MAOのヒトリゴト日記

趣味は旅。70カ国を旅したMAOのヒトリゴト日記。

クジャルパンを探して

2009-02-20 23:15:43 | 旅のはなし
1/30から2泊3日でソウルへ行ってきた。
この間の5月にも行ったばっかりのような気がするが、ウォンがあの時の2/3まで下落したので、チャンス到来、買い物&食い倒れの旅に行きましょうと、会社の同僚のおねーたまたちと気軽な女3人旅♪

3人とも好き勝手にしたいので、現地集合、食事の時間の前だけ待ち合わせようという計画だったのだけど、全員ANAのマイレージが貯まっていたのでそれぞれが各自予約し、結局行きも帰りも同じフライトになった。(あ、フツーか。。)

3人とも旅の目的は違う。
共通しているのは食い倒れだけど、一人はお買い物(食料など)、一人は化粧品など、いつもの半額近くなので大量に購入しちゃおうという目的。

私の今回の目的は、「クジャルパン」を探すこと!!
クジャルパンとは、韓国のおせち入れ。旧正月も終わったばっかりだし、きっとステキなクジャルパンが出回っているに違いない!とさっそく南大門市場へ繰り出した。

南大門市場は、偽物ブランド品や食料品、衣類の市場というイメージが強いかもしれないけれど、一般に使われている食器類も大量に売られている。
石焼ビビンバの石焼の器や、金属製のお茶碗など見ていて楽しいものばかり。
時々ここへ来ては韓国ものの食器を買ってしまうのだ。

私は大の食器好きで、それこそ世界各地で気に入ったものを購入しているので、食器入れの中は大変多国籍になっている・・・。

まず、この「クジャルパン」という韓国語を知るため、お土産店の日本語ペラペラなお兄さんに「おせち入れ」を訳してもらった。
「クジャルパン」。もう少し小さい入れ物を「オジャルパン」というらしい。

「クジャルパン、オジャルパン、クジャルパン、オジャルパン・・・」と呪文のように唱えながら市場を歩き回っていると、かっこいい日本語ペラペラなお兄さんたちに「偽ブランドいっぱいあるよ!こっちきて!」と声を掛けられる。

「ねぇ、見たことある?ホンモノにしか見えない偽者だよ!キミだけの特別価格!」
「かわいいね~。お姉さん美人。ちょっとだけみていかない?偽ブランド!」

と、まったく笑っちゃうような誘い文句であちこちから手が伸びる。
昔ならそんな売り子にイラっとしたものだが、こちらもダイブ大人なので、そんな駆け引きも楽しい。

「ふーん、そうなの?何売ってるの?いい商売?お兄さん日本語うまいね。私の欲しいもの?このお店にはないなー。だってさ、私が探しているの、クジャルパンだもの・・」

「え、クジャルパン!?なんでクジャルパン!?」
「日本でもおせち食べるんだよ。来年のおせちはクジャルパンにいれるの。」
「へー、じゃあ、うちでは買えないね。あっちのほうに食器屋があるから、クジャルパンがあるか聞いてあげる。あ、飴舐める?」
「ありがとう。お茶ももらおう。すこし休んでく」

といった具合で、ツワモノの売り子のおにーさんたちも、商売にはならないとわかっても愛想が良くて親切にしてくれる。おにーさんたちとの会話も楽しいし、そんなお店の雰囲気になじんじゃうのも旅を楽しむ一つだと思う。

そういえば、トルコ・イスタンブールのキリム絨毯屋にも毎日通ってた・・・
おしゃべりとチャイ目当てで(^^
そして時には売り子に連れられてきた女性たちに、売り子と一緒に絨毯を売ったものだ・・・(笑)

中にはイスタンブールで現金を盗まれ、不安で寂しくて駆け込んできた日本人の男の子や、超激安ツアーでやってきたのに、最終日に旅行代金の倍もするような絨毯買っちゃった女の子たちの人生相談に乗ったりして、今思うとフツーないシチュエーションだったな・・・。その時は買うお金がなかったけど、いつか買いに戻りたい、と思ったものだ。

旅はやっぱり、そんな出会いが楽しい。

さて、肝心のクジャルパンは・・・、残念ながらあちこち見て回ったが、私がほしいものは無かった。黒漆に贅沢に入った螺鈿細工のクジャルパンは土産やで見かけるのだが、それはイマイチ気に入らない。(値段は1万円くらい)

あ、これこそ理想のクジャルパン!と思ったら、残念ながらプラスチック。
私は木に漆のステキなクジャルパンがほしいのよ~!!

