(有)妄想心霊屋敷

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新転地はお化け屋敷 第二十五章 お留守番の終わり 一

2009-04-10 20:50:45 | 新転地はお化け屋敷
 おはようございます。204号室住人、日向孝一です。おはようの時間でもなければ外出中でもありますが。
 今日はお客さんが来ています。誰かと言うと、清さんのお子さんである清明くんです。
 しかしながら、その清明くんと外出しているわけではありません。清明くんには204号室で待ってもらっていまして、そして清明くん、実は風邪を引いていたりして、なので果物でも出そうか、と駅前のデパートへ買い求めに出たというわけなのです。せっかくなので食材も買いましたけど。
「まあ、無難だよね」
「ですよねえ」
 現在はその帰り道。食材はともかくとして、買い求めた果物はりんご。風邪を引いた時の定番と言ってもいいのかもしれません。
 しかしこれがまた結構当たり外れのあるものでして、外れを引いたらパッサパサなうえに味気がなかったりするのです。と言って皮の外から当たり外れを見分けられるほどりんごに精通しているわけでもなし、なので適当に掴んだ三つを買ったのですが――。
「余った分は、みんなで食べましょうか。取り分少ないでしょうけど」
「いいの? ありがとう」
 もとよりそのつもりだったから三つも買ったんですけどね、ということで。
 目的を果たしても急がず焦らずのんびりと、僕は自転車を漕ぐのでした。後部座席の栞さんとの散歩気分、ですかね?

 まあしかしそう長々と続く道のりでもなく、のんびり気分でも十分掛かるかどうかという。なので、あまくに正面玄関にささっと到着。
「はい着きましたー」
「ただいまー」
 とは言うもののすぐに自転車を降りるでなく、そのまま自転車置き場まで乗り入れて。他には一台も置かれていないそこで自転車を降り、あとは自室を目指すのみ。
「清明くん、変わりなければいいんですけど」
「あはは、大丈夫だよそんなに長い時間でもないし」
 ここへ来てすぐの頃と比べればそりゃあ随分と元気になってくれたわけですけど、かと言ってやっぱり病人は病人なわけですし。みんなが残ってくれてはいるけど、清明くんからしたら傍にはジョンしかいないわけで――ん?
「ああ、そうですよ。霊障のほうだって『よく分からないけど大丈夫』ってだけなんですし」
「そ、そうだったね」
 栞さんの顔色にちょっとだけ陰りが。
 幽霊が近付くと頭が痛くなってしまう清明くんなのですが、どうしてだか今日に限っては平気なようなのです。なので全員総出で傍についていたりもできるのですが、いかんせん、どうして今日は大丈夫なのかというのは不明なままなのです。
「何もなかったらいいけど」
「ですね」
 なんて言ってる間にも204号室前。まあ、自転車置き場からなんで本当にすぐです。
 しかしまあ、自分の部屋に入るのにこんなに緊張することって、まずないんじゃないでしょうか? なんて、ドアノブに手を掛けつつ。
 ――さて、ガチャリと。
「ただいまー」という僕に続いて、「ただいまー……」と不安げな栞さん。
 しかし次の瞬間には、『あれ?』と二人揃って。
 そう言うからには何かがあったわけで、では何があったのかと言いますと、靴なのです。玄関に置かれた履物なのです。
 特に僕からそうするように頼んだわけでもないのですが、そこはさすがに年単位でここに住んでいる皆さん、と言ったところでしょうか、清明くんに見られると不味いということで、その場に靴を置くということは控えておいてくれています。それはいいのですが――。
「これ、誰のでしょうか?」
「さあ……?」
 来た当事はふらふらだったというのに、丁寧に揃えられた清明くんの靴。しかしその隣に、同じく揃えられた靴があるのです。僕はまだ靴を履いたままなのに。
 誰か来たってことだろうけど、でも、清明くんだけなのに上がり込むって言うと……誰だろう?
