人と、オペラと、芸術と ~ ホセ・クーラ情報を中心に by Yon Re

テノール・指揮者・演出家として活動を広げるホセ・クーラ(Jose Cura)の情報を収集中

(追加画像とインタビュー編) 2017年 ホセ・クーラ ワーグナーのタンホイザーに初挑戦 / Jose Cura / Tannhäuser

2017-07-23 | ワーグナーのタンホイザー




ホセ・クーラの2016/17シーズンは、ボンのピーター・グライムズの最終公演(7/15)をもって終了しました。
改めてこのシーズンについて、まとめをつくりたいと思っていますが、それほどまでに、新たな地平を開く挑戦と創造、そして豊かな実りと円熟の1年でした。

その中でもとりわけ大きな節目だったのが、2月のモンテカルロ歌劇場でのワーグナーのタンホイザー(パリ版フランス語上演)初挑戦だったと思います。
この公演については、すでにこれまで何回も紹介してきて、もう終わりのつもりでしたが、先日、モンテカルロ歌劇場がシーズンの終わりにあたって、このタンホイザーの初日の舞台の新しい画像をたくさん、フェイスブックにアップしてくれました。
ぜひ直接、見ていただきたいのですが、とても魅力的な写真が多かったので、そこからいくつかをお借りして紹介したいと思います。

 → これまでのクーラのタンホイザー関連の投稿はこちら


これまで紹介していなかったドイツの雑誌「オペルングラス」のレビューとインタビューからの抜粋も掲載します。

 






――ドイツ誌のレビューより

●めったに聞く機会がない、美しいタンホイザーの解釈――すぐにまた聞きたい、フランス語でも、ドイツ語ででも

「…最後に重要なことは、スターテノールのワーグナーデビューだ。単刀直入に言うなら、観客は真のセンセーションを目の当たりにした。

…ホセ・クーラは、多くのテナーに恐れられる正当な理由をもつ、この非常に要求の厳しい役柄であるタンホイザーに、素晴らしいパフォーマンスでロールデビューした。それは驚くほど簡単に、あらゆる可能性のある困難を完全に否定するように見えた。

明らかに風邪で苦しんでいたにもかかわらず、彼のパフォーマンスには目立った弱点はなく、全くその反対だった――集中した、フォーカスされたピッチ、最も難しいパッセージにおいても確実なイントネーション、フレージングは言語の流れから完全に自然に発展し、素晴らしく響き渡る、力づよいバリトンのような音色、それらに加えて、見事な、安定したハイノート――これらのすべてが一緒になって、すばらしく透徹した、非常に表現力豊かな、同時に、ボーカルにおいてもバランスのとれた、めったに聞く機会がない美しいタンホイザーの解釈を創りあげた。

そして、それは人にすぐにまたもう一度、聞ききたいと思わせる―― フランス語でも、いつの日か、ドイツ語ででも!」

「Das Opernglas」(April 2017)









――2017年ドイツ誌でのインタビューより

Q、今シーズンは2つの待望のロールデビューをする。タンホイザーとピーター・グライムス。モンテカルロ歌劇場で2月に、ワーグナー・オペラに着手する。フランス語版なので実際には言語は問題ではない。あなたにとっての主な挑戦は?

A(クーラ)、自然なボディランゲージを好むパフォーマー(ヴェルディ、プッチーニ、ヴェリズモの後期作品が好きなのは不思議ではない)として、ワグナーの驚異的な音楽レトリックを、演劇的に信憑性のあるやり方で伝えることは、確かに私の最大の課題。また、時にはテノールが歌うときに強制されるテッシトゥーラ(音域)も問題になるが、私は自分の歌を、スコアのニーズに合わせて解決できると信じている。


Q、フランス語上演は、あなたがこの役割をやるうえで考慮に入れた?

