(有)妄想心霊屋敷

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新転地はお化け屋敷 第三十六章 食事 五

2010-08-22 20:53:10 | 新転地はお化け屋敷
「料理作ってる時にね、孝一くんが言ってたの。大吾くんはどんなふうに考えてるんだろうなって」
「うーむ……まあ、動物絡みの話だしな。そこであいつの名前が出てくるのは正直、わたしとしても誇らしいところではあるが。で、それでどうして二人きりにする必要が?」
「大吾くんと話をしたいと思ってはいても、でもそもそも、あの話を人前ですることに抵抗があったりもするだろうなって。誰でも少しはそう思うかもしれないけど、特に孝一くんの場合、そういうことを人並み以上に気にする性格だし」
「話をする相手は大吾さん一人が限界ってことですか?」
「そういうことだね。多分、ああして大吾くんから話を振ってくれなかったら、孝一くんはずっと黙ったままだったと思うよ」
「なんとも手間の掛かる――いや、これは失礼だな。すまん」
「あはは、いいよいいよ。それは私も分かってるし、孝一くんだって分かってるから」
「ふふ、そうか。しかしよくそこまで気が付いて、しかも実際にそこまで気が回せるな、お前は」
「そりゃあ彼女ですから。って言い切っちゃうのは、さすがにちょっと恥ずかしいけどね」
「でもそういうことでしょ? 喜坂さん、孝一くんのことが大好きだもんね。ボク達の中の誰よりも」
「まあ、そういうことにはなるんだろうけど……あはは、それを認めるのもやっぱり恥ずかしいよ、サンデー。……でも、今回は特別なんだけどね。普段は、そういうことを気にし過ぎるのは止めて欲しいって言ってるし」
「ふむ。では、なぜ今回は特別なんだ?」
「今回のことについては、孝一くんでなくてもああなるかなって。――ああ、今回が特別だってことも、孝一くんにはちゃんと言ってあるけどね? 線引きはしておかないと、普段怒ってる意味がなくなっちゃうし」
「厳しいのだな、意外と」
「意外かなあ? でもまあ、彼女ですから。……うん、こっちは言い切ってもあんまり恥ずかしくないね」

「今の話が合ってることとして言うけど」
「うん」
「よくそこまで考えてくれるな、喜坂のヤツ」
「いや本当、感謝するばかりで」
 大吾と話をしたかった僕。だけど、大吾以外の誰かがいると話がし辛い。栞さんはそんなふうに考えてみんなを連れ出したのだと、僕は大吾に伝えました。今回のそんな対応が特別であることと、特別でない場合はどんな感じなのかということも含めて。
 今話したことが絶対に正しいと言い切れるような理由はないのですが、しかし絶対に正しいと思える理由ならあります。大吾以外の誰かがいると話がし辛い、と僕がそう思っていたことです。つまり栞さんが僕の考えを読み違えていない限りは、今話したことは当たっているのです。
「でもまあ、そういうことは大吾と成美さんにだってあるんじゃない? お互いに」
「そりゃあ、全くねえってことはねえんだろうけど……んー、具体的には思い付かねえな」
 少々バツが悪そうに言う大吾でしたが、しかし僕からすれば、そんな大吾が羨ましかったりもします。気遣いのしたりされたりが無意識のうちにしてしまえるというのは、意識してしまう僕の場合よりも自然だと思ったからです。
「なんでそこで薄く笑ってんだよ」
「いやあ、幸せだろうなって」
「当たり前だろ。悪いかよ。つーか、なんでこんな話になるんだよ。今回に限らずしょっちゅうだし」
「真面目な話、羨ましいしね。好きな人と一緒になれたっていうのは」
 今朝、隣の布団に栞さんが寝ていただけでいろいろと胸がいっぱいだった僕。それが毎日続くなんて――いやもちろん、泊まることになった恋人と初めから一緒に住んでいる妻とじゃあ、同列に考えてもあんまり意味はないんでしょうけど、それでもやっぱり羨ましく思ってしまうのです。