 大学の人達をまず思い浮かべて、でもまるで清明くんと面識ないしなあ、なんて取り敢えずは靴を脱ぎながら考えてみたところ、
「あ、あのー……」
 声。控えめというか、申し訳無さそうというか。そしてそれと一緒に居間のほうからひょっこり顔を出していたのは、
「あ、いらっしゃい」
 二つのおさげがトレードマーク(なのだろうか?)、怒橋庄子ちゃんでした。
「あの、勝手にお邪魔しちゃってごめんなさい。どの部屋にも誰もいなくて、それでここに来てみたら……」
「オレが引っ張り込んだ。清明くん、寝てたからな。今も寝てんぞ」
 庄子ちゃんに続いて現れたその兄、妹の頭にぽふんと手を乗せる。すると妹さん、その手の重みに負けるかのようにして頭を下げます。
「というわけで改めて、お邪魔します」
「改めて、いらっしゃい」
 学校を休んだ清明くんはともかく、中学三年の庄子ちゃん。それがここにいるということは――そうかそうか、いろいろやってる間にけっこう時間経ってたんだな。まあ、だからこそ三時のおやつの果物を買いに出掛けたわけですが。
「りんご買ってきた帰りなんだけど、庄子ちゃんも食べる?」
「え、いいんですか?」
「三つも買ってきたもんだから、随分と余裕がね」
 と言いつつビニール袋を持ち上げてみせる。りんご以外にもいろいろ入ってて結構重いですが。しかしもちろんりんごの数のどうこうがなくたって、一緒に食べて頂きますけどね。
「……あ。でも、清明くんが寝てる時に食べちゃうのもなあ」
 さてどうしましょうか、と考えてはみるものの、
「取り敢えず入れよオマエ等。玄関で突っ立ってるこたねーだろ」
 そりゃごもっともで。お邪魔します。――って、あれ? お邪魔する側なの?
「人ん家で何偉そうなこと言ってんだっての!」
 浮かんだ疑問を荒々しく代弁してくれる庄子ちゃん。ですが清明くんのことを考慮してか口調の割に音量は小さく、そのうえ打撃もなし。
 見てる分にも不完全燃焼ですが、本人はそれ以上なのでしょう。居間への移動中、座って落ち着くまでの間、不満満載の釣り上がった眼差しを己が兄から外そうとしないのでした。
「おかえり、二人とも。こちらは静かなものだったぞ」
「おかえりなさいであります」
 怒橋兄妹に続き、その居間で出迎えてくれるのは、成美さんとウェンズデー。出掛ける前は栞さんの膝の上にいたウェンズデーですが、今は成美さんの膝の上です。その成美さんが今回は小さい体のままなので、いかにそれよりも小さいウェンズデーだとは言え、やや窮屈そうに見受けられるのでした。本人はまるで平気そうですが。
「お留守番、ご苦労様でした」
 僕に代わって栞さんがお返事。まあ、寝てるとは言え、ね。
「いやいやだから、苦労などなかったさ。お前達が出て行ってすぐに様子を見た時にはもう、ジョンに寄り添ったまま寝入ってしまっていたからな。そのジョンも起きてこないし」
「待ってただけだよな、本当に」
「待ってただけであります」
 それはそれは、結構なことで。ジョンも寝たままだというなら誰もいないも同然だったんだしね、清明くんにとって、この部屋は。まあ今は僕と庄子ちゃんがいるんだけどね、とその奥に清明くんがいるふすまに目を遣ってみたところ。
 そのふすまが、するすると開き始めました。
「あ」
「お、おかえりなさい……です」
 開き始めたというのにすぐ停止してしまう、ふすまの動き。結局、その向こうからこちらを覗く清明くんの姿が半分も見えない程度にしか。
「ただいま。丁度よかった、今帰ってきたところなんだけど、りんご食べる?」
 どうしてそんなに控えめなんだろうか、と考えればそれは、やっぱり突然庄子ちゃんがここにいるからなんだろう。寝てる間に来たみたいだし。
「え、でも、あのー……」
 庄子ちゃんと清明くんは、全く面識がないというわけではない。と言ってもすれ違う程度に何度か顔を合わせただけだけど、それでもないよりはマシというものだろう。その時は僕も一緒だったりしたんだし、僕達が知り合いだっていうのも知ってるはず。なので清明くん、そんなに遠慮しなくてもいいんだよ?
