人と、オペラと、芸術と ~ ホセ・クーラ情報を中心に by Yon Re

テノール・指揮者・演出家として活動を広げるホセ・クーラ(Jose Cura)の情報を収集中

ホセ・クーラ ポートレートとインタビュー モナコにて / Jose Cura , Portrait and Interview in Monaco

2017-04-18 | 人となり・家族・同僚と



以前の投稿でも紹介しましたが、ホセ・クーラのポートレート紹介とインタビューが、モナコの情報サイト"Little Big Monaco"に掲載されています。 → Little Big Monaco.com

今年2月から3月にかけて、クーラは、モナコのモンテカルロ歌劇場で、ワーグナーのタンホイザーのパリ版フランス語上演に主演、珍しい仏語上演版の復活を成功させました。その際のインタビューと、クーラの紹介を合わせて、記事にまとめたようです。

この記事では、念願のワーグナーへの挑戦についての思いをふくめて、クーラのこれまでの経歴や、多面的なアーティストとしての個性などについて、とてもコンパクトに、わかりやすくまとめてあります。よく取材して、アーティストとしてのクーラへのリスペクトが感じられる記事ですので、ウィキペディアの記事などより、こちらをおすすめしたいと思います(苦笑)。
すでに一部、紹介した部分もありますが、あらためて全体を紹介したいと思います。

ネットの記事は仏語版と英語版がありますが、英語版の方のリンクを紹介しています。
また、いつものことですが、日本語訳は不十分なもので、誤訳直訳ばかりと思いますので、ぜひ元のサイトをご覧ください。






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LITTLE BIG PORTRAIT of JOSÉ CURA

≪魅力的な歌手≫


非凡なテノールのキャリアによって世界中で知られているが、ホセ・クーラは、指揮者、演出家、作曲家でもある。

彼はちょうど、2月にモンテカルロ歌劇場でタンホイザーに主演した。創造性と音楽への愛によって導かれた素晴らしいアーティストであり、最新のアルバム、ドヴォルザークの「愛の歌」("Love songs")がiTunesでリリースされた。

ダークヘア、広い肩幅、印象的な存在感と魅力的な声。彼は優しい目をした鬼。魅力的な鬼だ。
ホセ・クーラは、自分が望むことだけを行う、と私たちは感じる。妥協することなく。

彼は、自分をヴェルディとプッチーニに制限していた賢明なものから逃げ出しているようだ。そして、私たちが決して、彼にそうなるだろうと期待したことがなかった、彼自身の特異な道に従って。
この2月、彼はモンテカルロ歌劇場で、1861年にパリのオペラで初演されて以来、初めてフランス語で上演されるタンホイザーの主役だった。
これまでワーグナーのレパートリーをまだ探究していなかったアーティストにとっての、新しい成功した挑戦。舞台上でほぼ3時間という大変な役であり、肉体と精神の愛との間に引き裂かれた歌手の役柄。


≪多面的なアーティスト≫

大喜びのモナコの聴衆を離れ、それから彼は、自分自身が作曲したオラトリオ「この人を見よ」«Ecce Homo»の演奏のためにプラハに向けて出発した。5月に初めて演奏するベンジャミン・ブリテンのピーター・グライムズ«Peter Grimes»のリハーサルのためにボンに飛ぶ前に。そして彼は演出もする。

誰もがめまいを起こすのに十分であるが、彼は違う。とても穏やかに見えながら、テノールと作曲家、テノールと演出家、あるいは指揮者、舞台装飾家、プロデューサーなど、多彩な役割を果たすことが自然であることがわかる。
さらに彼が本当に楽しんでいる写真を忘れることなく。

また、俳優を加えなければならない。なぜなら、さまざまな役柄を深く体現するための彼のやり方であるから。彼は働き、探求し、深め、限界を越える。

彼は、新しい大胆な道を試してみることを楽しんでいる。サムソンやカラフで、何度も繰り返して熱心に彼を聞きたいと思っている観客を混乱させる危険を冒しても。2014年に、モナコで、アルゼンチン音楽のコンサートをやったように。
彼は、映画界においてオーソン・ウェルズがやったようなものだ。ホセ・クーラは、自由で分類できないアーティスト。そして彼は、彼がやりたいことだけをする。





≪指揮と作曲≫

彼の素晴らしいキャリアは、彼が生まれたアルゼンチンのロサリオから、過去20年間、世界で最も権威のあるステージで演奏するよう、彼を導いた。

子供の頃、ギターを学んだ後、ピアノをやり、合唱団の指揮者を務め、作曲と指揮の訓練を受けた。
当時、彼は自分自身を、声楽のソリストとしては見なしていなかった。彼の才能を発見し、オペラ歌手としての勉強を勧めたのは、ロサリオの音楽大学の教授だった。その後、ブエノスアイレスのテアトロコロン付属芸術学校で学ぶ奨学金を得た。

