(有)妄想心霊屋敷

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新転地はお化け屋敷 第四十五章 お引っ越し 十一

2012-01-24 20:48:39 | 新転地はお化け屋敷
「うん、そうだね、明美さんがいたらそれはそれで家の中に連れ込まれそうで怖いし。その心配がないってことなら、むしろいい機会なのかも」
 というのはまあ、周囲の面々よりはむしろ自分に言い聞かせるための言葉なのでしょう。清さんも、「んっふっふっふ」といつものように。
「ちなみに清さん、明美さんが帰ってくるまで待つとなったら何時くらいになりますか?」
「六時ちょっと過ぎくらい、ですかねえ。んっふっふ、そしたら今度は『晩ご飯ご一緒にどうですか』ってことで連れ込まれちゃいますかねえ?」
「あわわわわそりゃもっと無理だ! なら今から行きます!」
「遠慮して断るってんなら分かるけど、そういう理由だったら別にいいだろ晩飯くらい」
「シャラーップ!」
 料理を趣味とする身としては、親睦を深めるのに食事を共にするっていうのはいいと思うんだけどなあ、と大吾よりな意見を持ってしまうわけですが、乙女心はそれのみで語れるようなものではないようでした。
「くそー、自分がゴールインしたからって余裕かましてくれちゃってさあ」
「ゴールインって……まあなんだ、そうなんだろうけどよ」
「キー! 赤くなっちゃってまー憎たらしいったら!」
 憎たらしく見えるらしい兄に、庄子ちゃんは目を釣り上げていました。キーって。
「ゴールインとは何のことだ? 大吾、誰かと競争でもしていたのか?」
 それを言われて赤くなった大吾だというのに、非情にもゴールインのお相手から質問が。ならばやはり顔は赤いままなわけですが、しかしだからといって応えられないほど照れているわけでもないようで。
「結婚したってことだな、まあ」
 まあその言葉自体はここ最近で何度も口にしているでしょうしね。そりゃあ、僕達より先だったとはいえまだまだ新婚さんなんですし。
「なるほど、そういう意味か。――ふ、しかしまだまだ。これから先だって、更にもっと大吾に惚れ込むことになるだろうと踏んでいるからな、わたし自身としては」
「お、おいおい、こんだけ見られてんのに何言いだすんだよ」
「ん? ふふ、今日その話をしてくれたのはお前じゃないか。庄子を迎えに行く時に」
 大吾との仲がどんどん深まっていくことを、猫さんに対して後ろめたく思っている。大吾と成美さんが庄子ちゃんを呼びに出掛けた後、猫さんから聞かせてもらった話です。成美さんがしているのは、きっとその話なのでしょう。
 後ろめたく思う必要はない。
 話を直接聞いたわけではないにせよ、大吾は成美さんに、そう伝えていた筈なのでした。
「人前だからというのだって、わたし達はさっき皆の前でキスまでしているのだぞ? なのに今更、今よりもっと惚れ込むという話だけでなあ」
「そう言われりゃまあ、そうなんだけどよ」
 でも誓いのキスって人に見られるの前提ですし、と大吾もそう思ったかどうかは定かではありませんが、ともかく言葉では納得しそうになりながら、けれど表情は納得いかなそうにしているのでした。
「しかし心配はするな大吾。こうは言っていてもわたしだって多少は恥ずかしいんだ、これ以上は言わんさ」
「そりゃ有難いな」
「うむ。義妹への初心表明というやつだな」
 というような話になれば、目を釣り上がらせていた庄子ちゃんもそりゃあにっこりと。大好きなお義姉さんと兄について――この場合「大好き」はもちろん兄にも掛かっているわけですが、わざと分かり難い表現をしてみたりして――二人の仲が今よりもっと好くなるという話それ自体は、庄子ちゃんにとってはもちろん喜ばしい話なわけですしね。
 と、いう話もありつつ。
 初心表明。つまり成美さんにとって、今の話は「初心」であるわけです。なるほど確かに、ゴールインではないということなのでしょう。むしろそれは、今からがスタートであるという宣言ですらあるのかもしれません。