 そんなところへ「こんにちは」と庄子ちゃん。なので「こ、こんにちは」と清明くん。
 すると、さすがに会話を交わしてまでふすまに隠れたままというのは苦しいものがあったのか、ほんのちょっとしか開かれてていなかったふすまが、今度はすらりと開かれる。
「あの、訊いてもいいですか?」
 何をだろう? と思うものの、少なくともその相手は僕であるらしい。なので、こちらを見ている清明くんに、「どうぞ」と一言。
「彼女さんですか? 無闇にリアルな熊の置物の」
「なっ――!?」
 熊の置物の彼女さん。つまり、栞さん。だけど清明くんに栞さんは見えていないはずで、ならば栞さんを指してそう言ってるわけがなくて、だったら誰を指してそう言っているのかというとそれはもちろん成美さんでもなくつまりはこちらの大吾の妹さんであらせられまして――
「無闇にリアル? な、熊の? 置物?」
 そこじゃないよ庄子ちゃん!
 首を傾げたくなる点としてならそこで正解だろうけどって言ったら本当の彼女さんがまた沈み込んじゃうからやっぱりそこじゃないということにしておいて!
「無闇に……」
 あああああやっぱりそこですよね栞さん!
 リアルなのは共通認識としても無闇にっていうのはちょっといただけませんよねそりゃね! 初めに言ったの僕ですけどね!
「違うよ清明くんそうじゃなくて!」
「は、はいっ!? すいません!」
 自分で言ったこととはいえ「無闇にリアルな」は違うんだと力強く言いたい。けど、それもまた違うわけで、今ここで僕が否定するべきは置物の造形でなく「彼女さんですか?」のほうなのです。
 一息。
「――こちら、怒橋庄子ちゃん。彼女じゃなくて、お友達」
 まあ確かに、一人暮らしの大学生のところへ女の子が、しかもこれまた一人で来たとなったら、そういうふうに見えてしまうのも無理はないんだろうけど。
「へっ!? やっ、えっ、あたしが彼女!? 日向さんの!? ちょちょちょいやなんでそんな話に!?」
 そこは今否定したから心配しないでね、庄子ちゃん。ていうか今気付いたの?
「ご、ごめんなさい。すごい勘違いしちゃって」
 ぶんぶんと手を振って大慌てな庄子ちゃんの様子に、しゅんと萎れる清明くん。しかしそれはご納得頂けた証拠であると考えればむしろ良いことでありまして、なのでそれはそれとしておきましょう。
 さて、清明くんと庄子ちゃん。中学一年生の男の子と中学三年生の女の子。二人が並ぶとさすが成長期、清明くんが子どもっぽく見え、逆に庄子ちゃんが大人っぽく見えたりします。たった二歳の差なのに。
 ――いや、たった二歳の差だという前提があるからこそ、ということだったりするのでしょうか? それ以上に年の差がある人、最初から数人いるわけですしね。自分も含めて。
「それじゃ、早速りんご剥いてくるね。ごゆっくり」
 若い者同士、とは言いますまい。

「あの」
「あ、何?」
「前にも……会ったこと、ありますよね? ここの前で」
「えっと、そうだね。今日みたいに時々遊びに来てるから、その時に」
「ごめんなさい、そんな時に」
「いやいや別にそんな。……風邪だって聞いたけど、大丈夫?」
「はい、それはもう。日向さんにいろいろとお世話になって」
「そっかあ。あたしのほうこそ、そんなところにお邪魔しちゃって」
「いえいえ別にそんな。僕なんて、勝手におしかけたようなものだし」
「それはあたしもそうなんだけどねー」
「……日向さんって、いい人ですよね」
「え? あ、うん、そうだとは思うけど、なんでまた急にそんな話に?」
「えっとその、風邪でフラフラしてて勝手にここに来ただけなのに、こうして親切にしてもらっちゃったから……。あ、僕、お昼前からずっと居させてもらってるんです」
「お昼前から? え、それじゃ、学校は?」