「ふん、それを冷やかしっぽく言わねえでくれたらまだマシなんだけどな。――話もとに戻すぞ、もう」
「あはは、ごめんごめん」
 冷やかし続けるのはただの嫌な奴、ということで。
「もうおおよそのことはサンデーから聞いてると思うけど――大吾は、どう思う? 鶏が友達で、だけど鶏を食べてるっていうの」
「思うか思わねえかっつったらそりゃあ何かしらは思ってるんだろうけど、どう思うって話になるとなあ。正直、ごちゃごちゃしちまうな」
 まあ、やっぱりそうなるよね。――もしかしたら特別な考え方を持ってたりするんじゃないだろうかと思っていた大吾のその返事に、僕はどこかほっとさせられていました。失礼な話ではあるんでしょうけど。
「ただ」
 大吾の話は続くようでした。と思いきや、そこで話が途切れてしまいます。途切れさせる直前の言葉からして何か言いたいことはあったのでしょうが、言い難いような内容なんでしょうか。
「ただ?」
 急かすつもりはありませんでしたが、大吾からすればそういう言葉に聞こえたことでしょう。ふっと小さく息を吐き、改めて僕と目を合わせてきます。
「オマエももう知ってるみてえだけど、オレ達もサンデーと同じような話をしたことがあるんだよ。で、その時に思ったことがあって――『いただきます』と『ごちそうさま』が何に向けられた言葉かって話、知ってるか?」
「何に……ああ、今から食べるようとしてる相手に向けてるとか、そういう?」
「そう、それ」
 自分が生きるためにあなたの命を頂きます、というような話だったと思います。さすがに「いただきます」と言う度にそれを意識しているわけではないですけど、そういう話があること自体は、知っていました。まあ、有名な話でしょうしね。
「オレ等ってよ、幽霊じゃん」
「うん」
「もう死んでるじゃん」
「うん」
「今の話からすると、オレ等に『いただく』権利ってないだろ? 食わなくても困らねえんだし。だったらじゃあ必要もないのに飯を食うってのは、無駄な殺生ってやつになるだろ?」
 …………。
 うん、とは言えませんでした。
「いや孝一、この話まだ続くからよ。そうしかめっ面すんなって。――そんでよ、そんなこと考えたことがあるってのに、オレはまだ飯を食ってるんだよ。自分から食うってことはあんまねえけど、成が刺身を出した時とか楓サンに呼ばれて遊びに出た時とか、あと今日みたいに、オマエに誘われた時とか」
「そう、だね」
 そうなのです。食事をすることに対して否定的な理屈を考えたことがある、ということを全く感じさせない食べっぷりで、みんなの団欒の中に違和感なく溶け込んでいるのです。だからこそ僕は、今こんな話をされて虚を突かれたふうになってしまっているわけで。
「サンデーの話を聞いてさっき言ったことを考えた後、暫く考えたんだよ。『じゃあ飯食うのは止めた方がいいんだろうか』って。オレが自分で考えたことだっつっても、無益な殺生どうたらって話、一応筋は通ってると思うし」
 僕も筋は通っていたと思うし、だったら普通に考えると、そういう結論に達するのでしょう。
「でも、それって何か変だと思わねえか?」
「まあ……うん。どう言えばいいのか分からないけど、食事をしないほうがいいっていうのは、なんかねえ」
 僕に尋ねてきた以上は大吾も持っているのであろうその違和感を、おぼろげながら僕も頭に浮かべていました。おぼろげに過ぎて、どうしてそう思うのかという部分が自分でも分かりませんけど。
「オレな、あの『いただきます』の話、あれは飯を食う理由であって、食わない理由にはならねえと思うんだよ。特に理由があるってわけじゃねえけど」
 大吾はそう言いました。冷静に意味だけを捉えれば、根拠も何もない暴論で済ませられてしまうのでしょう。でも、だというのに僕はそれを聞いて胸のつかえが取れた、とまではいかなくても、つかえが緩んだような気がしました。