で、探しに探したらありました。写真のコレ。

残念ながら、これはおじさんの私物。
あー、ホンモノはもう無いのだろうか・・・。
がっくり肩を落としていると、見つけちゃったのは「お膳」。
こんなの↓
http://www.yumeichiba.jp/komono-san.html

前から探していて、前回行ったときにはこのサイトにあるような小さなものを購入したのだが、あまり実用的ではなく、現在は花台になっている。今回見つけたのは黒漆に螺鈿が入っていて、こんなクジャルパンがあったらな・・・というデザインがほどこされたお膳だった。しかも折りたたみ式!

さっそくおじさんに交渉開始。希望金額にプラス、おみせにあったとてもシンプルな「オジャルパン」をおまけにつけて、とお願いする。するとおじさん、「オジャルパンがいいの?もっと大きいのはダメ?クジャルパンのほうが実用的だし、とってもいいと思うよ!」と、おまけなのに私が欲しがっていたクジャルパンをつけてくれた!!

黒漆のテーブルをうっとりとさする。
指先に吸い付くような、なんてステキな手触り。
木製の、とっても重厚なクジャルパンは、使う前にタマネギでよくこすると良いのだそう。
おじさん、どうもありがとう!!

とっても楽しいお買い物だった。

ルーマニアとブルガリア、07年EU加盟へ

2006-09-27 23:02:51 | 旅のはなし
http://www.asahi.com/international/update/0926/019.html
いよいよルーマニアとブルガリアのEU加盟が承認。EUに加盟することで「ヨーロッパの秘境」的な魅力がなくなってしまうのではないかとちょっと心配。

以下、ウィキペディアより。

「2007年1月に加盟が予定されているブルガリアとルーマニアでは、2005年に加盟条約に調印したものの、理事会は2006年5月に、2国は政治改革が進行していないこと(具体的には、汚職が横行している、暴力団のトップが野放しである、人身売買など人権の尊重が十分でない、関税撤廃が行われない、など)を理由として、07年1月の正式加盟を許可あるいは延期するかどうか06年10月に決定するとした。なお、加盟条約では2008年末までを有効期限としている。」

このあたりの歴史は非常に古い。なかでもルーマニアはかつてローマ領であったこともあり、自らを中欧唯一の「ラテン民族の生き残り」としている。人々は一見朴訥だがその中身は意外にラテンで陽気だ。

ルーマニアといえば連想されるのは「ドラキュラ伯爵」だろう。
「ドラキュラ城」のモデルとなったのはトランシルヴァニア地方にあるブラン城。
ルーマニア一の観光地といってもいいこの古城は、城というよりは館といった趣で、美しい緑と山に囲まれてひっそりと建っている。政府の所有物であったこの城も、元王室の子孫に返却されるため、将来的には一般公開がなくなってしまう可能性がある。(ホテルにする計画もあるのだとか!)
今後3年間は一般公開が約束されているらしいので、行くなら今かもしれない。 (ブラン城の写真はこちら

ルーマニアはヨーロッパを代表する穀倉地帯でもあり、東に黒海、その中央にカルパチア山脈が走り、裾野には平野が広がるバランスの取れた地形に恵まれている。

ドナウ川が注ぐ黒海付近はヨーロッパ最大のデルタ地帯で世界自然遺産に登録されており、人の手がほとんど入っていない貴重な生態系を維持している。ヨーロッパだけでなくアジアやアフリカからもペリカンをはじめ、何百万もの渡り鳥が産卵にやってくるのだ。 (ドナウデルタの写真はこちら