「休みました。本当は家で寝てなきゃだったんですけど、いろいろあって……いえ、何もなかったんですけど……」
「……んん?」

「お待たせー」
 というほど待たせたのかどうかはさておき、りんごの切り分け完了。その切り分けたものにつまようじ三本を適当に刺して、お客さん二名が待つ居間へ。
「はいどうぞ」
『ありがとうございます』
 切り分けたりんごは一つ。三人がかりで食べればすぐになくなってしまうだろうけど、まあ、そこは僕が少々遠慮をすれば。まだ二つ残ってるわけだしね。
「オレも食いてえなあ」
「言うな馬鹿者。我慢しろ」
 残った二つはそっちに回してあげるからね、大吾。
 というわけで、しゃくしゃくとりんごを齧る音が三人分。そんな中で一番初めに食事以外の理由で口を開いたのは、清明くんでした。
「あの、怒橋さん――でしたっけ?」
「あ、うん」
「寝てた間に日向さんから聞いてるかもしれないけど、僕は、楽清明っていいます」
 しかし庄子ちゃんは、僕が紹介するまでもなくその名前を知っている。清明くんのお母さんである明美さんがここへ来た時、庄子ちゃんもここへ来ていたからだ。その時の話の中で清明くんの名前は出たし、しかもその清明くんが玄関口までとはいえ同じ日にここを訪ねたことで、その名前とこの顔も一致させていたことだろう。
「……うん。よろしく、楽くん」
 しかし庄子ちゃんは、そのことには触れない。そのうえ、返事にはやや気後れを含ませる。そのどちらも、恐らくは清さんのことがあるからなのだろう。
 はて。それを悪いというわけじゃないけども、しかし話題を代えようとすることもやっぱり悪いことにはならないだろう。ということで、
「清明くんも庄子ちゃんも中学生だよね? もしかして、同じ学校だったりはしないの?」
「え? 怒橋さん、中学生なんですか?」
 意外にも食い付いてくれる清明くん。しかもそれは、僕の意図を察してというより本気で食い付いたという様子。
「うん、三年だけど」
「そ、そうなんですか。てっきり高校生だと」
 ……まあ、言われてみればそう思えないということもない。
「実際よりも年上に見られるのって、喜ぶべきなのかな……?」
 言われた庄子ちゃんは庄子ちゃんで、そんなふうに首を捻っていた。なんとなくこの年頃の子は喜ぶものだと思っていたけど、意外とそうでもないらしい。ちなみに僕なんかは、これくらいの年頃の時にそんなことを言われた経験がないので分かりません。
「大人っぽくて綺麗だよってことだと思うよ? 喜んでいいんじゃないかな」
 栞さんがそう声を掛けると、ふわっと表情を明るくする庄子ちゃん。
「老けてるってこったろ。第一、んな髪型で大人っぽいも何もあるかっての」
 兄がそう声を掛けると、今にもテーブルを引っ繰り返しそうな表情になる庄子ちゃん。老けてる発言に加えて髪型をどうのと言われれば、そりゃそうだ。ツインテールの大人がいたっていいじゃない。多分。
 ちなみにその時の清明くん、ころころ入れ替わる庄子ちゃんの表情に言い知れぬ不安を煽られてしまった様子。吹き出しとか付けるなら「はわわわわ」とか書き込まれそうな。なので庄子ちゃんに代わって成美さんが大吾の脇腹に右ストレートをぶち込んでいるのを確認したのち、話を正常に。
「あれだけフラフラでも歩いてこれたってことは、清明くんも家は近いんだよね?」
「あ、はい」
「じゃあもしかしたら、本当に同じ中学校かもね。地域割りがどうとか、この辺のことはよく知らないけど」
 ――というわけで、清明くんと庄子ちゃんが挙げた学校名は同じだったりするのでした。
 さすが義務教育。高校以上じゃなかなかこうはいきませんぜ。
「あ、あの……じゃあ、怒橋先輩って呼んだほうがいいんでしょうか?」
「せんぱっ!」