「うん、分かる。なんとなくだけど」
 自分の命を繋ぐために他の命を犠牲にするのだから、感謝して食べましょう。
 命を繋ぐ必要がないなら食うな。
 ……やっぱり理由は思い付かないけど、それはそれで暴論のような気がしたのです。食べなくても何ら問題がなく、更にはお腹が空くわけでもなし、食べる必要がないのは間違いないというのに。
「頭悪いからこんくれえしか言えねえし考えられねえけど、だからオレ、今もあんま気にせずに飯食ってるんだよ。サンデーと唐揚げの話も、そんなふうに処理してんだろうな多分。頭のどっかで」
「まあ、深刻になればいいってわけでもないだろうしね」
 そんなふうに返しながら頭に浮かべていたのは、深刻になっていた僕の話を「何言ってんの?」と軽く流したサンデーでした。その僕とサンデーを並べて、「じゃあ深刻に考えてたから僕のほうが正しい」なんて言ったら周囲から笑われる――どころか、失笑されてしまうでしょう。
「それにどっちみち、絶対こっちだっていうような正解ってなさそうだし。こういう話って」
「そうかもな。まあオレの場合、そもそもそれっぽいことすら思い付けねえんだけど」
「出せない正解を出そうとして無駄骨折るよりはいいと思うよ」
「それ、オマエの話だったりするのか?」
「うん」
 残念なことに。
 デパートで卵やら鶏肉やらのことを考えて以降の空回りっぷりを鑑み、そんなふうに自嘲してみました。
 すると大吾、何やら玄関の方へ顔を向けます。とはいえ誰かが帰って来たというわけでもなく、ならば何故にという話にもなるのですが、それはともかくこちらを向くなりこう言ってきました。
「……なんだ、でも喜坂なんかは、オマエのそういうとこが気に入ってんじゃねえのか?」
 つまり今玄関のほうを向いたのは、誰かに聞かれやしないかと思ってのことだったのでしょう。なんかちょっと言い難そうに言いましたし。
「違うとまでは言わないけど、自分から積極的に認めるのはちょっとねえ」
 あるのでしょう、大吾が言ったようなことも。けれど今回ばっかりはいつもの「すぐに自分を悪者にする」の類の話なので、肯定するのはなかなか難しそうでした。なんせその点だけで言えば、僕は栞さんに嫌われているわけですから。まあ、あくまでその一点だけ見た場合の話ですけど。
「そういうもんか」
「そういうもんだよ。大吾にだってあるんじゃない? 同じようなこと」
「……まあ、そうだな。馬鹿だ馬鹿だ言われんのを積極的に認めるって、それこそ馬鹿っぽいし」
 ほらあった。
 ところで大吾、じゃあ、そういうところが成美さんに好かれてるっていう自覚はあるんだね。もちろん、好かれてるということで話をするなら、「馬鹿だ」はもっと聞こえのいい別の表現をされるんだろうけど。――そういえば、栞さんも同じような話をしてたっけ。食事中、大吾と話してる時に。
「二人だけでいる時なんかに、成美さん、そういうこと言ってきたりする? やっぱり」
「……元のとこからずれすぎじゃねえか? 話」
 二人だけの時にそういうことを言ってくるということは、まあ、割と強めにイチャイチャしているということになるでしょうか。となればさすがに素直に答えるわけにはいかないようで、大吾は慎重にもそう尋ねてきました。
「その元の話題は解決したようなもんだし」
 大吾の話を聞きたい、という話は問題なくクリアしています。その更に大元の話であるサンデー関連の話については、「解決した」というより「気にしないでいいやと思えた」なのですが、まあそんな決着だって解決は解決です。
 さて、ここまでは話がずれることを良しとする理由です。では次に、ずれた先がこんな話題であることを良しとする理由ですが。
「それはほら、せっかく男二人だけだしさ」
「まあ、それはそうなんだよな」
