(有)妄想心霊屋敷

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新転地はお化け屋敷 第四十七章 報告 七

2012-05-02 20:47:16 | 新転地はお化け屋敷
「それで孝さん、お昼ご飯のことなんだけど」
 簡単な自己紹介を済ませたとはいえいきなりあの二人から話題が逸れるか、なんて思いがないわけではないものの、でもまあそう話し掛けられたのならば。
「ああ、買い物行ってくれた?」
「あー……行ったんだけどね、一応……」
「ん?」
 話題を逸らしたと思ったら今度は困った笑みを浮かべる栞。何があったかは分かりませんが、少なくとも何かあったようです。
「お昼ご飯、みんなで食べようってことになってさ」
「ああ、なるほど」
「案の定というか何というかね」
 予め想定していたわけではありませんが、そうなったと言われればそりゃあそうもなるよねと思える程度の事態ではありました。となるとますます学校のみんなに声掛けるのを後回しにしてよかったなあ、とも。
「で、それでなんで都合が悪そうな顔に?」
 再度になりますが、そりゃあそうもなるよねと思える程度の事態です。しかもどちらかといえば望むところな事態でもあり、ならばここで栞が浮かべているべきは、嬉しそうな顔なのではないでしょうか?
「ええとね」
「うん」
「お昼の用意、まだ何も出来てないの」
「あ、そうなの?」
「『是非孝さんの料理を食べてもらおう』ってことになっちゃって……」
 ふむ。
 この様子ということは栞が言い出した話ではないのでしょう。となればやはり家守さん……うーん、流れによっては成美さんも含まれるかも? 大吾はないな。で、その家守さんを高次さんがやんわり止めようとして止め切れなくて、清さんがその様子を見て笑っていると、そんなところでしょう。
「望むところだよ。――って、食べてもらう二人の前であんまり見栄を切っちゃうのもどうかなって話ですよね」
「あ、ど、どうぞお気遣いなく」
 やや慌てたように手を振って言う道端さん。一方の大山さんは静かなものでしたが、しかしまあ一見正反対なその二人の反応も、根っこは同じなのでしょう。
 僕から見た二人は外から来たお客様ですが、二人から見た僕は仕事上のお客様ということになります。ならばまあ、恐縮したとか、そういうことになるんじゃないでしょうか。
「むー」
 でもこの人達幽霊が怖いんじゃなかったっけ? という疑問に思い当たったところでタイミングよく――ということはないのでしょうが、栞が頬を膨らませていました。
「あれ、なんでそうなった?」
「ご飯用意してあげられなくてごめんねって思ってたのに、全く意に介してないんだもんなあ」
「…………」
 しまった。
「すいませんでした」
 そうでした。今日の栞は「旦那の帰りを待つ妻」という設定なのでした。設定……いや、設定でいいよねこの場合。
「ぷっ」
 見れば、道端さんが口に手を当てていました。
「いえ、すいません」
 そう言って手を下ろしてみてもまだ唇が歪んでいましたが、それはそれでいいんじゃないでしょうか。せっかく料理を振舞うっていうのに、その相手に緊張されてたらなんか勿体無いですしね。
「で、栞。もう返事なんか最初から分かってて訊くんだけどさ」
「なに?」
「料理はともかく、今この場については、僕は手伝っちゃ駄目なんだよね?」
「当然」
 ――その理由については掃除中、飽くまでも掃除の手順内として道端さんと大山さんだけを先に私室へ行かせた栞から、こっそりと聞かせてもらえました。