 呼ばれた途端に庄子ちゃん、おさげに天を突かせんばかりの勢いで背筋をジャキンと硬直させるのでした。ばね仕掛けみたいな動きだなあ、なんて余裕はもちろん庄子ちゃんにあるわけもなく、
「あっ、でもほら別に部活やってるとかそういうわけじゃないしさ。やってないからこんな時間にこんな所に来てられるってわけで――ああいやすいません日向さん! 全然『こんな所』じゃないです! あたし人ん家で何言って――!」
「落ち着けチビ」
 ……それで落ち着くのがお兄ちゃんパワーなのです。代わりに怒りが生じますけど。
「怒橋でいいから」
「さ、さん付けも駄目ですか?」
 すわった目でしかもドスが利いてたりもする声でそう言われれば、清明くんは震えてしまうのでした。
「……怒橋さんでいいから」
「は、はい!」
 さすがはお兄ちゃんパワー。実の妹に怒りしか与えられないってどんな兄だ。
「八つ当たりすんなよ」
 こんな兄だった。そしてまた恋人からの右をもらう、そんな兄でもあった。
 りんごをしゃくしゃく。
「はー……。いや、まあ、じゃあ学校で会ったりしたら、その時はよろしくね」
「はい、こちらこそ」
 兄のせいで清明くんが庄子ちゃんについて誤った認識を持たないことを願うばかり。本当はこんな怒ったり溜息ついたりなやさぐれた子じゃないのです。とてもいい子なのです。
「あの、もしかしてなんですけど」
 そんなことを思っていたので、清明くんのほうから庄子ちゃんに話し掛けた時は、安堵の溜息をついてしまいそうな心持ちに。
「なに?」
「前、僕のお母さ――いえ、母がここに来た時、怒橋さんもここに来てましたよね?」
「えーと、うん。あたしが明美さんに会ったの、あれが初めてだったけど」
 僕との会話時にはためらうことなく「お母さん」だったけど、やっぱり同じ学校だというのが気にさせるんだろうか、それとも相手が女の子だからだろうか、「母」と言い直す清明くん。
 しかしお母さんでも母でも当たり前ながら意味は同じなので、どちらにしたって庄子ちゃんの返事は変わりなく。そう、明美さんが来た時に庄子ちゃんもここへ来ました。さてそれで?
「僕の話、何か聞いたりしましたか?」
「それは……」
 清さんがここに住んでいることを知っている以上、その「話」を直接聞くまでもなく、清明くんが清さんと明美さんの子であると聞いた時点で分かってしまう。清明くんの親の一方が亡くなってしまっていると。
 しかし、知る過程の問題ではないだろう。
「あの、別に何とも思いませんから、聞いたかどうかだけ教えて欲しいです。日向さんだって知ってることですし、聞かれてるからどうするってこともないですから」
「……き、聞いたよ。その……訊かれてることと違ったら謝るけど、お父さんが亡くなってるって話」
「そうですか」
 庄子ちゃんは、すっかり小さくなってしまっている。だけど清明くんは、いっそスッキリしたように気の抜けた顔に。
「日向さんが知ってて怒橋さんが知らなかったら話がし辛いかなって、ちょっと不安だったんです。どっちも知ってるみたいで、安心しました」
 確かに、僕と庄子ちゃんの一方だけが知っているとなると、なかなか身の振り方に困ったりもするだろう。それはよく分かる。なんせ周囲に幽霊さんが数名いるというこの状況、庄子ちゃんは知っていて清明くんは知らないからだ。要は僕が現在、そういう立場だという話。
「あんまり気にしてなかったり、するの?」
 ほんわりとした表情の清明くんになお――いや、むしろ「そうだからこそ」と言うべきか、慎重さを保ち続ける庄子ちゃん。
 幽霊にまつわる僕の「相手のどちらか一方だけが事情を知っている」という立場は、庄子ちゃんにも言えることだ。僕は知っていて、清明くんは知らない。だけど、庄子ちゃんについてはそれだけでもなかったりする。