 だったらちょっとくらい下世話な話にもなりましょうよへっへっへ、というところ。――いやしかし、僕と大吾の二人だけになるというのは案外なかなかないことなので、ただの悪乗りというだけでなく、そういう話をしたいと思ってしまうのです。あっさり認めてくれたところを見るに、大吾もそうなんじゃないでしょうか。
「いつだっけか、前にこんなふうになったのって」
「四方院さんの家に泊まらせてもらった時、だね」
 あれは確か土日を跨いでいたので、先週、先々週……ぴったり二週間前の話になるでしょうか。土曜日だったら二週間と一日前になりますが、まあそんな細かいことは置いときまして。
「まあなんだ、前にも同じようなことがあったのに、今になって嫌がるってのも変だよな」
「僕は話を持ち掛けた側だから、それに頷くのはちょと卑怯なような気もするけどね」
 そんな遣り取りは最後の確認のようであり、誰かに対する言い訳のようでもあり。つまり、僕も大吾も、まだそういう話をし慣れてはいないということになるでしょうか。まだそれぞれの彼女(または妻)について「付き合いが長い」というほどではないので、それもやむなしではあるんでしょうけど。
 大吾、腕を組みつつ言いました。
「んじゃあさっきの質問だけど――まあ、時々あるな、やっぱり。こう……いい雰囲気になったりしたら、やっぱなあ」
 あったようです、そういうこと。いや、何も意外だというわけではなく、むしろそういうことがあることこそ普通なのでしょうが――しかしなんでしょうか、なんとなく、嬉しいような気分になるのでした。僕が嬉しがってどうするんだって話なんですけども。
「オマエだってあるんじゃねえか? それくらいだったら」
「まあ、あるんだけどねやっぱり。ほら、栞さん、毎晩僕の部屋に来てるでしょ? 夕飯食べに。それが終わって家守さんと高次さんが帰った後は、なんだかんだでよくそういう話になってるね」
「『よく』あるのか?」
「ん?」
 今のはどう聞いても、「よく」を強めて言っていました。ならばそこについて疑問を持ったのでしょうが……?
 というところまで考えて、気付きました。大吾はさっき、同じようなことがあるという話について、「時々ある」と言っていたのです。「よく」と「時々」では、結構な差があります。そこで初めてその単語が気になり、なので僕は、遅れて尋ねることになりました。
「『時々』なの? 大吾は」
「だと思うぞ。二人きりの時より、オマエ等にからかわれてそういう話になるほうが多いくれえだし」
 うん、なんか、ごめん。
 ということはともかく。
「なんだよ。オレばっかからかわれてるけど、オマエと喜坂のほうがよっぽどデレデレしてんじゃねえか」
「うーん……?」
 普通に考えれば大吾のその答えに辿り着くのでしょう。実は僕もそうなんじゃないかと思ったところなのですが、しかしどうも、その結論はしっくりこないのでした。
「ああ、分かった」
「なんだよ」
「僕と栞さんは恋人同士で、大吾と成美さんは夫婦でしょ?」
「まあ、な。確認するまでもないけど。で、それが?」
「じゃあさ、いくら毎晩のことだって言っても、やっぱり栞さんが僕の部屋にいるっていう状況は特別なものだってことなんじゃない? 特別だから、よくそんな感じになるっていうか」
「……まあ、逆にオレと成美が一緒にいるのは特別でも何でもねえし、だったらそうなるのかもな」
「ということは、僕と栞さんがよくそういう話になるのは僕と栞さんのせいじゃなくて、その時の状況のせいなんだよ。――いや、何も悪いことじゃないんだし、『せい』って言い方も変なんだけど」
 そういう話になって、そういう雰囲気になって、そういうことをする。当たり前ですが、それは僕自身からすれば望ましいことなのです。そりゃそうです。
「分かるような分からないような、だなあ。デレデレしてるのがオマエ等だってのは変わらねえんだし」
「うん、もちろんデレデレしてるとこまでは否定しないけどね」
 何が悪いか。――と、別に大吾は悪いと言っているわけではないんですが、ついつい思ってしまいます。
