(有)妄想心霊屋敷

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新転地はお化け屋敷 第一章 はじめましては大混乱 一

2007-06-13 21:27:42 | 新転地はお化け屋敷
 日も沈みかけた夕方と夜の狭間。僕はある二階建て安アパートの前で立ち止まり、そのアパートの庭掃除をしている女性を遠巻きに見詰め、そしてしばし考える。
 あの女の人は……違うよね。若すぎるし。僕と同い年くらいかな? でも掃除してるし。いいや、取り敢えず聞いてみよう。
「すいませーん」
 僕はその場から動かずに、こちらに気付いてない様子のその女性に声をかけた。すると彼女は竹箒を持った手を止め、一度こちらを見て、それから声を掛けられたのが自分かどうかを確かめるためかいったん周りを見渡す。そして周りに誰もいない事を確認すると親切そうな笑みを浮かべ、茶色のサンダルで土を踏みしめながらこちらに近付いて来た。
「何か御用ですか? もしかして、今日からここに住むっていう日向さん?」
 何か御用ですかと訊かれた割に、用件を先に言われてしまった。
「あ、はい、そうです。日向孝一です」
 って事はやっぱりこの人が? 多分違うだろうなーとは思いつつ、僕は恐る恐る訊いてみる。
「あの、ここの管理人さんですか?」
 しかし案の定違ったようで、彼女は笑顔のまま「違いますよ」と首を傾けた。
 その時彼女の鮮やかな茶色いショートヘアーが、首の傾きに合わせて僅かに揺れた。そして髪とともに目につく赤色のカチューシャ。そろそろ空が薄暗くなって来ているというのに、髪もカチューシャもはっきりとその色を主張していた。
「管理人さんはあっちの一番奥の部屋です。あの玄関の明かりが着いてる部屋。分かります?」
 彼女が振り返って指を指す先、一階部分の一番奥の部屋。どうやらあそこに管理人さんがいるらしい。
「あ、はい。分かりました。ありがとうございます。えっと、ここに住んでらっしゃる方なんですよね? これから宜しくお願いします。後でまたちゃんとしたご挨拶に伺わせてもらいます」
 軽く頭を下げてご挨拶のご挨拶をするも、もう暗くなってきたし日を改めたほうがいいかな? なんて、少し考える。なんせ初めての一人暮らしだし、こういう時の応対には慣れていない。となると慣れない頭であれこれ考えるより、相手方の反応次第でどうするか決めたほうがいいか。
 で、その相手方の反応や如何に。
「挨拶は……あはは、多分わざわざしてもらう必要も無くなると思います」
 どういう事? いらないお節介は不要って事なんだろうか? 早くも拒絶されてるとか? 
 想定外の反応に、軽くパニックを起こしながらぐるぐるぐるぐると考えを巡らせる。しかしパニックであるが故にたいした考えは浮かばず、たいした考えが浮かばないが故に事態に対処できず、事態に対処できないが故に僕の動きは停止した。
「まあまずは管理人さんに会ってみてください。怖い人じゃないから、そんなに固くならなくても大丈夫ですよ」
 この人は多分僕が停止している理由を勘違いしている。それで、まずは管理人さんに会う? 荷物もあるし、自分の部屋に行こうと思ってたんだけど……何か用事があるのかな? まあ行って損する事もないだろうし、管理人さんの部屋に向かう事にしよう。
「あの、ありがとうございました」
「どう致しまして」
 お互いにぺこりと頭を下げてすれ違う。
 結局、挨拶をする必要が無くなるってどういう意味なんだろう? 数歩歩くとまたそれが気になって、ふとさっきの女性を振り返る。すると彼女はポケットから携帯を取り出しているところだった。そのなんでもない光景に「あんまり気にしても仕方がないか」と思わされ、僕は再び歩き出した。


「来ましたよ楓さん! 日向孝一さん!」
「あ、ホントに? で、どうだった?」
「いい人そうですよ。ちゃんと挨拶してくれたし」
「マジで!? ……くっくっく、これは面白そうだねぇ」
「そうですね~。えへへへへ」
「よし、じゃあだいちゃんとなっちゃんに戻るように……あ、来た。んじゃしぃちゃん、みんな集めといてね」
「了解で~す!」


 管理人さんの部屋のチャイムを鳴らして十数秒後、部屋の中からどたどたと足音が聞こえてきた。どんな人が飛び出してくるのかと思っていたら、ドアがすごい勢いで開かれる。ドアが鼻先をかすった気もするが取り敢えず問題は無いみたいだ。そんなことより開ききって壁に叩きつけられたドアは無事なんだろうか?