 父親を亡くした清明くんと同じく、庄子ちゃんは兄を亡くしている。その兄がすぐ傍にいるとは言え。
「恥ずかしい話なんですけど、かなり気にしてました。少し前にも、日向さんにそのことで話をしてもらっちゃって」
「今は?」
 照れるような顔になってしまう清明くん。それでもやっぱり、庄子ちゃんは。
「……どうなんでしょう? まだちょっと、自分の中でもはっきりしてなくて」
 話をしたのは少し前。寝ていた時間を除けば、ついさっきと言ってもいいだろう。だから清明くんがそんな調子でも、否定的な感想は浮かんでこない。
「日向さん」
 庄子ちゃんに呼び掛けられる。
「こういう時にぱっと言っちゃってもいいものなのかな、兄ちゃんの話――と言うか、あたしの話」
「孝一に決めさせることじゃねえだろが」
 返事は、兄のほうが早かった。
「ま、オレに訊くわけにゃいかねえんだろうけど」
 そしてその兄が手を妹の頭に被せると、妹の表情に少しだけ、そういうことがあったと確認できてようやく気付けるくらいにほんの少しだけ、笑みが浮かぶ。
 実際に問い掛けられた僕が返事をしないので、清明くんは怪訝な表情をしている。だけど庄子ちゃんに僕からの回答は不必要。だから僕は、何も言わない。
「楽くん、あのね」
「はい?」
「あたしね、兄ちゃんがいてね――」

 庄子ちゃんの話が終わる。馬鹿にして貶して散々な言い草だったけど、それでも自慢の兄だったと窺わせてくるような、明るくて楽しげな紹介だった。
 でも、清明くんにそれが伝わっていたのは、話し始めの僅かな間だけだった。
「……あの、それじゃ、お兄さんは」
「二年前にね」
 死んでしまった、とまでは言わなかった。
 二年前に。それだけで、清明くんの不安が確定事項になってしまう。自分と同じようなことが、今日会ったばかりの先輩にも。戸惑うのには充分だっただろう。
「……ごめんね、急にこんな話しちゃって」
「い、いえ。そういうことならこの話、僕が持ち出したようなものだし」
「あはは、そうなる?」
「へ? え、変ですか?」
「いやいや、そこまでは言わないけどさ」
 しかし先輩、戸惑う清明くんに容赦なし。いや、本人は、容赦がどうとかそんな話をしてるつもりはないんだろうけど。
「あたしはまあ、こう、いろいろあってこんな感じなんだよね今は。自分で言うのもなんだけど、あんまり引きずってないって言うか」
 もちろんその「いろいろ」には、清明くんが想像し得ないものも含まれているんだろう。庄子ちゃんのすぐ後ろには今言ったお兄さんがいて庄子ちゃんもそれを知っている、という。
 でも当然、それだけだということもないんだろうけど。
「自分がこんなだから、楽くんはどうなのかなーとか――えー、思っちゃったり……」
 これも、そう思う過程には清明くんが想像し得ないものが含まれているんだと思う。明美さんから話を聞いたとは言ってたけど、それ以前に庄子ちゃんは、清さんと知り合いだった。考慮の基点にそのことが含まれないということは、ないだろう。
 ただそれでも、本当に尋ねていいものかどうか測りかねているような、という声色ではあったけど。
 しかし対して、清明くんの返事ははっきりとしたものだった。
「今、あんまり引きずってないって話を聞いて、羨ましいなって思いました。だから多分、自分はまだそうじゃないんだと思います」
 自分はまだ引きずっていると、とてもそうは思えないような気持ちの良い顔で言う。
「それに、さっき日向さんに言われたこともありますし」
「え、言われたって、何を?」
「一回、思いっきり泣いてみろって」
「……ないの? 泣いたこと」


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