「――というふうに、わたしも浮かれていたりするのだ。庄子、そんなわたしに免じて大吾のことは勘弁してやってくれないか?」
「成美さんに言われちゃあ仕方ないですね」
「立場ひっくいなあオレ」
 そこで自分を嘆くだけに留めてしまう辺り、彼は随分と丸くなったのではないでしょうか。反論した揚句蹴られたり何だりしてましたもんね、庄子ちゃんに。……ああ、やられる側のまま終息するのは前からか。
 と思ったら別にそうでもないようで、庄子ちゃん、嘆く大吾へ「あはは」と屈託のない笑みを向けるのでした。これなら、少なくとも「やられる側のまま終息した」ということにはならないのでしょう。何かをしたわけではないにせよ。
 すっきりしたような顔で、庄子ちゃんが立ち上がります。
「それじゃあたし、そろそろ。ケーキの箱、一つ貰ってもいいですか?」
「ああ、どうぞどうぞ。なんだったら他に丁度良さそうな容器出すけど?」
「いえ、大丈夫です。清明くんのこと考えたら、後でここに返しに来るっていうのはちょっと面倒かもしれませんし」
 容器一個ぐらいならそのまま引き取ってもらっても、とは言わないでおきます。なんせ清明くんのことを考えての意見ですし、だったらそのまま通してあげたいのでした。
 ところで、ケーキの箱。丸々一個ならともかく切り出したケーキの一部だけを納めるには少々大き過ぎるのですが――まあしかし、それにも目を瞑っておきましょう。
「あ、それと日向さん、もう一つ」
「ん?」
「このケーキ、日向さんから貰ったってことにしても構いませんか? 清明くんと共通の知り合いってなると、他にいなくて」
 ここに来たことはあるにせよ、幽霊は見えていなかった清明くん。だからといって椛さんや孝治さんの名前を出せば、「全く関係ない人からの貰い物をなんで自分のところに?」なんてことにもなりかねないでしょう。清明くん、まあ、ちょっとその、引っ込み思案なところもあるにはあるみたいですし。
「うん、いいよ」
 ちなみに清明くん、家守さんともちょっとだけ会ったことはあるのですが――玄関口でちょっと話しただけですし、あれだけで知り合いっていうのはやっぱりちょっと無理があるかもしれません。知り合いというよりは近所のお姉さんってことになるんでしょうしね。お姉さん……うん、お姉さん。
「ありがとうございます」と頭を下げ、ケーキの準備をしようと箱の一つへ目を向ける庄子ちゃん。しかしそこには、庄子ちゃんより先に行動を起こしていた人がいました。
「二人分か三人分か、どうしましょう?」
 孝治さんでした。ケーキは既に切り分けられており、なので必要な分だけを箱に残すだけではあるのですが、ケーキに関することならそこまで面倒を見てくださるようです。さすがは作り主。
 しかしそんな行き届いたサービスに、庄子ちゃんはしかし顔を歪めるのでした。
「うぐ……ど、どうしようかな」
 何人分にするのか。もちろん清明くんと明美さんの分を考えれば二人分は確定なのですが、要はこの話、「そこに庄子ちゃんの分を含めるか否か」というものなのでしょう。
 明美さんから家の中へ連れ込まれてしまうのを危惧していた筈の庄子ちゃんは、けれどもその質問に答えることができず、困ってしまったようでした。
 そこへ、溜息が一つ。
「三人分でいいだろ別に。一人分余分に持ってったからって絶対にオマエが食わなきゃなんねえわけじゃねえんだから」
「はっ、そ、そっか」
 あちらの出方を窺う、なんて言い方をすると下心が強調され過ぎるような気がしますが、ともかく三人分持って行ってあちらの出方を窺えばいいのです。お礼だけで済むようだったらそのまま引き返せばよし、そうでないならお邪魔させて貰って一緒にケーキを食べればよし、なんですし。
 当たり前ですが庄子ちゃん、強調云々を抜きにしても下心自体はしっかり持っているのでしょう。孝治さんへ即座に二人分と言い返せなかったわけですし。