「大吾、成美さんと時々にしかそういう話にならないからって、じゃあ成美さんとは僕と栞さんよりデレデレ加減が低いって思う?」
 そろそろデレデレ以外の聞こえのいい言葉を持ってきたいところですが、まあそれはともかく。お前らのほうがデレデレなんじゃないかと得意顔で言っていた大吾はしかし、いざそう尋ねられると、むむうと唸ってみせるのでした。
「……新婚でそれ認めるって、なんかアレじゃないか? いいのかそれ?」
「新婚がどうとかじゃなくて、実際にどうなのよ。あんまりデレデレしてない?」
「いや――。……分かったよ、してるよ。そりゃするだろ、普通」
「だよねえ」
 結局、二人きりの時の行動がどうあれそこに変わりはないわけで。だとするなら、どうして大吾がよくからかわれるのかという話は――そういう位置付けだから、かな? 合ってると気の毒なので、考えるだけにしておくけど。
 そして、もしかしたら大吾もそんなふうに考えたのでしょうか。だったらどうして自分だけが、というような質問は出てこないのでした。
「じゃあこの話はここまでにして。……えーと、孝一、正直こういうこと訊いちまっていいのかよく分からねえけど、訊けるとしたらこういう場面だけだろうし、だから一応訊いてみるけど」
 なんだかえらく慎重に話を進め始める大吾ですが、こういう場面というのはまあ、「男二人だけならちょっとプライベートまで踏み込んでみようか」というこの状況を指しているんでしょう。
 それを望んで大吾に提案したのは僕なのですから、むしろどんとこいです。
「なに?」
「どこまでいった? 喜坂と」
 どんと来過ぎだ、と一瞬ながら思わないでもありませんでした。がしかし、その一瞬が過ぎた後は、「でもまあこうもなるよなあ」とも。僕が大吾に同じ質問をしたという想像も、そう違和感なくできてしまいますし。
「オレはほら、成美と一緒に暮らしてるわけで、だったらもう察してくれってなもんなんだけど――いや、答えたくねえってんなら無理に訊くつもりはねえぞ?」
 はて。どうでしょう、僕。この質問、答えたくないというほどのものでしょうか?
 もちろん僕だけでなく、栞さんがどう思うかも考慮に入れなければならないでしょう。だからといって、「大吾とこういう話をしました」なんて唐突に白状する気があるわけでもないですけど。
「行けるところまでいった……というか、何というか」
 短い時間でいろいろ考え、そして僕は結論としてそう答えるに至りました。無論、照れは混じりますが。
「そっか」
 大吾も大吾でその返事にはしゃぎ立てるわけでもなく、むしろこれまで以上に落ち着いた声でそう返してきました。見るからに思うところありといった様子ですが、しかしもちろん、何を思ったかまでは分かりません。
 ――といって話の内容が内容なので、それをこちらから質問し返すのも躊躇いが生じてしまうところではあります。訊かれたことを答えるだけで精一杯だった、とでも言うべきでしょうか。
「別に、オレが喜坂のことをどうこう思ってたってわけじゃねえんだけどよ」
 こちらから尋ねる前に、大吾の方から話し始めました。
「アイツがオマエと付き合うようになった時、やっぱ嬉しかったんだよな。オレがこんなこと言うのも変だけど、やっぱ幽霊って、報われてねえイメージがあるっつうかよ。それにアイツはオレが幽霊になってから最初にできた友達でもあるし、だから、幸せになってくれりゃいいなって――あー、何言ってんだオレ」
 報われてないイメージがある。それは言葉通りにイメージだけの話であって、実際の栞さんがどうだというところまでを言及したものではないのでしょう。
 しかし、僕は知っています。栞さんが本当に報われていなかったことを。生前にどんな日々を送っていたかを。そして、死後にどんなものをその胸に刻んで過ごしていたかを。だから、大吾の意図以上にその言葉が深く食い込んできて――。
「あ、ごめん。ちょっと」
