(有)妄想心霊屋敷

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新転地はお化け屋敷 最終章 今日これまでも、今日これからも 三十

2015-02-07 21:10:56 | 新転地はお化け屋敷
「『知って知られて、それで時々変わったり変えられたりもして』って、その時はそんなふうに言ってました。そうやって誰かと関わり合っていくのが生きるってことなんじゃないかって」
 栞を見ます。その話をしていた相手ということで当然その中身については了解してくれているわけですが、しかしそこで浮かべていた微笑みは、それだけを意味するものではないのでしょう。
 こちらからも軽く笑みを返してから、視線を背の高い男性へと向け直します。
「まあそれも、『分かったつもりで適当言ってるだけ』なのかもしれませんけど――あ、いや、本当に」
 ここで彼の言葉を引用してみたところ、その彼の表情がまたどんどんと苦笑いのそれに。もちろんこちらも先程と同様そんなつもりで言っているわけではなく、なのでそれは横に流しておきまして。
「でもその『適当言ってるだけ』にしたって、言われた側は何かしら考えるわけじゃないですか。間違ってるなら『間違ってる』と思うわけで、じゃあ『自分はそういう人間じゃない』とも思う……というか、思わされるんですし」
 良い側面ばかりな話でもないような気がしたので微妙に言い方を変えてもみましたが、言っていることはまあどちらでも同じことです。誰かに何かを言われた時、それを全く気にせず意識にも留めない、というのはそうそう簡単にできることではないんでしょうしね。
「で、そういうのも含めて『自分』が出来上がっていって、それを周囲の誰かが『この人はこういう人だ』と定義してくれる、という」
 ここでお父さんのあの話が登場。自分で自分を定義する場面がないわけじゃない、という話ではあったのですが、とはいえ主となるのはやはりこちらなのでしょう。普段の生活の中での比率という話はもちろんのこと、まさか式を上げた直後のお嫁さんが隣にいる状況でそれを否定するわけにもいきませんし、というのもないわけではなく。
「日向さんとお父さんの話の間に僕の話が挟まってるっていうのは、なんだか申し訳ないような感じだねえ」
「いえいえ、理屈を作るための情報源に身内かそうじゃないかなんて関係ないですから。言ってしまえば僕から見た栞なんかだって、元は赤の他人なわけですしね」
 お父さんの話を引用しているのでそちらばかりが印象強いのかもしれませんが、こと「自分を定義してくれる自分以外の誰か」という点については、栞だって両親に匹敵しますし――ここ最近の話に限れば、両親すら追い抜いて単独トップなんですしね。
 というようなことを考えながらの発言だったので、ならばいつも通りにそれが顔に出ていたりもしたのでしょう。「言い切るねえ」と返してきた背の高い男性は、面白いものでも見ているかのように頬を緩めているのでした。
「ガッチガチに定義し合っていれば、これくらいのことでそこがぶれたりはしないのです」
 というのは少々、元の話に擦り寄り過ぎて無理のある言い方になってしまったかもしれませんが……と思ったら、そのガチガチ定義の相手は今の話にむしろご満悦らしく、良い笑顔を浮かべているのでした。うむ、この人はそれでこそ。
「はは。冷めたふうなこと言うのにも、それくらいの下地が必要ってことなのかな」
 今度は苦笑いでなく普通に笑ってみせる彼。すると「そりゃそうでしょ」と同じく笑ってそこへ続くのは、髪が短い女性です。
「いじけてるだけの奴がいじけたようなこと言ったところで、『いじけてるだけ』以外の定義なんかしてもらえるわけないじゃない」