意外かもしれないが鉱物資源にも恵まれて、石油、石炭、天然ガスなどが豊富だ。
それでも貧しいイメージがあるのはやはり「チャウシェスクによる恐怖政治」のせいだろう。

首都ブカレストにはその名残を見ることができる。ヨーロッパを旅しているとルーマニアに入ったとたん治安の悪さや、列車や道路などインフラの悪さを目の当たりにした人は多いと思う。

そのなかで、市の中心に異様にそびえたっているのは「国民の館」。チャウセスクの欲の集大成だ。(ブカレスト市内の写真はこちら!)
この混乱した薄暗いブカレストの中で、そこだけは異空間が広がっている。
なんとその床面積は世界の宮殿・政府機関の中で2番目の広さを誇る!第一位はアメリカのペンタゴンというから、その国力からは分不相応といおうか、いかに人々を抑圧し、搾取して建築したかが伺える、魔の巨大宮殿だ。

ブカレストはかつて「東のパリ」と呼ばれていたほどの美しい町だったという。今、その姿を見ることはほとんどできない。

チャウシェスクの処刑、ルーマニア共産党政権の崩壊と、ルーマニアの運命を変える大革命が起こったにも関わらず、その経済は停滞し、失業者はますます増加。チャウシェスク以前の生活を懐かしむ人も出てくる有様だという。

しかしこの国は観光資源にも恵まれており、軌道に乗れば大いなる経済発展が見込まれる。インフラを整備すれば世界中から人々が集まるだろう。

豊富なエネルギー、安定した食料の供給を見込める穀倉地帯、歴史ある町々と自然遺産。EU加盟をなして、この国は今後十年でどのように成長していくのだろう。発展し続ける中欧の中でも、最も注目度の高い国だと思っている。

ちなみに、ヨーロッパで一番料理がおいしいのはルーマニアだとも思っている!
夏は黒海のリゾート、冬はカルパチア山脈でスキー、夜はおいしい料理に舌鼓・・・、そんな日が来るかもしれない。

ルーマニア旅行時のブログはコチラ!

ラ・レジデンス・ダンコール(アンコールワット/カンボジア)

2006-05-01 00:24:20 | 旅のはなし
先ほど、4トラベルのサイトに旅行記をアップ。
こちらをどうぞ見てください★

とってもステキなホテルなのだ。
木造建築のクラシックな作りで、緑が多くて心がなごむ。
中庭のプールが何とも印象的なパンシー系列のこのホテル。

でもちょっと難点が・・・!
お湯が黄色い(--
もちろん即言いました。蚊も浮いていたし・・・。

「私は日本からインスペクションに来たエージェントよ!ここの水質の悪さはうわさになっているわ。日本人は水回りにうるさいんだから、日本人に来て欲しければ今後は本当に気を付けて。せっかく雰囲気はいいんだからがんばりなさい!」
とGMにばっちり言っておきました。

このままだとあまりにもったいないホテルです(^^
ホテルは客からも変えられると思うので、みなさんも「アレ?」と思ったことはその場ではっきりいいましょう!!

クレーム言えば良い部屋にチェンジしてもらえる、とあら探しするお客様も多々いますが、私はそういうのは好きではありません。
サービスする側からみれば、特別扱いして欲しいのね、とバレバレです。。
(↑良くいます、こういう人・・・)

サービスする側も、される側も気持ちよくありたいものです。

白鳥のくる里

2006-02-19 17:29:16 | 旅のはなし
「今日実家に帰るから!」
と母に電話したら、「早くおいで!今日は白鳥を見に行くから!」
とのこと。

私は当然「白鳥の湖(チャイコフスキー)」かと思い、「白鳥湖か~。いいね~チャイコ♪」なんて思って実家に帰ったのだが、実は本当の野生の白鳥だった!