「……なんかみんなの視線が生温かいけど、孝治さん、そういうことでお願いします」
「承知いたしました」
 孝治さんだってその生温かいうちの一人ではあるわけですが、そこへ強めにふんと鼻を鳴らしてみせる庄子ちゃん。開き直った、ということなのでしょう。
 で、数が決まったならばケーキの詰め込みです。といってもさっきそう思った通り、必要な分を箱に残すだけなのですが――と、思ったら。
「日向くん、ラップをお借りしても?」
「え? あ、はい。取ってきます」
 孝治さんからそう頼まれた僕は台所へ向かい、頼まれた品を手に即帰還。それで何をするのかというと、そりゃあケーキのラッピングです。ラップですし。
 とはいえもちろんぐるぐる巻きにするわけではなく、店で売られているピースケーキと同じような感じで丁寧に包んでいく孝治さん。同じケーキなんだからとなりのケーキとくっ付いてクリームが付いたりしちゃっても別に問題は、なんて考えるのは、僕が素人だからということなのでしょう。
「おお……」
 そんな声を上げたのは、果たして僕だったのかそれとも他の誰かだったのか。
 まさかこんな家庭用のラップで包むなんてこと、いくらパン屋さんとはいえそうそうあることではないのでしょう。だというのに、スムーズとしか言いようのない仕事っぷりを発揮する孝治さんなのでした。
 で。
「詰めはしましたけど、できるだけ揺らさないようにお願いしますね」
「あ、はい。分かりました」
 丸々一個のケーキを入れるための箱に、三人分のピースケーキ。そのまま入れるだけでは箱の中が隙間だらけになってしまうわけですが、そこで孝治さんが作ったのは、もう一つの箱からハサミで切り出した厚紙製のしきいでした。それによって箱の容積が狭められ、ケーキが倒れてしまうような余剰スペースはなくなり、ならば見事に一件落着です。
 ちなみに。
 孝治さんがその作業を始めるまで、僕はその「一件」が発生していること自体に気付いていませんでした。ちょっと悔しい、なんて思ってしまうのは、むしろ思い上がりなのでしょうが。

「見聞きしてた感じ、完全に親公認だったねえ」
 庄子ちゃんが部屋を出、大吾と成美さん、それにナタリーさんとサンデーとジョンと猫さんもお見送りということで一緒に出ていった後、椛さんがにやにやしながら言いました。その顔は孝治さんへ向けられているわけですがしかし、声についてはどちらかというと清さんのほうへ向けられているのでしょう。
 というわけで、孝治さんではなく清さんが反応。
「んっふっふ、あとは本人だけなんですけどねえ」
「うーん、否定する気ゼロかあ」
 笑いながら言う椛さん。そりゃあ、ちょっとでも否定する気があったら「お裾分けとしてケーキを持っていく」なんて発想は出てこないんでしょうしね。あれの発案者、清さんですし。
「せーいっさんの息子さんって、お幾つでしたっけ」
「今年中学に上がったところです。ちなみに庄子さんは、同じ中学の三年生ですね」
 尋ねていないことまで答えられた椛さんですが、しかしどうやらそれについても訊こうとは思っていたらしく、「あ、何言おうとしてたかバレちゃってる感じですか?」なんて。
 そしてその後、ふむと腕組み。すると今の今まで浮かべていた笑みが、すっと引いたのでした。
「文句があるってわけじゃなくて、『親』ってものの先輩として訊いてみたいんですけど――」
「なんでしょうか?」
「その年で恋愛なんてまだ早い、みたいなことってないもんですか? いや、しょこりん片思いって言ってたし、早いも何も厳密には始まってすらないんでしょうけど」
 中学生の恋愛。その当時の自分を思い返してみれば、悲しいことに自分自身とは無縁の話ではあったものの、周囲からはちらほら耳に入ってくるものではありました。無縁とはいえ自分も同じくらいの年頃ではあるわけで、だったらそれを聞いて「まだ早い」なんてことはそりゃあ思わなかったわけですが――。
