(有)妄想心霊屋敷

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新転地はお化け屋敷 第六十章 生きる、ということ 一

2014-06-27 21:01:50 | 新転地はお化け屋敷
 おはようございます。204号室住人、日向孝一です。
 まあ今いるのは204号室でもなければそもそもあまくに荘ですらないんですが、というのはいいとして……そうなんですよね、いろいろありましたけど午前中なんですよねまだ。
 そして、だったら今はもうすべきことが全部済んだのかというと全くそんなこともなく。むしろここまであったことが全て想定外の出来事であって、この後に控えているものこそが本来、唯一予定されていたことになるわけです。
 三組同時ということもあり、正確を期すのであればそういう言い方にはならないわけですが、しかしここは敢えて言い切ってしまいましょう。
 今日これから行われるのは、僕と栞の結婚式です。
「孝さん」
「うん」
 栞に促されて立ち上がった――いや、栞に促されるまで立ち上がらなかった僕が向かったは、つい今しがたノックされたこの部屋の玄関ドア。いろいろなことがあったというならこの数時間だけで随分な回数ここを出入りしたものですが、どうやらとうとう一区切りつくようで。
「お待たせを致しました。こちらの準備が全て整いましたので、お迎えにあがりました」
「はい。すぐ出られますんで」
 いろいろなことがあり過ぎたせいか、ここまで来ても尚緊張といったものが生じていない僕ではあったのですが、しかしそれでもやはり、ついつい動きが急きがちになってしまいます。そしてその急きがちな動きで仲居さんの相槌を待つことすらなく玄関から取って返し、中で静かに佇んでいる栞に声を掛けようとしたところ。
「孝さん、すっごい良い顔してる」
「良い顔?」
「豆腐の肉乗せ作ってる時みたいな」
 鏡を見ながら料理をした経験は思い出せる限り一度もないので、具体的にどんな顔なのかはそうして例えられたところで分かりようもないのでした。
 が、少なくともいい顔なのは間違いないようで。
「いざとなったらさすがに緊張するかなーとか思ってたけど、なんだか骨抜きにされちゃった」
「ん? それ、言葉の使い方間違ってない? 骨抜きじゃなくて腰砕けとかじゃあ」
 ……いやそもそも、本当に間違ってるんだよねそれ? まさか実はそのままで合ってるなんてことは、ねえ?
「そう? ふふ、まあ伝わったなら何でもいいけどね。骨が抜かれようと腰が砕かれようと」
 うぬぬ、もしかしたら僕は非常に勿体無いことを……ではなくて、日本語の意味を勘違いさせてしまったかもしれない。とはいえ今から両単語の説明をするとなると、勘違いであろうがそうでなかろうが辛い展開しか待っていなさそうで――。
「さあさあ孝さん、いつもなら歓迎だけど今回は余計なこと考えてる暇ないよ。待ってもらってるんでしょ? 外で」
 歓迎している割には容赦なく「余計なこと」扱いもしてくる栞ですが、しかしその通り。すぐに出られますとか言っておきながらこんな所でいちゃいちゃしている場合じゃございません。
「いざ人生の晴れ舞台へ! ってね」
「喜んでお供させて頂きますとも」

 わざわざ複数の仲居さんが別々に案内したということなのでしょう、案内されて辿り着いた駐車場にはお父さんとお母さんが先に到着していたのでした。
 が、
「ほらあなた、あなたが一番腰引けててどうするの。主役があんなに堂々としてるのに」
「お、おう……」
 顔を合わせるや否や、こちらへ声を掛けるよりもまずお父さんを叱り付けるお母さんなのでした。
「私達が気楽に構え過ぎてる分をお義父さんが引き受けてくれてるってことで」
「あらいい考え方ね栞さん。そうね、そういうことにしておきましょうか」
 式が終わったら戻す、とそう言っていた筈のお母さんの栞に対する言葉遣いだったのですが、しかしどうやら先程の件でうやむやになってしまったようでした。いや、うやむやにした、というほうが正しかったりするのかもしれませんが。
 そしてやはり仲良さそうにしている栞とお母さんの一方で、
「助かったのかそうでないのか」
 と大きく溜息を吐きながら呟くお父さんなのでした。
「自分の精神状態よりお母さんの出方の方が先に来るんだね……」