すべての美しい物語と同様、紆余曲折と幸運な出会いがある。
90年代の初め、ホセ・クーラは、チャンスがほとんど得られなかったアルゼンチンを離れた。ブエノスアイレスのアパートを売却して、妻と赤ちゃんと一緒に、イタリアで運を試すために。

数か月後、成功できないまま、残りのお金がなくなり、彼はアルゼンチンに帰ることにした。最後に、彼は、友人の一人が、ミラノの歌手の電話番号を、ヨーロッパに渡る前に渡してくれたことを思い出した。彼はその歌手に会ってもらうことができ、アンドレア・シェニエからのアリアを歌った。彼の声に感銘を受けた教師は、彼を援助してくれることになった。そしてクーラは、彼を徐々に成功へと導いてくれる人を得ることができた。
 

≪独立と教えること≫

今では、彼は、かつての彼のボヘミアンの生活スタイルを笑っている。しかし、彼はおそらく当時から、強い自立性を保っていた。

彼の次の課題は、iTunesのようなネットのメインのプラットフォームでアルバムを制作し、販売することだ。たとえば、彼の最新のアルバム、ドヴォルザークの歌曲集「Love Song」――作曲家の不可能な愛を伝える感動的なアルバムのような。

またホセ・クーラは、知識を共有したいと考えている。彼はロンドンのロイヤル・アカデミーのゲスト教師で、マスタークラスを教えており、またフランスをはじめとする他の多くの国でも同じことをしている。
彼は情熱的で忠実であり、モナコとモンテカルロ歌劇場とのつよい絆を感じ、頻繁に戻る。





≪インタビュー≫


Q、初めてのワグナーをフランス語で歌う!この経験をどのように表現する?

A、山に登るようだ!
スコアは非常に長く、ボーカルがたいへん複雑であるだけでなく、テキストの量も膨大だ。


Q、新しいレパートリーやタンホイザーのような役柄にどのようにアプローチする?

A、通常、まず台本を学ぶことから始めて、それから、作曲家が、その言葉がどのように聞えると想像していたのかを見つけ出そうとして、音楽を汲み取る。

タンホイザーの場合、これまでになく私は、テキストを覚えるのに苦労したために、そのプロセスは非常に遅かった。
なぜなら、おそらく、私が多くの瞬間、フランス語の歌詞が、音楽と衝突していると感じたためだと思う。
私は、役柄にアプローチするのに、これほど苦しんだことは一度もない!





Q、どのようにして声を発見した?

A、音楽を職業にしようと認識した時、私の夢は、歌ではなく、指揮と作曲だった。しかし80年代に、アルゼンチンで作曲家・指揮者として生き残るのは困難だった。

経済的な理由から、オペラを歌い始めた。はじめは、合唱団、結婚式、ショッピングセンターなどで、わずかなコインと引き換えに歌った。ある日、当時のアルゼンチンでは、これ以上前進できないと認識し、ヨーロッパで運を試すことにした。次に起こったことは、今や伝説の一部だ‥


Q、テノールであり、指揮者、演出家でもある。何が今の最高の喜び?

A、これには答えることができない。子どものうち、どの子が一番好きかをたずねるようなもの。それぞれの分野が相互にリンクされ、このリンクは音楽だ。
(歌、指揮、演出・・)それぞれが独自の特徴をもち、ユニークで、私がそれぞれに感じる喜びも同様だ。だから私は、すべてのことをハードに行うことで、いろいろな楽しみを見いだすことができる。

Q、あなたはロンドンのロイヤルアカデミーの客員教授であり、各地で定期的にマスタークラスをやる。オペラが存在し続けるには、伝えていくことが不可欠?

A、伝えてゆくということは、一般的にも、種の生存のためには不可欠のことだ。

Q、モナコに定期的に戻るが、モンテカルロオペラとは?

A、モンテカルロのオペラチームは非常に才能があり、友好的であるとともに、モナコの国や、人々も好きだ。モナコは、世界でも最高に思う場所のひとつといっても言い過ぎではない。

Q、モナコの何が好き?レストラン?

A、外食は好きではなく、自宅で料理して食べることを好む。モナコでは友人がそのことを知っているので、しばしば自宅に招待してくれる。モナコでの喜びの1つは、1日のはじまりから終りまで、海を見ながら過ごせること。1年のうち、数か月をモナコで住むのが夢だ。





Q、今後のプロジェクトは?

A、タンホイザーのあと、プラハで自分が作曲した「この人を見よ」の世界初演をした。それからボンでピーター・グライムズの演出と舞台デザイン、主演をおこなう。
その先の新しいプロダクションが2つ、プラハでのナブッコと、タリンでの西部の娘。両方とも2018年だ。
同時に、いま私の最初のオペラの台本を書いているところ。
またドヴォルザークの「愛の歌」をリリースした。これは、私の独立したプロデューサーとしての、始めてのデジタル配信だ。




*写真は、クーラのHPなどからお借りしました。
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