 親の立場となると、どうなんでしょう。
「早いとは思いますよ?」
 清さんの返事は、意外なものでした。
 意外に思ったのは僕だけではないようで、清さんを取り巻くみんなの目は、どれも普段よりちょっとだけ見開かれていました。
「でも、恋愛それ自体がよくないものだってことではないわけですからねえ。となれば今度は、『じゃあ早くて何が良くないんだ』という話になるわけですが……それはまあ、皆までは言わずにおきましょう」
 最も大事な部分の説明を省いた清さんでしたが、しかしその説明を求める声は上がりませんでした。
 間違いがあってはいけない。
 それだって半ばはぐらかしたような言い回しではあるのですが、しかし、そういうことなのでしょう。
「その『良くないこと』さえどうにかなれば、というところですね。恋愛それ自体がよくないものだってことではない、なんて言いましたけど、それどころかむしろ素晴らしいものなんですしねえ」
 素晴らしい、なんて言い方だと大袈裟に聞こえますが、しかし実際、その通りなのでしょう。良くないことさえどうにかなればという前提であるならば、僕と栞のそれと全く条件は同じなわけですし。
 そしてそれを抜きにしたって、異性を好きになるという感情は誰でも当たり前に持っているものでもありますしね。持っていないとおかしい、と言い切れるぐらいに。
 そこで、椛さんから質問が。
「ってことはつまり、息子さんについてはどうにかなったんですか? 良くないこと」
「息子というよりは、庄子さんですねえ。息子についても大丈夫だとは思いますけど、しかしまあ、実の親の視点ですしね。我が子可愛さってものがありますから、あんまり信用していいものではないでしょうねえ。んっふっふっふ」
 いや清さん、清明くんは僕から見ても充分に。
 とは思いこそすれ、しかし口にはしないでおきました。というのも、僕だってそう長い時間清明くんと関わっているわけではなく、というかむしろ一瞬といっていいほどの付き合いしかなく、なので口にしたところでせいぜい気休めにしかならないからです。
「さっきも言いましたけど、私は息子の年で恋愛はまだ早いと思っています。なので逆に、お付き合いを始めても安心できるような女の子であれば、むしろ歓迎することになるわけです。そうなれば、安心できないような女の子とお付き合いを始めることはなくなるわけですからね。――んっふっふ、息子が二股をしたりするなら話は別ですが、さすがにそれはないというか、無理でしょうしねえ」
 我が子可愛さの話をしたばかりではありながら、さすがにそれは断言してみせる清さんなのでした。ええ、こちらとしても異存はありませんとも。
「疑うわけじゃないですけど、しょこりんが安心できる女の子だっていうのは、なんか具体的に理由とかあったりするんですか?」
 今度はそんな質問を投げ掛ける椛さんでしたが、すると清さん、「そうですねえ」と腕を組み、ちらりと玄関の方へ顔を向けてから、その顔を元の向きに戻して言いました。
「一番はやっぱり、お兄さん達を見ていたことでしょうか」
「達ってのはだいごんと、あー、なるみん?」
「はい」
 ならば今の視線移動はつまり、その二人がタイミングよく帰ってきたりしないか心配になった、といったところだったのでしょう。
「庄子さん、お兄さんとも成美さんとも――今ではそちらもお義姉さんですが――仲がいいですよね?」
「そりゃもう、言われるまでもなく」
 実の兄妹間については本人がここにいれば否定するんでしょうけどね、などと思いはしましたが、直後、最近の大吾だとどうなんだろうかね、とも。庄子ちゃんが一緒にいるわけでなければ、まず間違いなく認めてしまうのではないでしょうか。
 それはともかく清さん、椛さんの返事に満足したふうに笑い、そして「怒橋君はもちろんとして」という前置きを入れてから、話を続けました。