「お待ちどー! ようこそあまくに荘へ!」
 その声にドアから目の前に立っている人物に視線を移すと、そこにいたのは管理人というイメージからかけ離れた若いお姉さんだった。イメージではパーマを当ててくるくるしていた髪は背中に回るほど長く、それでいて思わず手を滑らせてみたくなるほどに綺麗なストレートヘア。イメージでは紫色だったその髪の色は、見惚れてしまうくらいに自然で綺麗な黒。そして服装はと言うと、髪の色に合わせたかのような黒いシャツに自らの若さを見せ付けるかのような太もも丸出しのホットパンツ。
 もう、何から何まで僕の中の管理人さん像には当てはまらなかった。
「日向孝一くんだね!? さあ上がって上がって!」
「え!? え!?」
 イメージの中の管理人とのギャップに動揺していると、腕をつかまれて部屋の中に引きずり込まれてしまった。ここですることなんてせいぜい玄関口で挨拶するくらいだと思ってたのに、これはいったいどういう展開?
 連れ込まれた部屋の中で今、僕はちゃぶ台を挟んで管理人さんと向かい合って座っている。もちろん僕はガッチガチの正座で。対する管理人さんはあぐらをかいてタバコに火をつけ始めた。そして口から白い煙を吐き出すと、僕の顔をまっすぐ見て……何故か驚いたような顔をして固まった。
「ど、どうかしましたか?」
 訳が分からない状況で驚かれても、こっちだって驚くしかない。なんせ管理人さんの動作ひとつひとつにビクビクしている状況なもんで。
「あ、いやいや改まって見ると知り合いに似てたもんだから驚いちゃって」
 管理人さんは薄笑いを浮かべ、手をヘラヘラと上下に振った。
「そんでさ、入口で女の子に会ったよね? ピンクのノースリーブで膝ちょい上くらいのスカート履いてる女の子」
 と言うと、あの掃除してた人か。……ん? なんでこの人が知ってるんだろう? 外では会ってないよね?
「会いました……けど?」
 何故それを知っているのか、そしてこの質問の意図がなんなのかが分からず、ただ会ったか会ってないかだけを答えた。
「ちょっとお喋りしたんだよね?」
「は、はい」
 タバコから立ち昇る煙とお互いの口以外、動くものは無い。静かだ。そして怖い。
 もしかして、あの女の人と喋ったのは何か悪い事だったとか? でも何が? なんで? 痺れてきた足が気にならないほどの緊張で、なんだか頭がふらついてきたその時だった。
「オッッケェイ! 全員入って来ぉーい!」
 管理人さんがだんっと足を鳴らして急に立ち上がり、誰かに向かって大声を発した。僕はその大声に驚きつつも、管理人さんが見ている方向……すなわち、この部屋のドアの方を振り返った。
「お邪魔しま~す」
「へ?」
 緊張しているところに気の抜けた声を聞かされたのにもそうだが、現れた人物に僕の全身の緊張は一気にほぐれてしまう。
 ドアを開けて現れたのは庭で掃除をしていた女の人だった。彼女は僕を確認すると、靴を脱ぎながらまた優しそうな笑みを浮かべる。そして視線を僅かに動かし、立ち上がったままタバコを吸っている管理人さんの方を向いた。
「清さん、もうちょっとかかるんだそうです」
 それを聞いた管理人さんはタバコを口から離して苦笑する。
「あー、やっぱり? まあ部屋にいるだけマシって事にしとこうか」
 その苦笑に釣られるように、庭先で僕に見せたのと同じ仕草で首を傾け苦笑する掃除をしていた女の人。もちろんその清さんという人のことを僕は知らない。頭の上で往復する言葉を黙って聞いていることしかできなかった。
「あはは、そうですねー。でも、もうすぐ来ると思いますから……」
 靴を脱ぎ終わって部屋に一歩入った所で管理人さんと、その清さんなる人の話をする赤カチューシャの人。しかしその時、彼女の後ろから男性の声が響いた。
「早く入れって! 後がつかえてんだよ!」
 不機嫌さを隠さないその声に僕は驚いた。驚きのあまり電気ショックでもされたかのように体がビクッと震えてしまう。しかし、文句を言われた本人は特に驚く様子も無い様子。
「あ、ごめんごめん」
 後ろを向いてそう謝った後すたすたとこちらにやって来て、僕の隣に腰を落ち着ける。そして思い出したように、
「あ、楓さん。はい携帯」
「ん、あぁあぁ忘れてた」
 どうやら彼女の携帯は管理人さんから借りていた物らしい。ってことはこの人、自分のは持ってないのかな?