私の実家から1時間ほどのところに、白鳥の飛来地があるのだという。
白鳥は毎年何千キロも空を旅し、シベリアのかなたから越冬のためにやってくるのだ。
今年は1000羽近くの白鳥が飛来。
餌付けをしているために、16:00ごろにいくと多くの白鳥を観察することが出来る。

何しろ音楽を聴きに行くつもりで防寒を意識していなかった為に非常に寒い思いをしたが(^^ 白鳥が空を舞う様はなかなかのものだった。こんなに寒かったのに白鳥は避寒のためにシベリアからやってきたのか、と感慨深い。

まだまだ家の近くにこんな場所があるのだ、とすがすがしくなった一日だった。

白鳥の飛来地に関する情報はコチラ↓
白鳥飛来地・本埜村

地図が超分かりにくいのが難点です。。

国境の壁 <イスラエル軍のガザ撤退>

2005-09-16 15:35:28 | 旅のはなし
本日の朝日新聞 [国境の壁壊し「自由」に通行] の記事に思わず涙した。

イスラエル軍の撤退したパレスチナ自治区ガザと、エジプトを隔てていた鉄条網が壊され、市民が自由に行き来しているというのである!

私がガザを訪問したのは1997年2月。ラッファという小さな村に一泊だけのホームステイ。そこでの人々との交流は生涯忘れることはないだろう。

-----------------------------------------

・・・イスラエルからガザ地区に入る時の検問が長引き、ガザのラッファというエジプト国境沿いの街に到着したのはもう夜中といってもいい時間。たった一泊のホームステイだったが、おうちの方がご馳走を用意して待っていてくれた。

もう夜中で、くたくただし何もお腹に入りそうもなかったが、がんばって食事をいただいた。おばあさんが家のすぐ側に張り巡らされている鉄条網に連れて行ってくれた。遠く向こうにオレンジのライトが煌々とあたりを照らしているのが見える。

「あの光の向こうがエジプト国境。わずか何百メートル先だけど、私たちは一生この鉄条網から出ることはない」と語る彼女の表情に、苦痛も何も見えなかった。これが日常なのだ。

あたりにはイスラエル兵士が大きな銃を構えてうろうろしている。銃を見たのもここが初めてだった。なんだか金縛りにあったように動けなかった。

毎日彼女たちはあのバカみたいな検問所を通ってイスラエル側に仕事に行く。帰りも何時間もかかってキチガイじみた検問所を通らねばならない。いちいち銃を突きつけられて、毎日荷物検査を受けて・・・。それでも仕事があるのは運のいい方だ。ほとんどの人が職を得られないまま、絶望的な状況で暮らしている、それがガザの人々だった。・・・

http://www.red-pepper.jp/travel/palestine.shtml
(以上、私のホームページから)

-----------------------------------------

あのおばあさんは国境を越えただろうか。
ガザの人々は、今どんな気持ちだろう。
あの地に生きる、私の友人たちは無事だろうか。

38年に及ぶ、イスラエル軍の撤退という歴史的進展。
パレスチナとイスラエルに真の平和が訪れますようにと、願わずにはいられない。

イルカの島・御蔵島へ

2005-08-17 15:34:16 | 旅のはなし
伊豆七島の一つ、御蔵島へ行ってきた。
鳥が大好きな高校生、将来恐竜博士?になりたいという夢を持つ妹のお供だ。

御蔵島は東西5km.南北5.5kmの小さな火山島で、三宅島の南18Kmの地点に位置する。南から流れてくる暖かい黒潮の流れの中にあり、その侵食によって断崖絶壁に囲まれたユニークな島となった。その切り立った断崖、深々とした森、島の上部を常に覆う雲は、タヒチのモーレア島を髣髴とさせる。

御蔵島を有名にしたのが、ミナミバンドウイルカだ。この島の周囲にはイルカが生息しており、島の側へやってきては、時折人間と遊んでくれる。また、オオミズナギドリ(カツオドリ)の営巣地
でもあり、巨樹に覆われたこの島は、そんな理由でネイチャーウォッチングのメッカともなっている。