 栞が僕に掃除の手伝いを断り続けているのは、これが栞の仕事だからです。
 しかし今回の、この道端さんと大山さんに対する云々もまた家守さんから頼まれた「仕事」であって、だったら扱いは同じにすべきだよねと、そういうことなんだそうでした。
 あともう一つ。ただ面と向かって会話をするのは抵抗があるかもしれないけど、何か作業をしながらだったらそれも紛れるんじゃないかなあと思って。とも、言っていました。
「その辺、孝さんの料理にも期待だよね」
「おや、露骨にプレッシャー掛けてきたね」
 割と感心してたんだからさせ続けてくれたらよかったのになあ、なんて。
「まあ、料理に関して弱気になるのは嫌だからね。どーんと任せてくださって結構です」
「うんうん、それでこそ孝さんだよ」
 それを言ったら、仕事である掃除を他の仕事の手段にしちゃうなんてさすが栞、ってことにもなるんですけどね。
 とはいえこれは内緒話だったりもするので、そんな言い合いに発展しそうなことは言わないでおきましたけどね。
「じゃ、仕事の続き頑張って。僕は少しだけ休憩」
「お疲れ様」

「お掃除お疲れさーん」
「いや、僕は……」
「ん? あぁあぁそうだったね。キシシ、まあじゃあ『今からお疲れ様』ってことで」
 未来に対して労をねぎらわれましたが、まあともかく。
 僕と栞、そして道端さんと大山さんの四人、101号室に到着です。何のためかと言われればそりゃあ昼食のためなのですが、どうやら既に他のみんなは到着しているようで玄関口は沢山の履物で溢れており、そしてその玄関口から窺うだけでも中の賑やかさが伝わってきます。
「ささ、皆さん奥へ奥へ。我等が料理長さんもまあ、このまま台所にってこたないでしょ」
 言われなければそうしていたところですが、言われてみれば確かにそれもそうです。というわけでお誘いの通り、一旦は奥へ上がらせてもらうことにしました。
 料理長。四方院さんとなんやかんやしている時にそう呼ばれるとあちらの料理長さんの顔が浮かんでしまいますが――いやいやそんなそんな、あの人と同格だなんてのは流石に言い過ぎですって。
 嬉しいですけどね。ふふん。
 あと道端さんから聞いたことですが、なんだかその「あちらの料理長」さんが僕のことをえらく褒めてくださっているそうで。
 …………。
 頭の中でだけなら、ちょっとくらい調子に乗ったって咎められはしませんよね?
 ともあれ部屋に上がらせてもらうということで、ならば僕達四人はそれに応じた挨拶をするわけですが、
『お邪魔します』
『失礼致します』
 そんなふうに二人ずつで表現が割れます。が、それはまあ、当たり前と言えば当たり前なことなのでしょう。僕が気に留めたのはそれとは別のことでした。
 挨拶のタイミングです。
 僕と栞だって確かに同時に挨拶をしたわけですが、しかし二人分の言葉を正確に文字に起こしてみるなら、それは『おお邪邪魔魔ししまますす』といったところ。同時というよりは、ただ重なっただけのことなのでしょう。
 しかしそれに対して道端さんと大山さんのそれは、正確に文字に起こしてみてもやっぱり『失礼致します』なのです。せーの、とでも頭に付け加えてタイミングを合わせようとしなければ無理そうなそれを、二人は何の気なしといった風情でさらりと。
 かっこいいなあ、と感心する半面、これが仕事というものか、と冷たい風に吹かれたような心地にも。