「結婚した男はみんなこうなる運命なんだぞ孝一」
 なんちゅうこと言うのさ同情してみた途端に。
 と思ったらその夢も希望もあったもんじゃないお父さん、僕の顔を見て軽く笑ってみせてきます。
「そう嫌な顔するな、それくらい愛してくれてるってことなんだから。そうじゃなかったらこんな冴えないおっさん、誰が相手してくれるもんかってな」
「お父さん、後ろ」
「いやあ心配するな、長年連れ添った愛する嫁さんがいるだけだろ」
 赤鬼のような顔してらっしゃいますけどね。
 といったところでようやく、あからさまに不自然なほどお母さんの方を向かないようにしているお父さんを含めた日向家四名が乗車。そうなると分かっててどうして挑発するのか、とは言いますまい。おかげでそろそろ両親がイチャつく場面も見慣れてきたわけですし――と、それについては見慣れてしまうのもそれはそれでどうか、という話なのかもしれませんけどね。
 で、それはともかく。
「怒橋さんと家守さん達はもうあっちに?」
 そうして車が式場へ向けて発進してすぐ、運転手さんに尋ねたのは栞でした。親がイチャつく場面を見慣れても栞が「家守さん」と呼ぶのは聞き慣れないなあ、と、もちろんその二つに全く関連性はないわけですが。
「はい。怒橋様ご夫婦はもう、あちらで準備に入っておられるかと」
 運転手さんからはそんなお返事。大吾と成美さんは既に準備を始めているとのことですが、それというのは三組ある結婚式の順番にちなんで、ということになりましょう。三組の中で唯一和式での結婚式を挙げるということで、やや世知辛い話ですが手間やら何やらの関係上、真ん中に持ってくるのは避けようということになったのです。四方院さん側のことはもちろん、来賓の皆さんにしたって大変でしょうしね。
 で、真ん中を避けるということなら最初か最後ということになるのですが、最後に持ってくるべきはそりゃまあ、家守さん達だろうと。なんせ場所が場所だけに、これについてはもう言わずもがなというか。
 となれば必然的に僕達の式は真ん中、つまり二番目ということになったわけですが、それはともかく。
「綺麗なんだろうなあ、成美ちゃんの」
 という栞の言葉に、「そりゃあそうだろう」とその時点で頷きかけていた僕だったのですが、しかし栞、続けて僕にこう尋ねてくる時には小声なのでした。
「なんていうんだっけ。ほら、あの、和服の真っ白の」
「白無垢?」
 なんせ言わんとしていることが初めから分かっていたので、こちらとしても即座に返事を用意することができはしたのですが、
「おほん。えー、綺麗なんだろうなあ、成美ちゃんの白無垢」
 だからってさすがに無理があると思うよ栞。名称が思い浮かばなかったことを、後から全文言い直してなかったことにするのは。
 というわけで車内に笑いが広まり始めもするわけですが、しかし僕達四人はともかく運転手さんは笑うわけにもいかないので、できたらその辺りも配慮して差し上げたいところですね。ね、栞。
「でもそうねえ、あの子なら……って、あの子、なんて言っちゃっていいのかしら? 小さい方を思い出しちゃってつい言っちゃったけど」
「気持ちは分かるけどお母さん、一応は今日ここに来た誰よりも年上だからね、成美さん」
「ああ、ええ、その話は昨日聞かせてもらったんだけどね」
 まあ確かに難しいところではあるのでしょう。事情を把握し切れていれば目上として接するべきなのは難しいどころか間違えようがない話のでしょうが、それを自分の中で定着させるのが、というか。
「うーん、そういう話になってくると耳が痛いなあ」
 苦笑いを浮かべてそう言ったのは栞。事情を把握し切れていれば間違えようがない話、の筈なのですが、それでも尚ちゃん付けで呼び続けている一人ですしね。ちなみにそのもう一方である家守さんですが、あちらは「なっちゃん」呼ばわりということで、ちゃん付けというよりは愛称の一部という感じが強く、なのでもしかしたら問題なのは栞ただ一人だけなのかもしれません。
「まあそこら辺はご本人と相談のうえで」
「おお、救いの手も何もなかった」
 ……いやまあ、成美さんとしてもさすがに今更な話だろうし、だとしたら本気で嫌がっているということはないんじゃないかというか、いっそ親しみを持ってくれてたりもするんじゃないかなというかね? というようなことを、僕の勝手な推測だけで言えるわけでもなくてね?
