人と、オペラと、芸術と ~ ホセ・クーラ情報を中心に by Yon Re

テノール・指揮者・演出家として活動を広げるホセ・クーラ(Jose Cura)の情報を収集中

(録画編) 2017年 ホセ・クーラ ワーグナーのタンホイザーに初挑戦 / Jose Cura / Tannhäuser

2017-03-05 | ワーグナーのタンホイザー



ホセ・クーラのワーグナー初挑戦、モンテカルロ歌劇場のタンホイザーパリ版仏語上演は、大好評のうちに、無事に終了しました。
最終日の2月28日の舞台は、フランスの公共テレビ、フランス3が収録、系列のインターネット配信サイトCultureboxで世界に中継されました。日本でもたいへん良い画質、音質で順調に観賞することができました。

そして2017年9月1日まで、半年間、無料でオンデマンド視聴が可能です。

TANNHÄUSER Richard Wagner

2017年2月19日(日曜日) - 15H
2017年2月22日(水曜日) - 20H(GALA)
2017年2月25日(土曜日) - 20H(収録)
2017年2月28日(火曜日) - 20H(収録・ライブ放映)

Conductor= Nathalie Stutzmann
Directer= Jean-Louis Grinda
Set&Light= Laurent Castaingt , Costumes= Jorge Jara

Tannhäuser= José Cura
Hermann, Landgrave de Thuringe= Steven Humes
Wolfram= Jean-François Lapointe
Elisabeth, nièce du Landgrave= Meagan Miller
Vénus= Aude Extrémo
Walther= William Joyner , Biterolf= Roger Joakim , Henry= Gijs van der Linden
Reinmar= Chul-Jun Kim , Un Pâtre= Anaïs Constans




また手軽に楽しみたい方にはYouTubeの公式チャンネルにもアップされています。

"Tannhäuser" de Wagner en français - Live @ l'Opéra de Monte-Carlo



加えて、DVDもリリースされるそうです。いたれりつくれりのサービスに、感謝感激です。


劇場のFBに掲載された、収録中の様子。


舞台は、簡略なセットですが、背景に映像を使用して、非常にカラフルで、舞台設定やドラマの背景、タンホイザーの心象風景などを幻想的に映し出すもので、たいへん美しく、魅力的でした。

これまで(レビュー編)で紹介しましたが、レビューは全体として非常に好評、初演時に大失敗に終わったパリ版仏語上演を復活成功させた歴史的意義への評価とともに、ナタリー・シュトゥッツマンの指揮は高く評価されていました。

またクーラのタンホイザーへの評価も、一部に、仏語の発音や歌唱テクニックの問題の指摘、またスタイルがワーグナーではなくヴェリズモ的だとするものもありましたが、ほとんどが好評でした。
「タンホイザーのキャラクターに人間性をふきこんだ」「主人公の苦悩に焦点をあてた」など、クーラの志す、人間のリアルなドラマを浮き彫りにする現代のオペラが、この舞台でも実現したことを示唆する評もありました。

ぜひ、このユニークでエモーショナルなプロダクションをご覧ください。
以下では、(レビュー編)で紹介された後、新たに出されたレビューから、主にクーラに関する部分をいくつか抜粋しつつ、舞台の様子を紹介したいと思います。


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≪第1幕≫
麻薬と愛欲に溺れるヴェーヌスベルクでのあけくれに嫌気がさし、脱出を望み、引き留める女神ヴェーヌスを振りきろうとするタンホイザー。
非常にやわらかく歌いはじめたクーラの印象的な歌唱。






●「リスクが報われた」
「タイトルロールのホセ・クーラが印象的。彼の真のテノールは、高音からバリトンの印象まで、魅力的に変化し、無慈悲に対しての成功の願望のない闘争を表現する」「キャラクターの脆弱性を表現できている」
(「Opera-Online」)