「どうして成美さんのことをああも熱烈なほど好きでいるのかということになると、もちろんそれは成美さん自身の人柄もあってのことでしょうけど、やっぱり仲のいいお兄さんと深く関わりのある、もしくは今後深く関わりそうな人だから、ということになると思うんですよ」
「今後っていうのは、二人が付き合い始める前のことも含めてるって話ですか?」
 すぐさま椛さんから質問が飛びましたが、それは僕も気になったことでした。ならば恐らくは、この場の全員がそう思ったとのではないでしょうか。
 そして全員がそう思ったということは、清さんが語った「庄子ちゃんが成美さんを好きな理由」について、異論はなかったということです。でなければまず真っ先に出てくるのはそれなんでしょうしね。
 清さん、「はい。というか、その頃の話こそが本題でして」とのこと。
「あくまで表面上の話ではありますけど、お付き合いを始める前の怒橋君と成美さんは、よくいがみ合ったりしていましたよね?」
「あー、懐かしいですねえそういうの。気が付いたらラブラブになっちゃってましたし」
 腕を組んだ椛さん、うんうんと頷きながら。そしてそれに続いては、「孝治は殆ど知らないだろうけど、まあ、そんな感じだったんだよあの二人」と旦那さんにフォローを入れていたのでした。
 始めて二人に会ったその日にその二人が付き合い始めたんですっけね、確か。……というか、僕と孝治さんが入れ替わって遊んでいた結果そうなったわけだから、間違いないですね。
 孝治さんのほうを向いていた椛さんが、顔を元の方向へ。
「えー、お話の続きを」
「んっふっふ。――見た目にも仲良しな今ならともかく、庄子さんが成美さんを好きだったのはその頃からずっとですよね? そこでさっき言った庄子さんが成美さんを好きな理由ですが、それを考えると、庄子さんの目にはその頃から既に二人の関係が好ましいものに写っていたと」
「まー好き合ってるのはバレバレでしたけどねえ」
「んっふっふ、否定はできませんねえ。でも今回はそれだけではなくて、素直になれずにいがみ合っているところまで含めて、です。でなければ、たとえ表面上だけのこととはいえ仲のいいお兄さんにいつも喧嘩腰な人ですからねえ。好きになるどころか、その逆もあり得たかもしれません」
「あー、まあねえ。あたしらは面白がれるからいいですけど」
 庄子ちゃんにとっては家族。僕達にとっては友人。深さではなく種類の話として、付き合い方が違ってくるわけです。あんまりはっきり言い過ぎると大吾に悪い気もしますが、なのでまあ、「僕達『は』面白がれる」ということにもなるわけです。
「つまり庄子さんからすれば、それは面白い面白くないの話ではなく、好きになれるかなれないかという話なわけです。で、好きになった結果、成美さん自身のこともああして」
「お兄ちゃんからなっちゃんを奪い取りかねない勢いだからねえ、いっつも」
 家守さんが言いました。それについてはやはり、たまに遊びに来るだけの椛さんよりは、普段から見ているここの住人のほうがその印象は強いのでしょう。というか今日初めて会ったんですしね、椛さん達と庄子ちゃん。
 で、すると清さん、その家守さんのほうを見て「そう思うほど二人を見ている家守さんならご存知でしょうが」と笑いながら。
「そもそもどうして怒橋君と成美さんがいがみ合っていたのかというと、成美さんの事情と怒橋君の性格があったからだと思うんですね。一方は本当は猫で、一方は動物好きだという。素直に気持ちを伝えることそれ自体が、ある意味で不誠実になり得たわけです」
 猫なのに、人間に恋をする。
 一般的な意味で動物が好きなだけなのに、その世話という範囲を大きく逸脱しそうになってしまう。
 なまじ、本来なら「有り得ない」どころでは済まない事態です。自分どころか相手も巻き込んで不幸にしかねないと考えると、そりゃあ素直になんかなれるものではないのでしょう。
