(有)妄想心霊屋敷

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新転地はお化け屋敷 第八章 再会 十二

2007-11-27 21:02:58 | 新転地はお化け屋敷
「………………最高、だよ。凄く嬉しいよ」
 栞さんは親指を立て、目を潤ませた。さすがに流れる程ではなかったものの、自己満足だけで済まなかったと分かり胸がスッとする。
「でもさ、孝一くんがこれ言ってくれるのって二度目なんだよね」
 溜まった涙を拭い、恥ずかしさを紛らわせるように「えへへ」と肩を上下させる。
「……あれ? そうでしたっけ?」
 そんな栞さんが発した言葉に、背筋がさっと冷たくなった。
 なんと、二番煎じだったらしい。しかも一番煎じがこれまた自分で。
 おおう、恥ずかしい。
「うん。ちゃんと覚えてるよ。孝一くんが引っ越してきて初めてお買い物に行った時―――あの時は成美ちゃんもいたから、三人だったよね」
 言われてうっすら思い出し始める。あまくに荘からちょっと離れただけでまさに右も左も分からない状況になった事と、件の――
「その時にね、『周りからどう思われても構わないから目を見て話します』って。覚えてる?」
「覚えてる……と言うか、思い出しました。言いましたねぇ、そんな事」
 言った割にはすっかり忘れ、人目を思いっきり気にしている今の自分は、多分かなり格好悪い。
 しかし栞さんはそんな僕を笑うような素振りを見せず、
「あれね、本っ当に嬉しかったんだよ? 成美ちゃんは『それが当たり前』みたいな事言ってたけど、それでもちょっとくらいは感心したと思うな」
「いや~、それはちょっと褒め過ぎだと……」
 結局実現できてなかった事を考えれば、むしろ「できない事を自信満々に言うな」と怒られそうな気さえするんですが。
「でも、なんでだろうね? 同じ事言われただけなのに、ちょっと泣いちゃった」
 こちらの照れ隠しを無視し、首を横に傾け、そう続ける。が、僕に聞かれても分からないですごめんなさい。なんせ以前も同じ台詞言ってたのを、今の今まで忘れてたものですから。
 無言で首を横に振る僕に、栞さんが笑い掛ける。
「多分だけどね、あの時の孝一くんと今の孝一くんが違うからだと思う」
「ん? 何か変わりましたっけ?」
 台詞以外にまだ何か忘れているのだろうか? と不安になるが、
「あの時はまだ『隣に引っ越してきた人』だったけど、今は……ね。こうだから」
 腰をずらせ、肩を寄せてきた栞さんのその答えは、とても分かりやすかった。
 ―――分かりやすかった。のに、
「……ごめん、孝一くん」
 突然謝られた。
「もうちょっと泣いちゃうかも………」
 体を寄せてきた栞さんは、そのまま僕の肩へと自らの顔を押し付ける。空いていた手を僕の手の甲へと重ね合わせ、元から繋いでいた手とで挟むようにする。
「栞さん、あの、もしかして」
「違う……違うの。さっき泣いちゃったのは本当に嬉しかったから………でも、でもぉ…………う、うあ、ああああ……」
 涙に釣られてしまったのだろうか。それとも最初から、この意味での涙だったのだろうか。―――栞さんが悲しむと言えば、思い当たる原因は一つしかない。
 それは、僕が栞さんにとって毒だという事。


 それから暫らく。意識して抑えられた嗚咽が止むと、
「もう、大丈夫。ごめんね、雰囲気台無しだよね」
 肩から離れた栞さんが下を向いたまま、そうこぼす。
「いや、泣きついてもらえるていうのは結構嬉しかったりするんですよ? 男としては」
「そうなの?」
「そうです」
「そうなんだ」
「そうなんです」
 軽い調子でしつこく返すと、目論み通り、少しだけ笑ってもらえた。それを確認した僕は、栞さんの手を引いたまま立ち上がる。
「じゃあ、そろそろ行きましょうか。チューズデーさんも待ってるでしょうし」
 追いかけられたり、相談を持ちかけられたり、笑いかけられたり、泣きつかれたりしたデートになってたんだかなってなかったんだか微妙なお出掛けも、そろそろお開きの時間だ。
「そうだね。庭のお掃除も結局ほったらかしっ放しだし。……泣いたすぐ後に言うのも変だけど、今日は本当に楽しかったよ」
 立ち上がった僕を見上げる栞さんの両のまぶたは、少し赤みを帯びていた。それでも、そんな状態でも、いつもと変わらない笑みを見せてくれる栞さんは、結構凄い人なのかもしれない。
 そして僕は、そんな栞さんが好きだ。
「僕もです。よければ、またいつかデートしてもらえますか?」
「うん、喜んで」
 それは良かった、とこちらも微笑み返すと、栞さんがゆっくり立ち上がる。
 さあ帰りましょうか、と足を進めると、
『あれ?』
 綱引きの綱のように、繋いだままだったお互いの腕がぴんと張る。
「そっちじゃないよ、孝一くん」
「あ、ああ。そうでしたっけ? ……すいません」
 何が起こったかと言うと、僕と栞さんがそれぞれ逆の方向へ進もうとしてしまっていたのでした。いや、最後の最後でお恥ずかしい。
「一回、孝一くんに道を任せてみようかな? デート。面白そうだけど」
「いや、それだけは勘弁してください。野宿とかする羽目になりそうですから」
「あはは」
「ふふふ」
 冗談で済まなそうなのがまた……ま、それは置いといて。
 さあさあ我が家へ向かいましょう。デートが終わっても、一緒にいられる時間はまだまだ続くんですから。なんたって、お隣さんですからね。
 ………家までの方向指示、よろしくお願いしますよ?


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