 ……いや、これが例えば年配、とまではいかなくても清さんくらいの人がしたのであれば、感心だけで済んだのかもしれません。けれど道端さんも大山さんも見た感じ若いというか、僕と同じくらいの年代に見えるのです。
 同じくらいの年代に見える。というのならば今この場でそれに倣えと言われて僕が易々と実行できるかと言われれば、もちろん返事は芳しいものではありません。そんなことも踏まえてみるに、やっぱり感心だけでは済ませられないのでした。なんせこの二人の場合、そういう「仕事」に辿り着いた経緯が経緯ですし。
 と言って詳細を聞いたわけではないですし、そこまで訊くつもりもないですけど。
「あっ」
 そんなことを考えながら居間へ踏み込んでみたところ、
「木崎さんもご一緒だったんですね」
「ご無沙汰しております。――が、栞様かそちらの二人からお聞きになりませんでしたか? 私が同行していたことは」
「いえ……?」
 言われて栞の方を見てみれば、僕の様に驚いているふうな様子はまるでなし。
 思い返せば栞はここで昼食をどうするかという話をしているわけで、ならば今ここにいる木崎さんとだってまず間違いなく顔を合わせているわけで。
 と、いうことは。
「なんとなく言わないでおいてみた」
「本当に『なんとなく』以外の何物でもないよね」
 というわけで、それで何がどうなるというわけでもないお戯れは本人の口からあっさり白状されたのでした。道端さん大山さんからも何も言われなかったってことは、そっちにも言い含めてたんだろうなあ。なんとなくでしかないのによくもまあ。
「これが私でなく大門さんだったりしたら、面白い結果になっていたのかもしれませんけどね」
「かもしれませんけど、面白がられても困っちゃうというか……」
 考えようによっては自虐にも取れかねない台詞でしたが、しかしそれを抜きにしてただ冗談として見るにしても、真顔で言い捨てている木崎さんなのでした。それにまた困ってしまうというか。
「でも、もし本当にそうなってたらどうなってたんでしょうね。やっぱり昼食作りは僕じゃなくて大門さんがすることになってたんでしょうか?」
 困りこそすれ興味が湧かないわけもない話題、ということで、たられば話です。前々から思ってたけど「たられば」ってなんか料理名の短縮形みたいですよね、とどうでもいい話はいいとして。
「どうしてです?」
 ん?
 返事は引き続き木崎さんからだったのですが、その内容は期待したものとは違ったというか、期待の正反対なのでした。いや、だって、料理長さんですよ?
「え、そうなりませんか? せっかく来てもらって――いや、もしもの話なんですけど、来てもらって食事をする機会があって、なのに料理をしてもらわないでおくなんて」
 そりゃあ外で食べるという話だったりしたら「無理に作ってもらってまで」ということにもなりましょうが、でも今のこの状況は普通に誰かが料理をしてという話なんですから、じゃあ料理が堪能な人を担ぎ出さないのは勿体無いというか――特に大門さんなんてそれを仕事としてすらいる人なんですから、いっそ失礼というか。
「ふむ」
 この場には木崎さん以外の人もいる、どころかあまくに荘が全員集合しているわけですが、木崎さん以外の皆さんは僕と木崎さんの遣り取りを窺うばかりで動きはなし。そんな中木崎さん、そう息をつきながら腕を組んでみせました。
「なるほど、なんとなくですが分かった気がします」
「え? ええっと」
「日向様にとって、料理をするというのは『手間』ではないのですね」
 手間。
 ん?