「つまりあのお二人の恋路は、ああ見えて常に誠実だったわけです。そしてそれはもちろん、庄子さんも知っていたことでしょう。そのうえで庄子さんは、その二人のいがみ合いながらの恋路を、『面白い』ではなく『好きになった』わけですね」
 そこで清さんはまた笑い、次いで質問の間を設けたかのように少々口を閉じますが、けれど誰が何を問い掛けるわけでもありませんでした。
 ならば清さんの話、その結論が。
「となれば庄子さんご自身だって、恋については誠実なのではないでしょうか?」
 なるほど確かにその通り。
 ……とはいかないようで、反論こそ出たりはしないものの、もにゃもにゃとしたような空気が流れました。なんせこの話題は元々、将来、なんて言葉を使うこと自体が大袈裟に聞こえるほど近い将来に親になる椛さんからの、真面目な相談だったわけですしね。
 しかしそこは清さんです。それくらいのことは分かったうえで言ったらしく、動揺なんか微塵も見せずに「んっふっふ」と。
「庄子さんを歓迎できる理由はもう一つあります。今の今までここでも起こっていたことですが、庄子さん、なんだかんだ言いながらここに相談に来るんですよ。清明とのことを、神経質すぎるくらいに」
 あっ。と、今度はそんな空気が。
「相談相手は怒橋君と成美さん、それにもし居合わせれば、ここの皆さんです。庄子さん自身、それに相談役である周囲の人達もしっかしりした人達であるのなら、さすがにもう安心せざるを得ないというか、そんな感じですね。むしろそれでもまだ駄目だというなら、いったいどんな女性を信用できるのかという話にもなりますしね。年齢的に早過ぎるとかの問題でなく」
 大吾と成美さんだけで済ませてくれてもよかったんだけどなあ、と「相談役」に含められたことを照れ臭く思っていると、更にもう一つ。
「どうして庄子さんはそこまで神経質なのか、というところまではっきりしていますしね。いくら親という立場とはいえ、そこまで知る必要はなかったんでしょうけど」
 それは少し、暗い話。けれど暗い話だと思うのは僕がその詳細を知っているからであって、椛さんと孝治さんの頭上にはクエスチョンマークが浮かんでいました。ならば清さんはまた笑い、その説明に入ろうとしたのですが――。
 するとその時、人の気配がしました。どこからかというと外の廊下から。つまり、大吾達が帰って来たわけです。
 一度そちらへ顔を向けた清さんは、椛さんと孝治さんのほうを向き直った後、やや早口で短くこう言いました。
「家族が亡くなった、という共通項からの縁ですしね」
 住んでいるわけではないとはいえ、ここに関わりのある人達です。椛さんも孝治さんも、清さんの言いたいことはそれだけで伝わったことでしょう。そしてそこへドアが開く音と、複数の『ただいま』が聞こえてきました。
「庄子から改めて礼を言っておくよう頼まれたぞ。『この場合誰に言えばいいか難しいけど、取り敢えず全員に』だそうだ」
「誰か一人のケーキってわけじゃなかったしな。だからっつってオレは含めなくて良かったと思うけど」
 いきなりらしいことを言い出した大吾に誰ともなくくすくすと笑い始め、そしてそれが収まったところで、椛さんが清さんにこう尋ねました。
「せーいっさん。息子さんって確か、幽霊のことは全く知らないんですよね? 姉貴からちらっと聞いたことあるけど」
「はい、まったく」
 それは、先程の話の続きだったのでしょう。家族が亡くなったという共通項から縁を持った清明くんと庄子ちゃん。けれど、その共通項に対する立場は同じではないと。
 その差があるからこそ庄子ちゃんは清明くんとの関係に神経質なのでしょうが、しかし僕は、そして清さん含め他の誰も、それを口に出しはしませんでした。
「ん? 清明くんの話してたんですか?」
 と、大吾。ある意味ではその大吾自身の話でもあったことは、けれど庄子ちゃんの名前を出さなかったことと同じく、誰も口に出しはしませんでした。


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