「うーん、何のことやらさっぱりだぞ」
 苦笑いを浮かべてそう言ったのはお父さん。事情を把握し切れて……ないようですね、どうやら。
 そっか。お母さん、ナタリーさん達だけでなく成美さんのことについても説明してなかったんだね。昨日あまくに荘を出て帰宅してから、今日ここまでに掛けて。まあそんな余裕がなかったって話だったし、なら余裕を奪った側としてはそれをどうこう言えたもんじゃないんだけど。
 というわけで、四方院家への到着直後、犬と猫と鶏と蛇を目撃して混乱していたお父さんではありましたが、それと似たような状態に再び陥ることになったのでした。二度目ということもあってせめて目的の施設に到着するまでに立ち直って欲しいところではありましたが、果たして。

「父さん、今日だけで精神的にすごく成長した気がするぞ。この年で」
「それはよかった」
 これから参列する式の主役である怒橋夫婦、その新婦さんは新郎さんともども幽霊であり、そのうえなんと実は人間ではなく猫であり、しかも実年齢で言えば大人を通り越してお婆さんであり、更には小学生くらい姿と旦那さんとお似合いの大人の姿を自由に入れ替えられるうえ、大人の姿の時は猫のような耳が頭に生えて幽霊が見えない人にも普通に見えるようになり、とどめには四方院家への到着直後に目撃して驚くことになった猫さんの元お嫁さんでもありその猫さんとの間にお子さんもいる、という話。
 ううむ、手短に説明してしまうとてんこ盛りもいいところで。とどめって何だとどめって。
「それにしても母さん、せめて式の主役のことくらいは昨日のうちに教えておいてくれてもよかっただろうに」
「すいませんね。珍しく気遣ってくれたのが嬉しくて、それに浸っていたかったんですよ」
 とうとうお母さんまでお熱いこと言い始めた、とは思ったのですが、その刺のある口調や冷やかな視線からして、本人としては「珍しく」という点についての嫌味のつもりなのでしょう。
「珍しく気遣ってくれたのが嬉しくてね」
 二度言ってますし。
「まあ、喜んでもらえたならいいとしておこうかな。うん」
 成美さんのことを教えておいてくれても、という話だった筈なのに、それとはまるで関連のないところで話題に終止符を打ちに掛かるお父さん。どうなんでしょうね、気の毒と見るべきなのか自業自得と見るべきなのか。
 というわけで運転手さん、いろんな意味ではらはらさせてしまったでしょうが、申し訳ありませんでした。
「到着致しました」
 ご苦労さまです。

 というわけでさて、車を降りて件の結婚式場に足を踏み入れます。実際には結婚式場をその一部として含んだ建物、ということになるのですが、それはともかく。
 ここへ来たのは僕と栞がこれで三度目、お父さんとお母さんは二度目になるわけですがしかし、それらで足を踏み入れたのは全て自分達の式が行われる洋式の部屋のみだったので、大吾と成美さんの式を執り行う和式の部屋は、今回初めて目にすることになるわけです。
 が、しかし当然ながらいきなりそちらへ直行というわけでもなく、
「式の開始までは、こちらでお待ちください」
 車から引き続き運転手さんに案内された先は、いわゆる待合室というやつなのでした。
 いや、こういう特別な場ですし、もしかしたらそれとはまた違った名称があったりするのかもしれませんけどね。待合室というには椅子もテーブルもしっかりしたものというか、そもそも普通の待合室だったら椅子はともかくテーブルなんて無いような気もしますし。
「お時間になりましたら、係の者がお声掛けに参ります」
「お世話になりました」
 車中でのこともあってか代表するにして礼を言ったお父さんに続き、僕を含めた他三人も頭を下げたところで、ここからはまた暫くくつろいでいられる時間になったようでした。
 というわけで一家四人、手近なテーブルに着席。
「楓さん達、私達より先に出てたんだよね? 誰もいないけど」
 案の定お父さんが大きく息を吐いている横で、栞が真っ先に気に掛けたのはそこなのでした。まあ、敢えて触れに行っても余計に疲れさせるだけでしょうしね。
 というわけで僕達より先にここへ向かっていた筈の家守さん達なのですが、一目見れば分かる通り、この待合室にはいないようでした。同じく先に出ていた大吾達がここにいないのは、そりゃまあそうもなろうといったところではあるんでしょうけど。
「まあここから出ちゃ駄目ってこともないだろうし、それに家守さん達の場合、ここの人と話すことがあったりするかもしれないし」
「大変ねえ、実家で式っていうのも」
