(有)妄想心霊屋敷

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新転地はお化け屋敷 最終章 今日これまでも、今日これからも 十四

2014-11-15 20:42:24 | 新転地はお化け屋敷
 そう思ったからといって立ち向かう気になったというわけでもなかったりはするわけですが、しかしこちらがどんなふうに思っていようと、栞の話は続くわけです。
「とはいえ、言おうと思えばどうとでも言えちゃう話だったりもするんだろうけどね。自分とは全然違う人だから好きになった、って言っても不自然ってことはないんだし」
「それはまあそうだろうけど……というか、僕達って最初の頃はそんな感じだったような」
 そんなふうに疑問を呈してみたところ、栞はそれを鼻で笑います。
「そりゃあ、こんな強引な人と自分が同じだなんてふうにはね。例え自分が同じような人だったとしても」
「酷い言われようだなあ」
 などと非難の姿勢は取っておきつつも、しかしながら明確に否定をしたりまではできないでもいる僕なのでした。最初の頃はそんな感じだった、ということで最初の頃の話をするとなると、僕は間違いなく強引だったわけですしね。
「孝一が何か失礼なことを?」
「断られそうになってもしつこく付き合ってくださいって言い続けたって話だよ。そんな、無理に訊き出そうとしなくても」
 栞に質問を向けたお父さんには栞に代わってそう答えておきましたが、誰にとって無理なのかというのはもちろん、栞ではなく僕なのでした。
 だったら話に割り込んでまで自分で答えなくても、ということにはなるのかもしれませんが、栞に答えさせていたら何をどう言われていたか分かったもんじゃないですしね。なんせ栞、いい笑顔を浮かべてらっしゃいましたし。
 ちなみにですが、僕が栞に告白した時の話というのは両親にも既に知られて、もとい知らせていて、ならばそれに対する反応も「ああ、その話か」と薄いもので済んでくれたのでした。
 が、
「でも――うふふ、孝一からすればうざったいかもしれないけど、何度聞いてもあれよねえ。今でも意外だわ、あんたが女の子に対してそんなに積極的になれる子だったなんて」
「うん、うざい」
 普段口にする単語ではありませんでしたが、あちらからそう言ってくるというのなら遠慮なく言わせてもらいましょう。うざいです。……栞が喜んでるからいいですけど。
 で、その喜んでいる栞ですが、しかしそれはただ楽しげに喜んでいるというだけではなくて、
「でもそういう人じゃなかったら付き合ったりしなかったでしょうし――それに、その付き合う切っ掛けの話だけじゃなくてその後のことにしても、やっぱり『そういう人じゃなかったら』ってことになってきますしね」
 まあそうなのでしょう。と、そんなふうに納得してしまうとそれは自画自賛になってしまうのでしょうが、なんせ妻に関わる話である以上、それを躊躇ったりはしませんとも。
 というようなスタンスはこれまでだって取ってきていて、ならば別にここで変に気合いを入れたりする必要はなかったりするのですが、だからと言って気を抜いてばかりもいられないでいたところ、
「ってことは、実は逆だったってことも有り得るんじゃないですかね?」
 と、お父さんがそんなふうに。
「どういうこと?」
 逆、という言葉になんだか嫌な予感を覚えた僕は、栞に代わってそう尋ねます。尋ねたのが僕だからといって軽口を引っ込めるお父さんでもないでしょうし、となるとそれは無駄な抵抗だったのかもしれませんが。
「お前に釣られて栞さんが全力でぶつかる人になったんじゃなくて、栞さんに釣られてお前が全力でぶつかる人になったんじゃないかっていう話」
「ああ……」
 変に僕を弄り回すような話題ではなかったらしく、ならばついつい脱力してもしまうわけですが、とはいえそうとばかりも言っていられないところでしょう。一考に値する話ではあるわけですしね。
「私のことがあって必要だったからそうなってくれた、っていうのも無くはないんでしょうけど――」
 負い目、ということでもないでしょうが、やはり栞としてはどうしても、その発想を初めに持ってこざるを得なくはあるのでしょう。どうもそういう話ではないらしい、とそう気付いてはいるようでしたが、それでも尚。
 というわけで、ここは僕から。
「逆ってことだし、僕より栞のほうが先に『全力でぶつかる人』だったっていう話だろうね、この場合は」
 それに対してはお父さん、「そうそう」と。まあそうですよね、やっぱり。
「でも、なんかあれだね。ここまで来ちゃうと」
「ん?」
 うっすらながらも苦みを交えた笑みを浮かべつつ、栞は言いました。
「最初は『孝さんがそういう人で私が釣られちゃった』で、次は『二人とも最初からそうだった』で、今度は『実は私の方が先にそういう人だった』でしょ? その割には、それは絶対にないって言い切れるのは一つもなかったりするし。これはもう、どうとでも言え過ぎて決まった答えなんかないんじゃないかなーって」
「うーん、まあねえ」
 栞の表情によっては反論していた場面なのかもしれませんが、とはいえそれを嫌がっているふうでもなかったので、ならば僕もそれに曖昧ながらも同意しておくのでした。
 これだけ話をしておいて「決まった答えがない」という結論に行き着く、というのは確かに苦々しいところではあるのですが、けれどもしかし、
「だからこそ面白い、みたいな話でしょ?」
「うん」
 というのは別に夫婦というものに限らず、人と人の関わり全体を指した話。
 誰がよくしていた話かというと、そこはあれです。「大好きなお隣のお姉さん」です。
「面白いって?」
 栞が何を言っているのか、誰を思い浮かべているかは、知ってさえいれば自然と浮かぶところではあります。が、逆に知らなければ、そりゃあ思い付けないものなのでしょう。
 ――というふうになってくると、やたらめったらこちらの考えを察してくる栞がどれだけ僕のことを……なんて話は続けたところでただの惚気になりかねませんし、だったらここで止めておきますけどね?
