気味に。
「私の時もそうだったっけね、そういえば。色々びっくりもしたけど、楽しかったわ」
 一方ではお母さん、お父さんへの気遣いなのかはたまたその逆なのか、それこそ気楽な笑みを浮かべながらそんなふうに仰るのでした。
「ま、まあ……それを抜きにしても、一度くらいは見ておきたいもんだしな。息子夫婦がどんな所に住んでるのか」
 当たり前と言えば当たり前な感情ではあるのかもしれませんが、しかし息子の側からすれば良い気分にさせられるところがないわけでもないそんな話。とまあ、何にせよ前向きに検討して頂けるようで何よりなのですが、
「ベッド片付けたりしちゃ駄目よ、孝一」
 小声でそう告げてくるお母さんだったりもするのでした。先日あなたに来て頂いた時も片付けたりはしてなかったでしょうが――というかそんな、お楽しみ扱いしなくたって。
「何だよ怖いなあ、こんな時に内緒話なんて」
「なんでもありませんよ。普通なことですから」
「普通?」
 うーん、大胆だったとはそりゃあ思うけど、普通の範疇を逸脱してるって程のことでもないと思うんだけどなあ。
 というわけでベッドと言うならそれはもちろん我が家に設置されているダブルベッドのことなのですが、しかしどうなんでしょうね。部屋の広さに相応しくないっていうのも、やっぱりあれが目立つ原因の一つではあるんでしょうかね。
 ……それ以前に、なんで今この場でこんなにも部屋の狭さが話題になっちゃうんでしょうかね。
「なんて? お義母さん」
 話の流れからして秘密にされるべきはお父さんのみ、つまり自分は教えてもらえるんだろうということで、何の躊躇いもなく尋ねてくる栞。その判断はもちろん正しいわけですがしかし、それに対する回答を思うと、その質問も小声でして欲しいものなのでした。僕が小声で返事をすればいいだけの話であるにはしても。
 で。
「……あ、ああ。うん」
 そんなに騒ぎ立てるようなことでもないんじゃないか、というのは僕と同様栞だってそう思ってはいることでしょうが、とはいえこれもまた僕と同様、栞もまたお母さんの訪問に際してはそれを気にしてみたりした当人の一人ではあるわけです。お父さんの時だけ気にならないなんてことはないでしょう――というか、むしろ異性である分今回の方が不安を掻き立てられもするのでしょう。
 というわけでお父さん、その時はどうぞお手柔らかに。
「無言のまま視線だけで何かを訴えてこないでくれ。父さんそんなことされてもどうしようもないじゃないか」
 何の事情も分かっていない立場としてはそりゃまあそういうことになりましょう。ということで僕はともかくお母さんと栞が揃ってくすくすと笑い始めたところ、するとお母さんへの意趣返しなのか何なのか、お父さんは続けてこんなふうにも。
「母さん似かなあ、そういうところは」
 …………。
「真面目に考えずに否定していいのよ孝一」
 はっ。
「いや、思い当たるところが無さ過ぎて逆にね。全然気付かないところで実はそうだったのかなーとか」
 この件は別として、と前置きしておきますが、結構ありましたしねそういうことって。ほら栞、笑わない。何に思い当たったのか知らないけど。
 まあ、そういうわけで思い当たるところがないわけです。というのは、僕がそんなふうだった覚えがないというのはもちろん、一方でお母さんについても同じく。視線だけで訴えるだなんてそんな、むしろ思ったことは素直に口にしてるような気がしますしね。ごろごろしているお父さんを邪魔者もしくは邪魔物扱いする時とか。
 ……今日こういう日を迎えたことが遠回しに関連しているのか、そこに感じる不憫さが普段より増している気がしないでもありません。が、しかし当のお父さんは、へこたれるどころか笑い返しさえしながらこんなふうに。
「孝一に言わせるのは筋違いだろう、生まれてくる前の話なんだから」
「はいはい分かりました。分かってましたから」
「孝一。母さん、今はこうでも若い時は奥手だったんだぞ。最初の最初だけだったけどな」
「あなた」
 ついにお決まりなトドメの一言が出たところでお父さんは口を閉じたわけですが、しかしその表情にはまだ笑みが。
 なんと、まさかそんな……。いや、でもそうか。その落差を経験したからこそ、ちょくちょく夫というものの立場について悲観的なことを言ってくるのか。結婚したらこうなった――いや、最初の最初という言い方からしてそれよりもっと先、付き合い始めの頃とかそういうことになるんでしょうか? 確かにこれまで、昔の話の中でもお父さんはお母さんの尻に敷かれっ放しだったと思いますし。
 とまあ、具体的な時期はともかくそういうことであれば、悲観的なことを言いたくなる気持ちも分からないではないでしょう。とは言えもちろんそれは、笑いながら話すような内容として、ではありますけどね。
 で、それはともかく、としておいて。そんな打ち明け話をされた僕が考えるべきはしかし、お父さんとお母さんの若い頃ではなく、僕と栞についてなのでしょう。ということであれば、どういうことになるのか――。
「そういうことなら多分、栞は大丈夫だと思う」
「お?」
「奥手だったことが一度もないし」
「孝さん!? ちょっと!?」
「ははは、そうかそうか」
 そうなのですそうなのです。まず付き合うことになった日からして、及び腰になるどころか受けて立ったうえ全力で振ろうとしてきた人ですしね。そんな女性を指して奥手だなんてそんな、何を仰るやら。
「大丈夫だよ栞、褒めてるんだから」
「むう、褒めてる褒めてないの話じゃないよう」
 むくれてみせる栞でしたが、
「でも否定はしないのね、栞さん」
「よかったよかった。この期に及んで息子に思い違いがあった、なんてことはないようで」
 というふうにそのことが更に両親を喜ばせる結果になってしまうと、見せ掛けでしかないむくれ顔を維持し続けるわけにもいかず、代わりに困ったような笑みを浮かべる他ない栞なのでした。


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