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「悩み」,「苦しみ」,そして,それらとともに「生きること」-ゆっくりと生きることの「こつ」を考える・2

2017年06月20日 | カウンセリングを考える
 「悩み」と「苦しみ」。
 若い頃は「悩み」がいっぱいあって,毎日が大変でした(もう一度若くしてあげる,といわれても,お断り!という感じです)。
 でも,年を取ると鈍感になるのか(?),少し「悩み」が減ってきて,少しだけ楽になってきた感じがします(それでも毎日がいろいろな「悩み」や 「苦しみ」の連続であることには変わりがありませんが…)。
 「悩み」はこうして乗り越えなさい,とか,「悩み」なんて大丈夫,なんてことはとても言えませんが,若い時は「悩み」がずっと続いて,「絶望的」になって,先が見えない,と思いがちですが,そうとも限らないのかもしれません(実は六〇をすぎた私にもまだわかりませんが…)。
 ただ,「悩み」が「苦しみ」に直結するようなことは,ひょっとすると年とともに減ってくるのかもしれません。
 それは単に鈍感になるせいかもしれませんし,周囲からちやほやされるのが減ってくることが普通になるせいなのかもしれません。
 いずれにせよ,少しだけ「平穏」になってくるような気がします。
 あるいはまた,人生にある程度の「諦め」ができるせいなのかもしれなせん。
 ちなみに,「諦め」という言葉は,夏目漱石もいうように,もともとは仏教用語で,人生を明らかに観る,という意味だそうです。
 年を取って,いろいろと「諦める」ことが多くなって,それで「苦しみ」が多少とも減るなら,それもいいことかもしれないですね。
 「幸せ」はその先にあるのかもしれません。
 若いさなかのいろいろと敏感な状況にいて,さまざまな「悩み」で苦しんでいる人には,そうはなかなか思えないかもしれませんが,長い目で見ればそういうこともあるのかもしれません。そう信じたいと思います。
 いずれにしても,「悩み」や「苦しみ」が全くなくなるということはなさそうです(それでは仏さまです)。
 私たちは人間ですから,「悩んだり」,「苦しんだり」して,当然です。
 大切なのは「悩み」や「苦しみ」があっても、なんとか生きていくことではないでしょうか。
 ごくたまにはいいことがあるかもしれません。
 それが「幸せ」なのかもしれないです。
 「幸せ」とは「悩み」や「苦しみ」が全くない状態ではなくて,それらがあっても,なんとか生きていくことなのかな,とも思います。
 「悩み」や「苦しみ」とうまく付き合いながら,あまり焦らずに,ゆっくりいろいろと考えていきたいなと思います。
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