 などと一通りそうして考えを巡らせてから、お母さんの質問に答えます。
「人付き合い全般の話。ちょくちょくそんな話しててね、栞の一番好きな人が」
「あっ。あぁー、意地悪だなあ孝さんはー」
「というのは、お前じゃないってことか? 栞さんの一番好きな人って」
 ちょっとした茶目っ気を出し、それについて栞からご批判を賜りもしたところ、嬉しそうに食い付いてきたのはお父さん。
 確かにその通りですし、そうなるよう自分で仕向けもした僕ではあるのですがしかし、そうあっさりと「僕じゃない」という可能性を口にされると、多少ながら悲しい気分になってくるのでした。なんて面倒臭い奴なんでしょうか我ながら。
「家守さんのことね」
「ああ、なるほど」
 僕が仕向けたことだというのに僕をからかいに来る気満々だったお父さんですが、しかしその名前を耳にするとあっさりその気を引っ込めるのでした。あの人に対する栞の気持ちを知っている――とは、その「栞の気持ち」の大きさもあって、正直なところまだそう言い切れなかったりするのかもしれませんが……それを別としても、お父さん自身がお世話になった経験があるわけですしね。お母さん共々。
「お、お義父さんも納得しないでくださいよう……。私、これでも孝さんのお嫁さんとしてここにいるんですから……」
 とここで、弱々しくそんなふうに抗議してみせる栞。それが僕からのものならともかく、ということでお父さん、「これは失礼」と困り顔に。
「やあねえ、男はこれだから」
 男だから、という話なのかどうかはよく分からないところでしたが、お母さんからそんな追い打ちも。となれば増々小さくなってしまうお父さんでしたが、
「ごめんなさいね栞さん、悪気はないのよこの人も。悪いこと考えられるアタマなんてないんだから」
「あ、あはは、はい」
 頭が良くないから悪いことを考える余地がないということなのか、悪いことを考えるような人じゃないということなのか。そのどちらかでニュアンスが随分と変わってくるところですが――まあ、前者なんでしょうね。前者の皮を被った後者なんでしょうね。
「反省しました? あなた」
「しました」
「宜しい。――かどうかはもちろん私じゃなくて栞さんの判断にお任せするとして、話を戻しましょうか」
 許されないまま話を進められたお父さんは随分と情けない顔になってしまうわけですが、しかし話は進みます。
「家守さん、よくそういうお話を? 人付き合い全般のっていう」
「はい。なんせあまくに荘がああいう所だったりするんで、それもあって」
「ふふ、そうね。私がお邪魔させてもらった時にも怒橋さん達が来たりしたし」
「いい所ですよ」
「ええ」
 正直なところ、あまくに荘のああいう気風というのは、人によって好みが分かれるところだったりもするのでしょうが――となると逆に、これもまた栞とお母さんの相性が良いことの表れだったりするのかもしれませんね。
 ……と言っても、お母さんはともかく実際に住んでいる人間がこうなのは、半ば強制的なものだったりするのかもしれませんが。と、初日に気絶しておきながら結局は「こう」な自分を省みて、そんなふうに思わなくもない僕なのでした。
「そう言えば、まだそっちに行ったことないのって父さんだけなんだなあ」
 …………。
「引っ越す可能性だってなくはないんだから、来るなら早めにね」
「近所ってほどじゃないにしてもそう遠い所でもないんだから、そんなに急かさなくても。可能性って言ってもそれ、大学出た後どうするかって話だろ?」
 …………。
 こっちとしても一度くらいは来て欲しいんだけど、なんて言っちゃうのはどうなんでしょうね? 変だったりはしないものなんでしょうか?