この貴重な自然の宝庫、御蔵島(東京都なんですよ)を保護しようと、様々なNPOがネイチャースクールを主催している。

子供たちが積極的に環境保護やイルカの生態、オオミズナギドリの生態を勉強しようとしている姿が印象的だった。

意外かもしれないが、日本人の環境に対する意識は世界レベルから言えば高いと思う。豊かな時代になったとはいえ、「もったいない」の精神は根付いており、エコやリサイクルが昔から私たちになじみのあるものだからだろう。着物はその究極にある。ほどけば元の反物にもどるので、何世代にもわたって着ることができる。体型が変わっても縫い直せば何度でもリサイクルできる、究極の服なのだ。

身近な問題ではゴミ。分別は各地方自治体によって異なるが、
最近ではずいぶんリサイクルを前提とした回収が一般的になってきている。また、揚げ物などで使った油を、そのまま下水に流す主婦はあまりいないだろう。それが「イケナイコト」であることを、私たちは常識として知っている。

カナダ留学中に油を処理したくて、「固めるテンプル」みたいなものを探し回ったが見つからなかった。「どうしてるの?」と聞くと、そのまま流しているという信じられないお返事。流れ着くのは、カナダガンの生息地・オンタリオ湖。いくら巨大な湖とはいえ、とても浄化などできない。オンタリオの北部はホッキョクグマの生息地でもある。それにも関わらず、人々の環境に対する意識(常識)は低かった。そんな地域は世界中たくさんあるのだ。

だから「日本はこのままでいい」といっているのではない。
こうした教育プログラムが活発になって、多くの子供たちが参加することで、親の意識も高まっていき、もっと環境・自然保護に対する姿勢がよりよくなればいいと思う。日本はこうした分野にこそ、リーダーシップを取れる要素があると個人的に思っている。こうしたプログラムを通して子供たちが将来、世界に羽ばたく日はそう遠くないはずだ。

未来の環境・動物博士君たちには、御蔵島で体験したことを忘れずに、夢に向かってがんばって欲しい。

(みんなの夢・・・宇宙飛行士、動物博士、恐竜博士、環境博士!)

ここにアップしきれなかった写真はこちらへアップしました

地球にいっぱいの、ゆかいな人々

2005-07-17 15:31:27 | 旅のはなし
旅行をしていると、出身国によってこうも違うものか、と思うことが多々ある。

一人旅をしていると、その途中で世界各国の人と仲良くなれるのが楽しい。
ローカルな人である場合もあるけど、同じ旅人であることが多い。
一緒に感動したり、感想を言い合ったり。
ユースホステルや列車を使う人は、そういった体験をしたことがあるだろうと思う。

そんな時、「こんなに違うのか!」と驚かされることがたくさんある。

イスラエル人とアメリカ人が同じテーブルで食事をしていた時のこと。
「ブッシュをどう思う?(アメリカ人)」
「今までで最高だね(イスラエル人)」
「今のパレスチナに思うことは?(アメリカ人)」
いやあ、つっこむ、つっこむ。
イスラエル人、あきらかに別の話題にして欲しそうだった。
ヨーロッパでは親しい間柄ならともかく、旅行中に隣り合わせた人との食事の間に政治の話はしないものだけど・・・。

寝台列車で乗り合わせた二人のアメリカ人の女の子。
平気で人のシーツ、土足で踏みつけてた(涙)
その靴でどこを歩いてたんですか、今まで(涙)
(日本人だったら絶対やらない!)

オランダ人、ドイツ人、スペイン人と食事の約束をしたときのこと。
「じゃあ夜の7:30集合でどう?」
「OK(蘭、独)」
「そんな早い時間にご飯食べれるわけがない!!(西)」
彼女たち、やっぱり現れなかった。

床が水浸しの、ちょっと汚いトイレで。
一斉に裾をめくりだしたのは韓国人のおばちゃんたち。
「汚れちゃうから」とちょっと私を見て、照れくさそうに微笑んだ。
何だか感覚が一緒な所に感動。

今まで見たこともないほど処理が迅速で、きちんとした対応のスイスの鉄道窓口。
なぜイタリアからアルプスを超えただけでこうも違うのか・・・!