 お母さんはそう続けてきましたが、僕としてはそんなつもりで言ったわけではなかったりも――したのですがしかし、言われてみればそれもそうなのかなあ、とも。まあそうだったとしても多分、高次さんは大変だなんて思わなさそうですけどね。
「大変って言ったらあれだよな」
 そう言ってきたのは大変さならこの中で一番であろうお父さん。とまあ、そうして会話に加わってくる時点で、もう心配するほどではないのかもしれませんけど。
「披露宴はともかく式にまで呼んだ人達全員参加っていうのも、それはそれで大変だと思うぞ。全くないとは言わないけど、どっちが主流かっていったらやっぱり披露宴だけってことになるんだろうし」
 という話に「ですよねえ」と思うところありげに頷いたのは、栞でした。が、思うところありげな割にはそれ以上何か言うわけでもなく、そして何を思ってどうしてそれを言わなかったのかくらいは、察せられる僕ではあるのでした。
「式のほうは家族だけでってなると、やっぱり人が少なくなっちゃうからね。どうしても」
 栞が自身の口では言い難かったであろうことは、ならば僕が代わりに言えばいいわけです。どうして「どうしても」なのかはまでは、説明するまでもないとは思いますけどね。
「まあ、な」
 そんな説明するまでもないことに対して、お父さんの反応は苦々しそうなものなのでした。そりゃまあそう言って説明を省こうとするようなことではあるんですし、なのでもしかしたら、お父さんとしても「言わなければよかった」とか、そんなふうに思っていたりするのかもしれません。
 が、
「式に関してはともかく自分の家族って話なら、こういう場に呼べる人が多いか少ないか、なんてことを気にする必要は全然ないんですけどね」
 これから式をすることになる大吾と成美さんはもちろん、家族四人でいるという今の状況を考えればそれより先に自分の話ということにもなりそうなものでしたが、しかし特定の誰かの話ということにはしないで済ませた栞なのでした。
 無論、だからといって聞き手側は栞のことを想像しないわけにもいかなかったりするのですが、しかしそれでもやはり、栞自身がそういうスタンスでいるというのはこちらとしても気が楽です。――し、話題を切り出したお父さんなんかは特に、ということにもなりましょう。
「さすが栞さんね」
 そう言って栞を褒めに掛かるお母さんだったのですが、だったら本人にそう言えばいいのに何故わざわざ僕に向ける形にしたのか……ということは、まあいいとして。
 何も僕を突っつくためだけに褒めたというわけでもないのでしょう。なんせ栞がそういうスタンスを取っている、そういうスタンスを取ることができる理由を、知ったうえでの発言なんでしょうし。
 実家にはもう戻らない。栞は、誰にそうしろと言われたわけでもなく一から十まで自分の意思に基づいて、その決断を下しています。
 しかしそれは、実家との繋がりを断ったということではありません。死んでしまっても、幽霊になって姿も声も届かなくなってしまっても、それでも自分と自分の家族が家族として繋がっているということに何ら変わりはないという持論を突き通した結果、導き出されたものなのです。さすが、と言わざるを得ない芯の強さをそこに見出すのに、そう難儀することはないでしょう。
「負けてらんないね、って言えばいいのかなここは」
「さすが孝一、分かってるじゃないの」
 ああ、普通に褒められた。
 ……いや、普通かなこれ? まだちょっと栞との対比が残ってるような気がしないでもないような。
「はは、何だその顔。素直に喜んだらいいのに」
 いつものことではありますが、というのも随分悲しい話ですが、どうやら反応に困っていることがありありと顔に出ていたようで、お父さんにそんなことを言われてしまうのでした。
「ですよねえ?」
 となれば、それを得意としている栞がそう来るのは分かり切ったことでして。
「うーん、できれば迷う余地もないほど素直に褒めてくれたら有難いんだけど……」
「だとさ母さん。人のことを褒めてばかりいる場合でもないみたいだぞ」
「はいはい、精進しますよ」
 僕がお母さんに褒められ慣れていないのと同様、どうやらお母さんも僕を褒め慣れていないようでした。そりゃまあそうですよね、そうすることになったのはついさっきの話なんですし。
 ……とまあ、まるで褒めて欲しくて仕方がないみたいな照れ臭い話は、できればこれくらいにしておいて欲しいものですが。どうせ褒めるんだったらって話ですからね? 飽くまでもね?