「おや、上手い具合に話題に乗っかっちゃって」
「これくらいしてやればさすがに懲りるでしょ、あんたでも」
「……うん。まあ、そうだね」
 そうらしいのでした。まあ、それをどう定義するのかは僕達ではなく彼女の役割だろうということで、ならばそれについてあれやこれやと余計なことは考えないでおくようにしますけどね。
 で、ならばこちらとしては話を戻すしかないわけでもありまして。
「『生きる』っていうのがどういうことかって考えた時、僕達としてはやっぱり、単純な生きてる生きてないの話にはできないんですよね」
 ここは敢えて話を栞に限定しますが、栞は幽霊です。つまり既に亡くなっています。ならばそれを指して「生きてはいない」と言えるかというと――言いたくありません。言えない、ではなく、言いたくありません。僕の隣で笑い、僕の隣で怒り、僕の隣で泣き、僕の隣で僕を愛してくれている彼女に対して「生きてはいない」だなんて、絶対に。
「だから強引にでも他の意味を持って来させてもらいますけど、それって『自分が自分として生きる』ってことだと思うんですよ」
 とだけ言うとなんだか在り来たりな話に聞こえてしまいますが――いや、在り来たりだから間違っているという話でもないんですけど――しかしそこに、あの話が絡んでくるわけです。
「もちろん、その『自分』を定義してくれるのは自分じゃなくて他人なんですけど」
「こんなこと言うのも何だけど、ややこしいねえ」
 すぐさまそう返してくる彼でしたが、しかし少なくとも表情からは、それに対する批判的な色は見受けられないのでした。そしてすぐさまそう返してきた彼に対し、これまたすぐさま言い返したのは栞。
「だからいいんですよ」
 それが誰からの受け売りであるかは、言うまでもないでしょう。そしてその人と栞の関係もまた、しっかりと「ややこしいもの」の一つであるわけです。
「もしそれが簡単なものだったら、みんな誰かと深いお付き合いをしようなんて思わないでしょうしね。ちょっと会っただけでその人のことが一から十まで透けて見えちゃったりしたら」
 そう言われた彼は、周りの友人三名を振り返ります。振り返っているのでその時彼がどんな顔をしていたかは分かりませんでしたが、しかしそれを真正面から捉えている筈の友人三名は、その全員が柔らかい笑みを浮かべているのでした。
 と、そういうことにもなれば、
「そうなのかもね」
 こちらを向き直した彼は少し躊躇いがちに、もしかしたら少し悔しそうにもしながら、しかしそんなふうに言って笑ってみせるのでした。
 一拍、いや数拍ほど、その彼のものを始点として微笑みだけが広まる時間が過ぎたのち。
「最初のお話なんですけど」
 その笑みを絶やさないまま話をし始めたのは、引き続いて栞なのでした。とはいえ、最初の話と言われてもどれのことだか分からないくらい、既に話し込んでしまってもいるわけですが――。
 なんて思ってみたところ栞は、その絶やさないでいる笑みの上へ更に色を付け足しながら言いました。
「孝さんがよく知ってくれてるってことだったじゃないですか。幽霊だってことも含めて、私のことを」
 なるほど、本当に最初の話でした。そこからいろいろと話が展開したりはしましたが、そもそもの呼び止められた件はそれだったんですよね。……と、そうして説明する際の栞があまりにも良い笑顔だったので、特に意味もなくそんなことを考えて意識を逸らしてみる僕なのでした。
 そしてその意識を逸らすついでに、でもその話は、とも思ったのですが――。
 一方あちらは、いやあちらも、そのついつい気を紛らわせたくなる程の笑みはそのままに、「でも」と。