 そして彼女がこちらにやってきた事で彼女の後ろに隠れていた不機嫌そうな声を発した人物が僕の視界に納まる。
 その人物は赤いタンクトップにツンツン頭、いかにも不機嫌ですと言わんばかりのいかつい目つきにガッチリ体型の怖そうな男だった。赤カチューシャの人と同じく、僕と同じ年くらいに見える。僕より一回りくらい身長高いけどね。
 そして彼の両肩にはちょこんと見える指先。脇からは何も履いてない素足。肩の向こうからこちらを見詰める目。どうやら誰かをおぶっているらしい。
「着いたぞホラ。とっとと降りろよ」
 背負っている誰かにも不機嫌そうにそう言うと、彼は身をよじらせて背中の誰かを床に降ろす。現れたその背中の誰かの正体は小学生ぐらいの女の子だった。
 管理人さん以上に長く、背中どころか床にまで届きそうな長い白髪はくせっ毛な上に長さが揃っていないのか所々でぴょんぴょんと飛び跳ねており、服装は何の飾り付けも無い真っ白なワンピース。そして、まるでそれらの色に合わせたかのような真っ白な肌。何より見た目の年齢に相応しくない鋭い目つき。
 その目つきのせいかどこか大人びた雰囲気を醸し出す上から下まで真っ白なその女の子は、
「すまんな」
 と一言男に礼、もしくは謝罪をしてペタペタと足音を鳴らしながらこちらにやって来た。男もその後に続いてどかどかと入室。
 入ってきた三人と僕と管理人さんの五人でちゃぶ台を囲むと、管理人さんが膝を叩いて切り出す。
「おし、じゃあせーさんまだ来てないけど始めちゃおうか」
 で、一体何が始まるんでしょうか?
「まずは日向くん。幽霊って信じる?」
「はい?」
 管理人さんのあまりに突飛な質問に、頭で考えるよりも早く口が答えてしまった。
 幽霊? そんなの信じる訳無いでしょう。と、後になって答えが思いつく。なので改めて口に出して答えた。
「いえ、テレビとかでは見た事あるけど実際には見た事無いし、信じてるか信じてないかと言われたら信じてませんが……」
 頭で思いついた答えほどキッパリとは言えなかった。こういう時は言葉からトゲやらカドやらをできる限り取り除いて丸めるに限る。
 その丸まれた僕の回答に管理人さんと赤カチューシャさんは笑みを浮かべ、タンクトップの男の人は「けっ」とそっぽを向き、ワンピースの女の子はこちらを見るも反応無し。
 与太話かと思ったらみなさん結構マジな感じじゃないですか? 幽霊って、何ですかそれ? 何かの怪しい宗教の勧誘ですか? そんな、新しい入居者を一人一人捕まえるなんて性質の悪いやり方があるんですか? 回避不可能ですよこんなの! どうしたら!?
 庭掃除の女の人の登場でほぐれた緊張がそれ以上の恐怖となって蘇り、僕の身に降りかかる。
 しかし「緊張→安心→恐怖」と言うムチ・アメ・ムチ連携に、もともとそんなに打たれ強いとは言えそうもない僕の心臓は疲れてきた。そう感じてその細っちい心の臓がポッキリと折れそうになったその時、管理人さんがまた口を開いた。咥えたタバコが落ちない程度に。
「今ここにいるアタシと日向くん以外の三人が実は幽霊だって言ったら、どうする?」
 何の冗談だろう? と三人を改めて見てみるも、別になんてこと無い普通の人達だ。幽霊だって言われても、そんなの信じられる訳が無い。
「あの、何の話をしてるんですか?」
 最早恐怖よりも疲労が勝ってしまい、不信に思っている事が丸出しの口調でつい、尋ねてしまった。でも管理人さんは特に動じる様子も無く、タバコの煙を吐き出して続ける。
「ん? そのまんまだよ。じゃあみんな、証拠披露~」
 管理人さんのその合図で他の三人が……と思ったら、赤カチューシャさんだけがちゃぶ台を手で叩いた。
 ……あれ? 音がしない? って言うか、手がちゃぶ台をすり抜けてる!?