A、このことについて、あなたは私の目撃者だ。長い間、私たちはお互いを知っている。私がワーグナーを歌わない唯一の理由は、聴衆への敬意だ。現在話さない言語で歌うことを自分に許さないという敬意。
人々がそれを好むかどうかにかかわらず、役柄の解釈についてのクーラの「標準」がある。その標準は、テキストと身体の言語との関係に強く結びついている。これは、演劇の俳優で必須条件だが、オペラではそうではないようだ、あるいは必ずしもそうではない...。
もしその言葉が、あなたの文化的な持ち物に属していない場合、正直な身体的な言語表現をする方法はない。それで、私が流ちょうに話せるフランス語でタンホイザーのオファーを受けた時、すぐに受け入れ、これがおそらくワーグナーを歌う唯一のチャンスだと確信した。








●まったく新しい世界を発見しつつある――初のワーグナー挑戦

Q、正直なところ、ドイツ語版には本当に苦労させられる?

A、良い耳を持っているので、発音的には解決できるかもしれない。しかし、それは人々が私に期待するものではない。
ひとつは、クーラは他の何人かのアーティストほど良くはないと言っている人たちだが(これはその人の観点であり問題ではない)、しかし、まったく別のものが、クーラはいつものクーラほど良くないと言うこと...。


Q、パリでは、ワーグナー自身がフランス語の訳語を作った。さらに重要なのは、スコアそのものの変更、その間に作曲家の発展をかなり明確に示している。タンホイザーのさまざまな版のメリットは?

A、私はまだ、あなたの質問に答えるのに十分な権限をワーグナーについて持っていない。私は今、まったく新しい世界を発見しつつある。その発見のなかでは、私は子どもの無邪気さと、賢明な大人の慎重な備えをもって、前進しつつある...。








●タンホイザーは難しい歌唱でいっぱいの巨大なオペラ

Q、モンテカルロではオペラの指揮はナタリー・シュツッツマン、あなたと同じように、歌手であり指揮者。音楽解釈についてのコミュニケーションはどのように?

A、私は歌手・指揮者ではなく、後に歌手になった作曲家・指揮者。しかし、私はあなたの質問の意味は理解している。
まず私は、シュツッツマン氏に対して、指揮するときに、歌手ができることを同等に理解してくれるよう期待する。
それは確かに非常に難しい歌唱でいっぱいの巨大なオペラだが、それゆえに、歌手に愛と理解をもって寄りそい、権威を持ってオーケストラを「維持できる」指揮者が決定している。


Q、あなたのアプローチは、私たちがいつも聞いているものとは異なるものになる?

A、言ったように、ワーグナーに関する私の蓄積は非常に初歩的なので、私がタンホイザーを「創造」することができるのか、それとも、ただ良いプロフェッショナルとしての仕事ができるのか、私は言うことができない。(公演が終わった)3月にもう一度話そう...。








●リスクをとり、喜びとともに歩む「ドリーム・ロール」――ピーター・グライムズ

Q、タンホイザーのちょうど3か月後、次の大きな役柄のデビューがある。ピーター・グライムズ。今回はボンで、演出と舞台装置も行う。新しい役柄を準備しているアーティストにとってこれは大きな課題では?

A、これは大きな課題であり、大きなリスクだ。挑戦は私の肩にかかる仕事の量と関係があり、リスクは、演出・舞台監督と自分が一体であるため、私の解釈を最良の方法で作りあげることから自分自身を甘やかす恐れが・・。

冗談はさておき、それは仕事の地獄だが、また非常にやりがいのあること。芸術的な楽しみの縮図だ!

これがもっと頻繁に演奏されるオペラであれば、私は演出はせずに、歌っただろう。しかし再びいつ、このような、あまり演奏されないが素晴らしい作品を演出するチャンスが私にあるだろうか? 私はこの1つのチャンスを失うことはできなかった!


Q、ピーター・グライムズは、あなたにとって「夢の役柄」の1つだった。何がこの役割に関心を?そして何が挑戦?劇的に?