「本当は、まだ知られてないところも沢山あると思うんです。もちろん、逆に私が孝さんのことで知らないところだってあると思いますし」
「それはさっきの、ややこしいからいいって話?」
「はい」
 結婚した相手について、まだ知らないところが沢山ある。それ自体はもちろんのこと、それに対する問い掛けにもにこやかに返事をする栞に、問い掛けをした背の低い男性は明らかに面食らっていたのでした。
 と言ってもまあ、それはちょっと前にも見た流れだったんですけどね。それこそこの「最初の話」を最初にしていた時に。
「もちろんあると分かったら知らせにいきますし、それに孝さんの側からも知りに来てくれますしね。――だから、『あると思う』です。間違いなくあるけど今は思い付かないだけ、っていう」
 そう言った栞は、続けて「まあ私達の場合、お付き合いを始めてからここまでがあっという間だったっていうのもありますしね」と、照れ臭そうに笑いながらそんなふうにも。まあそうなんですよね、そもそものお互いを知る期間が非常に短かったっていう。
 ただ、それがあって今こういう考えを持てていることについて僕は、というか僕と栞は、その期間の短さを残念なことだったとは思いません。単なる個人同士の話としてはもちろんながら、そのうち一方だけが幽霊という特殊極まる環境にあるということを鑑みれば、この考え方を得られたというのは実に大きなことだったんでしょうしね。しかも二人とも、という。
 何から何まで同じ方がいいというわけではありませんが、とはいえやはり栞の話と僕が持っている考えがぴったり重なることについて、いい気分にさせられたりもしていたところ。
「そのいつ思い付くか分からないものを楽しみにし続けるって、それはそれで大変なことじゃないですか?」
 と、背の高い男性からそんな質問が。
「ん?……うーん、考えてみたらそうかもですねえ。全く苦には思ってませんでしたけど……」
 ……普段なら少しくらい誤魔化そうと試みていたのかもしれませんが、しかしそれよりも先に本音と寸分違わぬものを声に出されてしまうと、それも諦めざるを得ないのでした。
「でもまあ、人に言われて考えるまで気付きもしないくらいそれが楽しいと思える人だから、っていうのもあるのかもしれませんね。結婚までしちゃったっていうのは」
 ああ言えばこう言うなあ。
 と、言わなかったこと以外に違いがない僕は、言った栞を横から見ていてそんなふうに思うのでした。話者が違っていれば、今の栞の台詞を口にしていたのは僕だったことでしょう。
 ……どうなんでしょうか。変なんでしょうかね、そのことにほんのりと幸せを感じてしまうというのは。
「で、その『結婚』っていうのはまあ、色んな意味で特別扱いしなきゃいけないものなんでしょうけど――でも少なくとも方向性は、それ以外の人付き合いも同じということで」
 ほっこりしている僕の隣で栞は説明を続け、ならばそれを受けて背の高い男性は「なるほど」と頷いてみせます。そしてそこへ更なる質問が続くようなことはなく、じゃあそろそろこの今は良くても後から恥ずかしくなってきそうな話も終わりかな。なんて、思っていたところ。
「旦那さんとのことが『人との関わり方』の基礎になってるみたいですね、今の仰り方だと……」
 ここで僕と同様のほっこり顔をしながらそんな問い掛けをしてきたのは、髪が短い女性なのでした。が、とはいえ「仰り方」ということで、それはまあ言い方の問題でしかなくはあるのでしょう。
 なので今の栞の言葉をより正確なものにするのであれば、「それ以外も同じ」というよりは「それ以外と同じ」ということになるんでしょうね。と、そんなふうに思っていたところ。
「…………」
 栞?