 ――あっ。
「なんか、猛烈に恥ずかしいところをお見せしてしまったような」
「いえいえ、そんなことは」
 料理が手間。つまり、客に手間を掛けさせるとは何事だ、といったところなのでしょう。
 料理以外のことに置き換えてみればしっくりきます。例えば、さっきまで眺めていた栞の仕事とか。お客様に対して「この部屋掃除しといて」なんて言ったら気分を害されるどころじゃ済まないですよね、普通。さっき手伝っていた道端さんと大山さんだって、自分達から申し出たらしいですし。
「大門さんには通じる価値観でしょうしね、恐らくは」
「だといいんですけど……いやいや、それでもやっぱりよくはないです」
 作るだけならまだしも、作った後にはそれを食べるわけです。で、しつこく言っていることですが、僕の持論としてはむしろその食べている最中こそが料理の本分なわけです。栄養摂取のためだけに食べるなら料理なんか多少不味くても問題はないわけで、そこを努力やら何やら費やしてまで美味しいものを作るということは、自分も含めてそれを食べる人達にいい気分になってもらいたいがためなんですしね。そうすれば会話なんかも弾むでしょうし。
 で、です。
 料理というものにいちいちそんな思いを込めているというのはまあ、料理好きゆえ当然と言えば当然なのでしょう。思いの内容はどうあれ、なにも考えることなくただ好きっていうのも変な話ですしね。
 でも、価値観がずれるのは駄目です。食べてもらうのも、美味しいと言ってもらうのも、その大多数が料理に対しては「普通な」価値観を持った人達なのですから。一緒にいい気分になる以上、自分もそこに溶け込まなくてはならないのですから。
「孝さん」
 呼び掛けられたのでそちらを向くわけですが、その瞬間に気付きました。ああ、いま顔の筋肉に力入ってたな、と。
 で、当たり前ながら呼んできたのは栞です。
「大丈夫。孝さん適度に変わってるけど、気に病むほどじゃないから」
 その瞬間周囲から笑いを浴びせかけられたのは、言うまでもなかったりするんでしょうか。
 一緒になって笑えばいいのかそれとも照れてみせればいいのか、と笑い半分照れ半分な顔をしていたところ、そのみんなの笑い声で騒がしい中、栞が耳元に顔を近付け、小声でこう言い含めてきました。
「私はそこが好きなんだけどね。必死にいろいろ考えてくれるところ」
 …………。
 ますますどう反応すればいいのか分からなくなりましたが、ともあれ、くよくよしていられるようなメンタリティが掻き消されたのは間違いありませんでした。
 そうですとも。これから趣味であるところの料理に臨むわけですから、後ろ向きな気分でいちゃあいけません。なんせ趣味である以上は「好き」が原動力なわけですから、そんな調子じゃあ腕が鈍るというものです。
 こちらからも小声で「ありがとう」と返事をしたところ、栞はにっこりと笑みを浮かべ、通常の声量で「人数が人数だから私も手伝うよ、お料理」と。
 つくづく、いいお嫁さんを貰ったものです。
「あ、じゃあアタシも」
 つくづく、いい管理人さんに巡り合ったものです。

 というわけで三人一緒に台所へ移動し、まずは食材の確認から。何を作るかすら決められませんしね、そうしないと。
「……ここで食べるのって」
「ん?」
 冷蔵庫の扉を開けた先にあった光景に、つい声が訝んだような調子に。するとそんな僕に首を傾げるのは、この冷蔵庫と冷蔵庫の中身の所有者である家守さんです。
「家守さんと高次さんがここで食べるのって、仕事が休みでもない限り朝だけですよね? 昼は仕事先で済ませるでしょうし、夜はうちの部屋ですし」
「そうだよ」
「で、この量は」
 満載。冷気の通りが阻害されてしまうんじゃないかというくらいの、それはそれは激しい満載っぷりなのでした。最低限、無理に押し込んだような詰め方はしていないようですが、奥側に何があるのか見えません。
「使いきれるんですか? これ。今から料理で使う分を考えても、さすがにこれは……」
 どれだけの食材を消費期限切れにしてしまうことでしょうか。なんだかんだで金銭的余裕があまりない自身の身の上からすれば、背筋が震えすらするのでした。冷蔵庫から漏れてくる冷気のせいかもしれませんが。
 なんにせよ震えている僕に対し、けれど家守さんはへらへらとしたものなのでした。
「ああ、大丈夫大丈夫。料理に使うようなものは手前側だけだから、実際はそれほど大した量じゃないよ」
「手前側だけ?」
 確かに今のところ僕が確認したのは手前側だけなのですが、では、この「料理に使うようなもの」で築かれたバリケードの裏側には、一体何があるというのでしょうか?