「え? お、おい、なんで泣きだすんだよそこで」
「いやいや、泣くってほどじゃないけどね」
 というのは何も強がりではなく、実際に声が上ずったりもしないでまぶたに涙が浮かんだ程度です。映画を見て感動したとか、そういうものと同程度の。
「まあ、大吾がそんなふうに思ってくれてたってだけで、報われてないなんてことはないと思うよ」
「泣きながら言うなよ、そういうこと。マジなのか冗談なのか分からねえんだよ」
「あはは、自分でも分かってないからいいよ別に」
 クサい台詞でお茶を濁したつもりなのか、それともそんなクサいことを本気で思ったのか。今言った通りにどちらなのか自分でも分かっていないわけですが、しかしそれはどちらでもいいでしょう。どちらだったとしても、今自分が幸せであることに変わりはないわけですし。
「よし、気を取り直してやらしい話を続けよう」
「取り直さねえままよりはいいんだろうけどなあ、そりゃ」
 涙を拭い、ついでに出るものが出ていたわけではないですけど鼻もすすり、気の取り直し完了。簡単なうえにあっけないですが、もともと気分のほうが泣く時のそれではなかったので、こんなものです。
 まあそれにしたって、取り直す前と後の話題にギャップがあり過ぎるんですけどね。いま大吾が言った通り。
「――ああ、そうそう」
 再開したところでではどんな話題を振ろうかと考えていたところ、先に大吾のほうから声を掛けてきました。
「こういう話になるんだったら、これだけは教えといた方がいいかもな」
「なに?」
「小さい身体の成美とは、キスまでだ」
 一瞬、それがどういう意味か分かりませんでした。しかし一瞬だけです。
「そ、そうなんだ」
 そりゃあ気にならなかったと言えば嘘になりますし、だったらどうなんだろうかと想像――もとい、妄想してしまったりもしていました。大吾もこれが周囲から気にされるようなことだというのは分かっているでしょうし、ならば今の一言はそういった妄想を食い止めるためのものだったんでしょう。そして恐らく、効果は抜群です。
「まずはもう見たまま、そんなん無理だってのもあるし……あとはオレ自身、なんか嫌だったからな。そういうの」
「嫌? えーと、それはなんでまた」
 どこまで具体的に尋ねていいのか分からず、なので全く具体的でない尋ね方になってしまいました。それでも一応僕が思ったことを確認しておくと、「確かに小さい時の成美さんは本当に小さいけど、それでも本気で好きな女性なんだから、『その気になる』ということはあり得そうなものだけどなあ」というものです。そういうことをするかしないかでしないを選択するのは分かるにしても、そういうことをしたいかしたくないかでしたくないを選択するというのは、どういうことなんでしょうか。
 ――と、考えた自分をひっぱたきたくなるような内容では、ありますが。
「オレがあいつを好きになったのって、今みたいに大人の身体になれるようになる前からなんだよ」
「うん、それは知ってるけど」
「だからもともと……言い方悪いけど、身体目当てっつーの? そういうのって、あんまりなかったんだよな。そりゃあ全くなかったとまでは言わねえけど」
 年頃以上の年齢になった男は、果たして本当にそこまで純な感情を持てるものなのだろうか。なんて思ってしまうほど、実際にそうだったとすれば綺麗に過ぎる想いです。
 大吾だってそれが分かっているから最後の一言を付け加えたのでしょうが、それを加味して考えてもまだ綺麗だなあと。
「だからよ、一緒になってそういうことがある程度自由になった途端にそういう、今までの付き合い方をひっくり返すってのは、変だよなって」
 という大吾の話は、見上げた心がけということになるのでしょう。もちろん皮肉でも嫌味でも何でもなく、言葉通りの意味として。


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