「じゃあ、いずれ是非。お義母さんもご一緒に」
「孝一もこう言ってることですし、近いうちに。何でしたら、今日これが終わってから――は、ええ、さすがに遠慮しておきますけどね」
 お母さんに睨まれたお父さんは、ならばその視線の次に来るであろう言葉を避けるようにして、口にしかけていた提案を即座に引っ込めたのでした。が、しかし実のところ僕は、そんなお父さんを「やーい怒られてやんの」などと笑っていられる状況にはなかったりするのです。
 というのは、あちらが妻から睨まれている一方で、こちらは妻からにっこりと微笑みかけられていたのです。微笑まれるのはいいことじゃないか――なんてことは、こんな言い方をしている以上はもちろんありません。何を見てその微笑を浮かべ、その後どうしたか、ということを考えれば。
 そんなことまで読み切ってくるか――いや、今思えば、いかにもそれっぽい言い方だったような気がしないでもないですけど。
 だとしたら栞だけでなく両親にも察せられてしまったんじゃあ、などと背筋を冷やしていたところ、「で、また話を戻すんだけど」とお母さん。二度もお父さんに話題の進行を遮られた形になってはしまいましたが、その割には満更でもなさそうな表情をしてもいるのでした。それが何に対してなのか、というかどっちに対してなのかは、迷うところではありましたけど。
 そしてそれはともかく、戻った話について。
「なんだか逆に意外ねえ、家守さんみたいな方がそういう話をするっていうのは」
「あれ、そう?」
 逆に、という言葉がくっ付いている以上、僕のそういった反応を想定してのものではあるのでしょう。というわけでそんなことを言ってきたお母さんに対しては、僕だけでなく栞も小首を傾げているのでした。
 こうなると想定してはいたにせよ、二人から眉をしかめられたことで「逆によ、逆に」と強調したりもしてから、お母さんはこう続けます。
「ああいう明るい感じ――ちゃんとした言葉にするなら、社交的? な人って、普段からそんな話をするものかしら? ってね。極端な言い方すると、『息するぞ』って言ってるようなものでしょ? 社交的な人が人付き合いの話、しかもそれがいいものだっていう話をするのは」
 …………。
 仰る通りにこれ以上ないくらい極端な表現ではありましたが、しかしまあ、言いたいことは分かりました。
 分かりましたし、一理あるとも思います。
 が、しかし――といったところでふと、栞と目が合いました。目が合う、ということはどちらか一方だけでなくお互いがお互いを見遣ったということになるわけで、今回の場合そこには明確な理由があったのでした。
 社交的な人、ではなかったのです。かつての家守さんは。……いや、今日ここにも来ている友人四人のことを考えれば、能力こそあったもののそれを社交的には使わなかった、ということなのかもしれませんが。
「あー、でも、僕が料理の話をするってこともあるしさ」
「そりゃあ趣味の話はするでしょ誰でも。しかも料理なんて、ちゃんとした食生活を送ってれば一日三回出くわすことになるわけだし」
 出くわすってまた、そんな嫌がらなくても。
 というわけで、誤魔化しに掛かってはみたもののあえなく返り討ちに遭ってしまいました。そうですよね、別に趣味で人付き合いやってるわけじゃないですもんね家守さんだって。
 情けない僕はその情けなさから再び視線を栞の方へと送ったのですが、するとこれまた再び、栞と目が合いました。しかしそれは、僕を笑うようなものではなくて――。
「…………」
 僕は小さく首を横に振りました。小さくしたところで両親がその動作を見逃すわけもないのですが、しかしそれならそれで、「何故小さくしたか」を考えてもらえることでしょう。
 知らせるわけにはいかない。とは、言いません。しかしその判断は、家守さんがいないところで勝手に下すものではないでしょう。
「私が代わりにお料理することもあるんで、きっかり一日三回ってわけでもないんですけどね。今は」
「あら。羨ましいわねえ、家事を手伝ってくれる人が連れ合いっていうのは」
「あはは、どっちかっていうと私が手伝ってる側なんですけどね。お料理に関しては」
「お、俺だって結婚してすぐの頃くらいはしてたろう色々と。孝一のおしめ換えたりとか」
 料理の話にそんなもんを並べないでくれませんかお父さん。……いや、仕事の程度とかそういうわけじゃなくてもっと直接的な意味というかなんというか。しかも僕の話ですし。
 と。
 まあそんなわけで、何もなかった体を装ってくれるお父さんとお母さんなのでした。
「じゃあ、近いうちそっちにはお父さんとお邪魔させてもらいに行くとして」
 ああ本気だったんだそれ――いや、もちろん嫌がっているわけではないのですが、というかその話をしていた時にも思った通り僕はむしろ来て欲しいわけですが、ちゃんと有効な約束として扱われるんだ、というか。