「あ、本当だ。孝さんのことが根っこになってる、私」
 根っことはまたえらく地味ながら味わい深いものに例えてくれたもんですね、と個人的な趣味も交えつつそんなふうに思ってみたのですがそれはどうでもいいとして。
「いやいや、嬉しいけどそういうことでいいの? こういう関係とは言えやっぱり知り合ったのはつい最近なんだし、だったらそれが根っこ――基礎になるっていうのは。嬉しいけどさ」
 重要な部分については二度繰り返しておきつつ、あと別に根っこでも良かったんじゃないかと思いもしつつ、僕はそうして疑問を呈してみることにしました。
 栞が僕とのことで色々とものの見方が変わったというのは分かりますし、分かるまでもなく実感させてもらっているところではあるのですが、それを例えば「後から変わった」とかならともかく「根っこになってる」とは――と、そんなふうに思わずにはいられなかったのです。
 最初、とは言わないまでもそれに近い頃から知り合っていたというなら分かりますが、僕なんか「栞の知り合い」としてはむしろ登場が遅かった側に位置しているわけですしね。特にあまくに荘の中だけで考えた場合なんか、後ろにいるのがナタリーさんだけになってしまうくらいですし。
「いや正直、私も自分でそんなふうに思わなくもないんだけどね? でもそれを踏まえて思い返してみても、やっぱり誰の先にも孝さんがいるなあって」
 ふむ……。
 こういう時に考え足らずで済ませるような人ではないので、ならばそれは偽りも勘違いもない事実なのでしょう。僕だって嫌というわけではない、というか今言った通りに嬉しいわけで、ならばもう疑問を持つ必要はないのですが――しかし、最後に一つだけ。
「家守さんよりも?」
 結婚は特別扱いしなきゃいけないものなんだろうけど、と先程そう言っていた栞。しかし特別性を問うのであればこの人だって、今ではその頭に「かつての」という言葉が付け足されるとはいえ、「もう一人のお母さんみたいな人」という特別も特別な人物なのです。
 果たして僕はそんな人よりも――と、なんだか張り合っているようで格好悪いことこの上ないのですが、しかしそれはもちろんそれ以外のところでも、確かめておいた方がいいんだろうな、と。
「うーん……」
 考え込む栞。しかしそれは悩んでいるのではなくもう一度、そして全力で、今言っていた「思い返し」をしている、ということなのでしょう。言ってしまえばこれは僕と家守さんを比較するだけの話で、ならばそこに悩むような点はないんでしょうしね。本来は並べて比べるようなものではなく、なので躊躇う点はあるのかもしれませんが、それに引きずられる栞ではありませんし。
 そうしてしばしの間を挟み、そしてそののち顔を上げた栞は、
「そうみたい、やっぱり」
 喜ぶでもなければその逆でもなく、静かにそう告げてくるのでした。
「そっか」
 繰り返しますが、これは僕にとって嬉しい話です。ならば熟考の末頷いてみせた栞にはそれに準じた表情を向けることになるわけですが――しかし一方で、胸の内に重いものを感じていたりもするのでした。
 もう一人の母親のような女性。
 栞の中のその想いを過去のものとさせたのは僕であり、しかもここに来てその女性がしばしば語り、大事にしていた『人との関わり方』という話についても先に立ってしまった――いや、栞がそれに気付いたのが今だったというだけで、正確には「立ってしまっていた」ということになるんでしょうが――ならばこれは、一層のこと気を引き締めて掛からなければなりますまい、と。
 家守さんの先に立つに相応しい人間にならなければならない。そしてそれを達成できたかどうかを判断するのは、僕ではなく栞なのです。
「家守さんより前かあ。まあ、期待に添えられるよう頑張らせてもらうよ」
「ふふ。うん、頑張って」
 それがかなり大変なことだというのは分かっているでしょうに、手加減も配慮も何もしてくれない栞なのでした。
 もちろん、それが最高の称賛ということになるんでしょうけどね。
「ええと、ここで家守ちゃん? いやなんか、尋ねるタイミングちょっと逃しちゃった感じだけど」
 おっとしまった、つい二人の世界に。
 というような表現をしてしまうこともまた「しまった」ということになるのかもしれませんが――タイミングを逃したというよりは、僕と栞がそのタイミングを作らなかった、と言ったほうが正しいのでしょう。実に遠慮がちな様子でそう尋ねてきたのは、背が低い男性なのでした。