 するとそんな見苦しい願いが通じたのか、ふてくされたように見せ掛けたお母さんの顔が一拍の間を置いてから綻んだところで、控え室のドアが開く音。
 と共に、複数名の方々が室内に入ってきたのでした。
「お、来てた来てた。ついさっきぶり、しぃちゃん」
「ついさっきぶりです、楓さん」
 まるで互いの代表かのように挨拶を交わす家守さんと栞でしたが、とはいえもちろん、日向家側も含めたその他大勢もそれぞれ頭を下げ合うことになるのでした。
 家守さん以外では具体的に誰々がいらっしゃったのかと言いますと、高次さんはもちろんとして、家守家と月見家の二家族なのでした。当たり前といえば当たり前――ということになるのかどうかはよく分かりませんが、どうやら四方院家からはどなたもいらっしゃってないようで。
「先程はお見苦しいところをお見せしてしまいまして」
「いえいえ、あれくらいで見苦しいなんてことは」
 お互いが「この度はおめでとうこざいます」を言い合うという他では見られないであろう光景の中、それとは打って変わったそんな遣り取りをしていたのは、うちのお父さんと……えー、つい今しがたの挨拶によると確か、月見家のお父さん。
「目回しちゃったもんねえ、父さんなんか」
「はは、そうなんですか――って、あれ? 孝一?」
 どうやらあちらのお父さんは僕と同類だったようで、と、それはともかく。
 月見家のお父さんを僕が「父さん」なんて呼ぶわけがなく、なので毎度お馴染みのネタをどうも、と言いたくもなったのですが、しかし。
 今ここで改めて自分に瓜二つな孝治さんを目の当たりにしてみると、今回は仕方ないか、とも。なんせ今朝ここに到着した直後と違って僕は私服からスーツに着替えていて、そして孝治さんはというとそりゃもちろん最初からスーツ姿なわけで、となると唯一見分けを付けられる視覚情報である服装が、残念なことに今は大体一緒なのです。
「危ない危ない、結婚相手を間違えないようにしないと」
「危ない危ない、そんな理由で浮気されないようにしないと」
 似た者同士それぞれのお嫁さんは、そんなことを言いながら笑い合っているのでした。果たして洒落になってるんでしょうかこれは。
「あーっと……? あー、ああ。おほん、これはとんだ失礼を」
 ごめんねお父さん、今日は何だか心労を掛けてばかりで。
 なんて、割と真剣にそんなふうにも思わなくはないのですがそれはともかく、それに対しては孝治さん、多少困ったように笑いながらこんなふうに。
「いえいえ、自分としては楽しませてもらってるくらいで」
 事実として楽しんでらっしゃったことはあるわけですが、まさか今のこれまでをそんなふうに捉えてはいないことでしょう。なんせただ普通にうちのお父さんが困っただけなんですし。
 ……と、しかし立場が変わってくるとそれだけの話では済まなかったりもするようで、
「そんなこと言って、嫁の身にもなって欲しいもんだけどね」
 栞の冗談に付き合て頂いたのに続いてここでも前に出てきたのは、孝治さんのお嫁さんこと椛さん。姉曰く「チョウチンアンコウみたいな」ということであるらしい周囲に逆らってそこだけぴよんと飛び出た頭頂部の髪と、そのチョウチンアンコウ呼ばわりをした姉譲りの――いえ、ぴよんと飛び出た頭頂部の髪を揺らしながら、旦那さんに食って掛かります。
「浮気ってのはもちろん冗談としても、間違えて声掛けたりするだけで充分自分に大ダメージなのは想像に難くないよ? あたしはまだしもしおりんなんか、今日が最高潮なんだから」
 何が最高潮とまでは仰いませんでしたが、でもまあ、ニュアンスはなんとなく伝わりましょう。というわけで、いつもなら割と悪戯を仕掛けに回ったりもする孝治さんですが、今回ばかりは「はい」と素直に頷く他ないのでした。残念そうに見えるのは気のせいでいいんですよね?
「宜しい。んじゃ、そうと決まったところで並んで並んで」
 何やら孝治さんを並べに掛かり始める椛さんだったのですが、しかし当然、並ぶというからには一人を対象とはしていないわけです。
「……え、僕ですか?」
「そりゃそうでしょこーいっちゃん、あたし以外で孝治とツーショットしていいのなんて君だけだよ?」
 理屈が全く分からない、いや分からないということはないのですがしかし、それだとたった今ご自分が孝治さんに対して仰った内容に反してしまうのでは――ん? ツーショット? ということは?
「今日のあたしは写真係なのさ!」
 と、デジタルカメラを取り出しながら高らかに宣言した椛さんは、
「記念すべき初仕事は将来この子に『どっちがパパでしょうクイズ』を仕掛けるための一枚から!」
 と、お腹を撫でながら高らかに宣言その二。今用意するにしては随分先の話のような気はしますが、しかしそれ以前に、
「い、いいんですか? 記念すべき初仕事って、こんなので」
「あはは、いーのいーの。実際そんなの記念でも何でもないっていうか、むしろこの後の本番に向けた練習とかの扱いなんだし」
「はあ」
 まあそうですよね。やっぱり結婚式の様子、特には家守さんと高次さんのそれが一番の目当てってことにはなるんでしょうし。
「あわよくばピンボケしてクイズの難易度アップって寸法よ」
 何一つあわよくありません。頑張れ赤ちゃん。


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