 という質問はしかし、こちらから尋ねるまでもなくその答えが。
「お菓子類。勝手な想像だけどなんとなく傷み易そうかなってね。チョコとかなんかは傷む以前に融けちゃうし」
 傷むとなると饅頭とか餅菓子とかでしょうか。いや、僕もお菓子の方はあんまり詳しくないわけですけど。
 というのはともかく、ならば、ここから見えない奥側の範囲はその菓子類で埋め尽くされていると。
「なんでまたそんなにお菓子ばっかり? 凄い量じゃないですか?」
「ふっふっふー、これは覚えとくといいかもしれないよこーちゃん」
 何やら得意そうな笑みを浮かべる家守さんでしたが、はて、大量のお菓子を買い込むことで何をどう得意になれるというのでしょうか。
「差し入れ一つだけでも随分変わるものなんだよねえ、あちらさん――あー、お客様に与える印象っていうかさ」
「ああ、なるほど」
 さすがにここまでパンパンなのは買い足した直後くらいだけどね、と付け加えてあとは何も言わない家守さん。しかしそれはつまり、消費速度がとんでもないってことなのではないでしょうか。一体どれだけ精力的に働けばそんなことに。
 とまあそれはともかく、この量――といっても見えてませんけど――を買う必要があり、しかもそれをさっさと消費してしまう、ということは。
「結構ばかにならないんじゃないですか? 経費の方、その差し入れだけでも」
 またしても背筋が震える僕でしたが、しかし家守さんもそれと同様、またしてもへらへらとしたものなのでした。
「ちょっと汚い話だけどねこーちゃん」
「はい」
「それに掛かった経費なんて、そのままお客様に請求しちゃえばいいんだよね」
「うおお」
 そういえばそうなるわけですが、はっきり言い捨てられるとなんだか衝撃的です。
「全部合わせたらそりゃ結構な額だけど、おひとり様分にしたら数百円、高くても千円ちょいだもんさ。『さっきあげたお菓子の料金を返してください』なんて正直に言ったりしない限り誰も気にしないというか、気付かないよね」
 確かにその通りです。なんせ僕自身、栞を両親に紹介する際家守さんと高次さんに仕事を依頼しているわけですから、こればっかりは実体験として言い切れます。――いや、お菓子とかは貰ってませんでしたけど、料金の仔細を気にするかという面で。
「なんせ霊能者の仕事に対する料金なんて初めからあやふやなんだし。技術料金ほぼ百パーセントだわそれに対する相場なんてもん存在しないわで、自分で言うのもなんだけど結構無茶苦茶だよ、霊能者業界って」
「素人からすればもう、そもそも『業界』って言葉が出てくること自体に違和感があったりしますしね」
「でしょ?」
 となるとやっぱり、霊能者同士の横の繋がりというか、そういったものはやっぱりあるものなのでしょう。家守さんが高次さんと、というか四方院さんと関わったのだって、そういうことなのかもしれませんし。
 でもまあ、そこら辺に深入りしても仕方がないということで、代わりにこんな素朴かつ意地悪な疑問を投げ掛けてみます。
「ちなみに家守さん、その無茶苦茶な霊能者業界の中で、ご自分はどのくらいの位置にいると?」
「えっ? あー、いやー、良心的なほうだってことにしておいてください」
 ……まあこれが自分に関わりのない話ならともかく、実際に仕事をしてもらった後でそこのところに突っ込みを入れるとクレーム入れてるみたいになってしまうので、家守さんがそういうことにして欲しいと仰るのならそういうことにしておきましょう。
 ところで。
「栞」
「え? へ、あ、何かな?」
 家守さんの仕事の話。ということならば、それが金銭面の話とはいえ多少は食い付いてきそうなものだったのですが、栞はここまで静かなものでした。
 どうしてかと言われればその原因は分かっているというか、一目瞭然です。口は静かでも行動がそうではなかったというか、食材の壁の向こう側にあるお菓子群をなんとかその目で確認しようと、あれやこれや角度を変えつつ必死で中を覗き込んでいたのでした。