「土・日は列車が動かない、月曜は博物館が軒並み休み」なイタリア。
そんな私の愚痴を聞いて「これがイタリアさ!」と陽気に笑うイタリア人。(とほほ)
観光は一週間のうち4日しかできないのか。(涙)

ちょっぴり混んでいる入国審査場。
「ここの入管は能無しだ」「処理が遅すぎると思わないか?」「君の国もこうか?」
と立て続けに文句を言っている後ろのおじさま。
どこから来たのと聞くと「ドイツから」。
やっぱり!!!!

インフォメーションの窓口で。
「ここへはどうやって行く?」「それじゃあここは?」
彼の後ろには長蛇の列。そんなの、渡してくれた地図を見れば分かること。
でも絶対納得するまで聞くのがドイツ人!!

アジア人がめずらしい地域で時々感じる、孤独な差別感。
そんな時、分け隔てなくきさくに声をかけてくれるのがアメリカ人。

私たちからするとずいぶんルーズな人々に翻弄されるヨーロッパでの日々。
そんな中、きちっと約束を守ってくれるのはドイツ人。

客引きが鬱陶しくて、「この暑いのに!!」と切れそうになることも多いけど、
そんな客引きもホスピタリティー溢れているのはトルコ人。
商品は(高価なため)一つも買わなかったけど、結局4日もお茶を飲みに通ったお店も。

「日焼けは大敵」と帽子はもちろんのこと、傘もさして観光している中国・韓国・日本人。
それに対し、赤ちゃんでもその真っ白な肌を直射日光にさらすヨーロッパの人々。
「なんでそんなに日焼けしたいの?病気になるよ?」と私。
「なんでそんなに日をよけたいの?カルシウムできないよ?」とポルトガル人。

何気ない会話で、「あ、この人フランス人だ」などと、大体想像つくようになってしまった。

地球は一つだけど、そこにはたくさんの、たくさんの、魅力溢れるゆかいな人々がいっぱいいる。

旅の準備

2005-03-30 12:05:03 | 旅のはなし
旅の準備、調べ物に夢中だ。

現在、南イタリア・チュニジア・マルタ方面の事前調査ページを作成中だが、この辺りはギリシア・ローマ時代から始まって地中海が最も反映したルネサンス以降までの重要な遺跡が点在し、非常に興味深い。

イタリアをさらに北上すると、一気にヨーロッパ色が濃くなる。貿易によって栄えた地中海中心だった時代から、大航海時代・絶対王政時代を迎えた近代へと文化・歴史が移り変わる様が浮き彫りになり、その壮大な歴史絵巻にめまいを覚える。

人間の営みって、本当におもしろい。

歴史は、過去にあった出来事が結果を生み、それがまた基になって、新たな結果が生み出される、その繰り返しだ。セーターの網目のように、ひとつでも事実が欠けていては結果、すなわち未来が歪んでしまう。ひとつの小さな出来事が遠因となって、大きな結果を引き起こし、それが多くの人々に影響を与える・・・、その壮大なカラクリを垣間見ているような気がする。

教科書に出てくる数々の出来事(例えば産業革命)は、それまで積み重なってきた小さな小さな出来事が土台となり、引き金となって私たちの前に現れたのだ。ひとつの出来事の陰に、いったいどれほどのドラマがあったのか。それを想像するだけで心が震える。

ヨーロッパは今まで仕事以外ではほとんどいったことが無い、未踏のエリア。
その歴史に触れることで、この旅を有意義なものにしたい。

オススメ★新婚旅行

2005-03-27 23:59:43 | 旅のはなし
新婚旅行とは縁もゆかりもないので、「新婚旅行」の案件は手を出さない私。
(だって、熱々のお二人にやられちゃって、まともにシゴトできそうもありません!!)