 そしてもちろん、尋ねてきたのが彼だったというだけで、他の三人もその彼とおなじ状況だというのは間違いありません。僕と栞はこの場の過半数に伝わらない話をしてしまっていたわけで、ならばさすがに反省なんかも挟みながら、質問に対する返答を。
「あー、その、家内は家守さんのことを非常に強く慕っていまして」
 というふうに固い表現を用いるとなんだか違和感が生じてしまうところですが、説明という形である以上は仕方がないところでしょう。物凄く好きなんです、なんて言いかただとそれはそれで別の問題が発生しそうな気もしますし。
 ちなみにそう言いながら栞の反応を窺ってもみたのですが、照れ臭そうに笑いこそすれ不満や異論はなさそうなのでした。――というのは何も表現の仕方がどうのという話ではなく、「もう一人の母親」ではなくなった、なくさせてしまった今でも、自分でそう思うならともかく他者から「慕っている」と言われることに抵抗はないんだろうか、という話だったのですが――まあ、見ての通りですよね。そうだろうとは思っていましたし、だから今その話ができたわけですけど。
「ああ、あれって照れ隠しじゃなかったんだ?」
 あちらの照れ笑いに笑い返していたところ、質問者である背が低い男性からは僕が照れていたというお話が。おっとまた二人の世界に足を突っ込みそうになってたぞ、というのはともかくとして、
「あれ、ですか?」
 何でしたかね一体。照れ隠しだったら数え切れないくらいしてるような気がしますけど。
 隠せていなかった数もそれとほぼ同数であろうそんな話はともかく、首を傾げてみせる僕に対して背が低い男性は、背が高い男性を顎で指し示しながらこんなふうに。
「こいつが日向さんに『家守ちゃんと親しくしてくれてる』みたいなこと言った時、『そういうのは奥さんの方が』って言い返してたでしょ?」
「ああ……」
 その時栞を家内と呼んだことにお母さんと家守さんが驚いてましたっけね。と、余計なことまで一緒に思い出してしまったりも。しかしもちろん今それはともかくとしておいて、
「そこはまあ、やっぱりというか」
 僕に代わって、栞が話をし始めたのでした。
 栞の話である以上は当然僕より栞の口から説明したほうが何かと都合がいいのでしょうし、あちらからそれを引き受けてくれるのであるのならば、僕としては任せるのみです。
「私は幽霊で楓さんは霊能者、ということで少し――いや、沢山、お世話になったので」
「ありゃ、余計なこと訊いちゃったかな」
「いえいえ。……ふふ、それにもちろんそのことだけじゃなくて、単純に人柄が好きだっていうのもありますしね、やっぱり」
 僕が引っ込めた「好き」という単語を何の躊躇いもなく用いてみせる栞でしたが、本人故に他意がないということなのか、僕が危惧したようなことにはならないのでした。つまりは僕が邪だっただけの話、ということになるんでしょうかこれは。
「そっか、それは良かった」
 一方、と並べ立てるのすらおこがましい程に僕の側は程度が低いのですが、背が低い男性からの返事はそれだけなのでした。その「人柄」について友人という立場から語ったりするようなこともなく、本当にそれだけ。
 しかしもちろん、内情についてはそれだけで済むものではないのでしょう。というのは家守さんと彼ら四人の間にあったことを考えれば想像しようとするまでもないことですし、そしてそれは、何をどれだけ考えていたとしても返事として口に出せるのは今の言葉だけだろう、ということについても同様です。
「はい」
 僕に察せられることを栞が察せられないわけもなく、なのであちらからの短い返事に対しては、栞もまたそんな短い返事をするのみなのでした。
 彼ら四人と僕達二人。家守さんの評価にはどうしたって差異が生まれるその二組ではありますが、しかしだからといって、どちらかがもう一方に迎合する、ということにはならないのです。
 彼ら四人には彼ら四人が定義する家守さんがいて、僕達二人には僕達二人が定義する家守さんがいる。もっと言えば六人それぞれの。
 そういうものなんでしょうし、そうでないといけないのでしょう。
 最後の最後で後ろ髪を引かれがちになってしまうことは残念に思わないわけでもないのですが、しかしこの場合仕方のないことではありますし、そしてこれもまた「そういうもの」なのでしょう。さすがに、そうでないといけない、とまでは言いませんけど。