 何にせよ歓迎する以上はそれはそれでいいとして、しかし急にそういう話を持ち出してくるというのには、予感させられるものがあるわけです。
「こっちはもういいわよ。待たせてるんでしょ? 家守さんのお友達」
 待たせてる、ということになるほど重要性の高い役目だとは思いませんが、しかし言ってみればそういうことにはなりましょう。
 というわけで、予感した通りにここでの会話を終了の方向へ持っていかれた僕と栞は、今度はそちらへ向かうことになったのでした。
「楽しみにしてますね。私達の部屋にお越し頂くの」
「お世辞じゃないその言葉って、言われて気持ちいいものなのねえ」
 お世辞じゃないと確信できる相手って時点で、何を言われても気持ちよくなるんじゃないかなあ。と、屁理屈間違いなしな文句を思い浮かべることで栞と同様の気持ちを隠し、次いでそれが顔に出てしまうことも隠そうと試みる僕なのでした。
 別に試みなくても、というのは自分でもそう思うのですが、そんな時。
「喜びながら世知辛いこと言うなよ……」
 とお父さん。……そういうことにもなりますね、言われてみれば。

「お待たせ致しました」
 椛さんやそのご家族だったら一緒にいても問題ない――ということはないのでしょうが、しかし少なくとも意識して避けるようなこともないんじゃないでしょうか? とは思うんですけどどうなんでしょうね。
 というわけで、隅のテーブルを囲っていた四人のもとへ到着です。
「なんだか申し訳ないねえ。親子水入らずだったのにわざわざ戻ってきてもらっちゃって」
 そう言ってきたのは背の低い男性。「待たせてるんでしょ?」とお母さんからそう言われた時に思ったのと同じようなことを、恐らくは彼も考えているのでしょう。考えたからといって「もう来てくれなくていいよ」とは、そして「もう来なくてもいいですか」とも、お互い言いはしないわけですが。
「えぇへへぇ」
 向こうから続いて世知辛い話だなあ、なんて思っていたところ、そんな気分を吹き飛ばす……いや、ドロドロに溶かすと言ったほうが感覚的には近いでしょうか、甘ったるくかつしゃっきりしない声がしたのでした。
 誰のってそりゃあ、
「どしたの、奥さん」
「はて……」
 栞なのでした。
 そしてその栞ですが、今の僕と彼の遣り取りに気付いているのかいないのか、声はもちろんそれに合わせたような表情もそのまま、こう言ってくるのでした。
「良い響きだね孝さん、親子水入らずって」
 ああ、そういう。
「まあ悪い意味の言葉ではないね、少なくとも」
「ふふっ、釣れないなあ」
 すいませんね相変わらずで。
「でもそれもあと僅かだよ孝さん。今度お義母さんとお義父さんが来てくれたら、その時こそは強引にでも仲良くさせてやるからね?」
 …………。
「…………」
 ……なんて恐ろしい話なんでしょうか。仲良くさせてやるなんて、初めて聞きましたよ「仲良くする」のそんな活用の仕方。
「ええと、どういう話?」
 傍から聞いているだけではそうもなりましょう。ということで背の低い男性、僕と栞の間で視線を行ったり来たりさせながら、そんな質問を投げ掛けてくるのでした。
 くるのですが、
「家内が平均以上に僕の両親と仲が良いって話です」
「旦那が本当は両親と仲良くしたいのになかなか素直になれないでいるって話です」
 返事には纏まりというものが見受けられないのでした。敢えて挙げるとすれば、相手をどう呼ぶか、くらいでしょうか。
「えー、奥さんは親御さんとすごく仲が良くて、でも旦那さんは素直になれなくて? ってことでいいの? かな?」
 同時に喋ったわけではないにせよ――つまり今のは栞が後から僕に被せてきたことになるわけですが、それはともかく――理解を追い付けにくくはあったのでしょう。ほぼ二つの返事をそのまま復唱しただけの内容ながら、背の低い男性はあまり自信がなさそうにしてらっしゃるのでした。
 ……一応付け加えておくならば、
「その二つに関連性はないですからね? 家内が仲が良いから僕が素直になれないでいるとか、逆に僕が素直になれないから家内が仲良くしてるとか」
「あ、それすっごい嫌なやつだね私」
 言いつつ、栞は嬉しそうにしていました。これは用心しておかないと、気付かないうちにそんな方向へ話が進むよう画策されてしまうかもしれません。
 と、もちろんそれは、そして実際にそうなったとしてもやはり、冗談でしかないわけですけどね。冗談として受け止めるくらいの度量はありますとも、ええ。……栞の側が冗談だと仮定、もとい信頼したうえでの話ということにはなりますが。
 などと、客観的に見ればどうでもいいということにならざるを得ないようなことを考えていたところ、「うーん」と首を捻るのは引き続きの背の低い男性。
「関連性があるかないかはともかく、それに便乗するとかって駄目なの?」
「便乗? ですか?」
「うん。奥さんは親御さんと仲良いんでしょ? それに乗っかってみるっていうか」
 !