●「刺激的で、詩的」
「ホセ・クーラはひどい風邪をひいていて、バレエの間に何度も咳をした。最悪のことを恐れたが、そんなことはなかった―― クーラは見事にタンホイザーを征服した。おそらく風邪のために、中心的なシーンの前は抑えていたが、クライマックスでは激しく歌い、アンサンブルとともに、非常に多くのニュアンスを持つローマ語りを描き、涙を抑えきれないほどだった。柔らかい色調と視覚的にも感動的なパフォーマーとして際立ち、彼はロマンチックな英雄として飛びぬけて優秀であり、依然としてハンサムな男、またフランス語においても真面目で、絶対的なプロフェッショナルだった。脱帽!」
(「OperaLounge」)


ヴェーヌスベルクを抜け出し、現実世界に戻ったタンホイザー。


喜びと悔悟の念で泣きながら祈る。



領主ヘルマンや親友ヴォルフラムとの再会し、城に戻ることを決意。


1幕最後の、復活を決意するタンホイザーと合唱は、すばらしい。



●「・・我々は、彼の最初のタイトルロールでの、ホセ・クーラの非常にカリスマ的なパフォーマンスを賞賛するだろう」「私たちは彼の(モンテカルロ歌劇場での)スティッフィリオの忘れられない解釈と、最も最近、目を奪われた非常に親密なリサイタルをおこなった、アルゼンチンのテノールとヴェルディとのつながりを想起することは避けられない。非常に美しく柔らかなボーカルライン、とてもまろやかで、ボリューム感があり、歌唱のなかに、こっそりと、ほとんどドビュッシーのようなントネーション、常に官能的」
(「Musicologie.org」)


≪第2幕≫

エリザベートと再会、彼女の耳元でささやくように歌うタンホイザー。クーラのフランス語が非常に官能的。


タンホイザーとエリザベートの二重唱。印象的でユニーク。


抱き合う二人、エリザベートを押し倒し、激しくキスするタンホイザー。その場面を、現れた領主ヘルマンも見てしまう。


歌合戦の開始を宣言する領主の話の間でも、落ち着かずにエリザベートの様子をうかがい、こっそり手をにぎるタンホイザー。


神聖な愛を歌うヴォルフラムらの様子を、タンホイザーはふんぞり返って聞き、反論する。傲慢で、自己中心的な人物像が描かれる。




ついにヴェーヌスベルクを賛美しだすタンホイザー。女神たちが現れる。


衝動にまかせて、みんなの前でエリザベートを抱きすくめ、強引にキスをし、彼女に頬を平手打ちされる。





●「クーラの声は、高音は依然として激しく聞こえるが、25年のキャリアの後も、まだ十分な広さと、強力な表現力と耐久性がある。彼の本能的で衝動的な気質は、アンチヒーローのタンホイザーに適している」
「(ConcertClassic.com」)

●「ホセ・クーラの非常に魅力的な音色、彼の勇気は癒しを支える」
(「ResMusica」)


みんなに非難されるタンホイザーを、命をかけて救おうとするエリザベート。彼女の思いに我にかえり、後悔し、ローマへの巡礼で許しを得ようと決意するタンホイザー。







●「全体のチームの歌手は、見事な言語的技巧と豊かな声で演奏した。ホセ・クーラにワーグナーオペラへのデビューを説得することができ、理想的なタイトルトールの英雄を得た。彼は、すべての音を見事に、勇敢にを歌った。ワーグナーは常に、彼の歌手にイタリアの声を要求しているが、それを、柔らかい声で、楽々と高音部でも歌ったホセ・クーラは、非常に印象的。理想的なタンホイザー!」
(「Weltexpress」)


≪第3幕≫

ローマで救いを得られず戻ったタンホイザー、ヴォルフラムと再会し、その顛末を話し始める「ローマ語り」。このドラマのクライマックス。







●「ホセ・クーラは、全体を通して弾力のある声を維持し、ローマ語りでボーカルへの要求の高まりにもかかわらず、陥る可能性があった音楽の歪みが何もなかった」「このオリジナルのパリ版を非常に丁寧に発表したモンテカルロへを賞賛する」
(「Beckmesser's Quill」)