「大吾くんも成美ちゃんも、一緒にやらなきゃダメだよ~」
 そこにちゃぶ台が存在しないかのように腕を貫通させ手をひらひらさせながら、あとの二人に文句を言う赤カチューシャさん。
「んなの一人やりゃあ充分だろ? オレはやだぜ。バカみてえだし」
 赤タンクトップの男が面倒臭そうに頬杖をつきながらそう言うと、ワンピースの女の子もそれに続いた。
「悪いが、右に同じだな」
 二人ともにはっきりと協力を断られた赤カチューシャさんは、溜息をつきながら手の平をちゃぶ台から引っこ抜いた。ついでに管理人さんも溜息をつく。
「で、でもこれで分かってもらえましたか? ここにいる三人は、幽霊なんです」
 赤カチューシャさんにそう問い掛けられて、僕はふと自分を取り戻す。その瞬間まで目の前で何が起こってるか理解できず、ただぼけーっと三人のやりとりを眺めていただけだったのだ。
「え、えー……っと……」
 何をどうすればいいのか分からず、取り敢えず目の前のちゃぶ台を手で叩いてみる。
 ぺん。
 これが結果。当たり前だが、僕の手はちゃぶ台に衝突してしょぼくれた音を立てただけだった。つまり、この人達は本当に?
「うわ、うわあああぁぁぁ!」
 僕の頭が三人の正体を悟った瞬間、僕の体は立ち上がって逃げ出していた。
 そりゃ逃げたくもなるよ! いきなり目の前の三人が幽霊だなんて分かっちゃったら! 何ここ!? お化け屋敷!? 僕はなんでこんな所に!? 住むの!? 住めるの!? こんな所!
「あっちゃー……」
「あ、待って!」
「そりゃ普通はそうなるっつの」
「まあ仕方ないな」
 背中にそんな声を受けながら、僕はドアを目指して走った。
 大した距離じゃない! 靴履かずに飛び出せばあと三秒もかからないさ! ほらもうドアノブに手が届く! あとはドアを開けて外へ――!
 しかし掴んだドアノブは、明らかに僕とは別の力によって回りだした。
 誰か来たのか!? こんな時に!
「お願い、待って!」
 ドアが何者かによって開けられると同時に、後ろから誰かに手を掴まれた! 振り向くとそこには赤カチューシャ! ……さん! 僕は恐怖で声も出せず、掴まれた手を振りほどこうと無茶苦茶に振り回した!
「遅れて申し訳な……おや? この状況は……握手ですか? それにしては大袈裟ですね。いやあ初日から好印象みたいですねえ。んっふっふっふ」
 背後からの声に振り返ると、温和なお父さんwith眼鏡といった感じの人が楽しそうに僕と赤カチューシャさんを眺めていた。
 いや、それどころじゃないですから!
「こっ、こっこの人達、みんな幽霊ですよ! あぶっ、あぶっ、あぶな……!」
 なおも掴まれた手を振りほどこうとしつつ、回らない舌でなんとか状況の説明を試みる。
しかし、楽しそうな笑みを浮かべ続ける男性の口から返された言葉の意味するところは、
「それならご心配なく。私も幽霊ですから」
 ただ無情 逃げ場は無くて ああ無情
 僕は自分が置かれた状況が如何に絶望的であるかを理解すると、その状況から脱却する最後の手段をとることにした。
 意識のシャットダウン。簡単に言うなら、はい気絶。


「…………んうっ……」
 何がなんだかわからないけど、楽しげに微笑む男性の口元の次に僕が見たのは真っ白に光る蛍光灯だった。眩しいなぁ……と目をしかめると、視界に飛び込んできた何かがその光を遮った。
「あっ! き、気がついた! 大丈夫!?」
 えっと、誰? 茶髪で、赤いカチューシャ……えー、僕の頭のデータベースにその二つの条件で検索をかけると……
「のわああぁぁぁ!?」
 検索結果は一件だった。いつの間にか寝かせられていた布団から後ずさりで脱出するも、なおも止まらぬバックダッシュ。何故ならゴールなどありはしないから。
 かと言って止まる訳にもいかずただただ後方へ爆進していると、何かにぶつかった。壁?