A、すでに語った、ワーグナーの音楽的レトリックと密度の濃い台本に対処するうえでの私の困難についての話に戻ると、ピーター・グライムズは正反対だ――音楽、テキスト、アクションの完璧な共存。私のようなパフォーマーにとっての夢だ。
この作品においては、すべての瞬間が挑戦。しかし、リスクを伴ってそれぞれのステップを踏む、このような魅力的な挑戦はまた、喜びとともにある一歩だ。






Q、あなたの2つの新しい役柄、タンホイザーとピーター・グライムズの間にはどのような違い、また類似点がある?

A、どちらもつまはじきにされた男だが、理由は異なる。タンホイザーは彼の運命に挑むが、ピーター・グライムスはその結果に苦しんでいる。
声楽的には、タンホイザーは素晴らしい音楽に非常に依存しているが、グライムスは精神の状態を伝えるために、声を使うことに依存している。時には単独の声だけに。たとえば第3幕の長い独白のように。

Q、今シーズン、あなたの最も重要な役割である3つに出演している――カラフ、西部の娘のディック・ジョンソン、オテロ。これらを現在のあなたの代表的な役柄とみなしている?

A、確かにオテロとディック・ジョンソンが私の代表的な役柄だといえる。カニオ、サムソンも同様に。そしてうまくいけば、数年後にはグライムスも。
カラフについては、私は何度も彼を演じて、それは成功しているが、彼は掘り下げるに十分な「人物像」を提供してくれないため、それを重要な役割とは考えていない。それは深い心理的な内面を演じる夜ではなく、素晴らしい歌の夜だ。


Q、これ以上の新しい役は?

A、タンホイザーを開発し、主に自分のグライムズを創るには数年かかるので、今はさらなる新しい役はない。
シンフォニックな面では、2017年3月にプラハで1989年に作曲した私のオラトリオ「この人を見よ」が世界初演される。








●変化する世界のなかで

Q、約25年前、あなたは家族とともにヨーロッパに移り、それからすぐに国際的なキャリアが始まった。
私たちは長年にわたって、あなたの歩みと時には通常とは違うやり方を追ってきた。私にとって個人的にも、あなたと話すことはいつも大変楽しい。
あなたの最初のインタビューは、1997年、表紙を飾った記事の1つだった。これらの年月を振り返ってみると、ビジネスが大きく変わった?


A、世界は大きく変わり、ビジネスも変わってきた。新しい技術、特にインターネットは、多くの人の心に、もはや成功するためには、長い時間の努力と研究は必要ではないと考えるようにさせた。今日、誰もが写真家であり、作曲家、作家、映画監督、歌手、俳優、料理人だ..。

現在ほど、「有名」であることと「偉大」であることとの違いが大きいことはなかった。かつては、有名になるためには優れていることが必要だった。そして時とともに偉大になったなら、賢明さにより尊敬を受けた。今日では、社会に貢献するものを持たずに、「世界規模のネット」を通じて簡単に有名になることができる。

それはそれでよい。誰もが有名になる権利を持っている...。しかし長期的には、これは私たちが物事を行う際の質に深刻な影響を与えている。大多数の人々が、自分に親近感を感じる悪いものを「楽しむ」ことを好むからだ。素晴らしいものよりも。それらは、彼らの頭の中で快適でなければ、彼らはそれを劣っているものと感じる。
 
他者の素晴らしさは、常に人々に2つの異なる効果をもたらしてきた。羨望と憎しみ――自分はあなたのようにはなり得ないから。または賞賛と感謝――
他者の偉大さが、自分自身を改善し、成長し、より良い個人になるように刺激するから。

この古くからの現象(我々の種のように古い)は、今日、インターネットの受け入れやすさによって、無限に増殖されている。

「Das Opernglas」(2017年2月)







*画像は劇場のFBよりお借りしました。
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