●「タイトルロールのクーラは、耐久力とパワーを持っている。メロディラインは、時には、もう少しきれいであることができるかもしれないが、暗さとラテンの両方のカラ―は、すべての苦しみの信頼度、ローマ語りで最高潮に達する外向的な化身の芸術として、素晴らしいものだった。フランス語においても、アクセントで部分的な課題にもかかわらず、非常に正確な言葉」
(「Diapason」)


絶望し、ヴェーヌスベルクに戻ろうとする思いと、ヴォルフラムの説得との間で引き裂かれ、混乱するタンホイザー。


自らのために命をかけたエリザベートの名前を聞き、ヴェーヌスベルクの呪縛から解き放たれるタンホイザー、一方で、ヴェーヌスに手をひかれ、ヴェーヌスベルクに向かうヴォルフラム。タンホイザーはうなづき、彼の出発を見送る。





●「十分に明確なフランス語の雄弁術で、クーラは、苦悩の側面を強調し、彼の情熱と攻撃的な後悔のバースト、加えて、カリスマ的なステージ存在感。様々なカラ―、色合いで描き出されたローマ語りは、予想外に、驚くべきほどの解釈の集大成だった」
(「El cronista errant」)


ラストシーン。タンホイザーを見つけ出し、とりまいた城の人々。彼に銃口が向けられる。


終幕



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クーラは、非常な覚悟と研究でタンホイザーに立ち向かい、準備をすすめたようです。
中継で彼の歌唱と演技をみて、インタビューでクーラが語っていたことが、納得されたように思いました。
これまでも紹介しましたが、いくつか再掲します。

――私はタンホイザーと苦闘している。キャラクターのなかに意味を見いだすために、多くの労力を費やす。音楽が展開するにつれて、つぎつぎ現れ、3秒で表現されている可能性すらあるメッセージをつかみとるために。

――レトリックはワーグナーのスタイルの一部であり、その音楽の美しさは信じられないほどだ。しかし、イタリアオペラのリズムに慣れ、「リアリズム」の演技のなかにいる人間には、多くの思考が必要であり、私はバランスを見つける必要がある。



クーラの解釈と苦闘、彼が、ワーグナーのレトリックと、自らのリアリズムの間にいかにバランスを見出したのかーーぜひ、クーラの挑戦を動画で確認してみてください!

この録画を振り返って、やはりタンホイザーという、衝動的で、理想と現実、精神的なものと人間の情念、官能、欲望との間で揺れ動き、動揺する人物を描き出すうえで、クーラの表現力ゆたかな歌唱、そしてカリスマ的な存在感、舞台上の姿、説得力のある演技が、たいへん力を発揮したと思います。

単に、精神的な愛と官能とを切り離して、どちらが正しいかというのではなく、人間のなかにある両方の面、その対立、矛盾と、その両者が存在あるがゆえの、苦悩と喜びを、人間的に、リアルに、タンホイザーのキャラクターで表現したのではないでしょうか。
細かな演技をふくめ、演出家といっしょにつくっていったのだと思いますが、好色でわがまま、傲慢で、衝動的、常に揺れ動き、自己中心的だけれど、憎めない、魅力的なタンホイザーでした。

とりわけ、3幕は、やはりクーラの本領発揮。長年、キャラクターのリアリズムとドラマを描き出すことに執念を燃やしてきたクーラならではだったと思います。
もちろん、オテロやトスカなど、クーラが長年歌ってきた役に比べれは、これはまだ第一歩にすぎません。この先、クーラがどう進むのか非常に興味深いです。

クーラは、2/28にモンテカルロでタンホイザーの最終日を終え、すでに2日後の3/2には、もうプラハで、プラハ交響楽団とのコンサートにむけて、リハーサルに入っています。今度は作曲家・指揮者として、3/8,9にコンサートを予定しています。
さらに、その次は、5月にボン劇場で、これも初のピーター・グライムズの演出と主演があります。これは来年、モナコでも上演するようです。

タンホイザーの疲れも見せず精力的なクーラ。やはり、自分の芸術的な信念をつらぬき、長年の夢を実現して、やりたいことをやっているからこその、充実ぶりです。あらたな黄金期を迎えていると、ファンの1人として実感します。





FBに紹介されたカーテンコールの様子。



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