「痛い」
 一言そう呟いた壁に不安を覚えつつ、首を後ろに反らして一体どんな壁なのか確認してみる。すると目に飛び込んできたのは、冷ややかな目で僕の顔を上から覗き込む幼い少女。そして検索結果はまたも一件。
 その一件に心の底から恐怖がこみ上げ、恐怖が空気の振動となって口から放たれようとしたその瞬間、少女の手が僕の口を塞いだ。いや、塞ぐというよりは口に手の平を乗せたと言ったほうが正しいか。とにかくその手には全く力が掛かっていないので、叫ぼうと思えば充分に叫べる。
「五月蝿い」
 しかし少女のその言葉に口に乗せられた手を退かす気力、そしてそのまま叫ぶ気力すらも無くしてしまった僕は、視界をぼやけさせている溜まった涙をまぶたと言うワイパーでクリーンにする事しかできなかった。結果、温い塩水が頬を流れる。
 すると少女の手が僕の口から離れ、上から覗き込むように僅かに曲げられていた腰がまっすぐになった。それと同時に、なおも僕を見下ろすその表情が少し申し訳なさそうな感じになる。具体的に言うなら眉毛の角度が多少、浅くなった。
「驚かせてしまったな。すまなかった」
 その表情のまま少女は僕に、見た目に似つかわしくない口調で一言そう、謝罪した。
「え……?」
 何をされるのかとビクビクしていたのに、予想外な事にそのビクビクさせたことを謝られ、思わず口から情けない声が漏れてしまった。
「おい。目ぇ覚ましたんだったらとっとと済まそうぜ」
 少し離れた所からのその声の方を見てみると、開けられたふすまの向こうで赤タンクトップくんがあぐらをかき、見覚えのあるちゃぶ台に頬杖をついてこちらを覗いている。そこで僕は初めて、気絶している間に隣の部屋に運ばれていた事に気付いた。
「お前は黙ってろ」
 頭の上から少女の声がした。しかしやはり、その口調は少女の外見には似つかわしくない。あの怖そうな男に対しても先程僕に謝罪した時と同様、上からものを言う感じだった。
「へいへい」
 しかし男のほうはそれに文句もないらしく、頬杖をついたままぷいと横を向くだけ。
 そんなやりとりにちょっとだけ落ち着きを取り戻し、流れた涙を手で拭き取って改めて周りを見渡すと、赤タンクトップくん以外の四人がこちらの部屋に揃っていた。
「ごめんねー。もうちょっと上手く説明できたらよかったんだけどさ」
 部屋の隅で立ったまま壁にもたれながら、苦しい笑みを浮かべる管理人さん。その右手には、白い煙を立ち昇らせる小さな白い円筒形。
「本当にごめんなさい。 怖がらせるつもりはなかったんだけど……」
 僕が寝ていた布団の傍でへたれ込んだように座りこみ、その姿勢のまま頭を下げる赤カチューシャさん。そしてその頭が持ち上がると、座ったままこちらに近寄ってきた。
「あの、もう大丈夫?」
 僕の顔……と言うよりは目玉を覗き込んでるんじゃないかと思うくらいの至近距離で、あからさまに心配そうな顔で尋ねられた。僕はそれにちょっとだけ身を引いて答える。
「だ……大丈夫、です……」
 身を引いた際に後ろの少女に軽くぶつかってしまったが、赤カチューシャさんのあまりの近さにそこまで気が回らなかった。そして少女も、特に何も言わなかった。
「良かったぁ」
 これまたあからさまなほどの安堵の表情。そして溜息。
 悪い人ではない……かもしれない。
 なんて思った時、隣の部屋へと続くふすまの傍に立っていた温和なお父さんが眼鏡の奥の糸のような目をこちらに向けて、さも楽しそうに微笑ませた口を開いた。
「では主役が大丈夫と仰ったところで、そろそろ始めましょうか? んっふっふっふっふ」
 彼はそれだけ言うと隣の部屋へと歩いていき、赤タンクトップの男と同じく、ちゃぶ台の前に座り込んだ。
 始めるって、何を?
「じゃあみんな、隣の部屋に移動ねー」
 管理人さんがそう言ってタバコを指で挟んだまま何度か手を叩く。灰、落ちませんか? なんて事は置いといて。
「はーい」
 その合図に、赤カチューシャさんが返事をして移動を始める。もう一人の少女のほうも移動し始めるが、赤カチューシャさんとは違って特に返事はしない。
 その後、管理人さんがタバコを咥えつつ近付いてきた。
「日向くん、悪いけどもうちょっと付き合ってね」
 後ずさりしたままの格好の僕に手を差し伸べる管理人さん。ちょっとためらいつつもその手を取り、立ち上がる。
「これから何があるんですか?」
 立ち上がりはしたけれど、隣の部屋へと歩き出す前にその場で訊いてみた。ちょっとは落ち着いたけど、まだ完全に不安が無くなった訳じゃないし。
「新しい入居者くんに、みんなから自己紹介」
 管理人さんはタバコを咥えたままニッと笑った。


1 コメント

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家賃御幾ら?入居希望(笑) (ひーちゃん)
2011-06-09 09:57:26
初めましてひーちゃんと言います。
いわくありげなアパートだった
ということは家賃激安だったのかな?
でも、一人暮らしってなったら怖いな。
悪霊系は勘弁ですがこういう人達ならOKです自分。面白そう。

よかったら私のブログにもお出でください
死後の世界を扱った小説です
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