「自分から直接親しげなことが言い難いとかだったら、奥さんが親御さんと喋ってる時、そこに相槌だけで参加してみるとか。うんうん言ってるだけでも結構違うでしょ、相手からすれば」
 !!
「あはは、鳩が豆鉄砲食らったみたいな顔してる」
 ちょっと前にもそんなことがあったような気がしますが、なんでそんな言い回しを知ってるうえに今この場でぱっとそんなものが出てくるんですか。
 というわけで、遠慮も何もなく僕の顔を指差して笑う栞なのでした。まあ別にいいですけど――というのは、今の僕は笑われて然るべき対象だと、自分でもそう思うからです。なんで今までその程度のことを思い付けないでいたのか、と。
 ……いや、理由が思い浮かばないというわけではないのです。思い浮かべたところで言い訳にしかならないだろう、というだけのことで。
 例えばつい先程、栞が両親に家へ来てくれるよう約束を取り付けました。僕が思い描こうとしていたのもそれと同様の、というと語弊があるかもしれませんが、それくらいの規模のものだったのです。会いに行くとか、会いに来てもらうとか、一緒に何々をするだとか――まあ料理なんですが――要するには、何かしらの「催し」を前提として事に当たろうとしていたわけです。
 だから今のような「ただの会話」に対して意識が向かなかったというか……うん、やっぱり言い訳にしかなりませんね。
「あれ? でも、話もできないって程じゃないですよね? さっきまであっちで――盗み見してたみたいで申し訳ないですけど、普通にお喋りしてましたし」
 と、今度は髪の長い女性がそんなふうに。まあ、隠れていたところを探し当ててまでというならともかく、普通に見える範囲にいる人をただ見ていただけならどうということもないでしょう。そもそもこの場合、盗む気があるとしたらそれは「盗み見」じゃなくて「盗み聞き」になってるんでしょうしね。
 というわけで本題ですが、
「そうなんですけど、でもお恥ずかしい話、どうにも皮肉っぽかったり嫌味っぽかったりしてしまうんですよね喋ってて。それが普通だってことならそれはそれでいいんでしょうけど、まあ、普通な状態とはとても言えないわけですし」
 なんだか本気で相談を持ち掛けてるみたいになってきちゃったなあ。というのは、今更でしょうか。
「普通な状態になった後で皮肉っぽかったり嫌味っぽかったりするのはいいんだろうけどね。大吾くんに対する庄子ちゃんみたいな」
「……あんまり良い例えじゃないなあそれ。庄子ちゃん自身はいいけど、そこに男が並ぶと気持ち悪いよ」
「そう思うのは孝さんが男だからだと思うよ?」
 そうなんでしょうか……?
 ――――。
 男だから気持ち悪い、という話でついつい、一貴さんが昔「男にも胸があったらいいのに」などと言っていたらしいことを思い出してしまいましたが、もちろんあれとこれは全然別の話です。切って捨てておきましょう。
「まあまあそんな顔しないで。『本当は仲良くしたいと思ってる』ってことが付け加えられる限りでは、私は孝さんのそういう態度も好きだよ」
 ああなるほど、栞でもそれを付け加えて初めてってことになるのか。それならまあ気持ち悪いとまでは……。
「あっさり言っちゃうよねえ、好きとかそういう」
「そりゃあ夫婦だし、むしろそれくらい言えないと困るんじゃないの?」
「だよね。それが大前提の関係なんだし……」
「好きどころか、ついさっき永遠の愛を誓い合ったばっかりでもあるしね。僕達は居合わせなかったけど」
 …………。
 栞の方を見てみると、ニコニコ笑顔でいらっしゃるのでした。
 ちょっと赤くもなってましたけど。


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