 手前の食材をいったん出せばいいのに、とは、今更言わないでおきました。
「特に何ってわけでもないけど、じゃあそろそろ始めようか。このまま冷蔵庫開けっ放しで話し込むっていうのもなんだし」
「う、うん。どんとこい」
 言い訳じみた意気込みの台詞を吐く栞。ですがそこへ、くすくすと笑いながら家守さん。
「いいよいいよ、あとでみんなで食べよっか。なんせこんだけあるんだし、そうでなくてもお客さんが来てるならお菓子くらい出すさ」
 栞は反論したげでしたが、しかしその後半の台詞が効いたのでしょう、反論したげ止まりなのでした。栞がどうあれ出してたって話をされちゃあ、そりゃあそうなりましょうとも。

 で。
「おまちどうさまでーす」
 さすがに人数が人数なので、献立の一部は大皿から各自でよそってもらう形式に。というわけで僕も栞も家守さんもそれぞれ一枚ずつ、えっちらおっちらと大皿を居間へ運び込むのでした。
 人数が問題になるなら鍋料理とかでもよかったんでしょうけど、まあ、それだとあんまり料理の腕っていうのが発揮できませんしね。見せびらかしたいというほどではないですが、期待が掛けられているのは間違いないわけですし。
 ――ちなみに。
「うちで昼に出す予定だった味噌汁の残りもあるんですけど、残りものでもいいって方は言ってもらえればお出ししまーす」
 もちろんながらそれは栞が朝に作ってくれた味噌汁です。
 朝の残りということでできるだけ早めに処理したいわけですが、しかし朝の残りということでそのまま全員に出すというのは躊躇うところがあり、なので希望者のみということに。
 もちろんながら僕は飲みますし、他に希望者が出なければ一人で飲み尽くす所存ですらあります。そうなったら確実に塩分の取り過ぎですが。
 で、さすがに全員ではありませんでしたがいくらか手が挙がったので、僕はそちらの準備のため台所へ戻ることに。栞も残りの献立を運ぶため台所へ戻り、家守さんは先に運び込んでいたジャーからご飯をよそい始めます。
 ……というわけで、再度台所。
「忙しいねえ、作り終わってもまだ行ったり来たり」
「そりゃあね」
 そんな短い返事に、しかし栞はにこりと口の端を持ち上げてみせるのでした。どうやら、皆まで語る必要はなさそうです。
 というわけでそれ以上は何も言わず、温め直すために味噌汁の鍋をコンロの火に掛けたところ。
「それで孝さん」
「ん?」
「さっき誰が手を挙げたかよく見てなかったんだけど、どうたった? 道端さんと大山さん」
「あはは、その二人だけか」
「他の人は気にする理由がないしね。そりゃあまあ私が作ったお味噌汁だし、飲んでみて欲しいっていうのがないわけじゃないけど」
 言っていることは分かりますが、僕とだけ話している今この場ですらそれを控えるのは遠慮し過ぎなんじゃないかなあと。しかしまあ、ここが「料理好き」と「料理好きな人が好き」の差なのかな、とも。
 で、質問の答えですが。
「僕も気にはなったんだけど――えーと、マンデーさん達に絡まれててこっち見てなかったね、そもそも」
「あー、そっかー。絡まれてって言い方はちょっとあれだけど」
 マンデーさん達。正確には、マンデーさんとジョンとナタリーさん。そういえば今日の散歩はもう済んだのかなあ、なんてことが頭をよぎったりもしますが、それはまあ置いときまして。
「どうなんだろうね。道端さん達からして、動物が喋ってるっていうのは」
「あー、どうなんだろうねえ」
 幽霊云々を今更としても、動物が人間の言葉を話しているというのはやっぱり特異な事態ではあります。でも四方院さんの所で働いているとなれば、とは思うのですが、幽霊が怖い人を霊能者的なお仕事の場に同行させるってことはさすがにないんでしょうしねえ。相手が幽霊とはいえ、今回のことだって言ってみればただの服の仕立てであって霊能者云々ではありませんし。


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