 ……さて。
「じゃあ、そろそろ」
 形はどうあれ話は済んだわけで、ならばと控室への移動を促しに掛かる僕。そうして目の前のドアを見遣ってもみたところ、つい先程このドアを指して「この向こうにあるものが生きるということそのものです」みたいなことを言っていたのを思い出し、なのでそちらに手を伸ばすのが若干躊躇われたりもしたのですが――。
「ごめんね、お時間取らせちゃって」
 とここで、背が低い男性がそんなふうに。
 そういえばそうでしたね、そもそもの話はあちらから持ち掛けてきたものなんでしたっけ。言いたかったことを言えたからか、あんまりそんな感じではなかったんですけど……あとまあ、多分「二人だけの世界」のこともあって、ということだったりもするんでしょうけど。
「いえ、して頂けて良かったと思えるお話でしたから」
 それに対しては栞が、小首を傾げながらにっこりと。僕としてもそれは同感なのですが、しかしその僕と比べて聞き手に回る割合が多かったこと、あとやっぱり家守さんの話になったこともあって、ならばその思いも僕より強いところではあるのでしょう。
 栞のその様子に後ろ髪を引かれるような感覚が薄められるのを感じつつ、そしてあちら四名も同様であって欲しいと願いもしつつ、僕は控室のドアに手を掛け――。
「――――!」
 られませんでした。
 目的のドアは僕が手を掛けるまでもなく開き始め、そのまま僕の顔めがけて接近。最終的な停止位置は、鼻先に触れるか触れないかのところなのでした。
 もしこれが半端な開き方でなく完全に開け放たれていたならば、僕は鼻血を吹くことになっていたのかもしれません。出血自体はともかく服を汚したら大変ですし――などと冷静ぶっているのは、逆に冷静さを欠いている証拠なんでしょうけど。
 ちなみに手の方は反射的に引っ込めたおかげで突き指を免れていたわけですが、しかし果たしてそれを指して良い反応とすべきか、それとも手だけ引っ込めて顔がピンチだったことを指してどんくさいとすべきかは、判断に迷うところではあるのでした。
「あ、すいません」
 何にせよ僕に身体的な被害はなく、故に痛がったりもしないわけで、ならばドアの向こうから顔を覗かせたその人物はどうやら、今のこの状況が危機的なものであったということに気付いていないようでした。
「あ、ああ、うん、こっちこそ」
 とはいえ、気付いていないのであれば気付かないままでいてもらったほうがよくはあるのでしょう。隣で面白そうにくすくすと笑っている栞は気にしないことにしておいて、僕は出来るだけ何でもなかったふうを装うことにしました。
 出来るだけ、ですが。飽くまでも。
「それで庄子ちゃん、外に用事?」
 というわけでドアの向こうから顔を出しているのは庄子ちゃんだったわけですが、用事もないのにドアを開けるわけがなく、なのでそれは愚問というものだったのでしょう。
 …………。
 そしてもう一つ。じゃあその用事って何だろうかと考えた時、「いやそもそも訊くなよこんなこと」というふうに後悔させられもするのでした。
 何を想定したのかというのは伏せさせて頂きますけど、他のみんなはこの中に集まっていてかつ飲み物なんかも頼めば出てくるということであれば、この控室から出る目的となり得るものなんてそうそう多くはないでしょう。ね。
 いつものように栞に察せられたりしたら笑われるどころか嫌悪感たっぷりの視線を向けられてしまいそうな話ではあったのですが、しかし。
「いや、外というか日向さんに用事が――いやいや、用事って程のことでもないんですけど」
 どうやら僕の見立ては無事外れていたようでした。まあ、外れていたところで僕のその見立て自体が無かったことになるわけではないのですが……とそれはともかく、用事があるのは外ではなくこの僕であるとのこと。しかも用事という程のことでもないようで、はて、何でしょうね一体。
 当然それを尋ねるべき場面ということになるのでしょうが、しかし庄子ちゃん、きょろきょろと周囲を窺ったのち、
「ええと、お話の方はもう?」
 と、恐る恐るといった調子でそう尋ねてきたのでした。


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