そんなロマンスとはかけ離れている私でも「ココは新婚旅行で行きたい!!」(←間違ってもバックパッカーとして行きたくない!)と思っているとっておきの場所は、クロアチアのドブロブニク。

ドブロブニクの写真はコチラ

紺碧のアドリア海にオレンジ色の屋根が映え、中世の城塞都市に迷い込んだかのように思える旧市街。こんな美しいところを二人で歩いたらさぞかしロマンチックだろうな~と、ロマンスと無縁の私(強調しすぎ!!)でもうっとりしてしまうのだ。

断言しちゃうが、「新婚旅行で行ってみたい」なんて感じたところは、地球上、今のところココしかない。

アドリア海の真珠・ドブロブニクからは水の都・ベネチアまで船も出ているので、そんな旅がオススメ!!
きらめくアドリア海をちょっと船旅しちゃう、なんて新婚旅行、ステキじゃないでしょうか?

あの辺りはヨーロッパでは有名な観光地なのだけど、日本ではまだまだ知られていないスポットがたくさんあるので、そんな「とっておき」の場所を紹介していきたい、と思う。そんな新スポットの開拓が今度の旅の課題だ。

TBSの世界遺産で放映されたばかり。今後は人気急上昇するハズなので、行くなら今!!

旅のルート

2005-03-25 21:02:30 | 旅のはなし
「3ヶ月ヨーロッパ旅計画」の出発日が決まった。
*旅のルートなどについてはコチラ->リアルタイム旅日記で。

4/12から3ヶ月、AIRはトルコ航空である。イスタンブールから出発してイスタンブールに戻ってくる予定だ。

そもそもなぜスタート地点がイスタンブールなのか??

ヨーロッパ、とりわけ東欧諸国の歴史は紀元前にまで遡るが、
私が一番好きな時代は「ルネサンス」。
花開いたのは文化だけではなかった。国のありかたも、戦争も、
宗教にも大変動があった時代だったのだ。

ルネサンスが花開く大きなきっかけとなったのは1453年の「コンスタンティノープルの陥落」。

言うまでもなくコンスタンティノープルとは現在のイスタンブールである。
私にとっては、ルネサンスの源流とも言うべき場所なのだ。

もちろんそれ以前にフィレンツェを始めとするイタリアの都市国家が
個々にその受け皿を用意しつつあったというのもあるのだけど、
それまで「暗黒時代」だったヨーロッパ、
特に国際的なイタリアに多くの文化人がコンスタンティノープルから
過去の遺産(知識)を持って亡命したというのが大きい。

キリスト教が支配する中世ヨーロッパではすっかり忘れ去られてしまった
ギリシアやローマ時代の科学技術や文化が、
ひょんなことからヨーロッパに「逆輸入」されたのだ。
(当時はイスラムの国々のほうがずっとレベルが高かった!)

14世紀から徐々に広がり始めたこの「再生」の動きは、15世紀、
16世紀とヨーロッパ全土に広がった。

それは神に支配されていた人々の、人間としての自由への飛躍の時代であり、
近代ヨーロッパ史の幕開けである。

塩野七生氏は言う。「強烈な批判精神と好奇心、これがルネサンスの本質である」と。

イタリアでは高度な文化が発展し、東西貿易のおかげでヴェネチアなどの
地中海最強の海運国が誕生したが、

15世紀になるとフランスやスペインでは絶対王政の確立が促され、
そのパワーは絶大なものとなり、

ヨーロッパ北部では宗教改革が起こり、
ローマを中心とするキリスト教世界の秩序が乱れ、

また、オスマントルコ帝国が地中海の制海権を握り始めると、
今度は新しい航路を求めてスペインやイギリスが競い合い、
大航海時代のピークへと達する。

ルネサンスでは最盛を誇っていたイタリアも、
いつしか上記の事情で、急速に衰えてしまう。

地中海世界はこうして終焉を迎えることになる。

ルネサンスは、こんなオモシロイ時代なのだ。
私の予定ルートには、こうした歴史上重要なポイントが点在している。

当時に思いを馳せ、地中海を旅してみたい、そう思う。